211「未知なる空へ」クランリーテ


 腹ごしらえを済ませて、準備もラストスパート。

 主に魔剣の魔法道具を囲う枠の取り付けだ。木の板に台座を取り付けただけで飛ぶのはさすが危ない。強風でも吹いたら落ちてしまう。

 というわけで木材で骨組みを作り、柔らかくて丈夫な植物のつるを編み込み周りを囲う。

 これが結構時間かかってしまった。

 囲いも木の板にしてしまえば早くできたけど、そうすると重量が厳しくなる。三人乗ってもスピードを出すためにはもっと軽い素材で囲う必要があり、みんなで協力して作った。


 無数の星明かりと大きな月を道しるべに、いよいよ私たちは空に飛ぶことになった。

 辺りはまだ真っ暗だけど、時間的に夜明けも近いはず。タイムリミットが近づいていた。

 大きなカゴになった魔剣用魔法道具に、私とアイリン、ヒミナ先輩が乗り込む。


「三人とも気を付けていきなさい。……というのも、おかしな忠告かもしれないわね」


 ヘステル先生がそんな風に声をかけてくれる。確かに空に飛んだ後、なにをどう気を付ければいいかわからなかった。


「先ほども言いましたが、万が一の時は私が魔剣で受け止めましょう」

「ミルレーンさん、よろしくお願いします。私たちもできる限り魔法でフォローします。いいわね、みんな」

「はい、私も微力ながら手伝います。三人に怪我なんてさせません!」

「まーそんなことにはならないと思うけど。ね、サキ?」

「当然でしょ。……でも、気を抜くつもりはないわ」

「そうそう。サキちゃんの言う通り。空でなにがあるかわからないんだから、絶対はないよ。……本当はその万が一に備えた対処方法も考えて飛ばしたかったんだけどね」


 フリル先輩が言ったように、本当は安全性もしっかりしておきたかった。

 浮遊導剣フローティング・ナイフが無かった、魔法道具が出来上がったのが最近だった、という理由で飛行テストができなかったけど、安全性についてはもし途中で落ちてしまった場合の対処方法がそもそも思い付いていなかった。

 でも今回は、ミルレーンさんの持つ魔手封剣サイドアーム・ソードで受け止めることができる……らしい。


 ……もしかしてヘステル先生、ミルレーンさんが協力してくれることも見込んで、本番に挑もうと言ったのかな? だとしたら、やっぱりすごい先生だ……。


「それじゃ、出発しようか。準備はいいかい? アイリン、クランリーテ」

「はい! わたしはいつでも大丈夫です!」

「私も。……みんな、行ってくるよ。絶対成功させるから」


「任せたわよ。あたしたちの作った魔法道具は完璧だから。安心して飛んでらっしゃい」

「ぜーったいだよ? 絶対通話魔法を完成させてよね!」

「私は、とにかく三人が無事に帰って来ることを祈っています。例えどんなことになっても、それが一番だと思うから」

「アイリンさん。アタシに……魔法が完成するところ、見せてくださいね!」


「もっちろんだよ! ありがとう、サキちゃん、チルちゃん、ナナシュちゃん、ホシュンちゃん。――よーっし、しゅっぱーつ!!」


 アイリンの合図で、ヒミナ先輩が台座に差し込んである浮遊導剣を掴む。

 マナが込められ、ふわっと……乗っているカゴが浮かび上がった。


「うわっ、実際に乗ると、思ったより速い!」


 カゴはすぐに塔の二階、三階の高さまで上がっていく。


「速さはあるが、揺れは無いね。安定している。速度を出すために上下の動きしかできないと言っていたが、なるほど。揺れを防止する意味もあったようだね」

「ふおおお! もうみんなが小さくなっちゃったよ!」

「ほんとだ……ていうかもう塔の天辺だ!」


 あれ? いま塔の屋上に誰かいたような……。


(オイエン先生? いや、ああ……もうわからないや)


「見て見てクラリーちゃん! 学校! 街も!」

「え? おぉぉ……!」

「これは、素晴らしい景色だね」


 正方形の本校舎に、角に四つの塔。その形は知っていたけど、上から見るとそれがはっきりわかる。校舎の大きさにも驚くけど、寸分の狂いもない精密な配置に感嘆する。こんな綺麗な形なんだ……。

 それから街の方。もう明け方の近い深夜だから明かりは殆ど消えてしまっている。でも南側のいわゆる繁華街はまだ少し明るい。上から見るとその明かりがとても美しい。

 北にある城もところどころに明かりがあり、城を照らし出している。学校も大きいけど、城もやっぱりすごく大きいな……。複雑な作りになっているのがよくわかった。


「……これは、みんなに羨ましがられるかも」

「あっはは、そうだね~。みんなにも見せてあげたいな~」

「ふっ。ワタシは何往復することになるのかな?」

「た、倒れないでくださいね」


 魔剣へのマナ注入。つまりずーっと魔法を使い続けているようなものだ。

 マナはいくらでもあるけど体力は消耗する。

 さすがのヒミナ先輩でも、何往復もするのは厳しいだろう。


「もっとも、この景色を見るだけなら代わる代わるマナを注入すればいい。ワタシである必要はないさ」

「あ……確かに。後でサキとフリル先輩に相談してみましょう」


 景色を見るだけならここまでで十分。それならヒミナ先輩じゃなくても飛べるかも。


 だけど私たちがいま目指しているのは、もっと上……。


「あぁ、そういえば準備中に聞いたよ。空にある高密度のマナの、さらに上に行って来たそうだね」

「え、なん、で……ていうか誰からっ」

「もちろんミルレーンさんだ。なんでも、近々ナハマ大調査の結果を発表するようだよ」

「そうなんですか!?」


 ていうかそうか、ずっと秘密にするわけじゃない。私たちも正式に発表するまでは秘密にしてほしいと言われたんだった。

 ミルレーンさんたちがターヤに帰って来たのは、発表するためでもあるんだ。


「それもあってね、特別に話してくれたんだよ。空に飛ぶなら、知っておいた方がいいかもしれないとね」

「なるほど……。ミルレーンさん、色々考えてくれてたんだ」


 さすが魔法騎士の隊長。視野が広い……。

 私も見習わないと。


「空に浮かぶ研究室。そして、高密度のマナの塊に描かれた回路。アイリン、君はその回路を真似るわけだね」

「そうです! あの時回路を見て、閃いたんですよ! 通話魔法に使えるって。上には書けないけど、下からならできるはず!」

「なるほど。だとしたら、一つ心配なことがある」

「ふお? 心配、ですか?」

「な、なんですか? ヒミナ先輩」


 ヒミナ先輩の言葉に、私たちは不安になる。

 先輩は他とは違う視点で物事を見ることができる。私たちが思いも寄らないことに気付いたのかもしれない。


「空のマナについてはワタシたちも研究していたからね。そもそもどうして、空に高密度のマナがあるのか?」

「……確か、下から上にマナが昇っていくからですよね」


 ヒミナ先輩とフリル先輩が作ったマナ計測器。

 計測結果によると、地上より高い場所の方がマナの量が多かったらしい。

 それはつまり、地上にあるマナが徐々に空へ昇っていっているんだ。

 魔法により使用済みになったマナも消えることは無く、時間が経つと元の状態に戻るという話もある。

 それらがどんどん空に昇って分厚い層になったんじゃないか、というのがヒミナ先輩の考えだ。


「理由はわからないが、マナが空に昇る、その限界があるらしい。空の研究室があったのはその限界の高さ、いわば天井の上だったのだろう」

「天井……なるほど。……え?」


 私はあの時見た光景を思い出す。

 そうか……ヒミナ先輩の心配していることがわかったかもしれない。


「高密度のマナに回路を書くことができたのは、そこが天井で、平らだったからだろう」

「そうだと思います! だから下も……あれ?」


 アイリンが首を傾げる。さすがに気が付いたみたいだ。


。それが問題だ」

「――――!!」


 私は咄嗟に空を見上げて、感覚を開く。


 話している間にかなりの高さまで来ていた。

 見える。感覚を開くまでもなかったかもしれない。大量のマナがあるのがわかる。


 だけど違う。あの空の研究室から見た、どこまでも広がる凪いだ海のような、空の境目のようなマナの層とは全然違う。


 膨大なマナが、荒れ狂うようにうねっていた。


「全然、平らじゃない……!」

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