第3話 赤い人
それから3時間後。
「……ルス君。ネルス君」
誰かの声が脳裏に聞こえてきて、ぼんやりと意識を取り戻す。
その声の主は言うまでもなくクレア。どうやら僕を起こしに来てくれたようだ。
「んん……クレア」
「おはよ。足の調子はどう?」
クレアのその問いを聞きながらも、僕は上半身をゆっくりと起こす。
目がやんわりと霞む。なんだか、テントの入り口も若干暗くなっているし、日も沈み始めているようみたいだ。どうやら僕は爆睡していたみたいだ。
「えっと……」
クレアの問いに答えるためにも、包帯で巻かれている右足に力を入れてみる。
すると、右足に痛みが走ることなく、難なく動かせることができた。
「す、すごい……! 全然痛くない!」
さっきまでは動かそうとすると激痛がはしって、歩くどころか立つことすら怪しかったのに。
「ふふっ! よかった!」
僕の明るいその声を聞いた途端、クレアは嬉しそうに微笑んだ。
「本当にありがとう! これなら歩けるよ!」
「それなら、赤い髪の人のところまで歩いて行けるね!」
「うん!」
僕はゆっくりと起き上がり、そのまま立ち上がる。足に痛みが走ることもなく、いつものようにそのまま歩くこともできた。
「よかった! ちゃんと歩けるね」
僕がそのまま足を動かしていると、クレアはそれを見て、また嬉しそうに笑った。
それもこれも、手当てをしてくれたクレアのお母さんと看病してくれたクレアのおかげだ。そして……
「じゃあ、早速だけど、その人のいるテントのところに……」
「うん。じゃあ、ついてきて」
倒れていた僕を助けてくれたらしい、その人のお陰だ。
その人に会って、話して、お礼とか言わなきゃ。
僕はクレアに連れられながら、テントを出る。外は既に日も沈み始めていて、ちょうど夕暮れくらい。
外にも、僕がいたテントだけでなく、後2つテントが張ってあった。その周りは森林で囲まれていて、その合間に細い道が1つあるだけだった。
そういえば、ここってどんなところなんだろう?
テントが複数あるのも気になるけど、こんな森の小さな空き地にテント張っているクレアや、まだ直接会ってないクレアのお母さんのことも気になる。
「あっちの青いテントにいるんだー」
クレアが指さしたのは今僕がいたテントからほんの少しだけ離れたところに張ってある青いテント。そこに赤い髪の男の人がいるらしい。
「じゃあ、行こ?」
「うん!」
クレアに連れられながらも、僕はその人がいるテントのもとへと向かい、そしてその中に入る。
「お、お邪魔します……」
テントに入った時に、僕は思わず小声になってしまう。
やっぱり、人のテントだし、そりゃ……ね。
こっちのテントの中も僕がいたところと同じように、荷物が一つ置いてある。そして布団が一つ敷かれていて、そこには……。
「この人が?」
「うん。でも、まだ目を覚まさないんだ」
「…………」
敷かれている布団には、僕をここまで担いできてくれたらしい、赤い髪の男の人が眠っていた。
その男の人は髪がぼさぼさで、布団の大きさを見た感じ、身長も結構大きそうだ。そして見た感じ、この人は僕やクレアどころか、年上の親友であるレイタ達よりもずーっと年上。
きっとこの男の人は既に大人だ。
「どうかな? やっぱり、知り合いだったりする?」
すーすーと静かに寝息を立てているその男の人を尻目に、クレアが隣から僕にそう聞いてきた。
でも、僕は黙って首を横に振った。
「そっか……」
「でも、この人が僕を担いできてくれたんだよね?」
「うん。そうだよ」
だったらちゃんとお礼を言わなきゃ。でも、この人目を覚ましてないんだよね。うーん、眠ったままの状態でお礼を言うわけにもいかないし。
「あ! そうだ!」
クレアは唐突に声を上げると、そのままその人の枕元に近づいてそのまま座った。そして……
「つんつん。つんつん」
「…………」
クレアはそう言いながら、その人の頬っぺたを右手の人差し指で突っつき始めた。
「つーん……つん!」
無邪気そうに微笑みながら、頬っぺたを突っつくクレア。
え? ちょ、ちょっとぉおおお!?
「ク、クレア!? ちょっ、何やってんの!?」
「ん? こうしたら起きないかなーって思って」
「い、一応病人だからね!? あんまりそういうのは止めた方が」
「ダブルつんつん!」
「ちょっ! 両手でやんないのぉおおおお!」
クレアが両手の人差し指でその人の頬っぺたをつんつんっと突っつく。
さらに……
「高速ダブルつんつん!」
「いや、クレアァア!?」
それは最早つんつんっていう軽いレベルの物じゃなく、一種の攻撃、いや、技に近しいものになっていた。
でもその時だった。
「ぐっ……!」
「「え!?」」
クレアの高速ダブルつんつんが効いたのか、眠っていたはずのその人は突然苦しそうにうめき声を上げた。
「やった! 私の高速ダブルつんつんのおかげだね!?」
「え、いや、それは違っ……」
「ほら、ネルス君! この人目を覚ますよ!?」
「へ!? あ、ホントだ!」
クレアの言う通り、その人はうめき声をあげながらも、体全体をゆっくりと動かし始めた。さらには眉間にしわを寄せて、頭をゆっくりと左右に動かす。
そしてついに……
「う……ん?」
小さく低い声を上げながら、その人はゆっくりと目を見開いた。
え、もしかして本当にクレアのおかげなの……かな?
いや、まぁ目を覚ましたんなら、それでいいけど。
「よかったー! 目を覚ましたみたい!」
その男の人が目を覚まして喜ぶクレア。
でも一方で、僕はその人のことを静かに見ていた。
実際に目を開けた姿を見ても、やっぱりこの人は知り合いではないみたいだ。どう考えても初めて見る顔だし。
一方、その男の人はというと、ゆっくりと上半身を起こし、顔を下に向け、そのまま目をゆっくりとこすっていた。
「大丈夫? どこか苦しいところとかはない?」
その男の人にそう聞くクレア。
それに続くように僕はこう言った。
「あの、助けていただいて、どうもありがとうございます」
「うん。あなたはネルス君をここまで運んできてくれたんだけど、そのまま倒れちゃったの。だから心配してたんだー。大丈夫?」
「なんか、僕を助けたせいで、それで疲れたりして、それが原因とかで倒れちゃったんなら、本当にごめんなさい!」
クレアは心配そうにその人に話しかけ、僕はその人に頭を下げた。
「えっと、苦しいところとかはないかな? あの……あれ?」
なんだか、クレアのセリフがおかしい。どうしたんだろ。
気になったから、僕はゆっくりと顔を上げた。
「え……?」
すると、その人は僕らに目をくれることもなく、下を向いたままだった。
あれ……なんか、様子がおかしくない?
「あの、大丈夫……ですか?」
「えーっと、もしかしてどこか痛む? お薬用意しよっか!?」
僕ら二人でその人に気をかける。すると、ようやくその人は口を開いた。
でもそれは、どこか痛んだりするとか、苦しいとかいうものでもなく、はたまた大丈夫だという内容でもなく……。
「ここはどこだ? つか、オレは……誰だ?」
「「へ!?」」
それは、もっと驚くべき内容のものだった。
それから僕たちは、男の人から詳しく話を聞いたんだけど……。
「えーっと、つまり、こういうこと?」
クレアは聞いた内容をこう整理してくれた。
「あなたはネルス君を助けてここまで運んできた……ってところまでは覚えている」
「ああ」
「でもそれ以外は覚えていない。というか、思い出せない」
「そーだよ……」
クレアの言う通り、どうやらこの人は僕のことを担いでここのテントのところまでは担いできてくれた。
でも、その後どうして気を失ってしまったのか、そして自分はいったい誰なのか、ここがどこなのかが全く分かっていない。いや、思い出せない。
「うーん、これってやっぱり……」
クレアは顔を引きつらせながら、チラリと僕の方を見る。僕はそれに対し迷わず頷いた。
「記憶喪失ってやつだよね」
「そうだね。聞いたことはあるけど、本当にそうなってる人を見るのは初めてだよ」
「うん、私も」
クレアと僕は顔を合わせ、同時に布団の上で座っているその男の人の方を見る。
その男の人は腕を組みながら、黙ってまっすぐ前を向いていた。
「他に、覚えてることってなんかありませんか?」
「他……? ねーな」
僕の問いにその男の人は迷わずはっきりとそう答える。
「な、何でもいいんです。小さなことでもいいんで!」
「う、うん! なんかないかな!? 本当に小さなことでもいいから!」
僕もクレアも必死にその人に問いかける。すると……その人は何かを思い出したのか、目を見開いた。
「そ、そういやぁ……!」
「え、何か思い出した感じですか!?」
「うん! なんでもいいから、とりあえず言ってみて!」
僕とクレアも目を見開きながら期待を寄せる一方で、その人は目を細める。そして、鋭い目つきで僕らを見上げてきた。
そして……。
「お前ら、誰? どちら様……?」
ご、ごもっともな質問をいただきました。
「あ、ははは……そういえば私たち、名乗ってなかったね」
「う、うん」
クレアの言う通り、この人の目の前に突然現れて、そしてこの人のことを色々聞いてばかりなのに僕らはまだ名乗ってすらいなかった。
「じゃあ、僕から」
一度咳をして喉の調子を整える。
その人を見降ろしながら僕はこう告げる。
「助けていただいて、どうもありがとうございました。僕の名前はネルスです。11歳です。今は林間学校でここに来ているけど、色々あって仲間と逸れてしまって……。それで、あなたに助けてもらって、今はここにいる感じです」
「林間学校?」
「あ、そっか。記憶がないし、そういってもわかんないですよね……。ごめんなさ」
「ああ、山とか高原で宿屋を使ったりしながら宿泊して、ハイキングとか登山とか炊事とかする学校行事の一つのアレか。大変だなお前も」
「ええ!? なんでそんなに詳しく、しかも具体的に覚えてんですか!?」
「知らね。なんかそれは覚えてた」
その人はそう言いながら、頭をポリポリと掻いた。
なんというかこの人……なんとなくさっぱりした人だなぁ。
でも、林間学校のこととかがわかるんなら、こういった基本的なことならわかるのかもしれないね。
「えっと、それじゃ次は私だね!」
クレアは頬っぺたをニンマリと上げて、こう口を開いた。
「私はクレア。ネルス君と同じ年代でもうすぐ11歳になります。ネルス君とは違って、私は林間学校とかじゃなくて、お母さんのお仕事のお手伝いでここに来ました」
「ちょっと待ってクレア。お母さんのお仕事の手伝いって……?」
「あ、そっか。ネルス君にもまだ話してなかったね」
クレアは一度僕の方を見ると、今度は僕とその人を交互に見ながら話を続ける。
「私のお母さん、実はこの国のギルド警察に入ってて、実は今回、この山の生態系を調べに来てたんだー」
「ギ、ギルド警察!?」
「うん! すごいでしょ!?」
「す、すごい! すごいよ! 僕、ギルド警察に憧れてたんだ!」
「そうなの!? だったら早くお母さんとお話ししなきゃだね!」
「うん! 会って色々聞いてみたいよ!」
「ふふっ! うん!」
クレアは誇らしげに胸を突き出しながらも、嬉しそうに笑った。
「じゃあ、テントを複数張っていたのってもしかして……」
「うん! お母さん以外の人用! でも、予定が変わっちゃったらしくて、他の人は来ないことになって、今回はお母さんだけになっちゃったんだー。でも、急に二人もお客さんが来たし、テント張っててよかったよー」
「そっかぁ、それじゃあ本当にラッキーだったんだね、僕たち」
「うん! でも、二人とも目を覚ましてくれてよかったー」
そっか、危うく人がいっぱいで入れなかったかもしれないんだ。まあ、さすがにケガ人がいれば場所は空けてくれるとは思うけど。
でも、色々ラッキーだったんだなぁ。
と、僕とクレアで盛り上がってる一方で、その男の人は黙って僕ら二人を見上げていた。
えーっと、あれ……?
「えっと、そ、そういう感じです!」
クレアがそう言った途端、その男の人は首を横に傾げた。
「ギルド警察って……なんだ?」
「えっ?」
「ちょ、林間学校のことは知っていたのに、そのことはわからないんですか?」
「わかんね。そんなにすげーの?」
その人はまっすぐ僕らの方を見上げながらそう聞いてくる。うーん、まさかギルド警察のことを知らないなんて……。
「えっと、すごいというか、知ってて当然というか……」
「あの、この世界にはなくてはならない存在のことです」
「なくてはならない存在?」
「ほ、ほら! 狂暴化してる魔物とかいて、危ないじゃないですか。それから国や人々を守る人たちのことです。それだけじゃなくて、国や町の治安維持とか、悪いことをした人に対する取り締まりとかもやっています」
僕がそう説明すると、今度はクレアもこう言った。
「うん! まあ、ギルド警察はいくつもあるから、みんながみんなそうとは限らないけどね。治安維持や取り締まりに特化していたり、狂暴化した魔物の退治に特化していたりとか。ギルドによって様々なんだー」
うん、僕らのこの説明なら完璧だ。きっとこの人も、記憶喪失とはいえ、さすがに記憶の片隅のどこかには引っかかって……。
「えーっと、魔物ってなんだ?」
「「へっ!?」」
でも、この人のソレは、更にその上をいっていました。
「ま、魔物だよ? 魔物」
「あー、わかんねーや」
「えっと、じゃあ、魔獣は!?」
「魔獣? え、その魔物ってやつとなんか違うの?」
「「…………」」
「そんなに引きつった顔すんなよ。なんか悲しくなってくるだろーが」
い、いやぁ、まあしょうがないよ。記憶喪失なんだし。
自分のことがわからないんだもん。他のこともわからなくて当然だ。うん。
「り、林間学校のことはわかってたのにどうして?」
まあ、クレアの言うことももっともだけど。
「んあ? んなこと言われても知らねーよ。きっと、覚えてるもんと覚えてないもんがあんだろ。たぶん」
「う、うん……?」
「クレア……ちゃんだっけ? 納得いってなくても、分かんねーもんは分かんねーの。そういうもんなの」
その男の人はまた頭をポリポリと掻きながらこう続けた。
「ああ、アレなら知ってる。温泉まんじゅう」
「温泉まんじゅうて!」
あまりにもピンポイントすぎて、思わず僕はそう声を上げてしまった。いけない、命の恩人なのに、タメ口で言ってしまった。気をつけなきゃ。
「まあ、アレだ。なんか思い出すかもしれねえから、色々教えてくんね?」
その人はそう言いながら少し優しく微笑む。僕とクレアは顔を合わせそのまま頷いた。
「えっと、じゃあ一応だけど、魔法とかって……」
「え? そんな非現実的っぽい響きなもんって、存在すんの?」
「ええ!? 魔法も!?」
「そ、それじゃあ、魔物使いとかって分か」
「魔物わかんねー時点でそんなもん知ってるわけねーだろコノヤロー」
「らない、ですよねー……」
うん、知ってた。知ってたけど、一応聞いてみただけなんだ。
この人、本当にこの世界の人間なのだろうか。もしかして、別世界から来たんじゃないだろうか。
ギルドも魔物も魔獣も魔法もましてや魔物つかいもない世界……か。あるなら行ってみたい気もするけどなぁ。
「基本的に、この世界のあらゆることがわからない。と考えてよさそうだね」
クレアのそのセリフに僕は黙ってうなずいた。
「そして、わかるものもある……」
うん、温泉まんじゅうとかね。
「ま、そういう感じだし、良かったら教えてくんね。その、魔物とか魔法とか、色々」
「うん。わかった!」
「基本的すぎてどう説明すればいいのかわからないけど、とりあえず頑張ってみますね!」
「そっか、サンキューな」
クレアも僕もそう意気込む。
そんな僕らを見て、その男の人は、なんというか静かに、嬉しそうに微笑んだ。
「それじゃあ、まずは魔法から行きますね!?」
「でも、説明するよりは実際に見てもらった方がいいかも」
「あー、それもそうだね!」
うん、クレアの言う通りかもしれない。
確かに、魔法とかは説明するのは難しいし、実際に見てもらった方が理解してもらいやすい。実際に見れば、この人も何か思い出すかもしれないし。
そう考えている最中、クレアは僕の顔をチラリと見た。
「ネルス君、あの……」
クレアは顔を引きつらせながら、黙って僕を見つめる。
あ、そっか。クレアは勉強が苦手って言っていたよね。ということはつまり……。
「お、お願いしてもらってもいいかな?」
クレアは申し訳なさそうに僕にペコリと頭を下げる。そして、顔を上げると同時に小声でこう言った。
「頭が悪くてごめんなさい……」
「いいんだ。僕もロクに勉強できないし」
魔法というのはしっかりと勉強をして、構造や仕組みを説明できるくらいに理解して、ようやく初めて出せるようになる。だから、知識がないと、ロクに魔法は使えないんだよね。
とは言っても……。
「…………」
僕は右手を無言で見る。僕の右手はというと、未だに包帯でぐるぐる巻きにされている。
「ネルス君? 右手がどうかした?」
「え? あ、いや別に……」
うん、僕もやっぱり魔法は使えない。そして、クレアも魔法は使えない。
ということで、決まった。僕らにできるのはこれしかない。
「魔法を見せるのは、諦めよう」
勉強が苦手な僕らには、ちょっと難易度が高そうです。
「え、魔法見せてくんねーの?」
「僕もクレアも出せないんです。ごめんなさい」
「私も勉強できない子でごめんなさい……」
僕もクレアも二人そろってその人に頭を下げた。
「い、いや、別にいいけど。え、何? そんなに難しいもんなの? 魔法って」
「はい……」
「勉強ができないとロクに使えないの……」
「そーなんだ」
「ち、ちなみに勉強ってどういうものなのかはわかりますか?」
「あーそういうのはわかる」
そっか。それならなんとか……まあ難しいかもしれないけど、一応説明できるかな。
「じゃあ、実際に見せることはできないので、説明だけでも」
「あー、なら頼むわ」
その人を見ながら、僕は魔法についてこう説明した。
「魔法というのは、何もないところから炎を出したり、氷を出したり風を起こしたりと、生活で非常に役に立つ、人々にとっては使えると大変便利な技です」
「何もねーところから炎とか氷出せんの!?」
「はい」
「すごくね? でも、お前らは使えないと……」
「「ぐっ……!」」
その男の人がそう言った瞬間、僕ら二人は顔を伏せる。
「こ、構造とか仕組みとかしっかりと理解しなきゃ使えないんです……!」
「それも他の人に説明ができるくらいに……!」
無意識に、僕らの声は震えていた。
「あー、だから勉強しないと使えないのか」
手から炎の弾とかを出したり氷を生み出したり風を起こしたりと様々だし、使えるとかなり便利なんだけど、どれも勉強が難しいからね。
まあ、勉強とかこれから頑張る(予定だ)し、いつかきっと僕も炎とか氷とか出せる……はず。
「「…………」」
今は、そう思いたい……。
「あの、二人ともなんか体震えてんだけど、大丈夫なのか?」
まるで僕らを気遣うかのように、心配そうに声をかけてくれる赤い髪の男の人。それを聞いた瞬間、僕らは目を見開いた。
「魔法についてはこれで終わりです!」
「次に行こっ! 次に!」
「え、あ……うん」
この人には申し訳ないけど、魔法に関してはここで終わりにしよう。今説明しなくても、きっとどこかでお目にかかることもあるでしょ。
それに、続けるとこれ以上はもう持たない。
そう、僕らのメンタルが!
「じゃ、じゃあ魔物だっけ? それについて教えてくんね?」
その人の問いに、僕は、きっぱりとこう答える。
「僕たち人とは異なる生き物のことです」
「ほー、なるほど」
「はい」
「え、そんだけ?」
「あとは実際に見ればわかるかなーって」
「それもかよ!」
「えっとね、それで、魔物つかいっていうのは、魔法か何かを使って、魔物を目の前に呼び出したりする、すごい人たちのことなんだー」
「なんかもう次の説明始めてるし! え、何? もう一回言ってくんない?」
「魔物を目の前に呼び出したりするすごい人たちのことだよー」
「そ、それだけ……?」
「うん! あとは実際に見ればわかるかなーって」
「またそれかよ! 頼むからもうちょっとわかりやすく教えてくんない!?」
「そうは言っても……」
クレアと僕は顔を再び見合わせる。実をいうと、僕は魔物つかいについては聞いたことくらいしかない。実際に見たことがあるわけじゃないし。
どうやって魔物を呼び出すのか、そもそもどんな魔物を呼び出すのか、よくわかってない。説明に困っているクレアの様子を見た感じ、クレアもきっとそうに違いない……
「実を言うと、私の友達が魔物つかいらしいんだけど、実際に魔物呼んでるところ見たことないからわかりません」
と、思っている僕がいました。
「え!? クレアの友達に魔物つかいがいるの!?」
「うん。一人だけね。でもその人はまだ魔物呼べないらしくて」
「そうなんだ……」
僕の周りにはそんな人一人もいないのに、羨ましいな。身近にそんな人がいるのなら、きっとクレアは近いうちにその友達が魔物を呼ぶところを見れるんだろうな。いいなあ。
「ま、まあそれについてもわかんねーならいいや。それじゃ……」
男の人は一度ため息をつき、数秒、間を置く。
そしてその男の人は、ついにそれについて聞いてきた。
「魔獣って、なんだ?」
その人の問いに、僕も、そしてクレアも唾をのんだ。
魔獣。それは、下手をすれば命を奪われかねない存在だから。
「見た目は、魔物と同じです。でも、魔物とは根本的に異なることが一つあります」
その人の目を見ながら僕はこう続ける。
「魔物は人と生活を共にするくらい優しい、良心的な生き物です。でも、魔獣は違います」
「魔獣は、魔物とは反対に人を見境なく襲う、人にとっての敵。ひどい時には、街一つを壊滅させることもあるんだ……」
僕もクレアも、前の3つの時とは明らかにテンションが低い。
そのくらい、魔獣は危険な存在。
「人や街を襲う……ねぇ」
その男の人はそのままこう続けた。
「なるほど。だからさっきの、ギルド警察ってのがあるのか」
「うん。ギルド警察は魔獣から人々を守る存在でもあるんだ」
「そういうことか」
納得したのか、その人は何度も頷いた。ただ、次にこう聞いてきた。
「んで、その魔獣は、人や魔物とかと同じように、普通に沢山存在するのか?」
「うん。そうだとは思う。でも、それ以外に魔獣が誕生する場合があって……」
「魔獣が誕生?」
その人の問いに、クレアは頬っぺたを下げ、暗い表情へと変えた。クレアの代わりになるかのように、今度は僕が口を開いた。
「原因はわかりません。でも、魔物が何らかの形で理性を失って、狂暴化して、魔獣になってしまうこともあるんです」
「魔物が、魔獣に?」
「はい。僕たちはそれを、【ビースト化】と言っています」
僕がその説明をすると同時に、クレアも、その男の人も無言になる。その人も無言になっているのは、事態を重く受け止めているからかな。
「ど、どうですか? 何か思い出しましたか?」
「いーや。まだ何とも」
「そうですか」
もしかしてと思って聞いてみたけど、まだ思い出せてはいないみたい。
「ただ……」
でも、その人は一度ため息をつくと、クレアを見てうっすらと微笑んだ。
「ギルド警察ってのが、魔獣の存在やら、魔物がそうなった時のために、いなきゃならねー存在なんだなとは思った。お前の母さん、すげえな」
その人がそういうと、暗い表情をしていたクレアは、頬を少し上に上げた。
「あと、魔法もな」
「「…………」」
「はは! そんなに暗い顔すんなよ。いつか使えるようになるって」
だといいんだけどね……。
この人の言う通り、魔法が使えればいざという時の護身にもなるし。
「まあ、とりあえずこんなもんでいいわ。色々教えてくれてサンキューな」
「え、もう聞きたいこととかはないんですか?」
「ない、というか、何を聞けばいいのかわかんねー」
赤い髪の男の人はため息をついてこう続ける。
「今の話を聞いても何も思い出せねーし……」
「そっか。やっぱり自分の名前とかもわからないの?」
「ああ。わかんねーや」
その人はそう言った後、軽くケラケラと笑った。
それを見たクレアはこう口にする。
「じゃあ、私たちはなんて呼んだらいいかな? 名前わかんないんじゃ、どう呼べばいいのかわからないし」
確かに、クレアの言う通りだ。この人の名前が分からない以上僕らはこの人のことを何と呼べばいいのかわからない。
勝手に名前を付けるのも、恩人だし抵抗あるからね……。
「あ、そうだ!」
クレアは目を見開いて、僕らを交互に見る。そして、ニッコリ微笑んだ。
「赤い髪の色だし、【赤い人】なんてどうかな!?」
「え、ええ!?」
いくら何でも、それはちょっとどうなんだろ。名前つけるのは抵抗あるとはいえ、それってなんか人名ですらないような。
「あー、いいよ、別にそれで」
「え!? い、いいんですか?」
「名前分かんねーし、変な名前勝手につけられるよりは断然いいし、つかめんどくせーし」
「め、めんどくさいって……」
もしかしたらこの人、結構めんどくさがり屋なのかもしれないね。
「それじゃ、名前思い出すまでは赤い人って呼ぶね!? よろしくね! 赤い人!」
「はいはい」
「え? いい、のかな?」
せめて、さん付けとかした方がいいかもしれない。
うん。そうだ、そうしよう。
「あ、赤い人さん」
「赤い人にさん付けるのやめてくんね。逆になんか、違和感感じる」
「ご、ごめんなさい」
そ、それなら僕も赤い人って呼ぼう。
名前思い出したら、その時にさん付けで呼べばいいし。
「それじゃ、そろそろ」
そう考えていると、クレアは手をポンと叩き、こう繰り出した。
「日も落ちてきたし、夕飯にしよっか! お母さんもそろそろ戻ってくるだろうし!」
そういえば、外の方を見ると、大分暗くなってきているなぁ。そして少し風も冷たくなってきているし。
「ネルス君はお母さんが戻ってきたら色々聞いてみて! もしかしたらお友達と連絡ついているかもしれないし!」
「あ、うん。わかった」
もしもクレアのお母さんがレイタ達と連絡とれていれば、すぐにみんなのところに戻れるかもしれない。色々、お礼を言ってからだけどね。
でも、確かに林間学校のことも気がかりだけど、今はどちらかというとクレアのお母さんにギルド警察のこととか色々聞いてみたいなぁ。
うん、みんなの元に戻るのはそれからでも遅くはな……
『このまま2泊3日か。先が思いやられるわ……』
……と、思いたい。
「…………」
そっか。ホノカが言ったことを今思い出した。
林間学校は2泊3日。1日目は寝たきりで終わって、2日目ももう夕暮れになっている。ということは、明日で林間学校も終わり。終わりなんだ……。
「ネルス君? 大丈夫?」
「え……? あ、だ、大丈夫」
「ネルス君はまだ安静にした方がいいよ。今日はもう暗くなってきたし、お友達のところに戻るのは明日の方がいいと思う」
「あ……うん。そう、だよね」
そうはいっても、あれだけ楽しみにしていた林間学校。これじゃもうほぼ参加できないで終わってしまう。中止になったまま終わってしまう。
クレアのお母さんに色々聞いてみたいけど……。
でも、やっぱり……。
「ごめん、僕やっぱり、今からみんなのところに戻」
「そうだ! それじゃ、今から私と赤い人、そしてネルス君の3人でご飯作ろっか!」
へ……?
「赤い人は、ご飯の作りかたとか、なんか覚えてる?」
「あー、そんくらいなら覚えてねーこともねーけど、そもそも作れたかどうかも怪しい」
「じゃあ、教えるから手伝って!」
「まぁ、世話かけたっぽいし、そんくらいなら全然構わねーけど」
「それじゃあ決まりだね!」
クレアと赤い人が話しているのを黙って聞く僕。そんな僕に、クレアはこう微笑みかけてきた。
「せめてここで林間学校の気分だけでも! ネルス君、楽しみにしてたんだもんね!?」
「ク、クレア……!」
もしかして、クレア、僕が気にかけていることを察して……?
「あー、そういえば林間学校とか、そんなことも言ってたなお前。んじゃ、木とか切んねーとな」
「赤い人も……!」
「あはは! そういうことは覚えているんだね!?」
「そーだよ。すんませんねなんか変なところだけ覚えてて」
「いいよいいよ! それじゃ、3人で料理楽しんで作ろっか! 林間学校みたいに!」
「クレア……!」
やっぱり、クレアは僕が考えていることを察してくれたみたいだ。仕方がないとはいえ、確かに、このままだと僕は林間学校の行事に全然参加できずに終わる。
でも、ここのキャンプ場で3人で料理できるんなら、林間学校みたいな雰囲気は味わえると思う。
それにクレアのお母さんが戻ってくれば、貴重な話とかも聞けるだろうし。
「あの、二人とも……」
僕は二人に向かってペコリと頭を下げる。
「ありがとう。ホントに……ありがとう……」
その時に、目から数滴涙が出たけど、二人は優しく見守ってくれた。
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