第7話 再会の約束

「消えた……?」



 赤い人がそうつぶやく。けどそれと同時に、僕らは赤い人の元へと駆け寄った。



「赤い人! 大丈夫!? 怪我してない!?」


「あー、問題ねー。ピンピンしてるよ」


「よかったぁ……」



 クレアは安堵の表情を浮かべ、ほっと息をついた。



「今のが魔獣か。なんか消えたんだが、あれって……」



 赤い人がそう聞くと、クレアはこう答える。



「ああ、それは……えーっとね。魔物が息絶えた時、すぐにでもその体と魂が浄化されるように……って、昔、魔物を統括していた偉い人が、そうなるよう世界に魔法を使ったんだって」


「魔物を統括していた偉い人?」


「うん。私もその人がどういう人なのかよくわかんないんだけど、とりあえずそれが世間で認知されてる事実かな。学校でも習うし」


「なるほど。んじゃ、今の魔物……いや、魔獣は消滅したってことでいいんだな」


「うん!」



 そしてクレアは嬉しそうに僕らに微笑みかける。



「本当にどうなるかと思ったよー。赤い人とネルス君のおかげだね! どうもありがと!」


「まあ、ビビったけどな。何とかなってよかったよ。それより……」



 赤い人はじーっと僕の目を見る。



「ネルス、お前魔法使えたんだな」



 赤い人のその問いに、僕は黙ってうなずく。



「言ってくれてもよかったじゃねえか。なんで黙ってたんだよ」


「うん、そうだよー。うらやまし……じゃなくて、すごいよ! しかもあんなにすごい魔法をね。どうして言ってくれなかったの?」


「それは……」



 赤い人もクレアも僕の方をじーっと見つめる。もう見せてしまった以上、隠す必要もない。



「僕もわからないんだ。特に勉強をしたわけでもないし、同じ魔法を見たことすらないのに、どうしてか、生まれ時からあの魔法だけ使えるんだ……」


「勉強をしてないって、それじゃあ構造とかを直接学んだわけじゃないんだ?」


「うん。構造とかも全然よくわかってなくて、この魔法がどういった類の魔法なのかもわからない。僕が意識をすれば、出せるんだ。さっきの魔法を」



 魔法というのは、その構造をしっかりと理解して初めて出せる。そのためにはたくさん勉強して、知識を積んで、そのうえで魔法を扱うトレーニングもして初めて使える。


 けど、僕のアレは違う。知識も何もなく、ただただ意識をすれば出せる技。これが魔法と呼べる代物なのかどうかもわからない。



「構造も仕組みも実態もよくわかっていない。わかっているのは、とても強力な技で、人に向けて放ったりしたら、とても危険だっていう事」



 僕は二人に話を続ける。



「以前に、試しに大人の人の合意を得て、一回だけ使ってみたことがあったんだけど、上手く操作できなくて、その場にいた大人の人に当たっちゃって、大怪我させた事があったから……」


「そんなことがあったんだ……」


「ごめん、だから、言いたくなかったんだ。こんな実態のよくわからない魔法を一つだけ使えるなんて、気味悪がられると思って」



 僕は二人に頭を下げた。隠していたことに対してでもあるし、そんな魔法を使ってしまったことに対することでもある。



「そんなことないよ」


「ああ、全くだな」



 けど、その二人はそんなこと気にも留めない様子だった。



「ネルス君のその魔法で助かったんだもん。感謝しなきゃ。それに……」



 クレアは、下げていた僕の頭の上に手を優しく置いて、そっと撫でてくれた。



「かっこよかったよ。今回は完全にネルス君に助けられちゃった。あんなにすごい魔法持ってるんだもん。もっと自信もって!」


「ク、クレア……」



 僕はそーっと頭を上げる。クレアは優しく僕の方を見てニンマリと笑った。



「そーだぞ。世の中には魔法を出せない人もいるみたいなんだしよ」


「あ・か・い・ひ・と?」



 クレアは目の下を黒くさせながら、赤い人に微笑みかけた。

 それを見て、赤い人は体を少し震わせた。



「まあ、とにかく、謝ることなんてないよ。むしろ助けられちゃったんだもん。感謝しなきゃ」


「そーだな。正直、ネルスのあの魔法がなかったらどうなっていたか……」


「二人とも……」



 僕はどうやら、少し考えすぎていたのかもしれない。この二人がそう言ってくれたのなら、それは素直に受け入れよう。何がともあれ、誰も傷つけることなく、僕は僕の力で、二人を守れたんだ。



「まあ、とりあえず、思わぬアクシデントはこれで回避できたわけだが……」



 赤い人はあたりを見渡す。あたりの草木は焼けてしまっていて、黒く焦げているところが何か所もある。

 何より、さっきまで過ごしていたこのキャンプ場は破壊されてしまっている。



「ここのキャンプもこんな状況だ。どーするよ?」


「どーするって、何がですか?」


「何がって、クレアの母ちゃん」


「あっ……」



 そうか、そうだった。僕らさっきまでクレアのお母さんを探して……。正直、魔獣を退けるのに精いっぱいで、一瞬頭から抜けていた。



「探そう! 今から探しに行こう!」



 まだ探しに行く時間は十分にあるし、まだ宿泊施設の方にも行ってないんだ。そっちに行けばきっと……。



「そーだな。と言いてえところだが……」



 赤い人はふっと一息ついて、こう言った。



「どうやら、もうその必要もないかもしれねーな」


「え?」



 赤い人は僕の後ろの方を指さす。僕は後ろを振り返る。



「あ……」



 後ろからは、何人かの人が、このキャンプ場に向かって走っていた。そして、その先頭にいる人が武器を携えた女の人で、僕らに向かって手を振っていた。



「お母……さん?」



 その人を見るなり、クレアは声を震わせる。



「クレアー! クレアーーー!」



 その人はキャンプ場に近づくにつれ、僕らに向かってそう叫んだ。



「お母さん……! お母さぁああああああああん!」



 クレアもその人に向かってそう叫び、その人の元へと一目散に走っていく。

 そして、二人は手を取り合い、そのまま抱き合った。



「母ちゃん、無事だったみてえだな」


「そうですね」



 抱き合う二人の親子を見ながら、僕と赤い人はそう話す。


 クレアのお母さんは無事だったんだ。本当によかった。

 でも、どうして今になって戻ってきたんだろう? やっぱり、今の魔獣がこのキャンプに現れて、その騒ぎで駆け付けたからだろうか?



「君たち、ちょっといいか?」



 そう考えている最中、クレアのお母さんと一緒に戻ってきた20代前半くらいの若い女の人が、そう言いながら僕らの方へと近づいてきた。同時に、一緒にその人と同じ年代くらいのお兄さんも近づいてくる。


 この二人、クレアのお母さんと一緒に来たという事は、クレアのお母さんの知り合いかな。


 やがて、僕らの目の前でその二人は立ち止まり、女の人がこう口を開いた。



「ここのキャンプの有様……。もしかして魔獣が襲ってきたのかな?」


「はい。まあ、何とか退けましたけど……」



 僕がそう言うと、二人は目を丸くする。



「すごいね! 私たちでさえ、あの魔獣を取り押さえることができなかったのに」



 魔獣を取り押さえる? え、もしかしてこの人たちって……。



「もしかしてあんたら、ギルド警察ってやつか?」



 赤い人もそう思ったのか、その二人にそう尋ねる。



「申し遅れたね。私はギルド警察ディーフの副団長。エレカ」


「同じく、ギルド警察ディーフの参謀。アレンだ」



 ギルド警察!? この人たちが!?



「というか、ディーフ!? 今ディーフって言いました!? そして副団長って……!」



 ディーフというと、この国ではとても有名で人気のある組織。

 そして数多くの魔獣を退治し、数多くの街を守ってきた、皆に尊敬される組織だ。

 でもまさかこの人たちがそのメンバーだったなんて。


 だけど、僕の問いなんか聞きもせず、アレンと名乗った人が僕らにこう尋ね返してきた。



「んで、てめえらは何者だ? なんでここにいる? ここは俺たちディーフのキャンプ場だったはずだが? まさか不法侵入者か?」


「えーっと、それは……その」


「こらこら、アレン。そうやって質問攻めはしちゃだめだよ。レアーナさんにも言われているだろ」


「すまねえ……」



 アレンと名乗った男の人は、エレカと名乗った女の人に頭をペコリと下げた。

 副団長って言っていたし、エレカって人は本当に偉い人なんだろうなぁ。

 でも、アレンって人も参謀って言っていたし、もしかしてここにいる二人ってかなりの大物なんじゃ?



「それはそうと、大丈夫だったかい?」


「大丈夫って、魔獣の事ですか?」


「いや、まあそれもそうなんだけど、そっちじゃなくて」


「突然、ここら一帯が結界に包まれちまったからな。お二人さんも、ここから出られなくて、さぞかし、びっくりしただろうよ」



 エレカさんとアレンさんが僕らにそう言ってくる。僕と赤い人は思わず顔を見合わせた。



「んーと、何のことだ?」


「結界って、なんのことでしょうか?」



 僕らがそう聞き返すと、今度はエレカさんとアレンさんが顔を見合わせた。



「も、もしかして、気が付いてないのかい?」


「はい……?」



 結界って何のことなんだろう? それも出られないって?



「わかった、私から全部話そう」



 エレカさんは僕と赤い人の二人を交互に見ながらこう説明し始めた。



「昨日の昼過ぎ、突然、ここら一帯……まあ、ここのキャンプ場から見晴らしのいい丘付近にかけて、大規模な魔法結界が出現してね。透明な壁のようなものに覆われて、それで、誰も入ることができなくなった」



「え!?」



 昨日の昼過ぎというと、僕がちょうどこのキャンプ場で目を覚ました時くらいかな?

 その時って確かクレアのお母さんがいなくなった時くらいだよね。



「厳密には、結界の存在が確認されたのは一昨日の昼。その時は、壁の存在なんざなかったんだがな」



 一昨日の昼……?

 それって確か、僕の右半身が重くなって、気を失った時……?

 もしかして何か関係があるのかな。



「でも、昨日の昼過ぎに透明な壁が出現した。その知らせをレアーナさんから受けてね。すぐに私とアレンが駆け付けたのさ」


「んでもって、実際に来てみれば結界でキャンプ場には入れねえわ、ついでに魔獣が複数体現れるわ、まあ、とにかく大変なことになっていた」


「魔獣が……複数体!?」



 僕らが対峙したのは1体だけだった。でも、他にもいたってこと!?



「魔獣と相手取っているうちに、今朝方、そのうちの1体がここの結界の中に入り込んだ。だから、中で閉じ込められているであろうクレアが心配でね」


「そうだったんだ……」



 という事は、クレアのお母さんが一向に戻ってこなかったのは、その結界があったからかな。でもまさか、そんなことになっていたなんて。



「でも、クレア以外にも君たち二人がいてくれたのは不幸中の幸いだ。魔獣も退治してくれたみたいだし、本当に助かったよ。ありがとう」


 エレカさんは僕ら二人に頭を下げる。

 それにつられるように、アレンさんも頭を下げた。



「別に気にすんじゃねえよ。つーか、そうなると……だ。その結界を張ったのは……」


「うん、君たちが倒してくれた、その魔獣だろうね」


「…………」



 エレカさんが言った内容と共に、僕は魔獣のことを思い出す。

 魔獣は明らかに僕を狙っていた。つまり、僕を殺すために結界を張って、ここに閉じ込めて、僕の命を狙いに来たという事。


 でも、どうして僕なんかを……?

 それに……。



『いずれ、俺様の仲間が……貴様を殺しに………』



「……っ!」



 その言葉を思い出すと、目が遠くなり、暗闇に包まれるかのような何とも言えない恐怖感が僕を襲う。内側から胸を圧迫する酷い重圧感。


 心臓が、ドクン、ドックン、ドックン! と大きく、そして早く鼓動する。それに、息も苦しくなってきて……。



「ネルス」



 僕が色々と考えているうちに、赤い人は僕の頭の上に手をポンと乗せる。その瞬間、視界が明るくなるのを感じた。



「しけた顔すんじゃねえよ。オレたちはその魔獣をしっかりと退けた。それも、お前の力のおかげでだ。その事実は変わんねえ」


「は、はい……」


「今は、それを喜ぼうや」



 赤い人はそのまま僕の髪をわしゃわしゃとかき乱した。



「ちょっ、やめ、やめてください~」


「ははは!」



 でも、この人の言う通りだ。魔獣を退けて、そしてその結界が消えて、そのおかげでクレアとクレアのお母さんも再会できた。そのことに偽りはない。



「…………」



 赤い人にそう言われてから、さっきの恐怖感、不安感は今はなくなっていた。


 この人はたまにこうやって僕やクレアを励ましてくれる。

 それも辛いときに。



「ネルス君! 赤い人!」



 赤い人とそんなやり取りをしているうちに、クレアは目の前まであるいて来た。そしてその隣には背の高い、クレアと同じ色の髪をした女の人がいた。



「紹介するね、こちらが私のお母さん」



 その人は僕ら二人を見ると、優しく微笑んだ。



「初めまして。クレアの母です。娘を守ってくれたんですってね。どうもありがとう」



 クレアのお母さんは僕と赤い人に頭を下げた。

 けど、それと同時にエレカさんがこう言った。



「そして、この人が我らがギルド警察ディーフの団長。レアーナさんだ」



「へ……? えええ!?」


「初めまして。ディーフの団長、レアーナです。娘がお世話になりました」



 そう言って、クレアのお母さん、もとい、ギルド警察ディーフの団長レアーナさんは再び僕らに頭を下げ……いやいやいや、何回頭下げているんですか!?


 いや、そうじゃなくて!



「クレアのお母さんって、団長だったの!? しかもディーフの!」


「うん! あれ、言ってなかったっけ?」


「言ってないよ! 初めて聞いたよ!」



 さっきも言ったかもしれないけど、数あるギルド警察の中でも、特にこの国で人気の高いギルド、ギルド警察ディーフ!

 そして何度も言うけど、街の治安維持や人々の護衛、魔獣から人々を守る活動をメインに行ってる人気のある組織! 


 今、僕の目の前にその団長と副団長に参謀といった凄い3人がいる。まさか、クレアがその団長の娘さんだったなんて……!



「うふふ……」



 レアーナさんは、クスと笑うと、僕と赤い人を交互に見る。



「お二人とも、無事で何よりです。怪我や具合はもう大丈夫?」


「は、はい! おかげさまで!」


「そう、それはよかったです。ああ、そうそう……」



 レアーナさんはうっすらと微笑むと、僕にこういった。



「ネルス君のお友達、見つかったから声かけておきました」


「えっ!?」



 友達……ってことは、レイタやホノカの事!?



「え!? ほ、本当ですか!?」


「ええ。たぶん、今頃こっちに向かって……」



 レアーナさんがそう言いかけたその時だった。



「「ネルスゥウウウウウウウウウウ!!」」



 キャンプ場の入り口から、なんか見覚えのある二人の人物がものすごい勢いで走ってきた。

 一人は男の人。そして一人は女の人。



 アレって、もしかして!? いや、間違いない!



「レイタ! ホノカ!」



 その二人は間違いなく、村の学校の1つ上の先輩にして僕の親友、レイタとホノカで間違いなかっ……。



「「ダブルキィーーーーーック!」」



「ぐっはぁ……!」



 二人を確認するまでもなく、二人は一目散に僕のところへと飛び掛かり、そして手を取ることも、抱き着くこともなく……。



 ただただ、蹴っていきました……。



「っ……!」



 蹴られて吹っ飛ばされる僕。


 あれ? あれ!?



「あ、あの二人とも? せっかくの感動の再会なんだから、そちらの親子二人みたいに抱き合うとかそういった感じには」


「ならねえ!」


「なってたまるもんですか!」



 レイタとホノカはそのまま僕の両手と両足を掴み、そのままグイっと持ち上げる。


「え……、あの、これは?」


「今すぐお前を連行する。大人しくしな」


「この2日間どこ行ってたの!? こっちなんてあんたの捜索で大変だったんだから!」


「い、いやでも僕は僕で色々と大変な目に」


「安心しな、大変な目に合うのはこれからだ」



 え? これから……?



「先生方、カンカンにキレてんぞ……」


「遅れてきただけでなく、怪我をしてここのキャンプに運ばれたと聞いてからは特にね!」


「え、いやでも、わざと怪我をしたわけじゃないんだし……」


「違う、そうじゃないんだ」



 え、じゃあ、何!?



「おまえの荷物、そちらの団長さんに届けられてな」


「え、僕の荷物!?」



 そういえば、僕の荷物、つまりリュックが突然犬に盗まれて、それを追いかけている最中に、転んで怪我をしたんだっけ。でも、それをどうしてレアーナさんが?



「ああ、そういえばアレ、ネルス君の荷物だったわね。私は生物調査でここに来ていたんだけど、その対象の魔物が、なんかリュックサック持っていたから、ついでに回収しておいたの。それで、そのまま宿泊施設に向かったら、あなたのリュックだと判明したの」



「んな!?」



 レアーナさんの生物調査の対象って、あの犬だったんかーーーーーい!



「そ、そうだったんですか……。それはどうも……ありがとうございます」



 僕はレイタとホノカに持ち上げられながらも、とりあえずレアーナさんに礼を言った。



「んでもって、そのリュックの中身を確認した先生方は、お前のアホっぷりにカンカンになったってことだ。ほら、さっさと行くぞ!」


「安心しなさい、あなたが行方をくらませたおかげで、林間学校はほぼ中止。そしていま見つかったから、1日延期よ。今夜はたっぷり楽しめるわね。先生方のお説教が」



 嬉しいけど嬉しくなぁああああああい! 嫌だぁ! それは嫌ぁあ!



「よかったね! ネルス君! 林間学校まだ終わってないって!」


「よかったじゃねえか、ネルス。これで林間学校楽しめるな」


「嬉しくなぁーーーーーい! 助けてぇー! クレアーーー! 赤い人ーーー!」



 僕の叫びもむなしく、レイタとホノカは僕を持ち上げたまま、この場から歩き始める。



「「みなさん、お騒がせしましたー」」


「ちょ、ちょっと待って! 僕はまだギルド警察の人から色々とお話を~」


「「そんなことより先生のありがたいお説教」」


「嫌ぁあああああああああ!」



 僕の叫び声をBGM にレイタもホノカも歩みを止めない。



 でも、僕もこうして仲間と再会を果たし、クレアもお母さんが見つかった。つまり、目的は果たせたんだ。


 つまりこれで、皆とお別れ……。



「…………」



 両手両足を掴まれ、運ばれながらも、後ろにいる人たちの姿が目に留まる。

 ギルド警察の人もそうなんだけど、でもなんといってもあの二人。

 クレアと赤い人。


 二人とは、本当はもっと色々とお話ししたかった。

 というか、一緒にいたかった。


 短いようだったけど、それでも3人と過ごした時間は、僕にとってはとても濃かった。濃すぎた。

 赤い人に助けられ、クレアは看病もしてくれた。そして3人で一緒にご飯も作った。夜も手をつないで眠ったっけ。

 その後、クレアのお母さんを探しに朝出かけて、そして僕ら3人は、あの絶景を見た。そこで夢を語り合った。魔獣に襲われもしたけど、それでも3人で退治した。


 3人でのちょっとした冒険は、今の僕には、あまりにも濃い。林間学校なんかよりもずっと。


 ……このままお別れするのは、なんか……嫌だな。


 そう思っていたその時だった。



「ネルス君!」



 後ろから、クレアが僕の名前を呼ぶ。レイタとホノカは顔を見合わせると、足を止め、僕を降ろしてくれた。僕はそのままゆっくりと立ち上がる。

 クレアは僕に近づくと、耳元で僕にこうささやいた。



「明日の朝、あの丘で待ってるね。赤い人と一緒に」


「クレア……」



 クレアはにっこり微笑むと、レアーナさんの隣へと戻っていった。

 僕は黙って首を縦に振る。



「よし、行くぞ。ネルス」


「うん……」



 再び3人で会う約束をし、僕はこのキャンプ場を後にする。


 ギルド警察の二人や、レアーナさん、そしてクレアと赤い人に軽く会釈をし、僕はレイタとホノカに連れられて、林間学校の宿泊施設へと戻っていった。




 そして、次の日の早朝。


 荷物をまとめ、帰る準備を済ませて、僕はそこに向かう。

 どこまでも続く上り坂。草木に覆われた視界。

 けど、それを抜けた先には……



「あ、ネルス君来た!」


「よぉ、ネルス。調子はどーよ」



 広々とした世界と共に、その人たちが顔を見せる。



 今日を入れて3日間。その間に共に過ごした、僕の特別な仲間が、赤白くて明るい太陽に負けないくらい、明るい表情をして僕を迎え入れてくれた。



「おはよう! クレア! 赤い人!」


「うん! おはよう! あ、そうそう」



 クレアはニンマリと微笑みながら、僕にこう言った。



「ネルス君のリュックを盗んだ犬、あれね、うちで面倒見ることになったんだー」


「へ……? ええ!?」



 僕のリュックを盗んだ犬。あれはレアーナさんの生物調査の対象だった。けど、その犬を引き取ることになったのはどうしてだろう。



「あの犬ね、怪我していたみたいなの。ネルス君と同じく片手と片足。それで、治療するために町まで送ることになったんだけど、その後はうちで飼うことになったんだー」


「えーっと、どうして突然飼うことに……?」


「懐いちゃったの。お母さんに。それで、任務が終わったら即座に飼うって。お母さんが」


「あー、確かにキャンプの修理中に、めっちゃ懐いていたよな。あのワンころ」


「そ、そうなんだ……」



 まあ、別に飼うなら飼うでいいとは思うけど。でもそっか。あのキャンプ場、ちゃんと修理したんだ。まあ、あの状態じゃまともに過ごせないよね……。



「安心して! 今度は人の物は取らないように、しっかりと教えるから!」


「うん、そこは本当にお願いします」



 切実な願いです。それは。



 でも、ちょっと気になることもある。あの犬、僕と同じように怪我をしていたって言っていたけど、そんな状態だったかな?

 少なくとも僕が追いかけていた時はそんな状態ではなかったと思う。だとしたら、怪我をしたのはその後なんだろうか……。



「そういやあ、昨日はあれからどうだったよ? ネルス」



 そう考えている矢先、今度は赤い人がそう聞いてきた。


 うん、絶対に聞かれはするだろうなーとは思っていた。



「あはは……昨日、ですか……」



 はっきり言って、忘れたい。

 この数日間は忘れられそうもないし、この二人と過ごした時間だけは忘れたくない。でも、昨日の昼くらいから夜にかけて……特に夜の時間に関しては忘れたい。



「ナン……デモナカッタデスヨ」



「あははは! 嘘ばっかり!」


「何かあったのは明白だなこりゃ」


「うぅ、泣いてもいいですか……」



 そのまま僕は昨日のことを話した。



 昨日は、あれからみんなの元へと戻れたんだけど、案の定、先生にはガッツリ怒られた。林間学校という行事に対する気持ちの緩みをガミガミと指摘され、そして、なぜかついでに日ごろの行いについても説教された。

 夜はみっちり先生と1対1で勉強の補修。今ならどんな魔法も使えそうな気分だ。


 ……使えなかったけど。



「というわけで、先生たちに説教されました」


「そっか。それは大変だったね」


「けど、生きててよかった……って、言われた」



 そう言うと、クレアも赤い人も顔を見合わせて、そのままクスっと笑った。



「いい先生方だね」


「うん。まあ、そうなるね」



 ここ数日間行方をくらませていたんだもん、そりゃ、心配もかけちゃったよね。ホントに、身勝手に荷物沢山持ってきて、皆に遅れて、そのまま犬を追いかけて転んで気を失って……。返す言葉もなかったよ。



「でも、それでも僕は後悔なんてしてないよ」



 僕はクレアと赤い人を交互に見てこういった。



「だって、二人に会えたから」



「ネルス君……」


「お前……」



 僕は二人を見ながら話を続ける。



「確かに、色々不安もあったし、魔獣に襲われもしたし、林間学校もほとんど中止になったから、散散ではあった。でも、二人と過ごせた。二人とご飯を作った。二人と一緒に眠った。そして、不謹慎かもしれないけど、レアーナさんを探しに、ここら辺を探索した時とか、正直、冒険しているみたいで、すごくわくわくした!」



 やがて、僕はクレアの方をじっと見る。



「クレアは人想いで、優しくて、今まで会ったことのない同世代の女の子で、そして僕にとってはちょっぴり……魅力的だった」


「ネ、ネルス君……!?」



 クレアはどういうわけか、少し顔を赤く染めた。

 けど、それに構わず僕は話をつづける。



「そして、お母さんが大好きで、そのお母さんもすごい人で、何よりもギルド警察を目指して、自分のお母さんみたいなすごい人になりたい、人々を助けられる人になりたい、そう夢見る、素敵な人。クレアは僕の自慢の存在です」



「ネルス君……」



 クレアは照れくさそうに笑い、顔を伏せた。

 そして僕は、今度は赤い人の方に目を向ける。



「赤い人は、記憶を失ってて、まだ赤い人の事よくわからないところもあるけど、でも、赤い人は倒れている僕を助けてくれた。僕たちを励ましてくれた。体を張って、魔獣から僕たちを守ってくれた」


「…………」



 赤い人は黙って僕の話を聞く。

 僕も、そのまま話を続ける。



「赤い人が魔獣に立ち向かっていったとき、とってもかっこいいなーって思いました。僕も、こんなふうになれたらなーって。赤い人は、強くて優しくて、そしてかっこよくて……なんだかおとぎ話に出てくる勇者みたいだなーって思いました」


「勇者……か」



 赤い人は一度一息つくと、そう言われて思いのほか嬉しかったのか、うっすら微笑んだ。



「あ! それ私も思った! 赤い人ってなんだかおとぎ話の勇者の伝説に出てくる人みたいだよね!」


「おとぎ話? 勇者の伝説……?」


 あ、そっか。

 記憶を失っているんだもん。赤い人は知らなくて当然だよね。


 いや、逆に林間学校とかは知っていたくらいだし、そういった話は知っていたり?



「よくわかんねーから、良かったら教えてくんね?」



 ああ、今度は知らないんだ。それじゃあ、教えてあげないと。



「えっと、むかーしむかしあるところに……」


「ネルス君、最初からだったら長くてよく伝わらないと思うよ。ここは端折った方が」


「ああ、そうだね! それじゃあ、改めて」



 僕らは赤い人にそのおとぎ話について簡単に話し始める。僕の知っている、おとぎ話の内容はこんな感じ。



『ずっと昔、世界と世界をつなぐ大きな扉が現れました。そしてそのうちの片方の世界を守っていた王様がいました。

 でもある日突然、その王様は悪の心に染まってしまいました。その王様はその世界や他の世界をも支配しようと、悪いことを次々に行っていきます。

 それを見ていた王様の子供、王子様が泣きながら人々に助けを求めました。そこで立ち上がったのが2人の男の人でした。一人は青い髪をした優しい人で、もう一人は赤い髪をした強い人でした。

 二人は悪い王様をやっつけに行きます。

 でも、赤い髪をした強い人はその戦いで自分を犠牲にして、悪い王様と共に死んでしまいました。

 残った青い髪の優しい人は無事に帰って、人々にこういわれました。「あなたこそ勇者だ」と。

 でも、その青い髪の人はこう言い返しました。「僕は勇者なんかじゃない。本当の勇者は赤い髪の強い人だ」と。

 こうして、世界は赤い髪の男の人、つまり勇者の犠牲のおかげで平和になりました。』



「……という感じです」


「赤い髪の人、死んでんじゃねえか」


「うん! 死んじゃうんだ!」


「クレアちゃん!? なんでそんなに明るく言ってるの!? 人が死んでんだよ!? 犠牲者が出てるんだよ!?」


「えへへ、でもかっこいいじゃん。命を犠牲にして、青い髪の人や王子様を助けたところとか」


「そ、そういうもんかね……」


「ま、まあ、おとぎ話なので」



 僕らの話を聞き、赤い人は納得したのか、何回も頷いた。



「そうかいそうかい。んで、この赤くて強い人に似てるってか?」


「はい。なんとなく、ですけどね」


「そっか……」



 赤い人はそのまま例の景色をじーっと眺める。

 そして、そのまま空を見上げた。

 その表情は、最初に見た時のような驚いたものでも、感動しているようなものでもなく、どことなく寂しそうなものだった。



「赤い人?」


「どうかしたの?」



 僕とクレアは赤い人にそう尋ねる。すると、赤い人はニィっとほっぺを上に上げた。



「なんでもねえさ。ただ強いて言うなら……」



 赤い人は僕とクレアを交互に見る。そしてこう言った。



「お前らみたいに、夢に満ち溢れた子供や、こんな絶景を見せてくれる世界を守れたんなら、その赤くて強い勇者も、さぞかし喜んでいるんじゃねーかなって。ただ、そう思っただけだ」


「赤い人……」



 まぁ、確かにそうなのかもしれないけど、でもどうしてそんなことを言うんだろう?



「でもさ、それを言ったら、赤い人も、それにネルス君も。二人も十分に勇者だよ」


「へ……?」



 クレアはニコニコと微笑む。



「だって、二人は魔獣から私を助けてくれたし、おかげでお母さんとも再会できた。私の夢を守ってくれたんだもの。私からすれば、二人も立派な……勇者だよ」


「クレア……」


「…………」



 そっか、そんなふうに思ってくれていたんだ。

 それは、なんだかちょっと嬉しい。勇者だなんて言われたのは初めてだから

 。でも、それを言ったらクレアだって……。



「クレアもそうだよ」


「ふぇっ?」


「僕や赤い人のことを診てくれてたんだし、手当てだってしてくれた。魔獣と対峙した時だって、クレアが僕を支えてくれなかったら、しっかりと魔法を出せていたかもわからないし。僕からすれば、クレアもまた、勇者だよ」


「そ、そんなこと……」



 そう言いつつも、クレアは若干頬を赤く染める。きっと、さっきの僕と同じように、そう言われて、思わず照れているのかもしれない。



「はは! んじゃ、ここにいる3人が他の2人にとっての勇者ってことだな」


「ふふっ、そうだね!」



 赤い人がそう言うと、クレアがくすっと笑う。

 この期間で、僕らがそれぞれを支え合ってきたのは変わりない。だから、僕らにとって僕ら全員が勇者なんだ。

 僕はそう思った。


 そして、そのままここからみえる景色を3人でじーっとを眺める。


 赤白い太陽が世界を照らし、その明るい世界が相変わらず僕らを包み込む。

 青い空に白い雲。そして緑色の大地が見渡す限りに広がり、遠い場所では青色の海も広がっている。真ん中で聳え立つ大きな城に、そのすぐそばに広がる街。


 その街を指さして、クレアはこういった。



「あれが、私が住んでいるサンライトの町だよ! 噴水とかが沢山あって綺麗なんだ」


「そっか、サンライトの町って、城の近くにあるもんね」



 自分の町がこうしてここから見れるのっていいなぁ。僕は国の外れにある小さな村だから、ここからじゃ見えない。



「クレアの住む町か。いつか行ってみてえな」



 赤い人はその町を眺めながらそうつぶやいた。



「うん! おいで! 来たらいつでも案内してあげるよ!」


「はは、そりゃいいな。こんなに明るい女の子供の案内が付くんなら、行かねえ手はねえや」



 赤い人はケラケラと笑う。そしてこう続けた。



「でも、その前にあのでっけえ城に行かねえとだな」


「テンドールの城……ですか?」


「赤い人はこれから、あの城に行って、そこで自分の出生とかについて色々調べるんだって。昨日キャンプでお母さんとそう話していたもんね」



 そっか。

 赤い人は自分の記憶を思い出させるために……。


 たしかにあの城なら、この国に住んでいる人の情報とかも管理しているだろうし、何かしらの手がかりはありそう。



「いや、それよりもあの城にある特性まんじゅうが美味いってクレアの母ちゃんが言っていたから」


「ああ、それで行くんだー」


「いや、あれ!? ちょっ、記憶の方は!?」


「いいよ、それはもう。きっといつか勝手に思い出すんだろ。それより……」



 赤い人は一息ついて再びそれを言った。



「やっぱオレはこの世界を見て回りてえ。んでもって、色々知って、オレが生きてる意味ってやつを見つけたい」



 それは、赤い人がここで見つけた、赤い人の夢。

 そっか、やっぱり赤い人は、この後はそうするつもりなんだね。



「お前らは、この後どうするんだ?」



 赤い人にそう言われ、僕とクレアは思わず顔を見合わせた。



「私は、今日でお母さんたちと町に帰るよ。そしてね……」



 クレアは僕らを交互に見ながらやさしく微笑んだ。



「赤い人みたいに強くて、ネルス君みたいに勇気があって、お母さんみたいに誰かを助けてあげられるような、そんな人になりたい。そして、ギルド警察に入りたい」


 前にも話してくれたクレアの夢。でも、そこにどうやら僕らが追加されたようだ。それは嬉しいけど、ちょっぴり恥ずかしいような……。

 けど、他の人にそう言ってもらえるのはやっぱり嬉しいな。



「ネルス君は?」


「僕は……」



 僕は、昨日の魔獣との対峙のことを振り返る。あの時は、たまたま上手く行ったけど、でも失敗していたらと思うと、今でも手が震える。

 だから……。



「僕は、もっと強くなりたいです。あの魔法を操れるようになりたいし、もっと沢山出せるようにもなりたい」



 今回はクレアに支えてもらって、上手く出せたけど、それは奇跡に近かった。

 今一人で使えと言われても、たぶんできない。だからまずはしっかりと操れるようにならなきゃ。

 それに……。


「村にいた時は失敗しちゃって、人を傷つけちゃって、それであの魔法を使うことを拒んでいました。でも今回のことを通して、わかったんです。あの力は、人を傷つけるんじゃなくて、守るためにあるんだって。だから、僕はもっと強くなって、あの力をうまく使えるようになりたいです。支えてもらわなくても、しっかりと一人で使えるようになりたい」



 僕がそう言うと、二人は優しくうなずいてくれた。



「できるよ。ネルス君ならきっと……」


「そうだな。支えてもらってできたんなら、いつかはできるさ。一人で」


「クレア……。赤い人……」



 僕のこの魔法のことを村以外の人に打ち明けたのはこの二人が初めてだ。

 そして、こうして話を聞いてもらったのも、この二人が初めて。

 励ましてくれたのも、この二人が初めて。


 村の人も、危険だから使わない方がいいとを言っていたし、レイタやホノカでさえ、使うにしても大人になってからの方がいいと言っていた。

 でも、この二人は違った。僕の背中を、押してくれた。



「ありがとう二人とも。僕、本当に二人に会えてよかった」


「ううん、それは私のセリフ。私も二人に会えて本当によかったって思ってる」


「はは、そーかい」



 赤い人はケラケラと笑い、少し恥ずかしそうに自分の髪をわしゃわしゃと触った。

 あ、そうだ!



「後、言い忘れてましたけど、僕が強くなったら……もっと大きくなったら、その時は」


「わーってるよ。ついてくるといいさ。一緒に世界を回って、色々知って、そのうえで自分が本当になりてえものになるといいさ」



 赤い人はそのままこう言った。



「もっとも、覚えてたらの話だけどな。オレの事、今日の事」


「大丈夫です」


「うん! それなら全然大丈夫!」



 僕とクレアは顔を見合わせ、僕は赤い人の右手を掴み、クレアは左手を掴んだ。

 そして、僕とクレアもニッコリと微笑んだ。


「忘れません。絶対に忘れません! 今日の事。今回のちょっとした冒険の事。そして、赤い人の事。クレアの事」


「私も忘れない。二人のことは絶対に! 短い間だったけど、二人と一緒に冒険出来て、本当によかった。不安なこと、怖いこともあったけど、それでも、二人と一緒にいるとすごく安心できたから」


「お前ら……」


「だからその時は、3人でまた一緒に、今度は世界を見に行こう。そして、いろんな人たちに教えてあげるんだ。僕たちの住んでいる世界は広いんだって」


「うん! 広くて、そして明るくて、綺麗で、優しいんだってね」



 僕たちがそう言うと、赤い人は嬉しそうに、そしてちょっぴり照れくさそうに笑った。



「んじゃ、その時までに、オレも少しは思い出さねえとだな。自分の事」


「うん! せめて、名前くらいは思い出してね!」


「はは、確かに。いつまでも赤い人呼びは嫌だもんね」


「そーだな。頑張るよ」



 赤い人とクレア、そして僕はそのまま笑い合った。

 そして、再びその景色を眺める。


 けど、その時はついにやってきた。



「ネルスーーー! そろそろ行くぞーーーー」



 後ろの、この丘の入り口の方から、聞きなれた声が聞こえてきた。



「あ、そろそろ行かなきゃ……」


「そっか。早いね……」


「うん……」



 残念だけど、楽しい時間はあっという間に過ぎる。

 もう少し、この3人で言一緒にいたい。そうは思うけど、それは無理な話。

 僕とクレアはそれぞれ帰るところがあって、赤い人も、これから行かなきゃいけないところがある。


 また一緒に会う約束をしたけど、それまではお別れ。その事実は変わらない。



「あ、そうだ!」



 そう思いめぐらせていると、クレアは懐から何かを取り出した。

 取り出したのは、3つの掌に収まるくらいの小さなキーホルダー。一つは剣の形をしていて、一つは盾の形。もう一つは火の玉のような赤くて丸い形をしたもの。

 でも、その3つそれぞれになぜか、目と口が描かれていた。火の玉の方には、なんか上端の方にリボンまで描かれている。



「はい、これを二人にプレゼント!」



 クレアはそう言って、赤い人には剣の形をしたキーホルダーを、そして、僕には盾の形をしたキーホルダーを渡してきた。



「えーっと……」


「なんじゃこりゃ……」



 それを受け取って困惑する僕と赤い人。クレアはそんな僕らにこう説明する。



「ギルド警察ディーフでこっそり作られたマスコットキャラクター! ソード君とシールド君とマジックちゃん!」


「「…………」」



 いや、そんなにニッコリ微笑まれてもわからないよ!? クレア!?



「まあ、流行らなくてすぐに絶版になっちゃったんだけどね」


「流行らなかったんかい!」


「んで、これをオレたちに?」


「うん!」



 クレアはそのままこう続ける。



「ソード君とシールド君とマジックちゃんは、3人でひとつのチームっていう設定なの。だから、これを私たちがそれぞれ持っていれば、例え離れていても、いつでもどこでも一緒だよ!」


「クレア……」


「はは、そーいうことか」



 赤い人はケラケラ笑うと、受け取ったソード君のキーホルダーを懐に入れた。



「なら、ありがたく頂戴するとしようや。んでもって、また3人がそろったときに、このキーホルダーを見せ合おう」


「うん! そうしよ!」



 クレアもマジックちゃんのキーホルダーを自分の懐にしまい込んだ。


 僕は受け取ったシールド君のキーホルダーをじーっと眺める。青緑色の四角い盾。その真ん中あたりに目と口が書かれているだけ。でも、クレアから聞かされたその設定を知った今、そのキーホルダーがとても愛くるしく、そして温かいものに感じた。



「ありがとう、クレア」



 僕も、そのキーホルダーを懐にしまい込んだ。



「それじゃ、行こっか! 途中までついていくね」


「そーだな、オレも付いていくよ」


「わかった。それじゃ、行こう」



 僕とクレアと赤い人の3人は、再び一緒に歩き出す。緑色に包まれた草木に囲まれた長い下り坂を少しずつ下っていく。

 そして、ついにその分かれ道がやってきた。


 一つは右へと続いていて、そっちにはクレアたちのキャンプ場がある。もう一つは真っ直ぐに続いていて、そっちにはレイタやホノカの姿があった。レイタもホノカも黙って僕のことを見守っていてくれていた。


「ここで、本当にお別れだね……」


「そーだな……」



 クレアも赤い人も、若干声が小さく、暗いように感じた。

 僕はさっきしまい込んだシールド君のキーホルダーを握ってみる。そのキーホルダーは温かく、そして握ると自然と勇気がわいてきた。



「きっとまた、会えるよ」



 僕は2人にそう言った。



「このキーホルダーがあるんだもん。僕らは離れていても、きっと大丈夫」

 僕がそう言うと、クレアも赤い人も、ゆっくり微笑んだ。



「そうだね、そうだよね!」



 クレアもそう言いながら、懐に手を入れた。



「さよならは言わない。また、会おうね!」


「うん! 僕らが大きくなって、成長した時に、その時は一緒に、世界を見て回ろう!」


「うん! 3人で一緒にね!」



 僕とクレアが懐にあるそれを触ると、赤い人も懐に手を入れた。そして、そして赤い人も静かに微笑んだ。



「またね。ネルス君、赤い人」


「うん。またね。クレア、赤い人」



 さよならは言わない。きっとまた会えるって信じているから。あの景色で見た、この世界で生きている限り。



 僕は真っ直ぐに、そしてクレアは右へと曲がっていく。


 そのまま、僕らは振り返らずに歩いて行った。



 ……その時だった。



「サンキューな……。ネルス、クレア」



 寂しそうな、その男の人の声が僕の耳に入ってきた。



 僕は思わず振り返る。



 そこにあったのは緑色の草木に囲まれた分かれ道。

 ただそれだけ。



「赤い……人?」



 僕らがさっきまでそう呼んでいた、一緒に歩いていた、赤色の髪をしたその男の人の姿は、もう、そこにはなかった。





 第1章……完

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