212「荒れ狂うマナ」クランリーテ


「そんなぁ、平らじゃなかったら回路が書けないよ~!」


 高密度のマナの層が見える高さまで上った私たち。

 でもそこは、塊になった膨大なマナが生き物のようにうねっていて、とてもアイリンが回路を書ける状態じゃなかった。

 まさかこんなことになっているなんて。ヒミナ先輩は予想していたようだけど……。


「そうだ! ヒミナ先輩はこうなってるってわかってたんですよね? それでもここまで来たということは、なにか解決策があるんじゃないですか?」


 回路を書くことができないなら、飛ぶ前に教えてくれたはずだ。

 ところが、ヒミナ先輩は静かに首を振る。


「ワタシもすべてがわかるわけではないよ。確かに、解決策は考えていたさ。平らじゃないのなら、魔法使ってマナを上手く減らし、部分的にでも平らにしてしまえばいい」

「ふぉぉぉ! それだよ! クラリーちゃんやってみよう!」

「い、いや……でも、これじゃ……」


 この膨大なうねりを平らにする……? そんなの……。


「そう、ワタシも想定外だった。ここまでマナが荒れ狂っているとはね。このうねりを平らにするのは私たちだけでは不可能だろう」


 不可能。先輩は、断言した。


「そ、そんなぁ……」

「アイリン……」


 折角ここまで来たのに。みんなが頑張って、送り出してくれたのに。

 ダメなの……?


「だが……。見たまえクランリーテ。このマナは、普通の状態ではないぞ」

「ええ、それはそうでしょうけど」

「もっとちゃんと見るんだ。ワタシよりキミの方がよくわかるはずだぞ」

「え……?」


 言われて、私はもう一度感覚の窓を開く。

 何度見ても、膨大なマナの塊がうねっていて、それは――いや。


「……このうねり、四つの大きな塊に分かれてる……?」

「やはりそうか! ふっ、ふはははは! ワタシの仮説は正しかった!」

「ヒミナ先輩の仮説……って、これがですか?」

「ああ! 人は何故四つの箱というイメージを持ってしまったのか! 何故四つの属性の魔法だったのか!

 それはこの世界に溢れるマナが、ではないのか、という考えだ!」

「四属性……四種類の、マナ……!」


 確かに、空の上でうねっている四つの塊には、火、風、水、土、それぞれ属性魔法と同じ力を感じる。


「地上では四つのマナは混ざり合っているのだな。クランリーテでも見分けが付かないほど細かく、一種類にしか見えないように均等に」

「そうだとしても、どうしてこの空の上では四種類の塊になるんですか?」

「それはもちろん密度だ。密度が増すことにより、同じ性質のマナが引かれ合い、塊になったのだろう」

「引かれ合う……なるほど……」

「あぁ! ワタシはずっとこの仮説を検証したかった! さすがのワタシも自分の妄想なのではないかと思い始めていたからね。まさかこんな形で叶うとは思わなかったよ!」


 ヒミナ先輩は目を輝かせて空を見ている。

 この膨大なマナは、確かにヒミナ先輩の仮説の裏付けになるんだろうけど……。


 私も空を見上げた。

 四つの属性の、四つのマナの塊がうねっている、


 その、


(……四つの塊とは違う、別のマナがあるような……?)


 マナのうねりに遮られてはっきりとは見えない。でもその隙間から見えるあれは……。

 上の方は空の研究室からも見てるはずなのに、どうして違うと感じるんだろう。


 ……いや、その時はわからなかったんだ。マナに四つの種類があると知った今だからわかる。

 四属性とは違う、異質なマナの存在が。


 もちろん、よく見えないせいでそう感じるだけかも。はっきりさせるためには――



「ヒミナ先輩! クラリーちゃん! 結局どうにもできないってことなの?」

「あ……えっと」


 アイリンの声に我に返る。

 そうだ、マナに種類があることがわかっただけで、状況はなにも変わっていない。

 異質なマナのことを考えるのは後だ。


「残念だが出直すしかない。人手が足りないからね」

「え? 人手、ですか? 人手があればなんとかなるんですか?」


 この状況、人数がいても変わらないような?


「いいか、クランリーテ。ワタシの仮説通りなら、我々は属性魔法を使う際にそれぞれ対応した種類のマナを使用していたことになる」

「そうなりますね」

「例えば今、この空にあるマナを使って風属性魔法を使ったとしよう。すると風のマナの塊は小さくなるが、バランスが崩れて他のマナの動きが激しくなるだろう」

「かもしれません。……いえ、たぶん、確実に」


 このマナを使って一つずつ属性魔法を使えば、うねりは激しくなり、より広範囲のマナを巻き込んだ巨大なうねりになってしまうだろう。そうなれば、どれだけマナを使っても鎮めることはできなくなる。


「つまりだ。この一帯のうねりを無くすには、四つの属性魔法を同時に使い、大量かつ均等にマナを減らさなければならない。ワタシは魔剣へのマナ注入で手が離せないし、アイリンも回路を書かねばならない。最低でもあと三人必要ということだ」


 ……え? 四つの属性魔法を同時に……?


「で、でも、このカゴ三人までってチルちゃんが……」

「ああ。魔法道具の改良が必要になる。……そして本当に残念だが、今晩中にそれを行うのは難しいだろう」

「あっ……」


 アイリンが崩れ落ちる。

 確かにヒミナ先輩の言う通り。今から倍の六人乗れるように改良するのは難しい。


 でも。

 四属性魔法を同時に使うのに――四人もいらない!


「アイリン、大丈夫だよ。……ヒミナ先輩、私がそれを一人でやります」

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