第11話 ミーナの夜明け
「大変だぁああああああああ! また、出やがったああああああ!」
「魔獣!? 魔獣の大群よぉおおおお!」
「逃げろ……逃げろぉおおおおおおお!」
突然、外からそんな叫び声が聞こえてくる。
逃げまとう人々。
攻め入る魔獣の大群。
それは1年前のあの日を思い出させるようで、ただただ嫌な気分になった。
どうやら、その声を聞く限り、また魔獣がこの町にも現れたみたい。
でも私は、昨日みたく外へ出ることもせずに、ましてや逃げることも、魔獣に立ち向かうこともせずに、ただただベッドの上で蹲っていた。
きっとこれは天罰。
1年前にサンライトの町を助けに行かなかったことの天罰なのよ……。
前回はサンライトが壊滅した。だからきっと今度はこの町マージルの番。
生まれ変わったら、今度はもっと自由に生きたいな……。
人も魔法も魔物もいない、そんな世界で生まれたい。
ただただ一人で、空を飛びたい。
そんなことさえ考えていたその時だった。
「よう、ミーナ。起きてるか?」
「…………」
部屋の外から、男の人の低い声が聞こえてくる。その声の主は、私の兄さんではなく、昨日知り合った赤い髪の人。
「なんか、また外がすんげーことになってっけど、お前は逃げねえのな」
「…………」
「お前の兄ちゃんは、人々を助けるっつって、外に行ったぞ。本当に勇敢な兄ちゃんだな」
そっか……。
兄さんは人々を助けようと外に……。
「んで、オレはお前のことを頼まれちまったんだが、どーするよ? オレらも逃げるか?」
「…………」
「それとも、部屋でゲームでもすっか?」
「…………」
「それとも」
その男の人は、少し大きめの声ではっきりとわかりやすくこう言った。
「今度こそ守るか? 魔獣の手から人々を」
それを聞いた途端、無意識に私の身体はピクリと反応する。
この人、もしかして知っているの? 私が今こうしている理由を。
「お前の兄ちゃんから全部聞いたよ。お前の事。なんつーか、災難だったな……」
その人が部屋の外でそう言っている一方で、私は変わらずベッドの中で蹲る。
「お前の兄ちゃんは昨日色々と言っていたけどよ、オレは別に外に出ろとは言わねえ。お前の苦しみがどれだけ辛いものなのか、聞いただけじゃ分からねえからな。お前が部屋ん中でひっそりと過ごしたいってんならそうすればいいさ」
その男に人は話を続ける。
「正直、1年前のお前の話なんてされても、オレにはピーンとこなかったよ。でも、つい最近の……昨日のお前の事なら、オレは知っている」
昨日の……私?
「昨日のミーナは魔獣から子供を守ろうとした。あんときのお前は何というか、純粋にかっこよかったよ。そして、一緒に部屋片づけたり、話をしたりしたっけな。んでもって、ゲームやっているときのお前は、とても明るい顔をして、楽しそうだったよ。照れているときのお前は、顔を真っ赤にしていたっけな」
その男の人のセリフと共に、昨日の出来事を思い起こされる。
昨日も魔獣が現れて、私は子供を守ろうとした。そして、今度は私が危なくなって、もうダメかと思ったときに、この人が現れた。助けてくれた。成り行きで一緒に部屋の片付けもした。下着を見られたときは恥ずかしかったけど、でも、色々と話してて、なんだか楽しかった。
「何つーか、表情が豊かで、いいやつだなーって思った。んでもって、笑ったときの顔は、可愛いかった。いい表情だった」
なっ……!
それを聞いて、思わずまた身体がピクリと反応する。そして少し顔が熱くなる。でも、その人はそんな様子を知ることもなく、こう続けた。
「少なくとも、お前は沈んだ顔をしているよりは、笑っている方が絶対いい。オレはそう思う」
「…………」
そんなこと言われても、もう笑える気がしない。
何かをなそうとする度に、胸の奥底にある呪いの刃物が、勇気と自信を奪っていく。そして、過去の映像を見せつけて、私から笑顔を奪っていく。
昨日笑ったりできたのは、あなたと不思議な出会い方をして、それでちょっと戸惑って、そのことを一瞬忘れられていたから。
今思い返せば、ゲームの世界に浸っていたのも、そのことを忘れようとしていたからなのかもしれない。
「まあ、何だ……。それが、オレから見た昨日のお前だ。だから、本当のお前は、きっと真面目で明るいやつなんだろうな」
真面目で明るい。確かに、前まではそうだったのかもしれない。少なくとも、私があの学校に行く前までは。
でも、あの学校に行ってから、私はあまり笑えなくなっていった。そして、あの日以来、私は部屋の中で太陽を拝むことのない、暗闇に浸るような生活をしていた。
そんな私に、兄さんは外へ出ろと言った。
今更、あんなところに行きたくない。戻りたくない。
あんな人たちと一緒にいたくはない。
もう……嫌だよ……。
再び、目の奥が熱くなって、自然と涙が落ちてくる。
「あー、あと言い忘れていたけどよ……」
でも、その人はそのことを知って知らずか、私にはっきりとこう言った。
「お前、魔法を辞めたとか言っていたけど、本当は魔法が使いたくて使いたくて仕方がねえんだろ?」
そしてその内容は、私にとっても驚きの隠せない内容だった。
本当は魔法を使いたい?
私が……?
「自分でも気づかねえよな。さすがに。でも、昨日少し魔法を見せてくれただろ? あん時のお前、ゲームして楽しんでる時と、全くおんなじ表情をしていたぜ」
「……っ!?」
ゲームをしているときと同じ表情……!?
今となっては、私にとってゲームは唯一の生きがい。
自分で楽しんでやっていることくらい知っている。でも、それと同じ表情ってことは、それはつまり……。
「気になっていたんだ。お前の部屋を見た時、確かに部屋は汚かった。ゴミがあちこちに散らかっていてな。でも、何故か机の上だけは綺麗だった。なんでそこだけ綺麗なんだろうなって思ったよ。でも昨日、例の魔法の本をその机の上で見つけた時、合点が行った」
その人は私に言い聞かせるように、優しく、はっきりとこう告げた。
「ミーナは、ゲームと同じくらい、今でも魔法が好きなんだなって。オレはそう思ったよ」
「なっ……!」
そのセリフに、思わず私は声をあげる。
蹲るのをやめ、そっと顔をあげて布団をよける。そしてちょうどそれが視界に入ってきた。
そこにあったのは、その人が言っていた、綺麗なままだった机。その机は私が魔法の勉強をするときに使っていた勉強机。そして、その机の上にはその本が置いてあった。
「前にも言った通り、オレには記憶がねえ。だから何をどうすりゃいいのか、全然分からねえ。でも、そんなオレに色々と教えてくれた二人のガキんちょがいてな。そいつらのおかげで、オレも見つけた。自分のやりたいことを。そしたら、なんだかワクワクしてきた。この世界で、こうして生きているという事実に」
その人は、少し楽しそうにそう話す。この世界で生きていることにワクワクする。そんな風に思えたら、きっと楽しいんだろうな……。
「だから、ミーナもすればいいさ。自分が本当にやりたいことを」
「自分の……やりたいこと……か」
その人に聞こえない声で、私はそっと呟く。
そして、そっと立ち上がり、私は勉強机の前に行く。
その勉強机には、『選ばれし者が使える魔法基礎&応用学』と書かれた本が置いてあった。タイトルこそは気に入らないものの、その本には1ページだけ、伏線ついてあった。
パラパラとめくって、私はそのページを開く。それは、昨日その人も見つけた、マーカーやメモなどがぎっしりと書かれている、私にとっては特別なページ。
昨日はそのページを見ると、胸が苦しくなった。私はもう魔法を辞めた。だからもう関係ない。自分でそう思っていたから。
でも今この人に、私がゲームと同じくらい、魔法が大好きなんだって言われたからか、不思議と、そのページを見ても胸が苦しくなることはなかった。
「ま、そういうわけだ。んじゃ、オレも今から外に行って、ちょっくら魔獣退治に行ってくるけどよ……」
私はそのページを見ながら、その人のこの言葉を黙って聞いた。
「とりあえずお前は、お前の好きなようにすんのが一番なんじゃねえの。きっとそいつが、その答えが、今のお前にとっての最善になるだろうよ」
その人はそういうと、ゆっくり歩き始めて、そのままこの家を後にする。
でも私は、引き留めることも、追いかけることもせず、ただただその本のページを見ていた。
そのページに記されている魔法。
それは、私が小さい頃からずっと憧れていたとある魔法。
灼熱火球-ブレイゾル-。
それは巨大な炎の弾を目の前で生み出し、相手にぶつける超攻撃系の魔法。危険な魔法かもしれないけど、実は使えると便利だったりする。調整次第では、暗い夜道を照らす光にもなるし、上空にはなってうまい具合に爆散させると、人々を楽しませる花火のようなものにもなる。
そして何よりも、今みたいに、魔獣から人々を守れる強い武器にもなる。
「ブレイゾル……か」
私がこの魔法を初めて知ったのは、7歳の頃だっけ。誕生日プレゼントとして、兄さんに買ってもらった子供向けの魔法の本に、その名前とイラストだけ載っていた。でも、その赤々と燃える大きな炎の球体は、魔法というものを体現しているように感じて、純粋に憧れた。私はこの魔法を使えるようになるのが一つの目標になっていた。
この魔法はかなりの高度な知識と練習、そして、魔力が必要だった。この魔法の勉強や練習は、幼いころからずっとやっていた。でも、生半可な知識と練習じゃ、まともに出すこともできなかった。
やがて、例の魔法学校に入学して、この『選ばれし者が使える魔法学基礎&応用』というテキスト貰った。なんとなくペラペラとめくっていると、それが載っていた。
魔法学校という事もあって、その魔法の構造や仕組み等といった詳しい情報も載っていた。私はとっさにそのページに伏線を張って、そして、授業に関係なく独学でその勉強をしていた。
1年前までずっとね。
「結局、まともに出せた試しなんてないけど。それでも私はこの勉強をし続けていたっけ」
出せなかった最大の要因。それはやはり魔力の不足。いわゆる、才能の問題だった。でも、それでもいつかきっと使えるようになりたい。そう願いながら、私は勉強を続けていた。
昨日はこのページを見せられて、そのまま連想するかのように、魔法学校でのことを思い出しそうになって、とっさに本を閉じたけど……。
でも本当は、この魔法を使えるようになりたくてなりたくて仕方がなかった。
そして、この机だけは綺麗なままでいた。
きっとそれは、いつでも勉強ができるようにしておくため。
意識しないわけではなかった。呪いの刃物で苦しみ、重くなっていたはずの心の奥底。
でも、その中でそれはまだ生きていた。それのおかげで、私はなんとなく、この机の上だけは汚しちゃいけない気がしていた。
ここも汚すと、私は本当に戻れなくなってしまいそうだったから。
でも無意識のうちに、いつでも戻れるように準備をしていたんだ……。
ああ、そっか……。
そうだったんだ……。
『うっそ! 超低レベルじゃん。学長も可哀想ね』
……違う。
『兄妹って全然似ねえのなー! だっさ』
……違う。
『認めなさい。あなたに魔法の才能なんてないってことを』
……違う。
学長のお母さんも関係ない。
秀才の兄さんも関係ない。
魔法の才能なんて関係ない。
『ミーナは、ゲームと同じくらい、今でも魔法が好きなんだなって』
あの人に言われて、ようやくそれの存在に気が付けた。私の中にはまだそれが生きていた。その気持ちが生きていた。
魔法が好きだという気持ちが。その想いが。
『守りたい。人をいっぱい守れる、そんな立派なまほうつかいになりたい!』
「私はなりたい。人々を守ってあげられる、立派な魔法使いに!」
あの頃に思い描いていた、夢と希望。その温かい気持ちは、私の中で確かにまだ生きていた。
例え否定されても、それでも私は魔法が好き。その気持ちに偽りなんてない。好きな魔法で、人々を守ってあげたい。その意思に嘘なんてない。
それができる、立派な魔法使いになりたい。
そしてその夢に迷いなんてない。私は私のやり方で、その夢を追いかけるだけ。
『だから、ミーナもすればいいさ。自分が本当にやりたいことを』
今の私が、本当にやりたいこと。
その存在に気が付いた私はそれが何なのか、すぐに分かった。
「行かなきゃ。私も」
あの時はサンライトの町には行けなかった。人々を守れなかった。
でも今は違う。今動けば、きっと守れる。
恐怖による汗で濡れたスウェットを脱ぎ、不安で覆いつくされた心を切り替えるかのように、一緒に身に着けていた下着も取り替える。新しい下着と衣服を身に着け、私も部屋を後にする。
「行ってきます」
1年間、過去の出来事から逃げ、ゲームの世界に浸りながらずっと過ごしてきたその部屋に、私はその言葉を放った。
あの日から約1年。
天気は曇り。
でも、久々に見る太陽は確かに、その隙間から顔を出し始めた。
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