第13話 覚醒の魔法少女

 杖が刺さったままなら、まだ流血の量はそこまでひどくはなかった。

 まだ助かる可能性はあった。

 でも、杖を抜かれてしまったら話は変わってくる。


 杖によって空いてしまった傷穴から、大量の血が流れていって……。

 そしたら………そしたら……!



「兄さんっ! シュウト兄さんっ!!」



 苦しそうに呻き声をあげながら、兄さんはぐったりと倒れこむ。そして兄さんの胸からは溢れるかのように大量の血が流れ出ていく。


 私はそんな兄さんの右肩を必死に抱き、兄さんの上半身を抱きかかえる。



「クヒャハハハハハハ! いい悲鳴だねえ! でも、これで良かったじゃないかぁ! 魔法を吸収する邪魔な杖はもう無いよ? これで存分に大好きなお兄ちゃんに治療を施せるねえ!」


「……っ」



 高らかに笑うその魔獣を私は思わず睨みつける。

 でも、この魔獣が言っていることも事実。

 確かに今なら魔法を使える。

 兄さんの血を抑え込みさえすれば、もしかしたら……!



「はぁっ……!」



 再び私は流血を抑える魔法を兄さんにかける。今度はしっかりと兄さんの胸に白い光が優しく包み込む。でも、流血は一向に止まらない。



「止まって! 止まって……! お願いっ……!!」



 その魔法に必死にそう呼びかける。ほんの少しだけ、流れる勢いが遅くなったくらいで、兄さんの胸から血が止まることはない。


 白い光はしっかりと現れている。でも、血は収まらない。

 それは私の魔力が足りないというわけではなく、ただただ兄さんの傷口があまりにも大きいのが原因。

 分かっている。頭では分かっている。でも……



「お願いっ……! 止まってっ……! 助けてっ……!」



 私はその魔法を止めることはせずに、ずっとずっとそう願いながら使い続ける。



「血が止まらないねえ! あーーあ、可哀想に。ククク……クヒャハハハハハ!」



 このままだと兄さんは出血多量で死ぬ。それを知ったうえで、魔獣は嬉しそうに高らかに声をあげながら笑っている。



「どうして……どうしてこんな酷いことをするの!?」


「どうして酷いことするのかだって? ククク、そんなことわざわざ聞いちゃう? あーあ、超笑えるねぇ! ククク……!」



 魔獣はゲラゲラと笑いながらこう続けた。



「決まっているじゃないか。君の兄ちゃんを、大魔法使いシュウトを殺すためだっての」


「……っ!」



 こんな事をするんだもん。分かってた。なんとなく分かっていたけど、いざそう言われると胸の奥底が重苦しくなって、頭の奥も痛くなる。


「どうして……どうして兄さんを!?」


「ククク、そいつは言えないねえ。だが、今回のマージル襲撃も、全ては面倒なギルド警察どもを撹乱するための揺動。本当の狙いは、大魔法使いシュウトの命、ただそれだけさ」


「なっ……!」



 最初から、シュウト兄さんを殺すためにこんなに大規模に町を襲ったっていうこと?

 え、でも待って。

 魔獣って、理性を失って、見境なく人や街を襲うようになるってわけじゃないの?

 こんなに計画的に動く魔獣もいるっていうの!?



「何者なの……? あなた達本当に何者なの!?」



 魔物や魔獣が言葉を話すこと自体は別に不思議じゃない。人と同じように話すことのできる魔物がいることは知っていた。そんな魔物が魔獣になってしまっても、言語は話せるはず。

 でも、こうやって計画的に動く魔獣は見たことがないし、聞いたこともない。1年前のサンライトの襲撃事件の時だって、魔物の大量【ビースト化】による事故だって報道されていたし。



「何者か……てか。答えるとしたら魔獣だよ。見ての通りだ。知っているだろう?」


「でも、魔獣がこんな計画的に動くわけが……」


「……あーもう、めんどくせえ! じゃあいいよ。どうせてめえも殺す。その冥土の土産ってやつだ。名前くらい名乗ってやるよ」


 魔獣は突如として口調を荒げてニヤリと不敵に微笑む。そしてその大きな目玉で私を睨みつける。その浮き出ているかのようにギョロっとした不気味な目玉は、私の背中を凍り付かせた。



「……ワレはゲルマ。魔将ゲルマ。理性の持たねえ魔獣共を従え、いずれはすべての生族、魔族を滅ぼすもの」


「魔将……ゲルマ!? 魔獣を従える……!?」



 それに、生族と……魔族? いったい何を言っているのこの魔獣は!?



「……さぁて、名乗り終えたことだしなぁククク。そろそろ終わりにしてやんよ」



 魔獣は私たちの方を見るのをやめ、背を向ける。そして、兄さんを突き刺した大きな杖を上に掲げる始める。


 何? いったい何をしようというの!?



「……ディーフの連中にこの町の人間が匿わられているのは知っているからなぁ。だからよぉ……」



 そう言うと、魔獣は目を閉じ上に掲げていた杖を小さく揺らし始める。

 そして、その杖の真上では、オレンジ色に輝く弾が現れる。



「……とっておきの魔法で、避難所にいる生族共を、一掃してやるよ。ククク……」



 ゲルマと名乗ったその魔獣は、杖を大きな円を描くように揺らしていく。それに呼応するように、上空で現れたオレンジ色の光の玉もどんどん大きくなっていく。そして、そのオレンジ色に光る玉は所々で、ほんの小さな爆発を起こしていた。

 それを見た私は、思わず目見開く。


 あの魔法、もしかして……!



「爆裂閃光-ブラストラル-!?」



 その光を見て頭によぎったその魔法の名前を、私は思わず口にだす。


 ブラストラル。

 オレンジ色に光る玉を発射して、対象となる箇所に当てると、そこを一気に爆発させて塵にしてしまう恐ろしい魔法。かなり強力な魔法で使える人は相当の魔力を持った人じゃないと無理。私はおろか兄さんだって使えない。

 でもそれをこの魔獣が!?



「……さぁ、滅亡までのカウントダウンだ! ククク……」


「………っ!」



 もし、もしも本当にあの魔法を、避難所のある場所へ向けて使おうとしているのなら、避難所にいる人たちは……。



「やめて……やめて!」



 私は魔獣に向かってそう叫ぶ。

 でも、魔獣は私の叫び声なんか聞きもせず、ゲラゲラと笑っている。



「どうしたら……私は一体どうしたら……」



 あの魔法を止めるには、その前にあのゲルマっていう魔獣をなんとかするか、もしくは、ブラストラルと同じくらいの規模の魔法を、オレンジ色に光る玉にぶつけて相殺させるしかない。

 でも、私はそんな規模の魔法を使えないし、そもそも今は他の魔法を使うわけにはいかない。兄さんの流血を抑え込むのを止めれば、兄さんはもう……。


 私の魔法では、流血をほとんど抑え込めていないのは分かっている。でも、逆に言えば少しは抑え込めているってこと。

 もしもこれを止めたら、さらに傷穴から血が噴き出して……。

 そしたら……兄さんは………。



『認めなさい。あなたに魔法の才能なんてないってことを』

「……っ!」



 治まっていたはずの、胸の奥の呪いの刃物が再びうごめき始める。同時に、心臓の鼓動が早くなって、息も苦しくなる。頭もズキンズキンと痛み初めて、そして視界も真っ暗になっていく……。


 もう大丈夫。魔法の才能なんて無くたって、私はそれでも魔法が好き。好きな魔法で誰かを守れる立派な魔法使いになる。


 ……そう決めたはずだったのに。



「結局私は、何も守れないの……?」



 目の前にいる魔獣を止める力もなければ、腕の中で苦しんでいる大切な人を助ける力もない。そして、この町の人たちを守る力も……今の私には……ない………。



「せっかく、決心できたのに……。また頑張ろうって思えたのに……」



 強大な敵の前では、結局魔力をあまり持たない私は何もできやしない。

 それどころか、兄さんだって助けられない……。

 誰も守れない……。



「人を守ってあげられる、立派な魔法使いになりたい……。なりたいよ………」



 そう願っても、再び目の前の現実がその夢と希望を打ち砕こうとしている。


 また私は、夢も希望もなくしてしまうの……?

 それどころか、私は……ここで……。

 何も成し遂げられないまま……ここで……!



「…………」



 目から再びその雫が溢れ、零れ落ちる。そして零れ落ちた雫が兄さんの左頬に当たった。

 ……そんな時だった。



「ミ……ナ……」



 小さくて擦れた温かな声。それが私の耳に入ってくる。同時に温かい大きな手が私の左手を優しく包み込んだ。



「皆を……まも……て」

「……っ!」


『なれる。なれるさ! なんたって、ミーナはお兄ちゃんの妹なんだからな!』

「なれる……お前……なら……。お前は、兄さ……んの……妹だから……」


「…………」



 あの時、私を勇気づけてくれた人が。言葉が。再び私の視界を明るく照らしだす。



「想いを……込めろ……。魔法は……お前の願いに……応えてくれる」


「魔法に……想いを」



 小さい頃に教えてくれた兄さん直伝の魔法の秘密。



『俺が思うに、魔法はきっと生きている。なんせ、お兄ちゃんが使う時は、その魔法に、俺はこうしたいんだって祈ったら、その魔法はそれをかなえてくれるからな』



 魔法を使う時に、自分はこうしたいって祈れば、魔法はそれを叶えてくれる。あの時、兄さんは私にそう教えてくれた。


 魔法学校に行って、先生や周りに馬鹿にされ、いつの間にかそれすらもあまり意識しなくなっていた。

 でも、もし、もしもそれが本当なら……。その話が事実なら……。



「…………」



 兄さんにかけていた流血を抑える魔法を取りやめ、私は右手をゆっくりと前に出す。



「兄さん、少しだけ……少しだけ我慢していてね」



 あの魔獣が出そうとしている強大な魔法。爆裂閃光-ブラストラル-。

 それに匹敵する程の魔力がこもった魔法を、私は一つだけ知っている。

 それは小さなころから、使えるようになりたくて、私が望んでやまなかった



「……クヒャハハハハハ! さぁ、終わりだ! こそこそと隠れている無能な連中を一掃しろぉ! 爆裂閃光-ブラストラル-!」



 ゲルマは既にブラストラルを完成させ、避難所の方向へとそのオレンジ色に輝く玉を放った。あの玉が避難所に向かって、そこでゲルマが念じれば一気に爆発する。そうなったら手遅れ。

 でも、そうなる前に、まだ爆発する前の状態に、あの魔法をあの玉にぶつければきっと……!



「…………」



 目を閉じ、その魔法の構造を頭にはっきりと思い描く。

 それについては小さなころからずっと勉強してきた。その魔法の構造を思い描くのは慣れている。

 そして、その魔法の姿もはっきりとイメージする。これも何度も何度も本で読んだ。その姿を頭の中で容易に想像できるくらいに。

 後は……。



『認めなさい。あなたに魔法の才能なんてないってことを』



 このタイミングで、胸の奥底にある呪いの刃物が疼きだし、再びその言葉が頭によぎる。

 いつもならここで息が苦しくなって、視界が暗くなって、頭が痛くなる。そして、私の中で生まれた自身や勇気を根こそぎ奪っていった。


 でも、今はそうはならなかった。



「魔法を……自分を……信じろ……ミーナ」



 左手から伝わってくる兄さんの温かいぬくもり。小さくても、嗄れていても、はっきりと聞こえてくる兄さんの言葉。そして……。



『とりあえずお前は、お前の好きなようにすんのが一番なんじゃねえの。きっとそいつが、その答えが、今のお前にとっての最善になるだろうよ』


『私はなりたい。人々を守ってあげられる、立派な魔法使いに!』



 背中を押してくれたあの人の言葉が、私の決心が、夢と希望が、その想いが、心の奥底にある呪いの刃物を抑え込み、私はありったけの勇気と自信を手に入れる。



「はぁあああああああ……!」



 魔力がなくたって、才能がなくたって、私はそれでもなりたい!

 人々を守ってあげられる、立派な魔法使いに!

 だから応えて私の魔法さん! 

 私の願いを叶えて!

 そして……皆を守って!!


 目を開け、右手の前方で作りだされていくそれを見る。



「……っ!?」



 そこには、灼熱の炎のように赤々と激しく燃える、巨大な炎の玉が出来上がっていた。その姿は、私がずっと望んでやまなかったあの魔法の姿そのものだった。


 本来なら、私の魔力じゃ出せないはずの魔法。でも魔法さんは、そんな私に応えてくれた。



「…………」



 狙いは、放たれたオレンジ色に光る玉。そこに向かって私はその魔法を解き放つ。

 その瞬間に、私はその魔法の名前をめいいっぱい叫んだ。



「灼熱火球-ブレイゾル-!」



 灼熱のように燃える巨大な玉は、まっすぐにオレンジ色に光る玉へと直進していく。そして……



 ドガーーーーーンッ!!!


 花火がなった時のような音が、この町全体に響き渡る。

 灼熱のような赤赤と燃えていたその玉は、ゲルマが放ったオレンジ色に光る玉が爆発する前に直撃し、共に上空で綺麗に爆散した。

 だけど、爆散したその玉は、曇っていた空一面に一つの巨大な花を作り上げ、灰色の雲を薙ぎ払い、青いきれいな空を作り出した。


 上空で現れたその巨大な火花は、本で読んだブレイゾルのもう一つの姿そのものだった。



「……ば、ばかな……! ブラストラルを……打ち消しただと!?」



 その光景を見たゲルマは目を見開き、そのまま私の方へと振り返る。



「……ワレの邪魔をするとは! 小娘! てめえはどうやら死に急ぎてえようだなぁ!」



 ゲルマは再び杖を上に掲げ、目を閉じる。杖の上空で今度は巨大な氷の刃が生み出される。



「……兄妹仲良く死んでいきなぁ!」


「……っ!」



 巨大な氷の刃が私とシュウト兄さん目掛けて一気に直進してくる。あの魔法はあくまでも氷の刃。もう一度今の魔法を出して相殺を……。



「いや、間に合わないっ……!?」



 氷の刃が直進するスピードは予想以上に速く、私が右手を前に出した時には、もうすでに目の前まで迫っていた。



「……っ」



 私はとっさに目を瞑る。

 でも、その時だった。



「あぶねーな、オイ」



 聞きなれた声が、私の前方から聞こえてくる。

 私はそーっと目を開けた。



「なっ……!」



 そこには氷の刃なんてどこにもなく、代わりに私の目の前には、見慣れた赤い髪の人が剣を構えて立っていた。


 そして、氷の刃は、その人の剣に吸い込まれるように消えていった。

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