第12話 襲来の魔獣
「ちっ、こいつ等、キリがねえ!」
家を出て走り出すと、そんな声が近くから聞こえてきた。それは聞き覚えのある声。
私はその声の方へと向かっていった。
家を出て少し歩いたところにある、広い公園のあるエリア。
そこで赤い髪の人が、たった一人で理性を失った魔獣相手に戦っていた。でも、大群で魔獣が襲ってきたというのは事実だったみたいで、赤い髪の人は既に5体の魔獣に取り囲まれていた。
幸いなのかどうかは分からないけど、その魔獣はどれも1mくらいの大きさ。これなら、この魔法でうまく対処できるはず。
「伏せて!」
その人の後ろで私がそう叫ぶ。
私の存在に気が付いたのか、その人はとっさにその場にしゃがみこむ。
私はその魔法の構図を頭にしっかりと描き、魔法の姿をイメージする。
「はぁああああ……!」
意識を集中させながら、両手を上空に大きく広げる。その人を囲っていた魔獣は、全員一瞬にして凍りついた。
「まじか……!」
その人は目を丸くして周りの凍り付いた魔獣を眺めている。
「大丈夫!?」
私は急いで、目を丸くしているその人の元へと駆け寄った。
「ふっ、来るんじゃねーかって思ってたよ」
近くまで駆け寄ると、その人はそう言いながらうっすらと微笑んだ。
「ありがと。あなたのおかげで、私の中で色々と踏ん切りがついた」
「そーかい。その様子なら、兄ちゃんとは仲直りできそうだな」
仲直り……か。
別に直接喧嘩しちゃったわけじゃないけど、昨日は私が一方的に部屋に引きこもっちゃったからね。気まずいと言えば気まずい。
「そうね……」
この騒動が終わったら、また兄さんと色々話さないとね……。今後の事とか。
はっきり言うと、まだ魔法学校に行き直すかどうかに関しては、不安も残っているし、踏ん切りがつかない。
でも、今後も魔法を使っていくことに関しては、完全に踏ん切りがついた。だから、まずはそこから話そうかな……なんて思ってたり。
「ところで、今のも魔法か?」
「ええ。今のは、小型の物限定だけど、少数までなら一瞬で凍らせられる魔法。そんなに難しい魔法じゃないし、大きさ的にも、ちょうど効くんじゃないかなと思って使ってみたけど、上手くいってよかったわ」
「そっか。まあ何にせよ、魔法がまた見れてちょっと嬉しいよ」
その人は嬉しそうに、ほっぺを少し上げる。
全く、見せ物じゃないんだけどなぁ。
ま、上手くいったみたいだし、いっか。
「んで、この凍り付いた魔獣はどーするよ?」
「そうね、どうしたらいいかしら」
こうやって町中で大規模に魔獣と戦ったことなんてないし、どう対処すればいいのかわからない。普通は、ギルド警察とかに任せるんだけど。
「はーい、ご協力感謝でーす」
そう思っている矢先、後ろからそんな声が聞こえてくる。私と赤い髪の人は振り向くと、そこには青い生地に白いラインが所々に入った衣を身にまとった若い男の人が一人立っていた。その男の人の左胸には【DEAF】と描かれた紋章が付いていた。もしかしてこの人って……。
「ギルド警察、ディーフの方ですか?」
「そう。この町に魔獣が一気に現れたからねー。そりゃ駆け付けますよー」
やっぱり。魔獣の取り締まりはギルド警察が行うのが一般的なんだけど、ディーフはそのギルド警察の中でも、人々を守ったり、こうやって町中に現れた魔獣を退治したりすることに特化した組織。この人たちが来てくれたのなら安心。
ただ……。
「町中に魔獣の大群、そしてギルド警察ディーフか。本当に、1年前を思い出すわ」
1年前のサンライトの町壊滅事件。あの時も確か、サンライトの町にはギルド警察ディーフの人が対処していたんだっけ。結果は知っての通りだけど。
「お嬢さん、何を思い出しているのかは知りませんけど、起きてしまったことは変えられませんよー」
「あ、えーっと……はい」
「大事なのは過去ではなく、今とこれからをどうするかだ……って、前の団長も言っていましたからねー」
「前の……団長?」
「こっちの話です。それより、こっから南の方に避難所があるんで、さっさとそっちに向かってください」
その人は南側を指さしながらこう続ける。
「ただ、見たところ2人とも腕が立ちそうだし、もしも道中で逃げ遅れている人や、魔獣に襲われそうになっている人を見かけたら、助けてあげてー。人手が多いと助かるんで」
「勿論、そのつもりです」
私はそのために家を飛び出して、こうして魔法を使ったんだから。
「それじゃ、私たちは南の方へと向かいましょ」
「そーだな」
ディーフの人に軽く会釈をして、その場を後にする。私は赤い髪の人と一緒に、避難所がある南側へと向かう。
「ふっ、にしても、こんなところでまたディーフの連中にお目にかかるとはな」
「え? 前に見た事でもあるの?」
「まあな。そん時は団長もいたんだぜ」
「ふーん」
それがすごいことなのかどうなのかはよくわからないけど。でも、なんだか嬉しそうに言っているし、すごいことなのかな。でも、ディーフの人と関わりがあったのはちょっとびっくり。この騒動が落ち着いたら、ここにくる以前の事とか聞いてみようかな……。
「おい、ミーナ! あれ!」
「え?」
その人は突然足を止め、ちょうど左の方を指さした。そっち側を見ると、建物の陰に隠れて、苦しそうに足を押さえながら、倒れこんでいる人が一人いた。
「大変! 助けないと」
避難所に向かうのを一旦止め、私は倒れている人の元へと駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
そう問いかけると、倒れている人は苦しそうにうめき声をあげ、こう答えた。
「魔獣に足をやられてな……。痛くて動けないんだ……」
「足を?」
倒れている人の足を見ると、ズボンが裂かれ、そこから垣間見える足には、鋭い爪で斬られたような傷があって、そこから血が流れていた。
「ごめんなさい。私、治癒の魔法はこれくらいのものしか使えなくて……」
その人の足の上に、両手を重ねるようにそっとかざす。そして、目を閉じて頭の中でその魔法の構造を思い浮かべ、イメージをする。
そしてゆっくりと目を開けると、その人の足に白い光が現れ、傷口を優しく包み込んでいた。白い光は傷口から流れている血の流れをゆっくりと抑え込んで、出血を止めた。
私が使った今の魔法。それは、切り傷とかの出血を抑え込んで、傷を塞ぐ魔法。傷の規模にもよるけど、ある程度なら抑え込める。
「念のために、傷口ふさぎますね」
私はポケットからハンカチを取り出して、それを傷口に巻き付ける。後は、この人を避難所まで運んで、そこでゆっくり治療を施せばひとまず大丈夫。ギルド警察ディーフも来ているし、細かい治療を行える人だっているはず。
「オレが担ぐわ」
それを察したのか、赤い髪の人は負傷している人をおんぶするように担ぎ上げる。
「ありがとう……助かるよ……」
苦しそうに顔をゆがませながらも、担がれたその人は私たちに礼を言った。そして続けてこう話しだした。
「こんな時に、自分も魔法とか使えればな……。護身出来たらなってホントに思うよ……」
「…………」
それは、私にとっては感慨深い内容だった。
魔法が使えれば……か。という事はこの人、魔法使えないんだ。
確かに、魔法を使えればこういった時には自分の身を守ったり、あわよくば人を助けたりすることもできる。でも、それができずにこうして負傷する人だっている。
この人はそういった人たちの一人。
「気にすんじゃねーよ。かくいうオレだって魔法は使えねえ。でも、こうやって人を助けることくらいはできる」
そう言われると、負傷しているその人は嬉しそうに涙を流した。
「ありがとう……本当にありがとう………」
「いえ、お気になさらずに……」
こうして人を助けることができて、家から飛び出して本当によかったと思える。
でも、この町は魔法が使える人が多いのにも関わらず、こうして負傷する人がいる。この人に至っては魔法が使えないみたいだし。
いや、もしかしたら魔法が使えるからと言って、魔獣に襲われても平気というわけではないのかもしれない。魔法が使えても、殺意のある魔獣相手に意気消沈することだってあるだろうし。
よく考えたら、身体や精神的な理由で、戦えない人だっているのよね……。
それに、赤い髪の人は、魔法が使えなくても武器を手にして魔獣を相手に戦えたりするけど、皆が皆そうとは限らない。嫌でも逃げることしかできない人だっている。
そう。
そうよね……。
こんな当たり前なことに、今更気が付かされるなんてね……。
「どうしたよ? さっさと避難所行くぞ」
「え、ええ」
赤い髪の人に言われ、私は再び避難所へと向かい始める。
負傷者を担いでいるから、さっきよりはペース遅めだけど、なるべく早く向かうために私たちは早歩きで南へと向かう。けど……
「今日は色々と気づかされることが多いな……」
その間に私は思わずそう呟いた。
それから数分。
私たちはついに避難所へとたどり着く。
避難所にはすでに多くの人が集まっていて、その中にはギルド警察の人たちもたくさんいる。避難所の入り口にもギルド警察の人が配置されていて、中に魔獣が入らないようにしっかりと守られているみたい。
「まずは医務室に連れて行かないとね」
「そーだな。つっても、こんだけ人がいりゃ、医務室も相当混んでいるだろうな」
赤い髪の人の言う通り、他にも負傷している人はいるだろうし、混雑はしていると思う。とりあえず、この負傷している人の治療が終わるまでは一緒にいてあげないと。
「聞いたか? こっから西にある大広場で、あの大魔法使いシュウトさんが、たった一人で戦っているらしいぞ」
「まじか。大魔法使いとはいえ、たった一人はちょっとまずくないか?」
「とは言っても、俺たちはここの持ち場を離れるわけにはいかないしな……」
「ちっ、魔獣共め。人手が少ないときに大軍勢で攻め込んできやがって」
「テンドール地方での魔物行方不明事件と言い、マージルでの魔獣襲来と言い、いったいどうなってんだ!?」
「…………」
医務室へ向かおうとした途端、ディーフの人たちのそんなやり取りが耳に入ってくる。
シュウト兄さんがたった一人で魔獣と戦っている? 西の大広場で?
いや、兄さんは魔法学校を首席で卒業して、その後は数々の魔法を自分で生み出している秀才。その腕を見込まれて、ギルド警察から魔獣との戦闘の応援も頼まれているくらいだし、大丈夫だとは思うけど……。
「兄さん……」
それでも、私と兄さんは同じ血でつながった兄妹。身内としては、やっぱり心配。
「ねえ、私ちょっとトイレ行ってくるから、先に医務室行って」
赤い人にそう告げると、私は急いでそこへ向かう。
「んあ? お、おいい! ちょっと待て! そっちトイレとは真逆だぞ!?」
赤い髪の人の声も耳に入らないまま、私は避難所の入り口から外へと出る。
確か、あの人たちは、兄さんが西の大広間にいるって言っていたわよね。
「兄さん! シュウト兄さん!」
なんでだろ。なんでか分からないけどすごく胸騒ぎがする。
さっきのさっきまで、私の胸の奥底で疼いていた呪いの刃物の苦しさとはまた違った、別の衝動。単純に、胸がチクチクと痛むし、何よりもあの人たちの言葉を聞いてから、心臓の鼓動がものすごく早くなっている。
元々、人々を守ろうとして、家から飛び出したわけだし、あの避難場所でじっとしているつもりはなかった。だけど、ギルド警察の人たちの話を聞いてから、兄さんの無事を確認するまではなんだか安心できなかった。
私はおもいっきり走って、兄さんがいるであろう西の大広場へと向かう。
そして……。
「凍えよ!」
「ギシャアアアア……!」
「シャアアア……!」
そこでは、魔法で生み出された氷によって身体が凍結し、そのまま次々と倒れていく魔獣の姿が目に入る。同時に、そこには魔獣相手に奮戦しているシュウト兄さんの姿が。
良かった……!
兄さん、無事だったみたいね……!
「シュウト兄さん!」
「ん? ミーナ?」
こちらに気が付いたのか、兄さんはチラリと私の方を見る。
兄の無事な姿を見て一安心した私は、とっさに兄さんの元へと駆け寄ろうとした。
……その時だった。
グサリッ!
何かが肉質の厚いものを突き破り、思いっきり突き刺さるような音。そんな音が、その場で一瞬のうちに私たちの耳に入っていく。
その音の正体が何なのか、私がそれを理解した時にはすでに遅かった。
「な……に……」
「ククク……」
その光景を目にした私は、一度その場で立ち止まる。
私の視界に広がるのは、何か、棒のようなもので胸の真ん中を突き刺されてしまった兄さんの姿。
そして、それを兄さんの真後ろに突然出現して、兄さんにそれを突き刺す、目玉が大きい1体の人型の魔獣の姿。
兄さんはその場でゆっくりと座り込むかのように倒れていった。
「兄さん……? 兄さんっ……!!」
私は再び足を動かし、急いで倒れこんだ兄さんの元へと駆け寄る。
「兄さん! シュウト兄さんっ!」
倒れこんだシュウト兄さんの右肩を抱き、兄さんを突き刺しているそれが目に入る。兄さんを突き刺しているその棒は、丸い透明な球体が付いている杖のようなもの。でも、柄の先は鋭くなっていて、それが兄さんの胸を突き刺していた。
「ゲホッ……ゲホッ……!」
兄さんは苦しそうにせき込むと、口から血を吐き出した。
さらに胸からは血がどんどん垂れ流れていく。
「ククク……。よーやくヤれた」
兄さんのその様子を見下ろしながら、その魔獣は不気味に微笑む。
「……っ!」
私は思わずその魔獣を睨みつける。けど、魔獣はそんな私を見て嬉しそうにニヤリと笑みを浮かべた。
「いいねえ、その顔。その表情。それは不安と絶望。そして憎悪。それが入り混じった、可愛い表情だ」
「くっ……」
魔獣にそんなことを言われ、思わず私も声を漏らす。けど、魔獣はゲラゲラと笑いながらこう続ける。
「いいのかな? ワレをそんなに睨みつけたままで。大切なご兄弟は苦しんでいるぞ?」
「なっ……?」
私は流されるかのように、思わず兄さんの方を見る。兄さんは変わらず口から血を流し、同時に胸からも血を流し、苦しそうにうめき声をあげていた。
「兄さん! しっかりして! 兄さん!」
「う……。ミ……ナ」
何かを言いたげに、兄さんは虚ろな目で私を見る。
「待ってて、今すぐ治療を……!」
私は目を閉じ、その魔法の構造を思い浮かべる。
この魔法はさっきも使った、傷口からの流血を抑え込むもの。
今、兄さんの胸には大きな杖が突き刺さっていて、そこから今も血が流れている。その痛みからか、兄さんの呼吸も乱れている。
下手に杖を抜けばそこから血があふれ出るから、杖を抜き取ること絶対にしない。それだけは絶対にしちゃいけない。
ここは、杖が刺さったままの状態で、流血だけでも抑え込んで……。
「ぐっ……う……」
苦しそうな兄さんの声が耳に入り、私はそっと目を開く。でもそこには、あるはずのものが現れていなかった。
「え……? なんで?」
流血を抑え込むのに現れる白い光。
さっきは普通に現れたはずなのに、今は全く現れていない。
兄さんの流血も止まってなんかいないし、抑え込んでもいない。
ただただ、ドクドクとゆっくり流れ続けている。
これってもしかして、魔法が発動していない?
「なんで? なんで……!?」
もう一度その魔法の構造をしっかりと頭に思い浮かべる。
そして、その姿をイメージする。
お願い! このままじゃ兄さんが死んじゃうの!
だから出て! 兄さんの流血を抑えて!
「…………」
そんなことを願いながら、私はそっと目を開ける。
「なっ……」
視界に入ってくるその情報に、私は思わず目を見開いた。
傷を抑え込むための白い光はしっかりと出ていた。
でも、その光は兄さんの傷口ではなく、傷を生み出した元凶。魔獣が突き刺した杖の方に現れていた。
そして白い光はその杖に吸い込まれるように、ゆっくりと消えていった。
「ククク……ククク……」
その様子を見て不気味に魔獣は微笑み始める。
「残念だったな、小娘ちゃん。その杖は、ありとあらゆる魔法や魔力を吸収してしまうんだ。お兄ちゃんを助けようとしても無駄だよ……ククク」
「魔法を……吸収!?」
確かに白い光は兄さんの傷口ではなく、兄さんを突き刺している杖の方に現れていた。そして吸い込まれるように消えていった。まさかあれは魔法を吸収していたって事?
「それじゃ……兄さんを助けることは……」
「出来ないだろうねえ、そのままじゃ。でも……」
魔獣はそう言うと、大きな目を閉じ、右手を前に出す。
それに呼応するように、兄さんの胸に突き刺さっている大きな杖は紫色の光を帯びる。
その杖はゆっくりと動き出し、兄さんの胸から一気に離れ、魔獣の手元へと戻っていった。
「ぐっ……はぁっ……!」
そして同時に、兄さんの胸からは血が……まるで間欠泉のように、一気に吹き出した。
「いや……いやぁああああああああああ!!」
私が恐れていたことが、目の前で本当に起こってしまった。
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