第2話 クレアとの出会い

 ……それから気を失っていたのか。はたまた、ただ眠っていただけなのかはよくわからない。


 ただ、気が付くと僕は横になっていた。



「あれ?」



 見たことのない場所。その中で僕は毛布にくるまっていた。



「なんで僕はこんなところに……」



 上半身を起こし、僕はあたりを見渡してみる。


 どうやらここはテントの中で、あるのは灯りを灯すランタンに誰かの荷物だけ。

 テントの入り口からは明るい日の光が漏れている。

 どうやらまだ昼のようだ。


 そして、僕の右腕には包帯が巻かれていて、ギブスで固定されていた。

 


「えっと……」


 なんでこんな事に?

 確か僕は、リュックを取り戻すために犬を追いかけて……。

 そのまま転んで……。


 あれ、その後どうしたんだっけ……。



「あ、気が付いた?」



 僕が記憶をたどっているのを他所に、テントの入り口から、見知らぬ女の子が現れる。そして、僕にそう声をかけてきた。



「よかった。無事みたいだね」



 その子は、僕が目を覚ましたからか、ホッと息をつき、そのままほっぺたを上に上げた。



「怪我をしていたみたいだったから、手当てをしておきました。主に私のお母さんが」



 その子はニコリと微笑だ。


 そっか。

 僕は犬を追いかけて、そして転んで、怪我をして、そのまま気を失ったのか。


 ということは、この子とそのお母さんが助けてくれたのかな?



「えっと、君は?」



 とりあえず、目の前にいる見知らぬその子にそう尋ねてみる。



 ニコっと微笑んでいる見知らぬその子は、僕の問いにこう答えた。



「私はクレア。もうすぐ11歳になります」


「もうすぐ11歳ってことは、僕と同い年?」



 そう尋ねると、クレアと名乗ったその子は何故か首を傾げた。



「うーん、そうなのかな? わかんないや」


「え、わかんないって……」


「だって私、君の年齢知らないもん」


「あ、そっか。ははっ、初めて会うし、そりゃそうだよね」


「ふふっ、うん!」



 顔を見合わせ、僕とその子、いや僕とクレアは思わず微笑んだ。


 そりゃそうだ、僕はまだ名乗ってすらいなかったんだから。



「それじゃあ、えっと……」



 ゴホンッと咳をした後、僕は口を開けた。



「僕はネルス。君と同じく、もうすぐ11歳になります」



 それを聞いた途端、クレアは目を丸くして、ニッコリと嬉しそうに微笑んだ。



「本当だ! そしたら、私と同い年だね!」



 クレアは嬉しそうに微笑みながらこう続ける。



「私、同い年の男の子とお話しするの初めて!」


「へっ!?」



 クレアのその発言に、思わず目を丸くする僕。



「私の学校、小さいところだから、同級生も女の子一人しかいないんだ。男の子は年下とか、年上だけ」



 クレアは話を続ける。



「だから、同い年の男の子とお話しするのは初めて。なんだかうれしいです」


「そっか。君の学校もそんな感じなんだ……。実は、僕のところもそうなんだ」


「えっ!?」



 僕のその言葉に、今度はクレアが目を丸くした。



「えーっとね……」



 そのまま僕は人数の少ない学校のこととか、レイタやカスミといった年齢が異なる周りの友達のこととか、今は学校のみんなで林間学校に来ていたということとか、とにかくいろいろ話した。



「じゃあ、私と一緒だね。私も同級生の女の友達一人だけで、後は年上年下だから」



「そっか……」



 これが良いことなのか、悪いことなのか、僕にはよくわからない。でも、こうして似たような環境の子がいるって分かっただけでも、なんだかちょっぴり嬉しい。


 でも、ここまで環境が同じってことは、もしかして……。



「それじゃあ、君も小さな村の人なの?」


「ううん、違うよ。学校は小さいけど、私はお城に結構近いそこそこ大きな町に住んでいます」



 そう言って、クレアは誇らしげに、僕に向かって右手でピースサインを見せる。

 お城に近い、そこそこ大きな町……?



「マージルの町?」


「惜しい! そっちと反対のサンライトの町です」


「結構大きな町に住んでるんだね」



 クレアは僕とは違って、結構な都会っ子のようだ。僕の住んでいる所は小さな村だから、都会はちょっぴりうらやましいなぁ。



「一応、学校もあるんだけど、多くの人は魔法をいっぱい勉強できるマージルの町の方に通っちゃうから……」


「あー、だから他の学校は人が少ないんだ?」



 僕の問いに、クレアはちょっぴり顔を顰める。



「私も人がいっぱいいるマージルの学校に行きたかったけど……」


「けど……?」


「べ、勉強が、苦手です……」


「そうなんだ……」


「はい……」



 クレアが思わずか細くなった声で答えたその内容に、僕も思わず顔を顰める。



「それは、僕も、同じです……」


「あぁ……」


「…………」


「…………」



 そのあまりにも強大すぎる敵(勉強)の存在に、数秒の間沈黙が流れる。でも……



「「あははは!」」



 その何とも言えない空気からか、僕もクレアも思わず笑ってしまった。



「なんだか似てるね。私たち」


「うん。違う学校なのが残念なくらい」


「うん!」



 クレアはまたまた嬉しそうに笑った。明るい顔を見てると、僕もなんだか嬉しくなった。やがて、そのままクレアはギブスを付けた僕の右腕に目線を送った。



「はぁ、でもよかったー」



 クレアは一回、安堵したかのようなため息をつくと、こう続けた。



「1日経っても目を覚まさないから、このまま寝たきりなのかなぁって思っちゃった」



「えっ?」



 クレアはさらっと、僕にとっては驚きの内容を伝えてきた。



「ん? 今なんて? 1日……?」


「うん。1日」



 うそ……でしょ? それって、もしかして……。



「もしかして、僕、1日中寝てた?」


「うん。だから、心配してたんだー」


「……そっか」



 1日中寝てたってことは、僕はまだ、林間学校に参加できずにいるってこと?

 ということは、今は林間学校2日目?



 じゃあ、今頃みんな木を切ったりして、2日目の炊事の準備に入ってるんだろうか。いや、それどころか、僕がいないことで、皆に迷惑をかけているかもしれない。人手が足りないって。


 だったら、早くみんなのところへ戻らなきゃ!



「ごめん! 僕、行かないと!」


「あ、ちょっと待って!」



 僕は慌ててその場から起き上がろうとする。でも、その瞬間に右足に激痛がはしった。



「痛っ!」



 右足の骨が固いもので叩かれたように激しい痛みを感じた。よく見ると、右足も包帯でぐるぐると巻かれていた。



「動いちゃだめだよ!? まだ安静にしてなきゃ!」



 クレアは慌てて僕のそばへと駆け寄ってきて、それを直接体に言い聞かせるかのように、後ろから僕の背中をさすった。



「で、でも林間学校が……」


「いや、その怪我じゃそれどころじゃないと思うよ!?」


「で、でも僕は……!」



 この日のために、僕はたくさん用意をしたんだ。

 木をあらかじめ切ってきたのもそうだし、釜戸を持ってきたのだってそう。

 この日が楽しみで仕方がなかったんだ。

 それに参加できないなんて耐えられない。


 でも、そんな想いを知って知らずか、クレアはこう口にした。



「そもそも、林間学校自体中止になっていると思うんだ……」



「へ……? な、なんで!?」



「だって、ネルス君、今林間学校に参加しないまま、ずっとここで眠ってたんだよ? きっと学校のみんな、今頃ネルス君のこと探してると思う」



「あ、言われてみれば確かに」



 確かに、言われてみればそうだよ。よく考えたら僕まだ初日の時点でみんなと合流できてないんだ。

 それなら生徒が足りないことになるし、林間学校どころじゃないよね。よく考えたらそうだ。



「それにね……」



 クレアは僕の背中を優しくさすりながらこう続ける。



「大丈夫。もしかしたらこの近くに、ネルス君の知り合いがいるんじゃないかと思って、今お母さんが探しに出てるから」


「君のお母さんが?」


「うん!」



 そう言えば、さっきからクレアしかここにいない。僕の手当てをしてくれたらしいこの子のお母さんの姿はどこにもなかった。

 そっか。皆を、レイタ達を、僕の仲間たちを探しに行ってくれていたのか。


「見つかったら、きっとすぐに友達のところに戻れるよ! 今はここでおとなしくして、怪我が少しでも良くなるのを待とう?」


「う、うん……」


「少しでも良くなれば、やれることは少ないかもしれないけど、でもきっと、林間学校にも参加できるよ! だから、今はお母さんが戻ってくるのを待とう!」



 クレアは励ますかのように、僕にそう言い聞かせる。


 言われてみれば、右腕もギブスで固定されてるくらいだし、足だって包帯で巻かれている。

 こんな状態じゃ何もできない。


 だったら、少しでも、ほんの少しでもいい。けがを治すのが先だ。そしたらクレアの言う通り、少しだけでも、林間学校に参加できるかもしれないから。



「うん……。うん、わかった。じゃあお言葉に甘えて、そうさせてもらおうかな」



 僕はそのまま、頭を下げた。



「ありがとう。言うのが遅くなったけど、怪我の手当てとか、いろいろしてくれたんだよね? 本当にありがとう」


「怪我の手当ては私のお母さんだけどね」


「でも、クレアも僕のこと診ていてくれてたんでしょ?」


「うん」


「だったら尚更。君のお母さんの分も含めて、診てくれて本当にどうもありがとう」



 僕がもう一度ペコリと頭を下げると、クレアは若干照れくさそうに、頬を少しだけ赤く染めた。



「う、うん! どういたしまして! それより」



 クレアはそっと手を合わせて目を瞑る。そして、祈るようにこう言った。



「ネルス君の怪我が早くよくなりますように」



「……っ!」



 まさかここまでしてくれるなんて。


 この子は、僕の怪我がよくなるようにって、心から願ってくれているんだなぁ。



「ありがとう……」



 クレアのその行動や、気持ちに対して、僕はもう一度、その言葉を言った。



「私にできるのはこれくらいだもん。全然気にしないで」


「いや、その気持ちが素直に嬉しいよ」



 まさか偶然とはいえ、こうしてこんなにいい人と出会えるとは思ってなかったなぁ。

 林間学校に参加できてないとはいえ、これはこれで良かったのかもしれない。



「あ、そういえば……!」



 僕がそう思っている最中、クレアは何かを思い出したかのように目を見開いた。



「実は、ネルス君をここの近くまで運んできたの、私でもお母さんでもないんだ」


「へ……? ええ!?」



 クレアの言うさらなる事実に、僕は思わず声を上げた。



「じゃあ誰が?」



 僕のその問いに、クレアはそっと答える。



「赤い髪の男の人」


「赤い髪?」


「うん。ここのテントの近くまで、その男の人がネルス君を担いで運んできたの」


「赤い髪の男の人が、僕を?」


「うん」


「………?」


 赤い髪の男の人か。はっきり言って心当たりがない。

 レイタでもないし、他の知り合いにもそんな人はいない。


 じゃあいったい誰だろう。



「その様子だと、やっぱりその人は知り合いじゃないんだね」


「やっぱり?」


「実はね、その人、ネルス君のこと、【紫色の髪をした子供】って呼んでいて、突然ここまでネルス君を担いできて……」



 クレアはその時のことをそのままこう続ける。



「それで、知り合いなのかどうか聞いてみたら、『知らない』って答えたの。だから、やっぱりその人とは知り合いじゃないんだなーって」



「うーん……」



 倒れていた僕を助けたのはクレアでもクレアのお母さんでもなく、その男の人。でも、赤い髪の男の人って言われただけじゃ全然わからない。



「その人、今どこにいるのかわかる?」



 僕のその問いにクレアはきっぱりとこう答えた。



「隣のテント」


「へっ!?」


「その人、ネルス君を降ろしてからすぐに、突然倒れちゃったの」


「ええ!?」



 僕をこのテントまで運んできたのがその男の人で、ここに着いてクレアたちに、僕を助けるようにお願いをした途端に倒れた……と。


 分からない。なんでんなことに?

 僕を担いで疲れちゃったとか? 


 え、だったら僕のせいなのかな!?


「それで、放っておくわけにもいかないし、その人もネルス君と同じように、テントで寝かせて、同じように診てたんだ。でも、その人はまだ目を覚まさないんだよね」


「ということは、その人も1日眠ったままってこと?」


「うん」


「そっか」



 何にせよ、僕をここまで運んでくれた人だ。一応クレアたちと同じように僕の恩人。ちょっと素性のわからない人だけど、会ってお礼を言わないと。


 そして疲れちゃって倒れたんなら謝らないと。



「クレア、その人と会ってみてもいい?」


「いいけど、今はだめ。もう少し安静にして、足の痛みが治まってからね?」


「うん、わかってる。その後」



 今はさっきと変わらず、足が痛くてまだ立てない。クレアの言う通り今は無理。



「どのくらいで治るかな?」


「お薬ちゃんと塗ったから、後2,3時間で痛みも和らぐと思う。だから、会うならその時に。でも、その人はまだ目を覚ましてないかも」


「うん、でもとりあえず会ってみたい」



 さすがに、会ってみないと何とも言えないし。

 それに、心当たりはないけど、もしかしたら実は知り合いなのかもしれないし。



「わかった。そしたら、また後で様子見に来るね。私は隣のテントで、その人のこと診てるから、何かあったら教えるね!」


「わかった、ありがとう」


「それじゃあ、また後で!」



 クレアはそう言って、このテントを後にした。


 クレアがいなくなり、テントの中が静かになる。



「はぁ……」



 僕のため息をつく音だけがはっきりと聞こえる。


 クレアはとってもいい人だった。そんな人に助けてもらえてラッキーだった。

 でも、気になるのは……。



「赤い髪の男の人かー」



 看病をしてくれたクレアと手当てをしてくれたクレアのお母さんにも感謝だけど、その男の人も気になる。


 もちろん、林間学校のことも、学校の仲間のことも気がかりだけど、でもなんだかそれ以上に、その人のことが気になった。気になって仕方がなかった。



『もう少し安静にして、足の痛みが治ってからね?』



「うん。気になるけど、今は……」



 クレアのその言葉を思い出し、僕はそっと目を閉じた。

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