216「君の隣りで」クランリーテ
「クラリーちゃんおはよう!」
「おはよう……アイリン」
元気な声と共に駆け寄って来たアイリンに、私は力なく挨拶を返した。
「ど、どうしたの? クラリーちゃん! 体調悪いの?」
「ううん、眠いだけ。たぶん、休みボケ」
ここ数日、春休みで朝遅い生活を続けてしまった。今日は久々に早く起きて眠い……。
でもだらけた生活をしていたのにも理由がある。
「疲れてたんだね。春休み中も忙しかったもんね」
「うん、そういうこと……」
通話魔法を発表したあの日から、私たちはとんでもなく忙しい日々を過ごしていた。
完成したものの、それを実用、普及させるとなるとまた色んな問題があった。
テレフォリングを販売して広めるのか、するにしてもどういう形で売るのか、そもそもどうやって量産するのか。
悪用されないように通話魔法の仕様自体をよく検証した方がいいのではないか、まずは魔法騎士などそれぞれの国の機関が試験運用した方がいいのではないか、などなど。
ヒミナ先輩の四つの箱の研究もそうだったけど、世界に広めるということは先の先まで見据え、多くのことを考える必要があると思い知った。
当然、そんなことをアイリン一人に任せられない。私たち未分類魔法クラフト部全員で考え、ヘステル先生やミルレーンさん、多くの大人に助けられながら対応していった。
結局ちゃんと休めた春休みは最後の三日間くらいだったかも。それでもまだ全然対応は終わっていなくて、むしろ休み明けの今日からが大変だと思う。しかも、
「クラリーちゃん、今日から二年生だよっ」
「そうなんだよね。……ふぅ。ボケッとしてる場合じゃないか」
学年が上がって二年生。腑抜けてる場合じゃない。気合い入れなきゃ。
「また同じクラスになれるといいね!」
「あー……そうだね」
「え~なにその反応~」
「いやぁ……まぁ」
「あ、正門のところにクラス表が張り出されてる!」
そう言ってアイリンは駆けていってしまう。
アイリン、聞いてないんだ。心配しなくても……。
「ふおおおお! 二年A組! クラリーちゃんも、サキちゃんも一緒だー!」
追いついて、興奮しているアイリンの横に並ぶ。
「ま、知ってたけどね」
「えっ!? なんで?!」
「ヘステル先生、言い忘れたのかな? 私たち三人は同じクラスになるって教えてくれたよ。研究室の関係で」
「聞いてないよ~。でもそっか、その方がなにかと都合いいよね」
研究室。
そう、私たち未分類魔法クラフト部は、研究室を手に入れた。
*
未分類魔法クラフト研究室。それが私たちの研究室の名前だった。
名前からわかる通り、アイリン一人の研究室ではない。私たち五人の研究室となった。
というのも、実は通話魔法と同じくらい、サキの魔剣用魔法道具が評価されたからだ。チルトの
そしてそれには、未分類魔法が必要になってくる。
ならば一つの研究室にしてしまおう、ということになった。もちろん、私たちがそう希望したからというのも大きいんだけど。
こうして私たちは研究者となって、扱い的には講師、先生と同じになる。……もっとも授業を受け持ったりはしないし、むしろ普通の授業を受けなければならないから他の生徒とやることは変わらない。
当面はヘステル先生が研究顧問として、研究室に詰めることになっている。
というわけで、放課後になると私たち未分類魔法クラフト部は集まって研究をするわけだけど――。
「せっかく広い研究室をもらえたのに、なんでこの狭い部室に集まってるのよ」
「なんでって……なんとなく?」
「ん~ここの方が落ち着くんだよね~」
「わかります、アイリンちゃん。上は広々し過ぎてて、ちょっとね」
上の階に用意された研究室は、ここの四倍近くの広さがある。
私は別に広すぎて落ち着かないということはないんだけど、ここに集まるのが習慣になってしまっていたから、こっちの方が居心地良く感じるのかもしれない。
「ところでサキ、今日チルト来るんだよね?」
「ええ、そのはずよ。……遅いわね」
「チルトちゃんならさっき誰かと話していました。おそらく相手は……」
ガチャリ。ナナシュの言葉を遮るようにして扉が開いた。
「だからー、受けないってば。受けてないからね。もう魔法切るよ!」
噂をすればチルトだ。
誰かと通話魔法で話をしていたみたいだけど、そう言って魔法を止めてテレフォリングも外してしまう。
「チルト、もしかしなくても通話魔法の相手って」
「ハミだよー。勝負の約束を取り付けようとしてくるのがうるさくって」
やっぱり。ラワ王国にいるチルトの従妹、ハミールだったようだ。
「いいじゃない、受けてあげなさいよ」
「受けたよー、一回だけ。それでもまだ勝負しようって言ってくるんだよ。ボクがいいよって言った回数だけ勝負するつもりなんだ。その手には乗らない!」
「そんわけないじゃない。……と言えないのがハミールだったわね」
「あーもー、テレフォリング渡さなきゃよかったなー」
三学期の間にまたハミールがターヤに来て、その時にテレフォリングを渡した。
どうやらそれ以来よく勝負を申し込まれているらしい。次に会った時の予約として。
「チルト、遅かったから今日は来ないのかと思ったよ」
「クラちゃーん、いくらボクでも初日から休んだりしないよ。もう研究者じゃないけどさ」
そう、五人で研究室をもらったけど、チルトはもう研究者じゃない。
二年に上がると同時に研究室を抜けることになっていたんだ。
チルトはどうも、研究者になったことを窮屈に感じていたらしい。
ある日突然、
『ボクは研究者になりたいんじゃない、探検家になりたいんだよ!』
と叫んで飛び出した。まぁ……そうだよね。
もちろん、研究室から名前を外すだけで研究自体は一緒にする。
単に自由に動きたいだけなのだ、チルトは。
「ま、ボクもちゃんと顔を出すからさ。安心してよ」
「でもちょっとだけ寂しく感じちゃうなぁ」
「わかります、アイリンちゃん。ホシュンちゃんのこともあるから、少しね」
「そうなんだよナナシュちゃん~! 大丈夫かなぁホシュンちゃん……」
一年生修了式の後、ホシュンはアカサに帰っていった。二年生の始まる今日から冒険科に復帰しているはずだ。
ホシュンが向こうの学校を出た経緯を考えると、すんなり戻れるとは思えないけど……。
「ホシュンなら大丈夫だよ。きっと」
ターヤで属性魔法の授業を受け、放課後はチルトと一緒にトレーニング。復帰するために頑張っていた。
そしてなにより魔法騎士に諜報員の推薦をしてもらったことが彼女を強くしている。例えそれを周りに言うことができなくても、揺るぎのない自信へと繋がったはず。
「ホーちゃん最終的にボクの動きについてきてたからなー。向こうの授業も問題ないはずだよ」
「そっか、そうだよね!」
「心配なら通話魔法で話してみればいいのよ。テレフォリング持たせてあるんだから」
「ふふっ、早速今夜話してみましょう」
「だね! ユミリアちゃんにも繋げてみよう!」
アカサに帰ったホシュンの話も聞くとなると……。
今日は寝るのが遅くなりそうだ。途中で寝ちゃわないように気を付けないと。
「ところで話を戻すけど、この部室ってこのままなんだよね?」
「うん! 研究室はもらったけど、未分類魔法クラフト部はそのまま残るよ!」
「そっか。でも、あんまり研究室を空けておかない方がいいかも」
例えこの部室の居心地が良くても、なるべく研究室にいた方がいい。何故かというと……。
「クラリーの言う通りね。研究員候補が来るようになるんだから」
「研究員候補!! …………ってなんだっけ?」
「アイリン……」
魔法学校は四年生になると、二つの道を選ぶことになる。
まず、卒業後の就職に備えて魔法を磨く道。
卒業すれば魔法学校認定の魔法士になることができるけど、資格を得たすべての魔法士が探検家と一緒に遺跡探索するわけではない。他にも魔法を使う職業はたくさんあり、必要な魔法はそれによって変わってくる。就きたい職業に合わせた授業を選択することができるんだ。
そしてもう一つが、研究室に所属する道。
主に研究職を目指す人が多く、ほとんどは卒業までの間だけ所属する。そのまま研究室に残るには成果を出し、学校に認められなければならなかった。
……私たちの場合すでにそこはクリアしているから、卒業後も残ることが可能だ。実際に残るかどうかは別として。
そして研究室の所属を望む人は、三年のうちから研究室探しが始まる。つまり……。
「えっ、じゃあ三年生の先輩たちが研究室を訪ねてくるの!?」
「そういうこと」
「できたばかりの研究室に、四の月早々人が集まることはないわ。でも」
「通話魔法のことは知れ渡っていますよね。もしかしたら……?」
「あー、そうだねー。すっごい押し寄せてくるかも」
「ふおおおおお! どうしようクラリーちゃん!」
「どうもこうも、普通に研究してるしかないよ」
……とは言ったものの、実際に大勢の先輩たちが押し寄せてきたら普段通りでいられる自信がない。緊張するだろうし、なにか聞かれて上手く答えられるか心配だ。
対応の練習とかした方がいいのかな……?
なんか私の方が不安になってきた。
「そっかぁ。じゃあなるべく上にいないとだね……」
「うん……でも、たまにはこっちに来てもいいんじゃないかな」
「クラリーちゃん?」
私は部屋を見渡す。
「研究室空けない方がいいって言ったけどさ。でも、よく考えたら私たち未分類魔法クラフト部でもあるんだよね。……この部屋、やっぱり居心地がいいし。息抜きも必要かなって」
「ふふっ、そうだね。私たち五人だけの場所……素敵だと思います」
「ナナちゃんいいこと言うねー。秘密基地的な感じでボクも好きだな!」
「そうね、あたしも賛成するわ。確かにずっと研究室にいると息が詰まりそうだし。ここでお茶するのも悪くないわね」
「それすっごくいいよサキちゃん! 定期的に部室に集まることにしよう!」
「楽しくなりそうですね。この部室が憩いの場に……あっ」
言葉の途中で、ナナシュが驚いた顔になる。
「どうしたの? ナナシュ」
「大変なことに気付いてしまいました。未分類魔法クラフト部がそのままということは、新入部員が来る……よね?」
新入……部員?
「あぁーーー! そうだよ! こっちはこっちで新入生が来るかも!」
「盲点だったわね……。じゃあ部室も空けられないじゃない!」
「通話魔法で未分類魔法のブームが来ちゃったら、新入生が殺到するかなー?」
「ははは……どうだろ。とにかく、なおさら定期的に集まる必要ができたね」
未分類魔法クラフト部の部活動。
研究室で同じことをするんだから、新入部員は募集しない。
……なんて選択は、アイリンがするはずない。
『あなたの都合のためだけの部など、部ではありません。演技を伝え、部を存続させていく。そのための基盤を作る。それが部を立ち上げるということです』
スツ劇団の団長さんの言葉を聞いて。
私たちも部の基盤を作っていこうって決めたんだから。
「そうだ、部活動で思い出したんだけど、アイリン。テレフォリングはまだ課題が残ってるけど、通話魔法自体は完成したよね」
「うん!」
「今後のことはなにか考えてるの? 次の目標とか」
「ん~次の目標かぁ。実はちょっと悩んでるんだよね」
「そうなの……?」
あんまり悩んでる素振りはなかったし、アイリンのことだからすぐに次の目標を見つけてると思ったのに。
なんてことを思っていると、
「まだまだいーっぱい作りたい未分類魔法があるからね。どれを次の目標にするか迷っちゃうんだよ」
「あぁなんだ、そういうことか」
「えぇ~真剣に悩んでるのに!」
「アイリン、そんなの簡単だよ。いっぱい作りたいのがあるなら、全部作るのを目標にしちゃえばいいんだよ」
「ぜんぶ……!? そっか! その手があった!」
ガタッと立ち上がって天井を見上げるアイリン。宝物を見つけたかのように、目をキラキラさせている。
きっとどの魔法から作るか考えているんだろう。
そんなアイリンの姿を見て、私たちも頷きあう。まずはサキが、
「次の目標ね。あたしは引き続き魔剣の魔法道具を作るわ。
「サキはそっちの研究室もあるしねー。早く自由に高速飛行できる魔法道具作ってよ!」
「無茶苦茶言わないで! できたらすごいけど……」
「へへっ、サキならできると思うんだけどなー。ちなみにボクの目標も変わらないよ。探検家になる! 色んなとこに行ってみたいなー。アカサは行ったからラワにも」
「私たちも頑張らないといけませんね、クラリー?」
「そうだね、ナナシュ。マナ欠乏症の治療方法を見つけないと」
魔法学校にいる間に見つけてみせる。
それが私とナナシュの目標だ。
「クラリー、それはあなたたちだけの目標じゃないわよ」
「そうだよー水臭いなー」
「未分類魔法クラフト部の目標だよ! クラリーちゃん、ナナシュちゃん!」
「みんな……」
「ふふっ、そうだね。みんなで……必ず」
みんなで、か。
マナ欠乏症のことは、私だけの問題だってずっと思ってきた。
でもナナシュと出会って、高校でアイリン、サキ、チルトと、一緒に考えてくれる仲間が増えた。
一人じゃないってことがこんなにも心強いなんて、知らなかった。
このみんなでなら、きっと。ううん、絶対に見つけられる。
「ね、わたしの目標も決まったよ!」
突然アイリンが大声をあげ、右手を掲げる。そして、
「クラリーちゃんが言ってくれた通りにする。考えてる未分類魔法もこれから思い付く未分類魔法も全部作るよ!!」
元気よく宣言する。
そうだよ、アイリンはそうじゃなくっちゃ。
私も椅子から立ち上がった。
「じゃあ、私の新しい目標も決まったかな」
「クラリーちゃんの新しいの目標?」
アイリンの掲げた手を取って胸の高さまで持ってくる。
「うん。アイリンの未分類魔法、全部。完成する時に隣りで見届ける」
「あ、それボクも!」
「あたしもね」
「私もだよ」
チルト、サキ、ナナシュも手を重ねた。
「みんな……ありがとう! いまなら、なんでもできる気がしてきたよ! よーっし、未分類魔法クラフト部、がんばるぞ~!!」
新しい魔法を作って、魔剣の魔法道具も作って、マナ欠乏症の治療法を見つけて薬も作る。
やることいっぱいだ。未分類魔法クラフト部。
でもこの五人なら全部できる。なんだってできる。やり遂げられる!
私は――
「クラリーちゃん!」
「――――わっ!」
「わたし、みんなと出会えて本当によかったよ! みんな大好き!!」
「アイリン……」
みんなに抱きついて回るアイリンを受け止めて。
(……そっか、私も――)
――アイリンと同じ気持ちになっていることに、気付いてしまった。
クラフト31「世界が変わる、その時に」
~第四部・二学期編・2~
未分類魔法クラフト部 通話魔法編・完
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