210「叶えるために」クランリーテ


 空に行けるのは三人。

 回路を書くアイリンと、魔剣にマナを込めるヒミナ先輩。

 アイリンは三人目に、私を指名した。


「ワタシも賛成だね。クランリーテ、フリルから聞いたよ。マナの動きを見ることができるそうじゃないか」

「あっ、ちょっとヒミナっ。ごめんね、クランリーテちゃん」

「い、いえ、大丈夫です」


 確かに、ヒミナ先輩にはその話をしていなかった。

 隠したかったわけじゃない。ただ……なんとなく。話そうとしなかっただけ。

 もちろん秘密にして欲しいと言ったわけじゃないから、別に話してあっても構わなかった。


「ヒミナ先輩、確かに私はマナの動きを見ることができますけど……」

「空で不測の事態が起きるかもしれない。そんな時、キミのその目が役に立つはずだ」


 不測の事態……確かに。

 なにかあった時に対処する人が必要かもしれない。


「ね、クラリーちゃん。もしかして乗りたくない? 高いのだめかな?」

「そんなことない! むしろ、私はっ」

「だったら行こうよ! わたし、通話魔法の完成はクラリーちゃんとがいい!」

「――――!!」


 ……なんだ。アイリンも、同じこと思っててくれたんだ。

 私はちょっと笑って、


「アイリン、乗らないなんて言ってないよ。私は絶対にアイリンと空に行く」

「ほんと!?」

「当たり前だよ。だって、クラフト部での私の目標の一つは――『アイリンの魔法が完成するのを隣で見ること』、なんだから」

「クラリーちゃん……!」


 飛びついてきたアイリンを自然に受け止める。

 もうほんと、こういうのも慣れちゃったな。


「決まりね」

「ボクも乗りたかったんだけどなー。ボクの魔剣だしー」

「しょうがないでしょ。今回はクラリーに譲りなさい」

「わかってるよー。アイちゃん、クラちゃん、頼んだよ!」

「うん! 任せて!」


 みんな……ありがとう。


 私たちがそうやって盛り上がっていると、


「なんか、いいところを見逃した気がするッスね」

「はぅ、本当です。後でじっくり聞かせてもらおう、ホシュンちゃん」


 本校舎の方から、ホシュンとナナシュが大きな鍋を台車に乗せて運んできた。


「みなさん! 夜食ができたッスよ!」

「夜になってかなり冷えてきたからシチューにしました」

「ふおおおお! 美味しそう!」


 魔法道具の準備を進めている間に、ホシュンとナナシュは夜食を作ってくれていた。

 食堂のキッチンを借りたらしいけど、これもヘステル先生が正式に手配をしてくれたらしい。

 腹をくくると言っていたけど、本当に大丈夫なのかな。


「さあ、冷めないうちに召し上がってくださいッス!!」


 空に行く前に、腹ごしらえだ。



                  *



 私たちは机や椅子を並べて(風の塔一階の空き部屋から借りてきた)、ホシュンたちが作ってくれたシチューを食べ始める。

 私はアイリンとホシュンの三人で同じ机を囲んだ。


「ん~~! さっすがホシュンちゃん! おいしいよ~」

「うん、温まる……」

「へへ、よかったッス。お二人はこの後が大変なんですよね。たくさん食べてくださいね!」

「ありがとう。……でも、ホシュン。その……」


 ……ホシュンは大丈夫なんだろうか。

 いつもみたいに明るく振る舞っているけど、少し元気過ぎるというか。まるで……。


 私が言い淀んでいると、


「にゃはは……言いたいこと、わかります。今はみなさんのために動き回ってる方が気が紛れるんですよ」

「そっか……。ねぇホシュン、一つ聞いてもいい?」

「なんですか? なんでも答えるッスよ!」

「あ、でも今聞くことじゃないかも」

「えぇぇ!? いいッスよ、気を使わないでください! むしろそうされる方が気になっちゃいます!」

「そ、そうだよね。わかった。……ホシュンは、どうして諜報員になりたかったの?」

「あぁ~。そうッスね……」

「ごめん! やっぱり――」

「いえ、本当に構いません。むしろ聞いてもらいたいッス」


 そう言って、ホシュンは話し始めてくれた。


「簡単に言えば、子供の頃の夢ッス。アカサではよく親が子供を楽しませるために諜報員の話をするんですよ。過酷な任務を遂行し、でも表舞台に立つことはなく影ながら国を支える。うちのお父さんもそういう話をいっぱいしてくれて、それを聞いたアタシが憧れちゃったわけです。今思うと、だいぶ話が盛られていたなってわかるんですけど」

「それ、ちょっとわかるかも」


 うちの父さんも、例えば仕事の話をするときなんかは話を盛っていた。

 なんでも風の塔の建設に関わっていたとか。

 だけどもっと昔からあるはずなんだよね、ここ。詳しく調べたわけじゃないけど。


 ホシュンが話を続ける。


「諜報員に憧れたアタシは、お父さんとお母さんに宣言したんです。大人になったら諜報員になるって。でも……」


 そこで顔を伏せてしまうホシュン。嫌な予感がした。


「その後、お母さんが病気で死んでしまって」

「あ……。ごめん、ホシュン」

「いいんですよ、気にしないでくださいクラリーさん。もともと身体が弱かったみたいで、覚悟はできて……いや、嘘です。もうずっと泣きじゃくってました」

「うぅ~……ホシュンちゃん」


 すでに泣きそうなアイリン。

 ……やっぱり、聞いちゃいけないことだったかもしれない。


 いや、ホシュンはもう仲間だ。ホシュンのこと、ちゃんと知りたい。

 ホシュンも話したいと言ってくれたんだから、最後までしっかり聞くべきだ。

 私は居住まいを正して、ホシュンに向き合う。


「問題はその後なんです。……しばらくして、今度はお父さんが行方不明になりました」

「ゆ、行方不明!?」

「はい。アタシのお父さん、魔法士だったッス。アカサの魔法士は少ないので、色んな探検家から声がかかっていたみたいで。遂に未開の大陸行きの話を持ちかけられたッス」

「未開の大陸に……」

「もっとも長期間アタシを一人にするのに抵抗があったみたいで、お父さんはだいぶ渋っていました。だけどある時から、急に未開の大陸に興味を持ち始めたッス。どうも魔剣の魔法を研究している人と話をしたらしいんですが……詳しくはわからないです」

「未開の大陸じゃなくて、魔剣の魔法に興味を持ったってこと?」

「たぶんそうです。未開の大陸になら未知の魔剣があるはずだって言ってましたから」


 この大陸にある魔剣はもう殆ど発見されてしまったのではないかと言われている。

 ……例のナハマ大調査のことがあるから、今はそれもわからなくなってしまったけど。

 でも未開の大陸に多くの魔剣が眠っているのは間違いないはずだ。


「そうしてお父さんは未開の大陸に渡りました。でも、帰りの船にお父さんの姿はありませんでした」

「えぇー!? 未開の大陸で行方不明になったってこと? そんな事件あったの?」

「うわあ! ビックリしたッスよチルトさん!」


 気が付くと、私たちの机の周りにチルトとサキ、ナナシュが集まって一緒に話を聞いていた。


「未開の大陸探検中に事故があって怪我人が出たとかの話は聞くけどさー。行方不明って聞いたことなかったよ」

「そうみたいッスね。安全第一なので、まだ深くまで調査できていないって話ですし」

「じゃあ、どうしてホシュンのお父さんは……?」

「それが信じられない話で。いなくなるほんの少し前まで、ちゃんと仲間と一緒に行動していたらしいんです。だけど気が付いたらいなくなってて。すぐに辺りを探したけどどこにも見当たらなかったそうです。まるで突然消えてしまったかのようだったと、仲間の人が話していました」

「き、消えた?」

「ホーちゃん、いなくなったのはお父さんだけ?」

「いえ、もう一人。先ほど話した、魔剣の研究者も一緒にいなくなったそうです。大規模な捜索を行ったそうなんですが、結局見付からなくて……」


 仲間と一緒にいたはずなのに、消えるようにいなくなってしまった。


 そんなことあり得ない。普通ならそう考える。

 だけど私たちは、それに似た体験をしてしまっている。


 瞬間移動。


 ……いや、まさか、ね。


「そうなるとホシュンちゃん、今は一人なんですね……」

「あっ……」

「はい。しばらくは祖父の家に預けられていましたが、中学から寮に入りました」

「そういうことだったのね……。ホシュンのフットワークの軽さ」


 サキの言葉に、私も納得する。

 両親がいないから、転校してしまおうという決断がすぐにできたんだ。


 母親が病気で亡くなって、父親も行方不明なんて。ホシュン……私たちの想像もできないような大変な人生を過ごしてきたんだ。困難を乗り越えてきたんだね……。


「話を戻しますね。アタシが諜報員を目指すのは、お母さんにそう宣言したからなんです。最後に交わした約束だったんで、どうしても叶えたかったんですよ」

「ホシュンちゃん~~! うっ、うぅぅぅぅ」

「そんな事情があったんですね……ホシュンちゃん」


 お母さんとの約束。だからホシュンは必死に悩んでいたんだ。

 どんなことでもするべきか、仲間を信じるべきか……。


「それから、お父さんが行方不明になった理由を調べたいっていうのもあるッス」

「なるほど……」

「でもホーちゃん、お父さん探すなら探検家のがよくない? 未開の大陸に行かなくちゃでしょ」

「それも考えたッスけど……。どうもわからないことが多くて。特に魔剣の研究者のこと、王国からなにも教えてもらえないんですよ」

「へぇー……それは気になるね。そっかー、それもあって諜報員かー」

「にゃはは。でも……諜報員になるのは、無理そうッスけどね」


 力なく笑うホシュン。


 ……なんて声をかければいいんだろう。

 裏切り、私たちを信じる道を選んだホシュンは、諜報員に向いてないと言われてしまった。それが情報屋の言葉だったとしても……。

 どう励ましたらいいのか、私たちにはわからなかった。


「……少し、いいか」


 そこへ、ミルレーンさんがホシュンに近寄る。


「行方不明事件について、ターヤでは噂程度にしか伝わっていないのだが……。しかしもし魔剣の研究者が関わっているのなら、それは確かに諜報員絡みの可能性があるな」

「ど、どういうことッスか!?」

「まず、君たちは誤解しているかもしれないが、アカサの諜報員は表に立つことがないというだけで、我々魔法騎士第四隊とやっていることは変わらない。各地の情報収集、特殊な調査を行うのが主な仕事だ」

「魔法騎士と、変わらない……ですか」

「ああ。私は何度か諜報員と会っているからな。噂されているような潜入や過酷な任務は無いらしいぞ。おそらく情報屋のせいでそんな噂が広まっているのだろう」

「えっ――」

「えぇーーーー!?」


 ホシュンの声にかぶせるように、チルトが大声を上げた。


「おっかしいなー、留学の時に確かに……あ、アカサの先生に話を盛られた!? うわぁぁぁ!」


 ホシュンよりもチルトの方がショックを受けてる。

 間違った情報を持たされたことが悔しいらしい。


「……まぁとにかくだ。やはりアカサでも魔剣の研究は急務のようでな。しばらく前に会った諜報員が、数年前から魔剣の調査ばかりだと言っていた」

「魔剣の、調査……!」

「ミルレーンさん、つまりホシュンの話していた研究者って」

「諜報員の可能性がある、ということだ」

「なるほどねー。ホーちゃんの選んだ選択肢は間違ってなかったんだー」


 研究者が諜報員だったから、情報が出てこないのだとすれば。

 自分が諜報員になればそれも調べられる。

 父親の手掛かりが見つかるかもしれない。


「あ……。で、でも、アタシには諜報員の素質がないんです」


 少しだけ明るい顔になったホシュンだったけど、すぐに下を向いてしまう。

 そこへ、ミルレーンさんが肩に手を置いた。


「君が裏切ったのは諜報員ではない、情報屋だ。仲間を裏切らなかったのだ、誇りに思うといい。……さっき言った通り、諜報員は我々魔法騎士と変わらないのだからな」


 そうだ……もし魔法騎士なら、仲間を裏切ったりしない。

 ホシュンは仲間を、私たちを裏切らない道を選んだんだから。

 諜報員の素質が無いなんてことは、無い。


「うっ……ア、アタシ、まだ……諦めなくて……いいん、です、か……?」

「……そういうことだね。ホシュンはまだ頑張れるよ」

「はいっ……! アタシ、本当は諦めたくなんか、なくて……ううぅぅ、うわぁぁぁ!」

「ホシュンちゃーん!!」


 安心して堰を切ったように泣き出したホシュンに、アイリンも泣きながら抱きついた。ナナシュも側で涙ぐんでいる。

 ホシュンみたいに頑張ってきた人が夢を諦めなきゃいけないなんて、そんなの辛すぎるから。本当によかった。


 私は立ち上がって、ミルレーンさんに頭を下げる。


「……ミルレーンさん、ありがとうございます」

「なに。事実を話したまでだ」


 背中を向け、手を振って離れていくミルレーンさんに。

 私はもう一度、深く頭を下げた。

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