第6話 魔獣との対峙
「こいつが……」
流石にこの事態に驚いたのか、赤い人は一度目を丸くする。けど、即座に目を細めて、ソレを睨みつけた。
そう、この生物はたぶん魔獣。
無作為に人を襲うように狂暴化し、手の付けられなくなった魔物。これが魔物から魔獣へと変貌してしまったのか、それとも生まれたときから魔獣だったのかは、今の僕には到底わからない。
でも、そこにあるのは、今僕ら3人の目の前に魔獣がいるという現実。そして、身を守るものも何もなく、守ってくれる存在、ギルド警察の人もいない。僕らは、あまりにも無防備だった。
「ケッケッケ……」
破壊を楽しむかのように暴れまわっていた目の前の魔獣は、突然手を止め、ケラケラと笑いながら僕らの方へと身体を向けた。
「よーやく、見つけた。思ったよりも時間がかかっちまったなぁ……ケケケ」
魔獣は笑いながら、僕らの、いや、僕の方へと指をさす。
「紫色の髪のガキぃ。見つけたぜぇ……!」
魔獣は、目を細め、僕をにらみつける。
「てめぇを……ぶっ殺す! ついでに周りの人間も痛ぶって、その地肉をゆっくりと頂戴しようかねえ……ケケケ!」
僕を……殺す!?
その殺害宣言に身体全体からゾクゾクとした、刺されるような震えが襲ってきた。
「そっちの女のガキは上玉だなぁ……とても美味そうだ」
「ひゃっ……」
魔獣のその発言に、思わず声を漏らすクレア。
「でも、一番のターゲットは、てめえだ! 紫髪ぃ!」
「……っ!?」
やっぱり、この魔獣の狙いは僕!?
でも、どうして!? なんで!?
いや、魔獣が人を見境なく襲ったりするのはわかっているよ。でも、人を名指しで襲うというのは、あまり聞いたことがない。この魔獣は、知能が高くて賢い部類なんだろうか。
でも、それでも僕を狙う理由って、何?
「死にやがれぇぇええええええ」
そうこう頭を巡らせているうちに、魔獣は僕めがけて突っ込んでくる。あっという間に僕の目の前へと迫り、そして、大きな両手で僕を上から叩きつけるかのように振り下ろす。
でも、その時……
「てめぇ、そんなもんで叩きつけたら危ねえだろうが!」
隣にいた赤い人が、すぐ近くに落ちていた太めの丸太を持ち上げ、それ両手で持ち、魔獣の振り下ろしてきた両腕を、その丸太で防いでくれた。
「赤い人!?」
「ネルス、ボーっとしてんじゃねえよ。今、オレたちを守ってくれる奴は誰もいねえ。こうなりゃ、オレたちでどうにかするしかあるめえよ!」
赤い人はそう言いながら丸太で魔獣の両腕を抑え込む。
僕たちで、どうにかする!? でも、どうやって……?
「ケケ、なんだてめぇは? ここにいるのはガキ二人だけという情報だったはずだが?」
ガキ二人!?
情報!?
「知るかよ。こちとら、気が付いた時にはここにいたんだ……ってーの!」
赤い人は両手に思いっ切り力を入れ、魔獣を押しのける。
押しのけられた魔獣は、一旦うしろに離れて、僕らから距離をとった。
「ガキ二人だけしかいねえと聞いて余裕こいていたが、コイツぁ、思わぬ上玉だ」
「んあ?」
魔獣は、一度僕の方を睨みつけ、そしてその目線を赤い人に移す。
「俺様はグルメなんだよ。弱ぇーオスガキよりもメスガキの方が美味だ。でもなぁ、それ以上に、強ぇーオス肉の方が味が熟してんだよ!」
魔獣はケラケラと不気味に笑う。
「俺様は楽しみは先に食らいてぇーんだ。例の紫髪のガキは、後でゆっくり食らうとしよう。まずはてめえだ! 赤髪ぃ!」
魔獣がそう叫ぶと、赤い人は持っていた丸太を両手で構える。そして……
「気色の悪いこと、言ってんじゃねぇええええ!」
赤い人は魔獣に向かってとびかかっていった。
「うぉおおおおおおお!」
赤い人は魔獣の上から、丸太を縦に振り下ろす。魔獣もそれに対応して、右腕を上に上げて構える。魔獣はそのまま、赤い人の丸太の攻撃を右腕で防いだ。
「あめぇなぁ! 隙だらけなんだよ!」
魔獣はそのまま即座に左手で赤い人の上半身を殴りつける。
「ぐっ……!」
赤い人はそのまま思いっ切り殴りつけられ、吹き飛ばされた。
「赤い人!」
赤い人は地面に叩きつけられる。でも、痛むことも、苦しむこともなく、即座に起き上がった。
「ケケ、おもしれえ!」
魔獣は赤い人に向かって飛び掛かる。今度は魔獣が、上から赤い人を両腕で叩きつける。
「……っ!」
赤い人は即座に丸太を構えて、魔獣の両腕を防ぐ。
「ケケケ! すんげえなぁ、おい! てめえ、その戦闘センスどこで覚えたぁ!?」
魔獣は高らかに笑うと、今度は両手で高速で赤い人を殴り始めた。でも、赤い人はその拳一つ一つを持っている丸太でどんどん防いでいく。
その様子を僕ら二人は呆然としながら見ていた。
すごい。あの魔獣は確かに強いし、僕からしたらとても怖い。でも、あの赤い人は何も臆することなく、立ち向かっている。それも、魔獣と互角に。いや、もしかしたらそれ以上かもしれない。
赤い人って、あんなに強かったんだ!
「ネルス君! あれを見て」
「え……? あ!」
でも、その様子を見ていたクレアが何かに気が付いたのか、赤い人の方を指さした。
魔獣の拳を丸太で弾いている赤い人。でも、よく見るとその丸太は傷が沢山ついていて、今にも粉々に砕けてしまいそうだった。
「あの丸太が壊れちゃったら、赤い人が……!」
今はあの魔獣の攻撃を防げているかもしれない。でも、あの丸太がなくなったら、赤い人は無防備だ。そうなったら、赤い人は……。
「えっと、確かこんな時のためにテントに護身用のナイフが……!」
クレアはそう言うと、辺りを見渡し始めた。でも、辺りのテントや物はすべて壊しつくされて、護身用のナイフがある様子は全くなかった。
「どうしよう……。このままじゃ、私たち……」
クレアは声を震わせる。このままじゃ、クレアのお母さんを探すどころの話じゃない。何もできずにあの魔獣に殺されてしまうかもしれない。
「…………」
僕はゆっくりと右手の拳を握りしめてみる。右手の拳は、昨日の晩と変わらず、熱くなっている。いや、もしかしたらそれ以上に。
ケラケラと笑いながら、赤い人を殴り続ける魔獣に、それを必死に防ぐ赤い人。隣で体を震わせながらも、胸に手を当てて、必死に何かの対処法を考えるクレア。
赤い人も、クレアも、僕を助けてくれた。だから、今こうしてここに僕がいる。
……このまま何もせずに終わるのは、絶対に良くない。
「はぁ……」
僕は左手で胸に手を当て、心を落ち着かせる。
やってみなきゃわからない。大丈夫。うまくいく。きっと大丈夫。
必死に僕は僕自身にそう言い聞かせる。
そう、一番良くないのは、ここで何もせずに逃げ出すこと。
ここでコレを使わなかったら、いったいいつ使う!?
「クレア、頼みがあるんだ」
「え……?」
「僕の右手を、支えてくれないかな」
「ネルス……君?」
一人でできなくはない。でも、転んだ時の痛みが若干だけど、まだ残っている。もしも失敗したら、その時は赤い人が……。
だから、支えてくれる人が必要だ。それで上手くいきやすくなるのなら尚更。だからここは、クレアに支えてもらうのが一番だ。
「お願い。クレア。後で、全部ちゃんと話すから」
僕は真っ直ぐにクレアの目をみる。クレアは首を縦に振った。
「わかった。よくわからないけど、それで解決できるのなら!」
クレアは僕の右隣へと移動し、僕の右腕を掴む。
「一応、包帯もとってくれないかな」
「う、うん!」
クレアは僕の右手の包帯を手慣れた手つきでスムーズに外す。そして、僕の右手があらわになる。一見、なんてことはない普通の手。
でも、僕がそれを意識し始めると……。
「えっ……? ネ、ネルス……君!?」
「黙っててごめん。本当は言いたくなかった。成功したことが一度もなかったから」
僕は右の掌をめいいっぱいに広げ、右腕に力を入れる。右手には、ゆっくりと、小さな紫色の光が集っていた。
「一回も成功したことがなくて……。しかも失敗して、もしも誤って他の人に当てちゃったら、その人を死なせちゃうかもしれないから……」
「ネルス君……」
何かを悟ったのか、クレアは僕の右手をしっかりとつかみ、前方へと固定させる。右手が向いている方向は、赤い人を攻撃し続けている魔獣。
でも、失敗したらその時は……。
けど、なにもしないよりは絶対マシ。
今この場を乗り切るには、これしか方法がない。
そう信じて、僕はそれを発動することに意識を集中させる。
右手に紫色の光がさらに集い、輝き始める。そして、それと同時に光は紫色の稲妻を走らせた。
よし、今だ!
「いっけぇえええええええええええええええええ!」
僕の叫び声と共に、その紫色の光は稲妻を走らせながら前方へと放出される。
稲妻を走らせた紫色の光は、徐々に速度を上げ、曲がったり、方向が変わったりせずに、無事に、魔獣の方へと真っ直ぐに向かっていっている。
「よし……!」
良かった。うまくいったみたいだ。
これで、きっと僕らは助かる。今度は僕がみんなを守るんだ。
そう、思ったその時……
「ケケ、そいつは知ってるよ」
魔獣は、突然赤い人への攻撃をやめ、赤い人の腕を掴んだ。
「何……!?」
右手を掴まれた赤い人は魔獣によって引っ張られる。そして、左前方へと追いやられた。
そう、紫色の光の弾が迫っている方向に。
紫色の光は、知って知らずか、速度を落とすことなく最初に狙っていた方向へと向かっていった。そして、見事にそれが当たってしまった。そう、赤い人に。
魔獣によって、赤い人は盾にされてしまった。
「ぐっ……ぐぉおおおああああああああああああああああああああ!」
紫色の光は赤い人に当たるとそのまま稲妻となり、赤い人の全身を駆け巡る。
……僕が恐れていた事態が、本当に起きてしまった。
「赤い人ぉおおお!」
その光景を見たクレアは思いっきりそう叫ぶ。
紫の稲妻は当たった人の体を内部と外部両方から焼き尽くし、激痛を与える。
赤い人は、今それによって苦しんでいる。
そう。たった一つしかない、僕の魔法によって。
「ケケ、残念だったな。そのガキが魔法を使えるという事も情報通りだ。あの方の障害となりえる、危険な魔法をなぁ!」
「……っ!」
魔獣は僕の魔法を知っていた……?
なんで!?
このことは、僕とその周辺の一部の人。
つまり、村の極一部の人しか知らないはずなのに!
なんで、あの魔獣が知っているの!?
「赤い……人」
いや、もうそんなことどうでもいいか……。
僕の魔法は魔獣には当たらずに、赤い人に当たってしまった。それが現実。
僕は全身に力が抜けたかのように、その場で膝まづく。クレアも意気消沈して、その場に座り込んだ。
「ケケケ! 次はてめえらだ! ガキども! 頼みの綱のその魔法も、その様子ではもう使えまい! 赤髪ももうおっ死ぬだろうしなぁ! ケケケケケ!」
魔獣の言う通りだ。あの魔法はそう簡単に連続で出せるようなものじゃない。少なくとも、今の僕にはあの1発が最大で、最高で、限界だった。
もう、おしまいなんだ。僕らはここで……。
「誰が、おっ死ぬって?」
「あぁ? んなっ!?」
魔獣の驚く声を聴き、僕もクレアも前方を見上げる。
「「なっ……!?」」
それを見て、僕もクレアも目を丸くする。
そこにいたのは、さっき僕が放った紫の光を食らったのにもかかわらず、そこから放出された紫の稲妻を右手に……いや、持っていた丸太に集わせ、それを構えながら不敵に微笑む赤い人の姿だった。
「なぜ……だ? 何故、てめえはアレを食らってもピンピンしている!?」
それをみた魔獣もさすがに驚いたようで、嘴を開き、目を丸くしている。
「んあ? 知らねえよ。つーか、特に痛くもなかったしな」
え、ええ!? 痛くない!?
そ、そんなことって……!
「ちょっと驚いて叫んじまったが、別に何ともねえ。強いて言うなら、ちょっと肩こりが治って清々しい気分だ」
「か、肩こり!?」
ちょ、電気風呂とかそういうのじゃないんだけど!?
僕の最大限の魔法なんだけど!?
「おーい、ネルス。お前すげえな。そんなもん使えたのか。つか、アレか」
赤い人はニィっと笑ってこういった。
「これが、魔法ってやつか」
赤い人は紫色の雷を集わせた丸太を抱えながら、魔獣に近づく。
「ま、待て! なぜだ!? 何故てめえは無事なんだ!? その丸太はなんだ!? その力は一体……!?」
「知らねえ。ただ、一つ分かったことならある」
赤い人は僕らにも聞こえるように、はっきりとこう言った。
「オレ、ネルスの魔法をたぶん丸太に吸収したわ。どーやったのかはイマイチわかんねーけど」
んな!?
ちょっ、ええ!!?
「僕の魔法を……」
「吸収!?」
そのセリフに、僕もクレアも思わず顔を見合わせる。
魔法を吸収。そんな事をできる人がいるなんて、聞いたことがない。
本当にあの赤い人って、いったい……?
「さて、そろそろしめぇだ。最高級のネルスの魔法の味、堪能しな!」
赤い人はその丸太を大きく振り下ろす。丸太に集っていた紫色の稲妻が斬撃波となって、魔獣へと向かう。
魔獣はとっさに翼を広げ、飛び立とうとするものの、その斬撃波のスピードは、僕が放った時のそれとは比べ物にならないくらい、速いものになっていた。
魔獣は避ける暇も逃げる暇もなく、その紫色の斬撃波を食らう。
「ぐぁああああああああああああああああああああああああああああ……!!」
紫色の斬撃波が魔獣を切り裂き、さらに紫色の稲妻が魔獣の全身を駆け巡る。稲妻は魔獣の内部と外部両方を焼き尽くし、激痛を与える。
アレをまともに食らったのなら、おそらく魔獣はもう……。
「が……が……」
魔獣は即座に倒れこみ、苦痛の声を上げながら赤い人に向かって手を伸ばす。
「てめえ……何者だ……。あの力は……なんだ……」
「…………」
「それに、アレを耐え……られるものは……限られて……」
赤い人は無言でその魔獣を見下す。
「ま、さか……。いや、そうとし……か……考え……られ……」
魔獣の体は青白い光に包まれ、徐々に消え始める。
魔獣は最後に僕の方を見てこういった。
「いずれ、俺様の仲間が……貴様を殺しに……。今は精々、一時の……平和を……楽しむが……いい…………ケケケ…………」
そう言い残し、魔獣の体全体は青白い光に包まれ、完全に消滅した。
なんとか僕らは、魔獣を退けたのだった。
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