第9話 困っている事

「え? え!?」



 あまりにも突然の出来事に、思わず目が見開いてしまう。


 え、なにこの人? どこから現れたの? てか、魔獣をやっつけたの!?



「つーか、勢いで斬っちまったけど、今のって魔獣で良かったんだよな? 人逃げていたし。それに姉ちゃん、子供庇っていたし」



 その人は自分の赤い髪をわしゃわしゃと掻きながら、私にそう聞いてきた。



「え、ええ。今のは魔獣で大丈夫……だと、思います……」



 そう言いながら、私はゆっくりと立ち上がる。

 でもなんか、言っててちょっと私も不安になってきた。もしかして、今のって魔獣じゃなかったりするのかしら。だって、わざわざそんなことを聞いてくる人、初めてだし。



「そうかー。ならいいんだ。いやぁ、以前にオレが出くわした魔獣とは随分雰囲気とか違ったから」



 出くわした魔獣?

 突然駆け付けたことといい、即座に魔獣を切りつけたことといい、もしかしてこの人、ギルド警察?



「えっと、もしかして、ギルド警察の人ですか?」


「んあ? いや、全然。と言っても、オレも分かんねーんだよ。自分の事」


「え……?」



 自分のことが分からないって、もしかして、いわゆる記憶喪失?



「あー、自分のことが分かんねーんだオレ。記憶喪失ってやつ」


「それはまた厄介な……」



 でもやっぱりそうなんだ。それはまた大変そうね……。

 って、そうじゃなくて!



「あの、遅れましたけど、助けていただいて、どうも……ありがとうございます」



 記憶がないにしても、助けてくれた事実に変わりはない。一応、お礼はちゃんと言わないとね。



「あー気にするな。あのままだったら、あんたやばかっただろ?」


「え、ええ……」



 確かに、この人が来なかったら私、死んでいたかもしれない。この人が来てくれて本当に助かった。でも、この人はいったいどこから現れたんだろう? 

 そういえば、この場には他に誰もいなかったのに、私が子供を庇ったことを知っていたわよね……。

 という事は、私が気が付かなかっただけで、最初から近くにいたのかしら?



「いやぁしかし、やっぱり真上からだと色々見えるのなー。最初は焦ったけど」

 ん? 真上?


「でも、子供を助けた時のあんた、かっこよかったぜ。もしかしたら、クレアも大きくなったらあんたみたいになるんかね?」


「え、えーっと……」



 ごめん、何言っているのかよく理解できない。クレア?

 もういい、直接聞いてみるのが一番ね。



「あの、あなたは一体どこから来たんですか? なんか突然現れて正直びっくりしたんですけど……」



 私の問いに、赤い髪の人は右手の人差し指を上に示した。



「この真上」


「真上?」


「ちょうど、あんたが対峙していた魔獣のちょうど真上」


「へ……?」



 真上? それって上空の事? 空?



「あー、簡単に言うと、気が付いた時にはこの真上、つまり空中に漂っていた。でもその時は、誰一人としてオレの存在に気が付くやつはいなかった。当然、あんたもだ」


 まあ、確かに辺りを見渡しても誰もいなかったはず。それにいくら何でも、空中に人が浮いていたら、そんなのすぐに気が付くわ。

 その人は持っている剣を見ながらこう続ける。



「んでもって、あんたが魔獣から子供を庇った瞬間に、徐々にオレの体は地上へと降りていった。そして地上に足が付いた瞬間、右手になんかこのでっかい剣がいきなり現れた。そして魔獣を斬って今に至るわけだ」


「いきなり剣が……ね」


「つか、オレの姿見えているよな? 大丈夫だよな?」


「ええ、はっきりと」



 まあ、突然現れたことといい、ちょっと戸惑う所はあるけれど、よく考えれば別に不思議なことでもなかったりする。

剣が突然現れた。おそらくそれは、剣が魔法によって転送されてきたという事。空中に漂っていたというのも同じくね。


 私はそういった魔法があるのを知っている。



「つーか、オレの話聞いても驚かねえのな」


「まあ、あり得ない話ではないので」


 そう、あり得ない話ではないのよね。余程すごい魔力を持った人なら、それは容易にできる。という事はこの人、誰かに魔法か何かで送られてきたのかな。だとしたら、そんなすごい魔法を使える人と知り合いってことよね。



「記憶がないって言っていましたけど、ここに来る前はどこにいたか分かりますか?」



 そう、そんなすごい魔法を使える人は多くはない。そして一応、心当たりがなくはない。

 もしかしたら、この人、母さんか兄さんの知り合いだったり?



「あー、そういえば」



 その男の人は何かを思い出したかのように、手を軽くたたいた。



「なんか、真っ暗で変な空間にいた。そこで誰かの声を聞いた」


「誰かの声?」


「確か……カネ……ル? だっけか。そんな名前を聞いたような」


「カネル?」



 うーん、そんな名前の知り合いはいないわね。強いて言うなら、お隣の国の王様が、確かそんな感じの名前だった気がするけど、まさかね。

 でも、という事は母さんや兄さんの知り合いではないのかな。

 というか、真っ暗で変な空間って、それどんなところなのかしら。

 そもそもこの人、何者なんだろ……。



「ああそうそう、忘れてた」



 そう考えている矢先、その人は私にこう聞いてきた。



「あんた、魔法使いだったりする?」



 でもそれは、今の私にとってははっきりとは答えづらい。そんな内容のもの。



「それは……」



 正直に答えるのなら、答えはイエス。

 でも、そう答えようとする私に、胸の奥に突き刺さった呪いの刃物が静かにうごめく。



『これでもあの学長の娘さん!?』

「…………」



 あの日に突き刺さったその刃物が、私の胸の奥で傷をえぐる。

 さっきは私を突き動かした言葉。でも、今はその反対に、私を足止めする大きな鎖となっていた。



「魔法は……もうやめました」



 鎖に変形した、その呪いの刃物は、心の中で、私の身体を縛り付け、私にそう言わせた。


 でも、それは事実。


 1年前のあの日。あの時から、私は魔法をやめた。そのことに偽りはない。



「そっか」



 その人は一度ため息をつく。けど、その直後、私の目をまっすぐ見る。



「もう……ってことは、使えはするんだな?」


「まあ、使えはしますけど……」



 確かに、使えはするけど……。でもそれかどうかしたのかな。



「そっかそっか」



 私がそう答えると、その人は何故か頬を上げて、うっすら微笑んだ。そして唐突にこう言ってきた。



「なんか、今現在で困っていることってあったりするか?」


「え? と、突然なんなんですか?」


「いいから。何かあったりしねえか?」


「今現在で困っている事……」



 どうしていきなりそんなことを聞いてくるんだろう。確かにそうは思った。

 でもそれ以上に、確かに今現在、私は困っていることが一つあって、それが頭の中を覆いつくしていった。



「実は……」



 私はそれを、見ず知らずのその人に正直に話した。







「お、お邪魔するぜ……」


「ええ、どうぞどうぞ」



 そして、町の魔獣出現から約1時間。

 なんと私は赤い髪の男の人を自分の部屋へと招いていた。


 え? どうして招いたかって? 

 ふふっ、そんなの決まっているじゃない。



「それじゃあ、お掃除頼みます」


「お、おう……」



 私がごみ袋を手渡すと、それをそっと手に取る赤い髪の男の人。

 私が今困っている事。それは、このごみで散らかった部屋の存在。

明日掃除しようと思っていたけど、やっぱり面倒なのよね。でも、手伝ってくれるみたいだから安心安心。


 一方で、私の部屋を見て戸惑ったのか、その男の人は部屋の入り口で立ち尽くしていた。



「何つーか……すげえな」


「ふふっ、褒めてくれて嬉しいです」


「いや、褒めてねえよ!? 逆だよ!」



 その人がそれを言った瞬間、私はその人のあご下に向けて、右手の人差し指を構える。



「何がどう逆なのかしら?」



 私がニッコリ笑うと、その男の人は顔を引きつらせ、苦笑いをする。



「手伝ってくれるんでしょ?」


「あ……はい」



 まったく、失礼しちゃうんだから……。まあ、確かにすこーし、すこーしだけ汚いけど。

 その人は渋々と動き始め、部屋にある空き缶やお菓子類のごみを一つ一つ拾っていく。



「それじゃ、私はゲームやってるから、その間お掃除お願いします」


「あ、ああ……」



 戸惑いながらも、その人はごみを一つ一つ片していく。


 何か困っていることがないか聞かれたとき、浮かんだのがこの部屋の事。

 それに、こちらも助けてもらった恩もあるし、何よりも、この人は記憶がなくて、どこに行けばいいのか分かっていない様子だったから、とりあえず私の家の空き部屋に泊めることと引き換えに、私の部屋を掃除してもらうことを頼んだ。


 そして、この人はそれを受け入れて今に至る感じね。


 でも、本当に助かったわ。これで私は心置きなくゲームができる。



「あーえーっと、姉ちゃん?」



 コントローラーを握り、モニターに集中する私に、後ろからその人が声をかけてくる。



「姉ちゃんじゃなくて、ミーナ。私の名前はミーナよ」


「こんなところで今更自己紹介!?」


「言い忘れてた。ごめんなさい。今名乗ったから許して」


「いや、別にいいけどよ」



 モニターに表示されるゲーム画面。それに合わせて私もコントローラーついているボタンをポチポチと押していく。その後ろで、その男の人はこういってきた。



「じゃなくて、ミーナ。これ……」


「ごめん、今ちょっと手が離せない」


「いや、でもこれ……」



 ゲーム画面を見ながら、私はそう返す。今ここで振りむいたり、コントローラーを放したりすると、今戦っている敵に負けてしまう可能性が出てくる。

1秒たりとも目が離せないのよね。



「ごめん、そのまま10分待ってて」


「そんなに!?」


「たったの10分じゃない」


「そーだね。君にとってはたったの10分かもしれねえけど、こちらからすれば割と長え10分なんだけど?」


「…………」


「無視かよ! どんだけ集中してんの!?」



 後ろから声が聞こえるけど、そんなのお構いなしに、私はゲーム世界で活躍し、何とも言えない満足感で胸をいっぱいに満たしていく。

そして10分経過後……



「ふぅ、やっと倒せたわー」



 ゲーム世界で強敵を倒したことに満足し、一度コントローラーから手を放す。余ほど集中していたのか、額からは汗が出てきていた。



「いい時間だし、ちょっとシャワー浴びてくるわ。その間、部屋の掃除をお願いし……」



 私が振り返りながら、そう話している最中、視界にそれが入ってきた。



「なっ……!」



 そこにあったのは、起きた時に私が脱いだ衣類(下着を含む)を鷲掴みにしながら、ボーっと突っ立っている赤い髪の男の人の姿。

 それを見て、私の頬は思わず熱くなっていく。



「んあ? もう動いていいのか?」


「動いていいのか……じゃなくて! な、なにしてるの……!?」


「何って、待ってろって言われたからずっと待っていただけだけど?」


「そーじゃなくて……! そ、その手に持っているものは何かって聞いてるのよ!?」


「何って……服?」


「いや、まあそうだけど……! でもその中にあるやつ! それは私の……」


「ああ、このピンクと白の縞々パンツとブラのこと?」


「……っ!」



 まさか、赤の他人に。しかも男の人に。さっきまで履いていた下着の柄を、はっきりと何のためらいもなく言われることになるなんて思ってもいなかった。

 まあ、私が部屋に放置してて、それをそのまま忘れていたのも悪いんだけど……。


 でも、それでもこれはちょっと……恥ずかしい。

 顔がどんどん熱くなっていく最中、私は頑張ってこう聞いてみる。



「ど、どうしてそれを握りしめているのかしら……?」


「いや、だからこれはどうすればいいのか聞こうとしたんだけど、そのまま10分待てって言われたからずっと待っていたんだが?」



 ずっと待っていた?

 それを手に取ったまま?

 え、まさかとは思うけどもしかして……。



「という事は……10分間ずっとそれを鷲掴みにして待っていたの?」


「だって、そのまま10分待っててって言っていたから……」


「んなっ……!?」


 10分前の私の馬鹿ぁーーーーー!!



「んで、これはどうすりゃいいんだ? ミーナの後ろ側にある衣類と一緒にまとめればいいのか?」


「ふぇっ!? わ、私の……後ろ側?」



 私はそーっと、後ろを振り向く。

 先ほど放置したコントローラーの周辺には、お菓子のごみや空き缶が散らばっている。でもそれらと並ぶように、二日前の衣類が放置してあった。

それも、ピンクのひもが付いてある、白い無地のパンツがむき出しで……。



「……っ!?」



 そうだった、ここ数日間、衣服は放置しっぱなしだった。迂闊だった。しばらく家に誰もいないからって、調子に乗っていたのがまさかこんなところでツケが来るなんて……!



「あと、その反対側にある青い水玉の……」


「もーーーー! わかった! わかったから!!」



 私はその人が鷲掴みにしている私の衣服を奪い返す。



「私も掃除するから……だから、その……衣類以外を、お願いします……」


「お、おう……」


「…………」



 それから30分ほど、私とその人で部屋の掃除をし続けた。けど、その間、私は恥ずかしさでいっぱいになっていて、口を開くことはできなかった。











「はぁ……」



 部屋の掃除を終えた私は、汗を流すために一旦お風呂に入ることにした。


 その間、あの人にはゲームのレベル上げを任せておいた。

部屋に見ず知らずの男の人一人を残しておくのは、一般的にはあまり良くないのかもしれないけど、別に私の部屋には変なモノなんてないし、下着類は既に片付けたし、問題ない。

 ……念のため、このお風呂場にもカギはかけたし大丈夫。


 下着みられちゃったときはものすごく恥ずかしかったけど、あれは私が悪いから仕方がない。

 それより……。



「この町にも魔獣が現れるなんてね……」



 掃除しているときに外の様子がちらっと見えたけど、あの後は逃げていた人も無事に家へと戻っていったみたいだし、ひとまずは落ち着いたんだと思う。

 細かい情報とかは後々わかるでしょ。でも、問題なのはそこじゃない。



「魔獣……か」



 温かいお風呂に身を浸かりながら、私はさっきの騒ぎを思い返す。

 魔獣の出現に戸惑う人々。そして、何もせずにただただ逃げる。

 魔法を使うなりして、皆が協力すれば、魔獣だって追い払うことくらいできたはずなのに。それに、あの転んで逃げ遅れた子供を、大人たちは誰一人として助けようとはしてくれなかった。

 そして、あの場にいたのは、私だけだった。



「…………」



 私は、その事実が腹立たしくてたまらない。

 やっぱり結局、人は自分の事しか考えられないのかな。自分さえ助かればそれでいい。そんな生き物なのかな。



「これじゃ、あの日と同じじゃない……」



 もうすぐから1年。あの日を機に、私は魔法をやめた。

 それなのに、今日私は、魔法を使おうとした。あの子を守るために。



「はぁ……。何やってんだろ……私」



 この1年間、魔法はもうやめて、私は胸の奥にある呪いの刃物からただただ逃げまとっていた。でも、さっき私は一瞬だけ、その刃物に立ち向かった。その子を守るために。



『まだ諦めてなかったの? まだ、抗おうとするの?』



 そんな私の声が、私の胸の奥底から聞こえてくる。



「私は、どうしたいんだろうな……」



 このまま魔法を止め続けて、胸の奥にある呪いの刃物から逃げていたいのか、それとも。



『でも、子供を助けた時のあんた、かっこよかったぜ』


「…………」



 私の事、あんな風に言ってくれた人、兄さん以外で初めてだなぁ……。

 というか、あの人、よく考えたら私の事助けてくれたのよね……。


 この町で、大人はみんな逃げていったのにもかかわらず、あの人だけは、何も考えずに、魔獣に立ち向かった。私を守ってくれた。

 もしかしたら、あの人は誰かのために動ける人。あの日に私が望んでやまなかった、そんな人なのかもしれない……。



「名前、なんていうんだろうな……」



 助けてくれた時のことを思い出すと、少し胸がドキドキする。それは、私が毎日目を覚ます度に起きる胸の鼓動とは若干異なっていた。



「……一緒にゲーム、頼んだらやってくれるかな」



 その胸のドキドキが何なのか、私はよく理解できないまま静かに風呂から身体を起こした。

 そして、再びスウェットに着替えて、私は自分の部屋へと戻っていった。



「うぉおおおおおお! 出でよ! 火の玉ぁああああ!」


「…………」



 でも、部屋に戻った瞬間、その人の口から出た第一声がそれだった。

 天井へと右指を突き上げ、思いっ切りそう叫ぶ赤い髪の人。


 えっと……何をしてるのコレ?



「うーん、違うな。出でよぉ! 火の玉ぁあああああああ!」



 その人は確かに私の部屋で作業をしていた。だけど、私が頼んだはずの、ゲームのレベル上げ作業とは全然違うことをしていた。



「おっかしいな……。ここに書いてある通りにやってんだけどな」



 その人は両手を精一杯前に出し、再びこう叫んだ。



「出でよぉおおおおおお! 火の玉ぁああああああああああ!」


「…………」



 壁に向かって両手を前に出して、思いっ切りそう叫ぶだけのシュールな行動をとるその人を前に、私のさっきまでの胸の高鳴りは、いつの間にか消えてなくなっていた。



「何を……しているの?」


「うお!? ミーナか。びっくりさせんじゃねーよ」


「いや、こっちがびっくりなんだけど!?」



 私は綺麗にな部屋の中へとずかずかと入り、その人のそばへと近づく。



「何しているの? レベル上げは?」


「あー、それな。なんか面倒になったから一旦止めた」



 その人はモニターの方を指さす。モニターを見てみると、そこには私が一生懸命に育てたゲームキャラのかっこいい勇士の姿はどこにもなく、代わりに表示されていたのは「GAME OVER」の8文字。



「一旦止めた……じゃなくて、完全に死んでるじゃないこれ!?」



 私は即座にコントローラーを握り、その場に座り込む。ボタンを推し進めて、どこで、そしてどのようにしてゲームオーバーになったのかを調べる。

 すると、私がちょうどお風呂に入りに行った時間帯、つまり最初の一戦目の時点で、私の育てたキャラクターは死んでいた。



「いやぁ、ちょっと手を止めただけなんだ。そしたらなんかこんな文字が出てきてな」


「ちょっと手を止めるってレベルじゃないわよねこれ!? 完全に何もしてないわよねこれ!?」


「な……っ! なぜわかった!? もしかしてエスパー!?」


「データ調べりゃすぐにわかるわよ!」


「すげえな、お前魔法で相手の心まで読み取れんのか」


「魔法じゃないわよ! 話聞きなさーーーーーい!」


「んなことよりミーナ」


「んなことで済まさないでーーー!」



 私の愛するキャラクターがぁ!

 レベルがぁあ!

 死んでしまうとは何事よぉおお!



「…………」



 もしかしてと思って、そのままボタンを推し進めて、ゲームのキャラクターの情報を見てみる。すると、このように表示された。


【ゲームオーバーになったため、所持金が半分になりました】



「はは……ははは……」



 はぁ……。人にレベル上げを頼んで、楽しようとした私が甘かった……。



 その事実を受け入れ、黙ってデータを記録する私。


 一応、最後にセーブをした時から少しは進んでいたから、ゲーム機の電源を切ってリセットしてその分の時間を無駄にするよりはマシだからね……。

 データの記録を終えて、ゲーム機の電源を切る。その最中その人はこう言ってきた。



「なあミーナ、これ、どうやってやんの?」


「はい……?」



 その人の方へ振り返ると、その人は一冊の本を広げていた。それは、1年前まで私が毎日のように開いていたとある本だった。



「もう、勝手に読まないでよ……」


「悪ぃ。でも、なんかすぐそばの机の上にでっかく置いてあったから、つい」


「まあ、片付けずに机の上に置きっぱなしだった私も悪いんだけど。どれどれ」



 ここに書かれているのは、魔法を使う練習とそのやり方についてね。

 えっと……。



「部屋の中でも出せる魔法。例題1、火の玉……」



 私はそこに書かれている文字を読み上げる。そして、そこには指先から火の玉を一瞬だけ出す方法が書かれていた。



「魔法の構造と仕組みをイメージしましょう。そして、指先から火を出すイメージを……」



 読み上げながら、右の人差し指ピンっと伸ばす。するとそこから一瞬だけ火の玉が現れる。



「うぉ!?」



 それを見たその人は、目を丸くして驚く。けど、驚いている間に火の玉は消えていった。



「消えた!?」


「まあ、部屋でも練習できる魔法だからね。どれも簡単なものばかりよ」


「そーなのか? でも、すげえな」



 その人はうっすらと笑いながら、もう一度その本を見る。そして……



「出でよぉおおおおお! 火の玉ぁああああああああ!!」



 私と同じように、右指をピンっと伸ばす。

 けど、火の玉が出ることもなく、ただただ何も起きずに沈黙が流れる。



「あれ、なんで出ねえんだ?」


「ふふっ、そりゃそうよ」



 さっきから何回も大きく叫びながら、その魔法を出そうとするその人を見て思わず笑いがこみ上がってくる。



「この魔法の構造と仕組みをまず覚えてないでしょ? あなた」


「まあ、そもそも記憶もねえしな。でも、火の玉を出すイメージならだれにも負けねえ」


「ふふっ、それだけじゃ無理。まずはこの魔法の構図や仕組みを覚えるところ。つまり、勉強から始めないと」


「勉強……か」



 その人は何か思い当たるところがあったのか、一息ついた。



「え? どうしたの? もしかして、記憶、何か思い出したの?」


「いーや。記憶はいまだに。ただ、数日前に同じようなことを言われてな。ガキんちょ二人に」


「ガキんちょ二人?」


「いや、何でもねえさ。それより」



 その人は再びその本に目を通し、そして今度はこう聞いてきた。



「要は、その構図と仕組みってやつを覚えりゃ使えるんだな? 魔法は」


「うーん、まあそうだけど、でも中にはそれでも使えない人もいるわね」


「んあ? そうなの?」


「ええ。魔法を使うには、知識は勿論だけど、それ以上に必要なのは、使う人のいわゆる魔法を使うだけの潜在力。要は、魔力ってやつ」


「魔力……?」


「そう。魔力。使う魔法に見合っただけの魔力を、その人が持っていれば使えるわね」


「じゃあ魔力がなきゃ使えねえってことか」


「そういう事ね」



 私がそう答えると、魔法を取り巻く問題の山に落胆したのか、その人は肩を落とした。



「なんというか、それはつまり、才能がねえと無理ってことか」


「そう答える人もいるわね。確かに。でも……」



 その人が持っている本のタイトルが目に入る。そこには『選ばれし者が使える魔法学基礎&応用』と書かれていた。



「…………」



 でも、そのタイトルを見ると、私の心の奥底にある呪いの刃がドックンドックンと疼く。



「私は、そうは思わない。いや、思いたくない!」



 その本に向けて言うかのように、私はその人にそう答える。



「誰だって、諦めなければ使えるようになるはず。私は、そう思う」


「そっか……」



 私の考えを聞いて、その人は嬉しそうに微笑んだ。



「じゃあ、オレもいつか使えるようになるかもな」


「ええ。まあ、勉強はしないとダメだけど」


「ぐっ、そう言われると、めんどく感じるな。ただ……」



 そう言いながら、その人はパラパラとページをめくる。



「お前が、すげえ奴なんだなーとは思った」


「え?」



 パラパラとページをめくり、その人はとあるページで手を止める。そこには1年前まで私がつけていたマーカーの跡や赤線、メモなどが書いてあった。そして、そこに記されていた魔法。

 それは、私が幼い時からずっと使いたくて止まなかった、特別な魔法。


 その名は、灼熱火球-ブレイゾル-。


 でも、そのページを見ると、無意識に私の心臓は素早く動き始める。



「めっちゃ頑張ってんだな。魔法の勉強。さっき、魔法は止めたとか言ってたけど、そんだけ頑張ってんなら、お前はいつかきっとすんげえ魔」


「すごくない……」


「ん?」


「全然、すごくなんかないわ……」


「ミーナ?」


「頑張ってなんかいないし、それに私はもうその勉強は……魔法は……辞めたの」


「…………」



 私はそっとその本をその人から取り上げる。そして、そのまま閉じて、元の位置に戻す。



「ごめんなさい。でも、もう二度と、この本には触らないで」


「お前……」



 心臓がドックン、ドックンとなりながら、なんとなく息も苦しくなる。けど、それをばらすまいと、私はゆっくり大きく呼吸する。



「ごめん、今日はもう一人にさせて。あなたの部屋はちょうど隣にあるからそこを使って」



 私がその人を部屋から出そうと、その人の右手を掴む。



「お、おい、急にどうした?」



 私に引っ張られ、思わず戸惑うその人。でも構わず、私は俯きながらその人を引っ張った。


 けどその時……



「ミーナ、お客さんか?」



 部屋の入り口から、私でも赤い髪の人でもない、別の男性の……聞き覚えのあるそんな声が耳に入る。私はそーっと前を向いた。



「ただいま。魔獣襲撃の知らせを聞いてな。急いで戻ってくることになった」


「に、兄さん……!?」



 そこにいたのは、私がかつて憧れていた凄腕の魔法使いにして私の兄。シュウト兄さんだった。


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