205「絶対に捕まえる!」チルト


「ア、アカサの諜報員!? なんでホシュンが――?」

「クラちゃん、事情は後だよ!」


 ホーちゃんの言葉を聞いてすぐに、ボクは部室の奥に駆けて勢いよく窓を開いた。

 なんでホーちゃんが諜報員のことを知っているのかとか、どうして魔法学校内に諜報員が入り込んでいるのかとか、気になることはたくさんあるけど後回し。

 とにかく追いかけなきゃ、通話魔法のことがバレちゃう!


 ボクは窓枠に足をかける。ここから飛び降りれば――


「ちちちチルトさん!? ここ三階ッスよ!」


 そんな声が聞こえたけど気にせずジャンプ。振り返ると、驚いた顔のホーちゃんと目が合った。

 ボクは笑ってみせる。


「出番だよ、相棒」


 地面まであっと言う間。ボクは腰の後ろから相棒――浮遊導剣フローティング・ナイフを引き抜いた。

 身体をふわっと浮かせて勢いを殺し、静かに着地する。


「あ、あれがチルトさんの魔剣ですか……!」


 ホーちゃんには話してなかったけど、昨日帰って来たんだよね。ボクの相棒。


 視線を前に向けると、塔の入口方面から駆けてきた男と目が合った。

 男は一瞬ぎょっとするも、スピードを落とさず正門へと駆けて行く。


「逃がさないよ!」


 ボクもすぐに追いかけ始める。

 同時に、耳に付けたテレフォリングが淡く光った。


『チルト、私たちも追いかける! なにかあったら教えて!』

「うん、先に追ってるよ!」

『――……はい、そうなんです。通話魔法のことを聞かれてしまって』


 今の間は――ヘステル先生と話してるのかな。


『ううぅぅ、ど、どうしようクラリーちゃん……』

『捕まえるしかないよ、アイリン走って!』


 ごめんね、アイちゃん。

 仲間という言葉に動揺するホーちゃんを見て、ボクも信じてみることにした。話したって大丈夫。例えもしものことがあっても、ホーちゃんなら信用できるって。

 でもまさか、その裏に本物の諜報員がいたなんて! さすがに想定外だ。

 ホーちゃんを信じたのは間違いじゃなかったけど、そこで油断が生まれた。部室のドアがこっそり開けられたことにも、誰かがいることにも気付けなかったボクのミスなんだ。


 だからアイちゃん。絶対、ボクが捕まえてみせるからね。



                  *



 ボクの足ならすぐに追いつく。捕まえられる。

 そんな考えは甘かった。


「――ゴメン! 学校の外に出られちゃった。さすが諜報員だなーもう!」


 相手はプロの大人だ。身体能力が高いのは当たり前だった。

 だけどこの時間、学校前の通りは人がごった返している。帰宅途中の学生も普通の人も入り乱れて、向こうも思うようにスピードが出せない。なんとか背中を見失わずに追うことができていた。……でも、距離はまったく縮まらない。


(ここで追いつけなくてどうするの! なんのために留学までしたんだよー!)


 ボクとあの男には差がある。身体能力はもちろん、気配の消し方や技術、そして経験。

 でも、それで諦めるわけにはいかないんだ。


「差を埋める方法はある――!」


 ボクは腰の魔剣を再度引き抜いた。


 ボシュッ!


 魔剣を一瞬発動して浮かんだところに足下へ風魔法、そしてもう一度魔剣発動。

 この繰り返しで推進力を得て、ボクは空を駆ける。


「うお、なんだ!?」

「あの子空を飛んでる?」

「あいつ冒険科の……!」


 人の頭上を跳ぶように駆け、男との差を詰めていく。

 男が振り向き、次の瞬間――


「あっ、ぶつかった!」


 男が背の高い人にぶつかった。一瞬止まる。けど、すぐに側の路地に飛び込んだ。


「――まずい、そこは!」


 ここの路地裏は細かい道がいくつもあって、入り込まれると追いかけるのが困難になる。

 路地の入口に着地するも――男の姿はすでになかった。


「くっ……いや、まだ近くにいるはず! 探すしかない!」

「おい」


 後ろから肩を掴まれた。

 諜報員の男にぶつかった人? 今は相手をしている場合じゃ――


「お前、チルトだったよな。なにしてんだ?」

「えっ? その声――――あっ! あなたは!」



『道をあけてー!』



 知った声だと気づいて振り返ると同時に、通話魔法じゃないアイちゃんの声が、どこからか聞こえてきた。

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