第一章 少年クエスト-僕たちの勇気-

第1話 紫色の髪の少年

「おーい、ネルス~! 遅れんじゃねえぞ~!」



 重たい荷物を背負い、列になって山道を登る20人くらいの集団。その男女一人一人が各自、荷物を背負いながら、山道をせっせと登っていく。


 でも、その集団の中で、僕は一番後ろにいた。



「う、うん、わかってるよー」



 先頭にいるこの集団のリーダーに向かって、僕はそう答えた。



「もうちょい歩けば宿泊施設に着く!皆それまで気張んなぁ!」



 そのリーダーは声を張り上げながら、重い荷物をもって僕ら旅の一行を鼓舞する。それに呼応するかのように、皆は上り坂を登っていく。


 ……僕を残して。



「ちょ、ちょっとみんな! 速くない!?」



 登るスピードを速める皆を見上げながら、僕も足を動かす。

 でも、皆とどんどん距離を離される。



「ま、待ってよ、みんなぁ~!」



 重たい荷物を持ち、額から流れる汗をも無視し、僕は距離を離していく集団に向かって叫ぶ。でも、皆は待ってくれなかった。


 速く歩こうと、足を沢山動かしても、その歩幅はまるで変わらない。僕が背負っている荷物が重すぎるからだ。

 重たい荷物が、僕の足の動きにブレーキをかける。



「み、みんな、待って……って、言っているのにぃ」



 バクバクと動く心臓が、僕の呼吸を加速させる。その呼吸のスピードについていけず、僕は思わずその場で立ち止まった。



「はぁ……はぁ……」



 呼吸をいったん整えようと、ゆっくり息を吸ってみる。でも、心臓の動きが激しくてそれが余計に苦しくなった。

 ここはいったん座るなりして、心臓の動きに合わせて呼吸をしていった方がいいかもしれない。



「よっこいしょっと……」



 荷物を背負ったままその場で腰を下ろす。


 ダメだ、荷物を下ろした方が楽になるのはわかってはいるけど、それをする気力すらない。

 というか、皆なんであんなに早く歩けるのだろうか。意味が分かんない。


 そう思いながらも、座ってゆっくりと息を整える。


 それから間もなく、僕が追い付いていないことに気が付いたからか、先頭にいたはずのリーダーと、もう一人が僕のもとへと戻ってきてくれた。



「おい、ネルス! 何休んでんだよ! もう少しで着くって言ってるだろ!」



 戻ってくるなり、リーダーのレイタは僕を叱咤する。



「で、でもレイタぁ……僕疲れちゃったよ」



 荷物を下ろせないくらいにもう僕は動けない。

 いくら親友のレイタが僕に怒鳴ったって、僕はもうここから動くことはできないだろう。というか動きたくない。



「そんだけ馬鹿デカい荷物ずっと背負ってたらそらそうなるわ!」



 レイタは僕が背負ってる、僕の伸長と同じくらいの大きさのリュックを見てそう叫ぶ。



「うん、荷物デカすぎだよ……ネルス」



 レイタと一緒に戻ってきてくれた、もう一人の僕の親友のホノカも僕の荷物を見るなり、自分の頭に手を当てた。



「いったい何が入ってるの?」



 ホノカがそう聞いてきたので、僕は今朝リュックに入れたものを一つ一つ思い出していく。



「えーっと、自分の分の木の棒と」


「なんでだよ!」


「家にあった釜戸と」


「ちょっ、なんで!?」


「それとコンビニのレベルイレブンで買ったレトルトカレー」



「「林間学校だっての!!」」



「へ……?」



 二人の盛大な突っ込みに僕は思わず首を傾げた。


 そう、二人の言う通り、今僕らは林間学校に来ている。


 僕らはそもそも、人里離れた小さな村に住んでいて、そこにある凄く小さな学校の生徒だ。全校生徒も僕を入れて20人くらいしかいない。

 それのせいなのか、こういった行事もめったにない。だから、こういった行事は全校生徒全員で参加している。


 ただでさえ少ない学校の行事。それに、折角人里離れた村から、こうして久々に別の地域へとやってこれたんだ。


 僕はそれが嬉しくて、張り切っちゃって、村で沢山木を切って、今日に備えて頑張って用意してきたんだよね。

 でも、この二人の言い方だとなんか間違ってるのかな。



「え、でも必要じゃん。木使って火を起こして釜戸でご飯炊いてそこからカレーを……」



「「現地調達だから!!!」」



「へ……。えっ!?」



 二人のその言葉で、ようやくそのことに気が付きました。



「木の棒って自分で持ってくるんじゃなくて……」


「現地でみんなで切ったりして用意すんだよ」



 僕の問いに、レイタが頭を抱えながらそう答える。



「じゃあ、釜戸は!?」


「現地にあるから……」



 ホノカもレイタと同じように頭を抱えて、同時にため息をついた。



「じゃあ、レトルトカレーは……」



「現地に食材あるからそこから具材選んで切ったり焼いたりして自分たちで作るんだよ!」


「てか、レトルトって!!」



 二人はそう答えた後、顔を見合わせ共にため息をついた。



「道理で荷物多いしデカいわけだ」



 レイタは僕のリュックを見ながら頭を押さえる。



「えっと、なんかごめん」


「うん、いい。ネルスが馬鹿だったのを今思い出したところだから」


「本当になー。もう少しで11歳になるってのに、このままいけばずっと馬鹿なままかもな」


「このまま2泊3日か。先が思いやられるわ……」


「うっ……」



 ホノカやレイタにキッパリと言われ、なんだか胸にグサッときた僕。

 でも、僕だってずっと馬鹿なままなわけがない。

 きっと、後数年もすれば天才に……。

 

 と、今はそう思いたい。



「まあアレだな、とりあえず木の棒を捨てような」


「う、うん……」


 レイタにそう言われ、思わずうなずく僕。

 でも、今の僕は疲れすぎていて、ほとんど動くことができない。ここは二人に手伝ってもらおう。



「ごめん、ちょっと今疲れてて動けないから、取り出すの手伝ってくれない?」


「しゃーねえ、わかったよ」


「しょうがないわね」



 僕の提案を渋々受ける二人。

 二人は僕が背負っているリュックを開き、中に入っている木の棒を一つ、また一つと取り出していく。そして、僕のリュックに入っていた木の棒をすべて取り出した。



「さてと、これどうするよ?」


「道端においておくのも悪いからね」


「しょうがねえ、持っていくか」


「うん」



 僕のリュックの中にあった6つの木の棒を二人は3つずつに分けて、腕で抱えて持った。僕の鞄から木の棒がなくなっただけで大分軽くなった気がする。


 なんだかんだ言っても、二人は優しいな。さすが僕の親友にして、1つ年上なだけあるね。頼りになるお兄さんとお姉さんだ。



「んで、釜戸はさすがに俺の鞄にもホノカの鞄にも入んねーから、自分で何とかしてくれ」



 まあ、そうなるよね。あはは……。

 でも、そんなに重くないし、釜戸一つくらいなら、何とかなりそう。



「うん、わかった!」



 ただ、それでもまだ一つ問題が。



「ごめん二人とも。大分楽にはなったんだけど、疲れが酷くてまだ歩けそうにないや……」



 そう、さっきまでずっと重い荷物を背負って歩いてためか、いまだに疲れがすごい。足がガクガクと震えてるし……。



「え、大丈夫?」



 ガクガクと震えている僕の足を見たからか、ホノカは心配そうに顔を少し歪ませる。


「でも、俺たちもそろそろ行かないとだしな」


「そうねー」



 二人は再び顔を見合わせた後、僕の足をチラリと見た。

 相変わらず、僕の足はガクガクと震えている。確かに僕は今は動けそうにはない。でも、少し休めばきっと……。



「ちょっとここで休めば、大丈夫だと思うから。二人は先に行ってていいよ」



 心配そうな顔をする二人に対し、僕はニィっと微笑みかけた。



「まあ、ネルスがそういうならそうさせてもらうが……」


「確かに、元はと言えばネルスの自業自得だしね」



 二人は共に頷くと、僕にそのまま背を向けた。



「じゃあ、先に行ってるぜ」


「集合場所はこの道を少し進んだ先だから、後で来てね」


「うん、わかった!ありがとう二人とも」



 僕がそう言うと、二人は軽く会釈をして、僕が持ってきた木の棒を抱えながら、二人はせっせと歩いて行った。


 やがて小さくなっていく二人の背を見つつ、僕は思いっきり深呼吸をしてみる。

 さっきよりは心臓の動きが穏やかになっているし、呼吸のスピードもいつも通りに戻ってきた。

 後は足のガクガクが治まればいいんだけど……。


 そうだ。

 リュックも大分軽くなったし、一旦おろそう。今の軽さなら何とかおろせるはず。いつまでも背負ってる必要ないんだよね……。


 うん、そうだ。そうしよう。

 そっちの方がゆっくり休めそうだし。



「よいしょっと」



 座りながら、背負っているリュックを下ろし、それを隣に置く。同時に、両肩にかかっていた圧力がなくなって、全身が軽くなるのを感じる。


 うん、これなら楽ちんだ。

 5分くらい休めば歩けるようになるだろうし、それまではここにいよう。



「はぁ……」



 体中にかかっていた重みも今はないし、それから解放されてずいぶんと身軽になった感じがするよ。木を持ってきたのはいいけど、重かったからね……。

 に、しても。



「ここは空気がおいしいなぁ」



 見渡すと、辺り一面は草で覆われていて、周りは野花や木でいっぱい。天気もいいし、それに浮かんでいるお日様が温かい。荷物のせいか、さっきまでは暑く感じたけどね。


 また、たまに吹いてくる風が心地良い。うん、正に林間学校日和だ。


「…………」



 そっと目を閉じてみる。



 風が吹き、ガサガサという草木をなびかせる音がはっきりと聞こえてくる。その心地よい音が疲れをいやしてくれているようにさえ感じる。


 皆と合流したら何するのかな。ご飯とか現地調達って言ってたし、それの準備かな。みんなで木を切ったり、釜戸に火をつけたり、料理したり。


 ご飯食べた後はキャンプファイアーとかかな。

 みんなで手をつないで歌を歌ったり。


 あ~! 今から考えるだけで楽しみだ。



「ワクワクが止まんない! 早くみんなのところへ行こう!」



 自分にそう言い聞かせ、僕は目を開ける。まだ少しガクガクしている右足に鞭打ち、何とか立ち上がってみる。気怠さはあるものの、全然歩けないわけではなさそうだ。

 よし、ゆっくりでもいい、集合場所も遠くないって言っていたし、歩こう。


 それじゃあ、リュックを背負って……って。



「あれ、リュックが……ない?」



 よく見ると、さっきまで隣にあったはずの僕のリュックがない。

 あれ、どこに行ったんだろう。

 周りをもう一回見渡してみる。すると、僕の真後ろに、白い毛で覆われた大きな犬がのしのしと歩いていた。そしてその犬は口に僕のリュックを咥えていた。



「ちょっ! 僕のリュック!」



 僕はその犬に向かって思いっきり走る。


 ガクガクと震えていた右足に少し痛みが走ったけど、今はそのくらい我慢だ。でも、あの犬一体いつの間に現れたんだろう? 

 もしかして、さっきの草木の音って風が吹いた時の音じゃなくて、犬が出てきた時の音だったのかな……って、今はそんなことどうでもいい!


 あのリュックの中には林間学校を楽しむために必要な持ち物がまだまだたくさん入っている。何とか取り返さないと!



「まって! そこの犬~!」



 僕は思わず右手をに前に出しながらそう叫ぶ。でも、僕の声に気が付いたのか、リュックを咥えた犬は突然走り始めた。


「ちょ、まって! まってよぉおおおお!」


「ワォーーーーーン」



 僕の声に呼応するかのように犬は甲高く鳴く。そのまま犬は足を止めることなく走り続ける。


 僕もリュックを取り返すために必死に追いかけた。




 そして犬を追いかけ続けて早数分。




 僕は足場の悪い森林の中を歩いていた。



「はぁ……はぁ……」



 さすがに……疲れた……。


 なぜか、右足もすごく痛いし、とても重い。


 右半身にものすごく重い錘がぶら下がっているかのように。

 もう……これ以上は……歩けない。



「うわっ……」



 そして、激痛に耐えられなくなった右足が、大きな木の根っこに引っかかり、僕は体勢を崩して転んでしまった。


 同時に、僕は右腕を思いっきり飛び出ている太い木の根っこにたたきつけられる。



「いっ……!」



 ドサっという音と共に、右肘から掌にかけて、金槌で思いっ切り叩かれたような、激しい痛みが広がっていった。



 その激痛は今の僕にはとても耐えられるものではなく、自然と目から涙が溢れてくる。そして、、視界もどんどん霞んでくる。



 あれ、おかしいな。なんだか頭もボーっとしてきて……。



 これ以上はもう……動けない。

 なんか、身体に力が……入んないや……。



「僕のリュック……」



 なんで、こうなっちゃうのかな……。

 林間学校……楽しみだったのになぁ……。



 レイタ……ホノカ……みんな……。



「………」



 疲労感と足や腕の激痛に耐えられなくなり、僕は倒れたまま、その場でそっと目を閉じた。


 ただ、その時……



「紫色の……髪」



 すぐそばから、そんな低めの声が聞こえた気がした。


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