第4話

「お二人共、凄いですね!! 私などよりも一回り以上お若い上に、女性で。いやはや、少々自分が恥ずかしくなってきました」

「私どもも、それなりに修羅場を潜り抜けておりますから」


 愛想良く笑う瑞乃だが、対面の穂積の顔は暗い。


「私は怖くて怖くて仕方がありません。黒外套も……禁厭師も、現人神も。何もかも」


 深刻そうに語る穂積の声は震え、落ち着かない様子で、額に玉のような汗をかいていた。


「大丈夫ですか?」


 気を遣った悠雅が手拭いを差し出そうとするも、穂積は気付く素振りすら見せず、先を進み始めた。

 一同は再度、闇の中を歩き始める。放電アーク灯のか弱い光を頼りに歩いていると、ガリガリという音が鳴り出して、アンナは立ち止まった。


「……何この音?」

「悠雅さんが金平糖を齧っているのでしょう」

「こんぺーとー?」


 小首を傾げるアンナに瑞乃が事の真相を教えると、件の下手人が惚けた面で振り返った。何やら口をもごもごと動かして。


「食べるか?」


 ごくりと飲み込んだ彼は袖の下からお捻りを取り出し、ぽんとアンナの手のひらに置く。


「破くなよ、零れるから。捻って開けるんだ」

「え、ええ……」


 おずおずと頷くアンナは悠雅に放電アーク灯で照らしてもらいながら、慎重にお捻りを開封していく。

 内心、欲しいなんて一言も言ってないんだけど、などと零していた彼女だったが、お捻りを開けた時にはそんな考えは吹き飛んでいた。


 色とりどりの粒が十粒。宝石の様とまではいかないものの、十分に美しく、同時に愛らしい姿をしている。


「コンフェイトじゃない。アンタがまさか、こんな可愛い砂糖菓子食べてるなんて思わなかったわ」

「何食ったって良いだろう? 俺の自由だ」


 アンナが思わず小さく笑うと、悠雅に若干恥ずかしそうに頬を染め、穂積を追っていってしまった。


「怒らせちゃった? でも、なんで今、金平糖なんて食べていたのかしら? 彼、甘党なの?」

「戦場の知恵ですよ」


 何やら不機嫌そうに鼻を鳴らして瑞乃が答える。


祈祷いのりという力は精神に負荷が掛かるでしょう? 糖分を摂取することで祈祷いのりの発動回数を回復させてるんですよ」

「ふぅん。ところで、なんでアンタ怒ってるのよ?」

「怒ってません」


 と、イラついた語調で。


「そんなに私が憎い?」

「憎くはありませんが、ムカつきます」

「……あっそ」


 互いに気分を害したように、彼女たちはそっぽ向く。すると、穂積が急に立ち止まった。


「こ、この辺りの筈なのですが」


 案内図を震える指でなぞった穂積がか細く零した矢先、鈍い唸り声のような音に一同一斉に構える。最大限に警戒する悠雅たちを直後、震動が襲う。


「な、何よこれ!? 地面が揺れてる!?」

「地震――アースクエイクです」

「アースクエイク!?」


 アンナはへっぴり腰になって揺れに怯える。露西亜ロシアでは地震が一切起きない訳ではないが、彼女が生活圏としていた地域では地震が非常に稀だった為、アンナは経験したことがなかった。


「ひあっ!?」


 初めての出来事に大いに慄く彼女は悲鳴をあげて、ふらりとたたらを踏んだ。


「大した揺れでもないんですから、ちゃんと立ってください」


 震度にして“三”という程度の大したことのない揺れなのだが、ふらつくアンナを見かねた瑞乃が彼女の手を仕方なさそうに手に取る。


「あ、ありがと。助かったわ……」

「……どういたしまして」


 恥ずかしそうにしながらもえらく素直に礼を言うアンナに、瑞乃は途端気恥ずかしくなって視線を逸らす。

 悠雅は微笑ましくその様子を眺めていると、ズルリと視界が暗転した。


 たった今まで立っていた場所が崩れ落ちたことに悠雅が気が付いた時にはアンナ、瑞乃、穂積。それぞれの悲鳴が聞こえていた。


 数秒後、悠雅は強かに背中を打ち付け、余りの衝撃に呻き声を上げた。激痛に顔をしかめながらも起き上がり、足元に落ちた放電アーク灯を拾って辺りを照らす。


 そこには目を白黒させつつも腰を上げる穂積と瓦礫の山。背後には無明の闇を湛える穴。だが、それだけだ。アンナと瑞乃の姿は無い。


「――アンナ!! お嬢!! どこにいる!? 無事なら返事をしてくれ!!」


 張り上げた声は大きく反響する。すると瓦礫の山の方から「悠雅さん!? そちらにいるのですか!?」「こっちは無事よー!! あんたは大丈夫なのー!?」との二人の元気そうな声が聞こえて、悠雅はほっと胸を撫で下ろした。


「俺も中尉も無事です!!」

「どうやら分断されてしまったようです!! そちらは閉じ込められていませんか?」

「上に戻るのは厳しいようですけど、脇に穴が空いてます!! そっちは大丈夫ですか?」

「こちらも似たような状況です!!」


 その言葉を聞いた穂積も声を張り上げる。


「恐らく怪物たちが掘り進めた地下通路に落ちたのでしょう!! 穴の先に行けば合流できます!!」


 しかし、返事は直ぐに返って来なかった。何事かあったのか? 悠雅が声を張り上げようとして、彼女たちがこちらには聞き取れないほどの声量で何かやり取りをしていることに気付く。


「何かあったんで?」

「大丈夫です!! それより、こちらも奥を探索します!! 早めに合流できるよう急ぎましょう!! それではお気をつけて!!」

「お嬢たちも気をつけてください!! 喧嘩しないでくださいよー!!」なんて、悠雅は何気なく注意を促す。


「この状況で喧嘩なんかしません!!」

「この状況で喧嘩なんかしないわよ!!」


 仲良く二人揃って怒鳴り声が返って来るのだった。悠雅は思わず苦笑いを零すも、相性が悪そうに見えて案外悪くない二人の様子に改めて胸を撫で下ろした。


「――それじゃあ、行きますか」悠雅がそう穂積に声をかけると再び瓦礫の向こうからアンナが呼ぶ声が聞こえてくる。


「悠雅、なんか怪しいと思ったら叩っ斬りなさい!!」続けて付け加えるように、瑞乃からも声が飛んできて「貴方の勘でいいです!! その勘に従って下さい!!」


 二人の助言に悠雅は小首を傾げる。怪しいとわかれば彼は斬るし、敵であれば尚のこと。正直、“何当たり前なことを言ってるんだ?”とさえ思っている彼は適当に返事を返して放電アーク灯を穴に向けた。


 穴は深い闇色に染まっており、放電アーク灯の光を飲み続ける。


「じゃあ、改めて行くとしましょうか」

「ええ、行きましょう」


 穂積が頷いて、二人は肩を並べて横穴へと足を踏み入れた。

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