206「協力と裏切りと」クランリーテ
『――ゴメン! 学校の外に出られちゃった。さすが諜報員だなーもう!』
私たちが塔の外に出ると、すでにチルトたちは敷地の外に出ていた。
今は学校前の通りを追跡中らしい。
走って校門に辿り着くと、下校する生徒たちに驚いた顔をされた。
けど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
「参ったわ。この時間、人が多いのよね」
「下校時間で生徒がたくさんいます。ここをかき分けて追いかけるのは……」
「でも行くしかないよ。アイリンも……アイリン?」
振り返ると、後ろでアイリンが頭を抱えていた。
「う~~……わかった、わたしに任せて!」
「え? アイリンなにを――ってその魔法は」
アイリンは私たちの前に出ると、通りに向けて腕を伸ばす。
するとその腕から黒い羽根が無数に溢れ出した。
――まさか、ボイスフェザー!?
発した声を黒い羽根に乗せて、一番近くにいる人の側で再生する魔法。
でもこの魔法には欠陥があった。
どこまでもどこまでも黒い羽根が近くの人へ飛んでいってしまい、魔法が止まらなくなる。術者は魔法を強制的に使い続けることになり、倒れてしまうのだ。
「大丈夫。回数は2回、枚数は30! 持続時間は10秒! いくよボイスフェザー、『道をあけてー!』」
「っ! 条件を、付けて――!?」
「道をあけてー!」「道をあけてー!」「道をあけてー!」「道をあけてー!」
「道をあけてー!」「道をあけてー!」「道をあけてー!」「道をあけてー!」……
「なんだ今の? どこから?」
「え、あちこちから聞こえるんだけど!?」
「この黒い羽根か……?」
ボイスフェザーでアイリンの声が広がっていく。
でも聞いた人は動揺するだけだ。
「なるほど、これがアイリンさんのボイスフェザーね。なら――……皆さん! 緊急です、私たちは人を追っています。道を開けてください!」
ヘステル先生が叫ぶ。すると、
「えっ、ヘステル先生!? おい、言う通りにしとこうぜ」
「追いかけてるって誰をだ?」
「誰でもいいよ、わかんないけど退こう!」
近くにいた、ヘステル先生を知る生徒たちがすぐに道を開けてくれた。
そして次に、その後ろにいた人たちがそれに倣って道を開けてくれる。
その動きはアイリンの声と共に、波紋のように広まっていく。
最初の人をきっかけに、次々と知らない人も退いてくれて、まるで海を割るように道が開いた。
「さあ、追いかけましょう」
「さすがヘステル先生……。アイリンも、いつの間にボイスフェザー改良したの?」
声が近くの人に伝わる回数を2回までにし、その上で魔法の効果時間を10秒にする。
暴走してしまわないように、条件を付けられるようにしていた。
「えへへ、実は結構前にね。でも前に失敗しちゃったから、なかなか使うことができなくて」
「なるほど」
「お喋りは後よ。見て、チルの背中が見えたわ」
「路地のところで立ち止まってますね。でも……」
「追いついたわけじゃなさそうッス。あの人の姿は見えません。でもチルトさんの後ろから誰かが手を……」
「ん? あの人って……」
『えっ? その声は――あっ! あなたは!』
チルトの肩に手をかけた、背の高い男の人。
銀の鎧に漆黒のマント。腰に下げた長剣。
それは私たちの知っている人物だった。
私たちは駆け寄ってその人に声をかける。
「ビクトルさん! どうしてここに……」
「んん? クランリーテだっけか。つーか勢揃いだな。俺は仕事に決まってるだろ、巡回だよ巡回。第一隊のメインは街の巡回だからな」
魔法騎士、第一隊のビクトルさん。
彼はナハマ大調査にも参加していて、私たちも何度か話をしたことがある。
まだ二十代前半で魔法騎士の中では若い隊員だけど、実力は折り紙付き。次期隊長候補とまで言われている。本人は嫌がっていたけど。
「おい、ビクトル。なにがあった?」
「え、ミルレーンさんまで!?」
「む? クラフト部が揃っているのか?」
そのビクトルさんの後ろからやってきたのは、真っ白なマントの第四隊隊長ミルレーンさん。
昨日チルトが魔剣を返してもらったって言ってたから、二人がナハマから帰ってきていることは知っていたけど……。どうして隊の違う二人がここに?
「私はこいつに用事があって話をしていたのだ。そうしたら、こいつがいきなり駆け出してな」
「なんか騒ぎの気配を感じたんですよ」
「……それたぶんボクです」
チルト、追いかけるのに魔剣を使ったみたいだから、それで少し騒ぎになっていた。
「お前か……。とにかく、ケンカでもあったかと思ったんだ。で、駆けつけたら男とぶつかった」
「あー! そうなんだよ! みんなゴメン、あの男この路地に入っちゃって見失ったんだ。でも……」
チラッと、チルトがビクトルさんを見る。
そっか、チルトが見失っても落ち着いているのは……。
「なんだよ。……あの男を追いかけてたのか?」
「はい! あのー、ビクトルさん。追えたりしません?」
「咄嗟にマークはしたけどな。……ミルレーンさん、いいですか?」
「状況はわからないが、随分切迫している様だな。君たちには借りがある。協力しよう。ビクトル」
「了解」
ビクトルさんは腰の長い剣を抜く。
ナハマ大調査の時は見ることができなかったけど、あれは。
「追え、
ビクトルさんの魔剣。一見なにも起きていないけど、魔法が発動したのがわかる。
聞いた話によると、発動中ターゲットの位置を常に把握できるらしい。
ただその発動条件、どうやってターゲットをマークするのかなどは教えてくれなかった。
所有者のビクトルさんの職業柄、その辺りは機密扱いらしく公にはされていないそうだ。
「んー、ぶつかったあの一瞬でマークかぁ。それってもしかして」
「勘ぐるな。男は街の北東、外壁に向かってるぞ」
「よし。ビクトルはこの路地から追え。私は別ルートから向かおう」
「あっ、だったらボクはミルレーンさんについて行くよ。みんなはビクトルさんとお願い!」
チルトはそう言って、耳のテレフォリングを指さす。
なるほど、通話魔法があれば状況を伝え合うことができる。
……あ。でも、このまま協力してもらうということは……。
いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。
「では行動開始だ」
「はい!」
*
街の北東外壁。この辺りは街の外れで人気が少ない。だけど建物と外壁の間は結構開いていて、広い裏道になっている。
外壁は建物の三、四階くらいの高さがあり、簡単には越えられないようになっていた。
そこで、諜報員の男に追いついた。
男は再び路地に入って逃げようとするが、ビクトルさんが先回りをして外壁際に追い込んでいく。
「ふぅ、ついてませんね。まさかあなたに追いかけられるとは」
「俺の魔剣のことを知ってるんだな? なら話が早い。さっさと投降しろ」
「
「どうかな? なんなら地の果てまで追ってやるぜ?」
「それくらいの情報が無いと思いましたか? 闇に吹く風よ我が身を隠せ。黒煙よ吹き荒れろ、シャドウスモーク!」
「チッ……!」
諜報員の身体から、黒い煙が勢いよく噴き出す。
目くらまし、姿が見えなくなる。
男が言ったようにビクトルさんの魔剣に制限時間があるなら、これは時間稼ぎ? それともこの状況でなにか逃走手段が?
どちらでもいい、今、私がやるべきことは――。
「――吹き飛ばす!」
私は風属性魔法を一瞬でイメージし、黒煙に向けて放った。
バフッ――!
煙が辺りに散り、男のいた場所が見えるようになる。けど……いない!
「上だ!」
ビクトルさんの声に、みんなの視線が上に向けられる。
外壁の真ん中辺り、壁を登っている諜報員の姿があった。
「学生がっ……! 私の魔法を散らすとは!」
どうやら外壁にロープ付きフックをかけて、乗り越えて逃げようとしたみたいだ。
「こうなったら無理矢理でも逃げ切りましょう!」
「――あっはははははーっ! させないよー!!」
「なにっ!?」
声が響き、建物と建物の間からチルトが飛び出した。それも、空に向かって!
チルトは飛ぶ。諜報員の頭上よりも高く、空を駆け、外壁の上まで。
魔剣で浮いたチルトを、ミルレーンさんが風属性魔法で打ち上げたんだ。
「ふっふっふ。えいっ」
「やめなさい! あっ、このクソガキがっ――――ぐあっ!」
チルトが普通のナイフでロープを切ると、男は外壁から落下、尻餅をついた。
「ええい魔法学校のガキめっ! もう一度……闇に吹く風よ――」
「悪あがきはよせ。終わりだ」
ミルレーンさんが男に近付き、腰に下げていた剣を抜く。
男は目を見開いた。
「は? ……何故、その剣が」
ぞわっ。
それを見るのは二度目だった。
通常の魔法とは明らかに違う異質なマナが、無数の見えない腕となり、剣の周りで蠢いている。
そのうちの一つが諜報員に向かって伸びていき、大きく膨らんで男を掴んだ。
「国宝でしょう……それは」
男はがっくりと項垂れる。
ターヤ王国、国宝の魔剣。
……まだミルレーンさんが持ってたんだ。
「ほらよ、クラフト部。男は捕まえたぞ」
「そろそろ詳しいことを教えてくれないか? 何故この男を追っていた」
「ありがとうございます! ……そ、そうですね。詳しい、ことを……」
私たちもミルレーンさんたちに近寄る。
正直、学生の私たちだけじゃ逃げられていた。さすがのチルトも追いつくことができなかったし。魔法騎士の二人に会えたのは本当に運が良かった。
しかも説明も無しに協力してくれて……。
……そう。協力して、無事捕まえてもらったんだから、説明をしないわけにはいかない。
でも通話魔法のことをミルレーンさんたちは知らない。
話してしまえば、それは……。
「どうした? クランリーテ」
「い、いえ。あの……」
……わかってる。もう隠すことなんてできない。だけど、でも。
私がそんな風に躊躇っていると、
「おい。お前、クラフト部の新入りか? その男には近付くな」
「あ、ホシュン……?」
ビクトルさんの制止も聞かず、ホシュンは真っ青な顔で諜報員の男の前に立つ。
ホシュンに気付いた諜報員は、顔を上げて舌打ちをした。
「チッ……お前は、自分がなにをしているかわかっているのか」
「……アタシは」
「裏切りだ。ふん、所詮子供かっ」
裏切り?
顔を知っていたし、ホシュンがこの諜報員と繋がりがあるのはわかっていたけど……。
「お前みたいなガキに諜報員など無理だ。諦めるんだな!」
「っ……」
ホシュンが、諜報員……。
「……え? どういうこと?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます