幕間

星屑を握る手《コースマス・ラドーニ》

「でーぷわんずに、だごん秘密結社だと?」


 その会話は新八の辿々しい英語から始まった。新撰組社屋にある応接室の上座に何食わぬ顔で腰を降ろす彼は、訝しんだ目付きで下座に座る老公と巫女装束の美女を睨む。


新八ぱっつぁん深きものどもディープワンズとダゴン秘密教団だよ」


 後ろで控えるように立つ真琴が新八の手にしている資料を覗き込んで訂正すると「そんなことどうでもいいわ」などと、新八は恥ずかしそうに口を尖らせる。


「それで? この魚人共と東條が手を組んで何をしていると?」


 改めて老公と美女に視線を戻した新八は目を眇める。


「その資料にある通り、彼奴等は深きものどもディープワンズが神と崇める、太古の怪物――九頭龍を呼び覚まし、帝都の破壊を目論んでいる」

「九頭龍、か」


 昨夜、深凪悠雅と辰宮瑞乃の二人が無力化した深きものディープワンから絞り上げた情報を元に作成された資料はよく出来ていた。とはいえ、その内容はすぐに飲み込めるようなものではなく、新八は困惑混じりに髭を撫でる。


 関東地方には九頭龍伝説が古くから残っている。


 千年近く前、大きな戦があった。とある男が、新たなる帝にならんと天に覇を吐いたのだ。朝敵となったその男はやがて討たれるも、その怨念は残り、彼の娘に受け継がれた。

 彼の娘は父の跡を継ぐように帝へと牙を剥く。彼女は大海の彼方より九つの頭を持つ龍を喚び、未曾有の災害を生んだ。木々を薙ぎ、山を吹き飛ばし、津波を起こし、嵐を呼んだ。

 龍が封印されるまでの間に関東一帯は荒れ果て、中でも決戦の地となった帝都湾岸地域は龍の毒液で穢れたと言われている。


「そんな怪物が本当にいるのか?」


 黒外套や魚人といった怪異が、確かに存在する世の中だ。いないと断言することはできない。さりとて、桁違いの規模――それこそ神話級の災害であろう怪物が、本当に実在するのか? 新八はどうしても疑ってしまう。


 新八の対面で腕を組む老公、【斎藤一さいとうはじめ】も内心を察したように唸る。すると、一の横に控える女、【目方雪乃めかたゆきの】が赤い唇を開いた。


「そう思われても仕方がありません。ですが、これまで人類との過度な接触をしてこなかった深きものどもディープワンズが、東條英機や甘粕正彦といった魔人たちと共謀しているというのは看過できる情報ではありません。近く、大規模な厄災が起きると見て間違いありません」


 雪乃は切れ長の目で新八を見据えながら、付け加えるように続ける。


「それだけではありません。永倉様が先日料亭で見たという匣。このようなものではありませんでしたか?」


 雪乃は袖の下から一枚の写真を取り出して彼に見せる。そこに映っていたのは東條があの日、新八に見せびらかすように見せてきた、あの豪奢な造りの匣であった。


「これは一体なんなのだ?」

「ロマノフ家に代々伝わるとされる霊装です」

「何?」


 霊装とは予め禁厭まじないの術式を込めた道具。かつて国を治めた家が後世へと受け継いできた霊装ともなれば、相応の力を有していることだろう。

 新八は眉をひそめて雪乃に続きを促す。


「この霊装の名は“星屑を握る手コースマス・ラドーニ”。その力は星辰操作。星辰を意のままに操ることができます」

「大層な代物じゃないか。禁厭師たちがこぞって欲しがりそうだ」

「不可能です」


 些か拍子抜けした様子の新八が皮肉ると、瑞乃は即座にバッサリと切り捨てる。


「これは皇帝ツァーリの血に連なる者以外には使用できないんです」

「それで、その霊装がなんだというのだ?」

「この霊装に星辰を変える以外に大した力はないのですが、眠りに着く九頭龍を復活させることができるようなのです」


 当然首を傾げる新八に雪乃は更なる情報を開示していく。


「この九頭龍という存在。どうも特殊な条件が揃うと目覚めるようなのですが、その条件というのが星辰に関係しているようなのです。辰宮家に伝わる御記に拠れば、九頭龍が現れた際には星光の帯が夜空を十字に切り裂いていた、とあります」

「連中が共に行動しているのはそれが理由か」


 雪乃は頷くと改めて新八と向かい合う。


「つくづく非科学オカルトってのはスケールがでかいな」


 星辰操作。神話の怪物の顕現。現状、科学では真似の仕様がない。真琴は驚きつつも、半ば呆れたように零す。


「連中も大それたことを考えるよな。そんな国難を前に、俺達に何を依頼したいって?」

「西村様にはいざという時に、帝都防衛術式の監督役を担っていただきたいのです。そして、永倉様にはさる人物の殺害を依頼したいです。その人物の名は――」


 雪乃がその名を口にするよりも早く、新八が遮る。


「いい、知っている。なぜ、お前達にでも出来そうなことをわざわざ私に頼んできたのかも。だが、今はそいつはうちの子になっている。殺せんし、殺させん」

「お前、何を言っている? いや、最早そんなことはどうでもいい。お前、状況わかっているのか永倉!?」


 一は思わず声を荒らげた。しかし、新八は至って平坦な声音で返す。


「無駄に血を流す必要はないだろう。一人殺せば、事足りる」

「殺せるのか? 奴は妙法蟲聲経みょうほうちゅうせいきょうを所有しているのだぞ?」

「やれるかではない。やるのだ。それが元上官の責任の取り方であろうよ。それに、奴にはもう一度事の真偽を問わねばならない」


 新八は残酷に吐き捨てる。とある男の顔を思い出しながら。

 その時、ザリザリと機械的な音がけたたましく鳴り響いた。その音源を辿ると、いつになく固い顔で携帯用通信機に耳を当てる真琴の姿。


「今、お嬢から連絡があった。厄介なことになったぞ」

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