第10話 ミーナの闇
私の兄、シュウトは、私も通っていた魔法学校を首席で卒業した凄腕の魔法使い。
現在は世界を回ってあちこちで魔法を教えたり、ギルド警察と協力して魔獣から人々を魔法で護衛したりしている。
圧倒的な魔法知識とその才覚からか、人々には大魔法使いなんて呼ばれていたり。
そんなシュウト兄さんが突然帰ってきて10数分。
私と赤い髪の人は、シュウト兄さんと共にリビングの食卓でご飯を食べる。ご飯はシュウト兄さんが外で買ってきた弁当。
ご飯を食べながら、私は先ほどの魔獣襲撃とその際に赤い髪の人が助けてくれて経緯を話した。
「そうか。どこのどなたか存じあげませんが、妹を助けていただき感謝いたします」
「いや、別に。それよりこっちこそ、ご飯どうも」
「ああいや、それこそ気にすることはないです」
赤い髪の人の分は、シュウト兄さんが明日の昼食用にと買っておいた弁当を食べることになった。お腹がすいていたのか、その人は弁当を勢いよく口に運んでいく。
「もしかして、お腹、すいてた……?」
「……割と」
私の隣に座るその人は、口に入れていたご飯を飲み込んだ瞬間にそう答えた。
「ごめんなさい。何か出すべきだったわね」
「いいよいいよ別に。今こうして飯食えているからそれで十分」
と、言いつつも、あまりにも勢いよく食べてしまって、私や兄さんはまだ半分近くあるのに、その人はもうすでに食べ終えちゃっているのよね。
「気が利かない妹で申し訳ない。よかったら、まだ弁当あるけど食べますか?」
「いいのか?」
「もちろん。身内を助けてくれた事の礼もかねて。まあ、こんなんじゃ全然足りないくらいの恩義ですけどね」
「いや……いいよそれは。あのままだと危なかったし。それに魔獣もすっげえうるさかったしな。ああ、あと……」
その人は兄さんが手渡した新しい弁当を受け取ってこう続けた。
「別にタメ口でいいよ。なんかそっちの方が、気が楽なんで」
「そ、そうですか? それならまあ、遠慮なく」
そっか。タメ口の方が気が楽なんだ。だったら……。
「じ、じゃあ私もタメ口で言いかな?」
「構わねえ……てか、もうさっきからずっとそうだろ」
「あれ? そうだったっけ?」
いつの間に……。全然意識してなかった。
だとしたら、そのくらい私はこの人に対して心を許していたってことなのかな……。
そんなやり取りをしていたからか、兄さんはふっと笑った。
「しかし、珍しいなミーナ」
「え、何が?」
「お前が、見ず知らずの男性を家に、しかも部屋に入れるとは」
「ああ……えっと、それはその……なんというか。成り行きよね……。あはは……」
「そういえば部屋も綺麗になっていたな。まさか、コレか?」
兄さんはそう言いながら、右手の小指をピンっと突き出す。
そ、それってもしかして、恋人って意味のアレ!!?
「い、いやいやいやいや! 違う! 違うから! そんなんじゃないからっ!」
「ふっ、ミーナももう十八歳だもんな。異性を意識する年頃だ。留守中に異性を部屋に連れ込んでアレやコレやをしていても何ら不思議ではない」
「んなっ……!」
な、何を言ってるのこの人は!?
一人しかいない妹にキッパリとそんなこと言う!?
「兄さん! そんなことするわけないでしょっ! 私がその……アレやコレやなんて!」
あ、ヤバイ。自分で言うと恥ずかしい。ちょっと顔が熱くなってきた。
「おいミーナ、アレやコレやってなんだ? もしかしてまた魔法的な奴か?」
「違う! 違うから! あ、でもある意味魔法的な……いや、それでも違うから! てか知らなくていいからっ!! というか知っていても思い出さないでっ!!」
「ああ、それならまあいいけどよ」
その人はそのまま新しい弁当箱を開けて、中にある食べ物を口に運ぶ。
ふぅ……。全く、なんでこんなにからかわれなきゃならないのかしら……。
まあ、でも確かにさっきは部屋で私の下着を……。
いや、それはもういい!
忘れよう! てか、お願い忘れて私の頭!
ま、まあ、助けてくれたこととかは感謝してるし、ちょっとドキドキしたりするけど……。
でも、それがそういう意味のアレなのかは、私もよくわからないし……。
「…………」
「何見てんだよ。お前も食いたいのか?」
「い、いや、別にっ!」
全く、兄さんが変なこと言うから、変に意識しちゃうじゃない。どうしてくれんのよ……。
「はははっ!」
そんな私の様子を見て、何かを思ったのか、兄さんはケラケラと笑い始めた。
「な、何よ……?」
「いや、お前がそんなに慌てふためいたりするのを見るの、久しぶりだなーと思ってな」
「え?」
「やっぱり、お前は部屋に引きこもって沈んだ顔をしているよりも、こうして人と触れ合って、笑ったりしている方が、いい表情しているぞ?」
「それは……その」
確かに、今日は久しぶりに、人と話して笑ったりしたかもしれない。ここ最近はずっとゲームの世界で生きていたから、こうしてこっちの世界で人と話して笑ったりするのはなんだか懐かしかったり。
「というわけで、だ。ちょっと本題に入ってもいいか?」
「え?」
その表情にさっきまでの笑みはなく、そこにあったのは真っ直ぐな目をした真剣な表情の兄さんの姿。
本題? いったい何の話かな……。
「ミーナ、いい加減、部屋に引きこもって、狭い世界に閉じこもるのは、もうやめないか?」
そう思っている私の前に、兄さんから切り出されたのは、私にとってはとても重い内容だった。
「それは……」
「どこかでお前も気が付いているはずだ。全ての人間が、お前が思っているような狭い人たちばかりではないとな」
「…………」
「そして同じように気が付いているはずだ。狭い世界にばかり閉じこもっていたら、自分もいつかそんな人になりかねないとな」
兄さんは私の目をじっと真っ直ぐ見ながら、こう続ける。
「もうアレから1年。1年だ。1年待っても、お前はそうしたままだった」
兄さんの徐々に目は細くなっていき、その目が私の体を硬直させる。
「いい加減目を覚ましたらどうだろう。お前が狭い世界に閉じこもっていても、何も解決されないし、何も守れやしない」
兄さんの言葉一つ一つが発せられるたびに、私の胸の奥で、その刃はドックン、ドックンと疼き、えぐり始める。
「そして何も変わりやしない。お前の目の前にある壁は、壊れることも、消えることもしないだろう。お前がそのままでいる限り、決してな」
その言葉一つ一つを聞くたびに、心臓の鼓動が早くなっていき、息も荒くなる。
何が分かるのよ……。
兄さんに、私の何が分かるのよ……。
兄さんは知らないのよ……。
私の胸の奥に突き刺さった呪いの刃物を。苦しみを。痛みを。
「ミーナ」
『ミーナさん』
かつては私のあこがれだったその人の声を、その刃物が悪魔の声へと変えていく。
「お前を落ちこぼれたままにはしたくはない。兄として、一人の先輩として」
『あなたみたいなのを言うんでしょうね~~ 落ちこぼれが』
「……っ!」
「お前は兄さんの自慢の妹。それは今でも変わらない。今ならまだやり直せる」
『自慢のお兄さんの顔に泥を塗っている気分はどう? 落ちこぼれちゃん』
やがて、胸の奥に突き刺さったその刃物は、兄さんの言葉の有無に関係なく、私の頭の中でこうささやく。
『は? 助けに行く? サンライトの町の人を?』
『じゃあ一人で行ってきなよ。私らはここで授業受けているから』
『というか、あれがあの学長の娘さんなんだって』
『うっそ! 超低レベルじゃん。学長も可哀想ね』
『てか、あのシュウト先輩の妹でもあるらしいよ』
『マジかよ! うわ、兄妹って全然似ねえのなー! だっさ』
『つーかこんな落ちこぼれと一緒に授業受けたくないよね』
『わかる。なんでこの学校にいんの?』
『辞めればいいのに』
『おら、行けよ早く。一人で』
『早くいって来いよカス』
『そのまま戻ってこなくていいよ』
『はいはいはい、皆お静かに。そんな事実を言っても、仕方がないでしょ』
『にしても……ぷぷっ! 傑作! あなた友達いないのねー。可哀想にぃ~~~』
『ミーナさん、サンライトの町に行きたいなら授業を抜け出して行けばいいわ』
『ただし、あなたについていく人は誰一人としていないっぽいけどね』
『精々、ギルド警察の人の足を引っ張ってきなさいよ~』
『そしておのれの無力さを知りなさい』
『そして認めなさい』
『あなたに魔法の才能なんてないってことを』
「…………」
それは、1年前の忌々しい記憶。
その断片一つ一つが、私の脳内で確かに再生されていった。その断片一つ一つが浮かんでは消えていき、その度に、私の目の奥がどんどん熱くなっていく。
「だからミーナ、お前はとりあえず外に出てだな……」
「何が……わかるのよ…………」
兄さんの言葉を横切るかのように、私は椅子から立ち上がる。
「兄さんは知らないのよ……。分かってないのよ……」
自然と声が震える。目から涙も溢れていく……。
でもその最中、別の記憶の断片が再生される。
『そして私、りっぱなまほうつかいになるね!』
それは今は亡き希望でありふれていた、かつての私の声。
頭の中で響き渡るその声を聞きながら、私は俯くこともせず、目から涙を垂れ流しながら、兄さんの目をまっすぐ見る。
「私だって……どうしたらいいのかわかんないよっ!!」
「…………」
「もう知らない………。兄さんなんて、知らないっ………!」
声が震え、目から涙が溢れ、頭の中がぐちゃぐちゃになる。
訳が分からなくなった私は、立ち上がってそのまま部屋の中へと駆け込む。
「おい、いいのか?」
「よくはないな。ただ……」
「ん?」
「あなたが良ければ、代わりに少し、話を聞いてくれないか? 一年前のサンライトの町壊滅事件について。ミーナに、いったい何があったのかを」
太陽がまだ顔を出す少し前の頃。
赤い髪の人と、兄さんのそんなやり取りを聞くこともなく、耳にすることもなく、私の意識は部屋のベッドの中でびしょ濡れになりながら崩れ落ちていく。
そして思い起こされるのは、1年前のあの日の記憶。
まだ私があの学校に通っていた頃。
「え、事件!? サンライトの町で?」
「うん! 先生方が会議していたのを聞いちゃったんだ! なんか、魔獣が大群で攻め入ってきてるらしいよ」
「まじかよ!」
授業中に突然、学園長から全先生方に召集がかかって、急遽自習になった。
そして先生方の様子を聞きに行った他の学生が、中から聞こえた内容をそのまま他の人に話す。
教室の端っこに居座っていた私は、ペンを動かしながら黙って耳に入れていく。
「でもギルド警察いんだろ? 確かあそこにはディーフの団長がいなかったっけ?」
「それが、他のメンバーはみんな別の任務で出払っていて、今はほとんどいないらしいんだとよ。今は団長がたった一人で戦っているんだってさ」
「でも、町の中に魔獣が大群で攻め入ってくるなんてね」
「怖いよね。隣町だから尚更」
「ま、ぶっちゃけ俺たちには関係なくね? 言うても隣町だし」
「それねー。マージルだったら大変だったけど、サンライトなら別にね」
「…………」
何それ。自分たちが無事ならそれでいいっていうの?
どうしてそんなに冷たいのかな。この人たちは。
「あそこに住んでいる人って、要はこっちの学校に入れねかった落ちこぼれの集団だろ? 魔獣に襲われても自業自得じゃね?」
「自分の身でさえ自分で守れない、その愚かさを思い知るいい機会だよ」
「でも、人が死ぬかもしれないのはちょっと嫌だな」
「大丈夫だって。他のギルド警察もそのうち来るんだろ。何とかなるって」
「あーあ、そんなことより授業早くはじまんねーかなー」
そんなやり取りをする他の学生の声が嫌でも耳に入ってくる。
確かに、あの町はここマージルの学校に入れなかった人もいるし、この町の人より魔力や知識が低い人が多い。そりゃそうよ。この町は元来、魔力や知能の高い人たちを集めているんだから。
でも、魔獣に襲われているのよ?
命が危ないのよ?
そんなの関係ないじゃない。
どうしてこの人たちはこんなにも他人事なの?
「はいはい、皆さん席についてね~。ふざけていると、そこの落ちこぼれちゃんみたいになるわよぉ~~」
そう言いながら、扉を開いて教室に入ってくる女の教師。教室に入った途端、私の方を見て、相変わらず私の嫌味ばかり言ってくる。
席を立って移動しているこの人たちと違って、私は自分の席で真面目に自習していたのに、なんでこんなこと言うのかしら。
「ふふ、ミーナさんったら怖い目で睨みつけてまぁ~。先生怖い~~。落ちこぼれのすることは違いますわ~」
何それ。私はただ先生の方を向いただけなのに。
私はため息をつき、そっぽを向く。
そもそも、この先生が私をここまで目の敵にして嫌味を言ってくる理由。それは私自身の問題と、家族構成、そして先生の私怨にあった。
私の母親はこの魔法学校の学長。
父親は会長。
兄は卒業生。
そして私もこの学校の学生。
でも、両親は共に自分たちの子供を甘やかしたりはしなかった。むしろ、教師陣に私たち兄妹にはむしろ厳しく接するように言いつけていたくらい。
その中で、兄さんはこの学校を2年前に首席で卒業した秀才。私とは違って、兄さんは教師の厳しい言動を軽くいなし、授業も演習も難なくこなした。
そんな兄さんに色目を付けたのが、目の前にいる女教師。
兄さんが卒業の時に、教師と学生との関係などお構いなしと言わんばかりに、この先生は兄さんに想いを告げた。でも、兄さんはそれを断った。
それ以来、この先生は、そのことを根に持つようになって、妹である私に対して、八つ当たりに似たような、嫌がらせをするようになった。
色々と執拗に絡み、何かあっては私に色々とぶつけてくる。そして、以前の演習授業の時に、ついに私は暴力も受けた。
流石に耐えきれなくなって、あの後、私はそのことを両親に話してみた。
でも、教育に厳しい両親は、それも躾の一環としてとらえたようで、まともに取り持ってはくれなかった。
そのお陰で、この教師の私に対する態度は、学校から黙認されたことになってしまった。それで今ではお構いなく、これまで以上に執拗に絡んでくる。
これが、私が憧れていたはずの魔法学校での現在の環境。
こんな人が、私が憧れていた、魔法使いを育成する学校で先生をやっている。
そして、周りの人を見下し、目もくれることもしない人たちが、私が憧れていた魔法使いを目指している。
かつて大きく思い描いき、私の中で明るい光で照らされていた夢や希望は、この現実が見事に暗い闇で覆いつくしていく。
夢と現実の激しいギャップ。
その事実が、私の胸の奥底を大きく締め付ける。
「落ちこぼれ……か」
何度もその先生に言われ、最近では他の学生からも言われるその言葉。
私は、周りには聞こえないくらいの小さな声で思わずそう呟いた。
確かに私は、兄と比べて魔法の実力は乏しかった。それどころか、成績は平均を下回るくらい。だから、この先生が言う落ちこぼれというのは、ある意味合っていた。どうしてそんなことになったのか。その最大の理由。
魔力が少ない。
私には、他の魔法学生と比べて、魔力の量があまりにも少なかった。
だから仮に勉強したとしても、私の魔力が足りないせいで、十分に魔法が出せない。仮に出せたとしても、出すのにものすごく時間がかかる。そんなことが相次いだ。
……簡単に言えば、私には魔法を使う才能は無い方だ、という事だった。
「はぁ……」
その事実を認めると、あまりにもキツイその現実に、思わずため息が出てしまう。
「先生、そんな落ちこぼれはどうでもいいんで、サンライトがどうなっているのか教えてくださーい」
他の学生のとげのある言葉が耳に入る。同時に、そのとげが私の胸の奥を圧迫させる。
この先生がきつく当たるおかげで、いつの間にか、他の学生まで私にきつく当たるようになっていた。そして、気が付くと、この学校には私の味方はいなくなっていた。
「それもそうね~。今現在のサンライトの様子ねぇ~~」
先生はゴホンと一度咳をして、私たちにサンライトの町の様子を説明し始める。
「簡単に言うと、サンライトは壊滅状態。ギルド警察の救援も遅れている模様。あの町はもう終わったわね」
先生はきっぱりとそう答え、そのまま話を続ける。
「落ち着くまで、あなた方はサンライトには近づかない方がいいわね~。命を無駄にしないためにもね」
サンライトの町には近づくな。
それはつまり、その町の人々を見殺しにしろってこと。
確かに、今あの町に行くのは危険かもしれない。でも、そうしたらあの町の人たちはどうなってしまうの……?
「はーい、わかりましたー」
「いやぁ、サンライトに住んでなくてよかった~」
「本当にね~」
先生の話を聞いて、安堵の笑みを浮かべる学生たち。中には、ゲラゲラと笑っている人もいる。
本当になんなのこの人たちは?
サンライトの人は今苦しんでいるかもしれないのに、なんでこんなに他人事のように考えるの?
自分たちとは関係がないから?
自分たちの身に直接危険が迫っていないから?
そんなの、おかしいよ……。
そう思っていた時、私の脳裏であの言葉が再生された。
『私、人をたくさん守ってあげられる、そんな立派なまほうつかいになるね!』
「……っ!」
「さて、魔獣にうっかり攻め込まれてしまうような落ちこぼれの町にならないように、私たちは高度な教育を学び、力をつけましょうね~」
「「「はーーーい」」」
先生のそのセリフに呼応するかのように、学生は全員首を縦に振って笑顔でそう答える。
……私を除いて。
「あの、ちょっといいですか!?」
私はその場で立ち上がり、大きく口を開いた。
かつての私の声が、確かに先ほど私の頭の中で再生された。
その言葉が、いつの間にか私の身体を動かしていた。
「あ~ら、どうしたのかしら落ちこぼれちゃん。突然席から立ち上がって」
「あの、助けに行きませんか……?」
「は? 何を?」
「サンライトの町の人たちです」
私がそういった途端、さっきまでガヤガヤと声や物音が沢山していた教室が一気に静まり返る。そんな中で、私はその空間にいる人全員に語り掛けるようにこう話す。
「サンライトの人たちは今絶対に苦しんでいます。たった今、魔獣によって命を奪われそうになっている人もいるかもしれません。そして、ギルド警察もまだ駆け付けられていない。でも、私たちなら話は別です!」
そう、ギルド警察が間に合わなくとも、私たちなら即座にサンライトの町に駆け付けられる。なぜなら……。
「学園長、いますよね。私の母親です。あの人の持つ膨大な魔力と知識は、娘である私が十分に理解しています。あの人なら転送魔法も使えますし、この魔法学校にいる魔法使いたちを一斉にサンライトの町に送り込めます」
私は全員の方をあちこちと向きながら、話を続ける。
「私たちは魔法使いです。魔法が使えます。演習もこなしているし、訓練だってしています。そんな私たちが協力すれば、魔獣を追い払うことだってきっとできます。人々を助けることだってできます! だから、皆でいきませんか!?」
静まり返っていた他の学生たちは、次第にひそひそと話をし始める。先生も珍しく、私の話をじっと聞いていた。
よし、掴みは十分そうね。このまま説得をすればきっと……。
「私たちが協力して、一丸となればきっと怖いものなんてありません! 魔獣だって追い払えます! 私がお母さ……学園長に話を通しますから、だから皆で」
「「「ははははははは」」」
話の途中で、この部屋にいる学生が一斉に私の話を途切れさせるかのように笑い始める。そして、黙って話を聞いていた先生までもがニヤニヤと笑みを浮かべる。
え? 何……? 何なの……?
「は? 助けに行く? サンライトの町の人を?」
「なんで? どうして私たちがそんなことしなきゃなんないわけ?」
「全くメリットねーんだよなー。もしも俺らが危険な目にあったらどうするわ
け?」
「なっ……」
話が通じてない……?
それにメリットって……!?
いや、驚いている場合じゃない。今は何とかして皆を説得しないと。
「メリットとかそういうのはありません。でも、このままだと町の人が危険な目に……」
皆を説得するため、話を続けようと思ったけど、肝心のみんなはそれを待ってはくれない。
「じゃあ一人で行ってきなよ。私らはここで授業受けているから」
「というか、あれがあの学長の娘さんなんだって」
「うっそ! 超低レベルじゃん。学長も可哀想ね」
「てか、あのシュウト先輩の妹でもあるらしいよ」
「マジかよ! うわ、兄妹って全然似ねえのなー! だっさ」
「つーかこんな落ちこぼれと一緒に授業受けたくないよね」
「わかる。なんでこの学校にいんの?」
「辞めればいいのに」
「…………」
私に向かって次々と発せられる鋭い言葉。
皆は、私の提案を聞くどころか、一斉に私に直接刃物のような言葉を浴びせていく。
「おら、行けよ早く。一人で」
「早くいって来いよカス」
「そのまま戻ってこなくていいよ」
そして、それらの言葉が私の胸の奥に一つ一つ突き刺さっていく。
私に罵詈雑言を浴びせる学生たちを鎮めようと、先生は手をポンポンと叩く。
「はいはいはい、皆お静かに。そんな事実を言っても、仕方がないでしょ」
先生のセリフと同時に、学生たちも次第に静まっていく。いろんな人に刃物のような言葉を浴びせられ、心臓がバクバクと激しく動く。頭もクラクラしていく。何よりも、胸の奥底がものすごく重く感じる。
呆然と立っている私を見ながら、その人はニヤリと嬉しそうに微笑んだ。
「にしても……ぷぷっ! 傑作! あなた友達いないのねー。可哀想にぃ~~~」
「……っ!」
その人が発する言葉もまた、私の胸の奥に刃物を突き立てた。それに呼応するかのように、いくつもの刃物が私の胸の奥でうごめき始めた。
「ミーナさん、サンライトの町に行きたいなら授業を抜け出して行けばいいわ。ただし、あなたについていく人は誰一人としていないっぽいけどね」
私、一人で? 誰も……いない!?
私は黙ったまま辺りを見渡す。そこにあるのは、ゴミに集る虫を見るような目で、私を睨みつける学生たちの目。それは、私には味方がいないという事実を、明らかに示していた。
「精々、ギルド警察の人の足を引っ張ってきなさいよ~」
先生はそーっと私に近づきながらそう話す。
「そしておのれの無力さを知りなさい」
やがて、先生は私の目の前に立ち、私の耳元に口を添え、はっきりとこうささやいた。
「そして認めなさい。あなたに魔法の才能なんてないってことを」
その言葉と同時に、胸の奥にある刃物は、私に勇気と自信を喪失させる、呪いの刃物へと姿を変えた。
黒い黒い、ただただ黒い。そんな刃物が私の心の体重を重くしていった。
そして、決して取ることのできない呪いの刃物が出来上がり、それが私の胸の奥底に突き刺さった。
「…………」
その後のことはよく覚えていない。ただ、これだけなら言える。
その日、噴水が沢山あって、美しい街並みだったサンライトの町は壊滅し、多くの死傷者を出した。
そして……
「ミーナ? 突然どうした? 俺の家にやってくるなんて」
「兄さん……。私……」
自分の家の玄関の扉を開いた私の兄は、雨でずぶ濡れになっていた私を見て、目を丸くしていた。けど、そんな兄さんに私はとっさに抱き着いた。
「私……もう……どうしていいのか、わかんないっ………」
あの日の雨は、今でも忘れられない。激しくて、冷たくて、そしてしょっぱかった。
この日以来、私は魔法を学ぶことを止め、魔法を使うことも止め、そして私は魔法使いを止めた。
……そしてそれから1年。
昨日兄さんに色々と言われたからだろうか。その夢を見たのは。
思い出したくない悲しいあの日を、私の脳と心は、それを忠実に再現していた。
「…………」
目や鼻から沢山水が流れ、全身に悲しい痙攣が襲う。
ゲームの世界にもいかずに、ベッドの中に潜ったからだろうか。
私は久々に太陽がまだ上にある間に目を覚ました。
でも、その太陽はあの日と同じような色をした灰色の雲の中に隠れていた。それを見ると、再びあの日のことを思い出してしまう。
魔法はもうやめる。
あの日私はそう決心したはずだった。
でも昨日、私は自分の意思で魔法を使おうとした。
魔法を使おうとして、胸の奥底に広がる呪いの刃からもがき続ける私。
そして、その刃をただただ受け入れる私。
どうしたいの?
私は……本当はどうしたいの?
自分でもその答えが分からなくて、とても苦しい。
「もう知らない……。何もかも知らない」
胸の奥底にある呪いの刃物から逃げたい。
答えを出すことからも逃げたい。
「わかんないよ……」
溢れんばかりの涙を垂れ流しながら、私はそっと目を閉じる。
けどこの時、私はまだ知らなかった。
ぐちゃぐちゃに散らばっていた私の部屋で、唯一綺麗な個所があった、その本当の意味を。
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