207「ホシュンの理由」クランリーテ
『お前みたいなガキに諜報員など無理だ。諦めるんだな!』
諜報員の男がホシュンに投げかけた言葉。
その意味を、私は理解することができなかった。
「ホーちゃん……」
チルトが呼びかけると、ホシュンが振り返る。
「先に言っておきます。アタシは諜報員じゃないッスよ」
「まー、そうだろうねー。てことは」
「諜報員志望です。アカサの冒険科に入ったのは、探検家になりたかったんじゃなくて、諜報員になりたかったからなんですよ」
諜報員になるために冒険科? 私は驚いて、
「そうだったの? 冒険科って、諜報員になりたい人も入るんだ……」
「少し違うッス、クラリーさん。諜報員はなりたくてなれる職業じゃないんです。冒険科で素質がある人がスカウトされるんです」
「スカウト……」
「知らなかったわね……。じゃあ冒険科で成績優秀者がスカウトされるの?」
「いえいえ、そういう人は普通に探検家になります」
「サキー、そりゃそうだよ。もともとはそのための科なんだしさ」
「うっ……」
「にゃはは……。それに成績優秀者は目立ちますから。そういう人は向かないッス」
「はぅ、確かに有名になっちゃったらダメだよね。そうなると、スカウトの基準はなんでしょう?」
「目立つことなく普通に授業をこなす人が選ばれるという噂ッス。はっきりした基準はわかりません。……ただアタシはその授業にも全然ついていけなくって。しまいには諜報員を目指していることがクラスの人にバレて、バカにされました」
「うぅ、酷いよ! ホシュンちゃんがんばってるのに!」
「……アイリンさんは本当に優しいッスね。クラフト部のみなさんが協力している理由、よくわかりますよ」
にゃはは、と笑って私たちを見るホシュン。
「とにかくそれで、アタシは絶対に諜報員になるって言って飛び出したわけです」
「……そこは本当の話だったんだ」
前に、元冒険科だとわかった時に話してくれたこと、その半分は本当だった。
「んー、でもさホーちゃん。飛び出してターヤに来てどうするつもりだったの? 別の選択肢として魔法士を目指すーって話よりもわかんないんだけど」
「実はスカウト以外で諜報員になる方法が一つあるッス。情報を手に入れて、自分を売り込むんです」
「自分を売り込むかー。なるほどね。……あー、ボクわかってきたかも」
「え? え? わたしわかんないよ~。ホシュンちゃんは情報が欲しかったんでしょ? どうしてわたしたちの学校に?」
「あ……ホシュンちゃん、もしかしてナハマ大調査ですか?」
「そうッス、ナナシュさん。ナハマ大調査に高校生くらいの子供が参加しているって話を聞いたんです。誰も気に留めないような情報だったんですけど、でもその子たちがなにか知っているかもって考えました。それでターヤの魔法学校に転校しようって決めたんです」
調査結果は秘密にされているけど、大調査を行ったことは広まっていた。私たち学生が参加したことも、どこかから噂として広まっていたんだ。
「そういうことね。あたしもわかったわ」
「ホシュンちゃんと出会った時、だね……はぅ」
「えっと、なんだっけ?」
「アイリン……。ほら、ナハマ調査の話。ホシュンに少し聞かれちゃったでしょ」
「あぁー!」
「そうッス。あの時は驚きましたよ。いきなりビンゴでしたから」
「なーるほどねー。それでボクたちの信用を得て情報を引き出そうとしたわけかー」
「ちょっとチル!」
「……いいんです、その通りですから。でもしばらくして、みなさんの側にいるアタシに気付いた本物の諜報員が接触してきました。上手く情報を引き出すことができれば、諜報員に推薦してくれると持ちかけられて……」
「そういうことだったんだ……」
やっとこの男とホシュンの繋がりがわかった。
諜報員になりたいホシュンと、情報を得たい諜報員。取引が交わされたんだ。
「アタシは諜報員になるという目標を諦められなくて、この方法を選びました。でも……選んだ道を貫けるのかどうか。わからなくなっていたんです」
「あっ……そっか、そもそも逃げたわけじゃないんだよね」
「アカサの冒険科から逃げたのは、本当のことですけどね」
でも、諦めてターヤに来たわけじゃない。
諦めるのは早いっていうみんなの励ましがホシュンに響かなかったのは、そういう理由だったんだ。
彼女が悩んでいたのは、夢のために選んだ道が正しかったのかどうかだ。
「結局アタシは、自分の選んだ道を貫けませんでした。……みなさんと一緒にいるうちに……アタシは、みなさんのことを売るようなこと、できなくなっていたんです。アタシ、諜報員に向いてない、ッスね」
「おい。スマンが、ちょっといいか」
そこへ、ずっと黙って聞いてくれていたビクトルさんが割って入る。
「まだなんとなくしか状況が見えてないんだがな……一つ、この男は諜報員じゃないぞ」
「へっ……諜報員じゃないって、ど、どういうこと、ですか?」
「ぶつかった時は顔が見えなかったんだよな。でも……間違いない、この男は情報屋だ」
「――え?」
「ビクトルの言う通りだ。実は第四隊でもマークをしていた。確か情報屋のバイスと言ったか。私がまだ
例の件……きっとナハマ大調査での発見のことだ。
情報が漏れてしまわないように、街や城の警備を強化しているんだ。
「情報屋はな、諜報員とかに情報を売るのが仕事だ。こいつは強引な調査をするっていうんで魔法騎士も警戒をしてたんだ。察するに、魔法学校に潜入したんだろ? とんでもねぇな」
「じゃ、じゃあ、アタシは……」
「この男に情報を渡しても、諜報員にはなれなかったぞ」
「おいビクトル、言い方が――」
「あっ――」
「ホシュンちゃん!」
ビクトルさんの言葉に、ホシュンがその場に崩れ落ちた。
慌ててアイリンが隣りにしゃがみ込む。
「大丈夫……?」
「あ、あはは……アタシ、騙されてたッスか。本当にダメですね。みなさんにも、ご迷惑をかけてしまって。本当に、本当に……うぅ……ごめん、なさい……っ!」
私もアイリンの反対側にしゃがんで、ホシュンの肩に手をかける。
「いいよ。ホシュンはこの人に情報を渡さないつもりだった。今の話だって、本当はさっき部室でしようとしたんでしょ?」
「そうッスけど……でも結局、そのせいで……あのことがバレてしまいました」
「しょうがないよ、ホシュンちゃんは悪くない!」
「――やはりなにかを聞かれたのだな?」
ミルレーンさんが私の隣りに立つ。私は咄嗟に立ち上がって、向かい合った。
「クランリーテ。私たち魔法騎士も、いつまでもこの男を拘束しておくことはできない。解放されたらこいつは喋るだろう。だから教えて欲しい。いったいなにを知られたんだ。ナハマ調査のことなのか?」
「あ、いえ、それは……」
私はしゃがんだままのアイリンと顔を見合わせる。
ぽかんとしていたけど、ようやく状況に気付いたみたいで、目を見開いて口も大きく開いた。今にもあぁー! って大声で叫びそうだ。
魔法騎士に話すということは、それはもう通話魔法を国に報告するのと同じだ。
かと言ってこのまま黙っていたら、情報屋が通話魔法の存在を広めてしまう。
いったい、どうすれば……。
「アイリンさん、立ちなさい。みんなも顔を上げなさい」
「ヘステル先生……?」
先生に言われて、アイリンと、そしてホシュンも立ち上がる。
みんなの視線が先生に集まる。
「私はアイリンさんの気持ちを知っているわ。だからこそ、言わせてもらう」
「……はい」
通話魔法のこと、話すべきか、黙っておくべきか……。
「不本意に広まってしまうくらいなら。今すぐ完成させて発表してしまいなさい」
「――えぇ!?」
ヘステル先生が示してくれた道は、そのどちらでもなかった。
未分類魔法クラフト部
クラフト30「ホシュンの真実」
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