214「完成、通話魔法」クランリーテ
「ふあぁぁぁぁ……書き終わったぁ」
「お疲れ様。結構時間かかったね」
「うん! でもクラリーちゃんがかなり遠くまで平らにしてくれたから、すっごく書きやすかったよ!」
「……え、私、そんなに?」
自分ではどれだけの範囲を平らにしたのかわかってなかった。
起き上がって見渡してみると……本当だ、想定以上に遠くまでうねりが無くなっている。たぶん城下町の上空一帯全部だ。
「あ……でもヒミナ先輩。今はうねりが消えてますけど、周りからうねりが伝わってきちゃいませんか? そうしたら折角書いた回路が……」
「ふおおお! 消えちゃう!?」
「心配いらないよ。バランスを保ったままうねりを消したおかげだね。そう簡単にうねりは復活しないさ」
「そうなんですか? でも、地上からもどんどんマナが昇ってくるんですよね」
「クランリーテ、アイリン。これだけの密度のマナが集まり、塊になるのに……どれだけ時間がかかったと思う?」
「え? それは……」
「うーん? 一年とか?」
「いやアイリン、そんなに早かったら地上までマナの塊で埋まっちゃうよ。……って、そっか。空のこんな高いところに塊があるってことは」
「我々の想像も付かないような長い年月が必要ということさ」
「つまり当面、うねりが復活する心配はしなくていいってことですね。回路も消えない、と」
「ああ。もちろんこれは推測だから、定期的に状態を見に来る必要はある」
「なるほど~。場合によっては回路を補修したりしなきゃかも」
「そういうことだ。さて、作業が終わったなら降りるとしよう。ワタシの限界が来てしまう前にね」
「あっ、そうですね。お願いします!」
ヒミナ先輩の限界が来たら、私たちはこの高さから真っ逆さまだ。
もちろんいざとなったら私とアイリンがマナを注入するけど、二人ともかなり消耗している。
本当に最悪の場合はミルレーンさんに掴んでもらうけど、できればそんな恐ろしい事態にはなってほしくない。
カゴが下降を始め、私はもう一度空を見上げた。
さっき話していた回路の状態のチェック。例え空がどんな状態であっても必要なことだったかもしれない。私たちはこの空のマナのことを、まだすべてはわかっていないのだから。
これは通話魔法を完成させた後も、忙しくなりそうだ。
「……そうだアイリン。回路は書けたけど、まだ実際に通話魔法は試してないよね? 大丈夫?」
「あ、そうそう! 降りながら試そうと思ったんだ。はい、クラリーちゃん。これ付けて!」
「テレフォリング? ……もしかして新型?」
「そう!」
一見、今までのテレフォリングと変わらない。
大きなスマート鉱石と小さなガラン石のイヤリング。
「中の魔法が違うんだよ。回路に対応した魔法になってるんだ」
「そっか、今までの魔法じゃだめなんだ」
「うん! それでね~……えへへ、実は飛ぶ前にお願いしておいたんだよね~」
「飛ぶ前に? 誰に、なにを?」
「いいからいいから、新通話魔法使ってみよう!」
「う、うん……」
私は言われるがまま、今付けていたテレフォリングを外して新しいのに取り替える。
「いくよー、通話魔法発動!」
「な、なんか緊張してきたよ」
「わたしはドキドキしてきた! でもすっごく遅くなっちゃったからなぁ、起きてるといいんだけど……」
「アイリン? お願いしたって……あ、まさか!」
次の瞬間、通話魔法が繋がるのを感じる。
目の前のアイリンと、そして――。
『お待ちしていました。アイリンさん』
「その声、ユミリア!?」
『はい、ユミリアです。クラリーさん』
「やったー! ぜんぜん遅延してないよね! 大成功だよ!」
「え、ちょっと待ってこのテレフォリング新型でしょ? なんでユミリアが持って……あ」
こないだユミリアが来た時、うちの屋上でこそこそ話していたのは……新型テレフォリングを渡すため!?
「えへへ、いつ完成になるかわからなかったけど、とりあえずテストするのにユミリアちゃんに持っていてもらわなきゃって。回路対応の魔法自体は先にできてたからね~」
「なるほどね……ちゃんと考えてたんだ」
そういえば前も、ユミリアに遠距離用のを渡してたんだよね。気付くべきだった。
「ユミリアちゃん! ちょっとテストしたいことがあるから、一旦魔法切るね。そのまま待ってて!」
『わかりました』
ユミリアが返事をすると、アイリンが魔法を解く。そして再び、通話魔法を開始した。
『遅いわよ! 心配したじゃない!』
「うわっ、サキ?」
『もう待ちくたびれたよー』
『ふふっ、チルトちゃん心配し過ぎて走り回ってたから』
『あー、ナナちゃんそれ言わないで!』
『やっぱりすごいッス、通話魔法……』
『いやいやいや、なにこの魔法。話には聞いてたけどとんでもなくない? ヒミナなんか相手になんないくらいすごい魔法だよ。世界が変わっちゃうじゃん!』
『それよりクラリー! さっきの属性魔法あなたでしょう? 下からでも見えたわよ! なにをどうしたらあんなことができるのよ! 説明しなさい!』
「あれは……まぁ後で」
『あの、みなさん。お久しぶりです。ユミリアです』
『おぉ? ユミちゃん!』
『はぅ、ユミリアちゃん新型テレフォリング持っていたんですね……!』
『はい、先日アイリンさんからいただきました』
『すごいわね、スツにいるユミリアとも普通に話せるなんて……』
「アイリン、みんなにも渡してたんだ……あれ? 私だけ知らなかった?」
「ご、ごめんね。その方が驚くからってチルちゃんが」
「チルトー……」
『えっへへー。驚いたでしょー?』
そりゃあね。まったく……。
まぁ、ともかく。
一回目は三人だけ。二回目はみんなに繋がった。これはつまり。
「相手を選んで、通話魔法を繋ぐことができる……」
「うん! あのね、前にクラリーちゃんが、人によってマナの吸収の仕方が違うって言ってたでしょ? テレフォリングでそのパターンを調べて、そのパターンから個人を識別してるんだよ」
「――――は?」
吸収のパターンで……個人を識別?
「あ、前にサキちゃんが作ってくれたマナの動きを見るレンズがすっごく役立ったんだ。でね、初めて通話魔法を使う時に自分のパターンを回路に伝えて、記録するようになってるの。だから一度は自分で使わないといけないんだけど……あ、ユミリアちゃんやみんなのは最初から回路に記録させてあったんだ」
「……回路に、記録?」
「パターンで識別する方法はだいぶ前に思いついてたんだけど、テレフォリングに記録することができなくてね~。そんな時、空の回路を見て思いついたの! ここならいくらでも記録できるって!」
「ま、まぁ、ここにはいくらでもマナがあるから……残しておくことも……え? 可能なの?」
「うん! 空にマナ吸収のパターンを記録することで、個人を識別できるようにしたんだ~」
「…………はぁ、本当にすごいね、アイリン」
個人を識別して繋ぐ。
通話魔法を完成させるには、それも出来るようにする必要があった。方法の目処がついたと聞いてはいたけど……まさかそんな方法だったなんて。
「ぜんぶ、クラリーちゃんのおかげだよ」
「え? いや……アイリンがすごいんだよ、どう聞いても。私まだ理解が追い付いてないし」
「ううん。クラリーちゃんが隣りにいてくれたおかげだよ。こうして通話魔法が完成……できたの……あれ?」
突然、つーっとアイリンの頬を涙が伝う。
「アイリン……?」
「え? あ、あはは、気が抜けたら涙が出てきちゃって……あれ? 止まらないっ……っ!」
私はアイリンの手を包むようにぎゅっと握った。
いまのこの状況。アイリンの涙の意味。
そっか、そうだよね。アイリンはきっと――
「――不安、だったよね」
「っ……だって、回路を書けなかったら……魔法が完成しなかったらどうなっちゃうんだろうって、ずっと思ってて! 私どうしても、どうしても! 完成させてから発表したかったからっ……」
「うん、わかってる」
「でもね、ちゃんと完成したから、不安なんてどっかいっちゃって。嬉しい気持ちでいっぱいなんだよ。そしたら涙が、勝手に、いっぱい……!」
「アイリン……」
「クラリーちゃん! 本当にっ、隣りにいてくれてありがとう~っ!!」
「……私も、完成を隣りで見届けることができて嬉しいよ。ありがとう」
私が笑うと、アイリンは涙を流しながら笑顔を見せてくれた。
隣りにいてくれてありがとう、か。
私の方こそ……ありがとう。アイリン。
「……邪魔してすまないが、いまワタシはとても寂しいよ」
「あっ……ヒミナ先輩」
魔剣を使っているヒミナ先輩は、当然テレフォリングを使えない。珍しくちょっと寂しそうな顔をしていた。
「テレフォリングだったかな。降りたらワタシの分もあるのかい?」
「も、もちろんです!」
「ならよかったよ。――あぁ、二人とも見てごらん」
「あ……」
話に夢中で気付かなかった。
いつの間にか、辺りが少しだけ明るくなっていて――
「ふおおおお! 日が昇ってきたー!!」
「もうそんな時間だったんだ……。綺麗……」
地平線から眩しい太陽が昇る。
夜の濃い青に淡い朱色がかかって、辺りを明るく輝かせていく。
その美しい朝焼けは、魔法を完成させた私たちを祝福しているみたいだった。
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