202「言えなくて」クランリーテ


 やっぱり冒険科でリベンジするべきだと思う。


 ホシュンに言うって決めた私だけど。



(……い、言えない!)



 あれから二週間も時間があったのに、私は言うことができなかった。

 やっぱりどうしても思ってしまうのだ。

 ホシュンの人生を狂わせる一言になるかもしれない。無責任なんじゃないのか。

 もちろん言われたホシュンが聞くとも限らない。なにも知らないクセにと怒る可能性だってある。


 ……結局、嫌われるのが怖いだけなのかな、私は。


「はぁ……」


 とてつもなく情けない気持ちになり。

 放課後、クラフト部の部室で。思わず大きなため息をついてしまった。


 ガチャ。


「みんな遅れてごめんね~。あ、いま廊下にさぁ……ってクラリーちゃん!? どうしたのぐったりして!」

「え!? あ、いや、なんでもないよ」


 しまった。アイリンに言われ、テーブルに伏せてしまっていた自分に気付き慌てて顔をあげる。

 ちなみにサキ、ナナシュ、チルトはすでに一緒に部室にいて、みんなの目が私に集まっていた。


「そ……それよりアイリン、廊下で、どうかした?」


 私は誤魔化すようにアイリンに尋ねる。


「あ、うん。見たことない男の先生がいたなーってだけだよ」

「なるほど。ここは風属性魔法の研究塔だから。色んな先生が出入りするかも」

「そうだよね~。ただ三階で見かけるのは珍しいって思ったんだ」

「まぁ……研究室は上の階だしね。きっとなにかの用事で降りてきたんだよ。気にしなくてもいいんじゃないかな、うん」」


 よし、これで話を逸らすことができたはず。


「それで? クラリーはなにを落ち込んでいるのよ」

「えっ」

「最近少し様子がおかしいです。さっきもすごいため息」

「い、いや、あれはその」

「あっ! わたしも気になってたんだよ! 教室でも突然肩を落としたりするし!」

「アイリン見てたの!?」

「ま、どうせホシュンのことでしょう?」

「っ……なんでわかるの? サキ」

「あははー、誰でもわかるよ。クラちゃん意外とわかりやすいからねー」

「くっ……」


 そ、そうかなぁ……。

 話を逸らすどころかみんなにバレバレだった。


 だったらもう話すしかない。


「サキの言う通り、ホシュンのことでちょっと」

「そのホシュンも相変わらず様子がおかしいわよね」

「うん。ユミリアが来た時から、ずっとなんだよね。それで……」

「あ。クラちゃんちょっと待って――――やっぱなんでもない。続けて続けて」

「え? う、うん。……前にホシュンがアカサで冒険科だったって話を聞いた時、チルトも言ってたよね。冒険科でリベンジしないのかって」

「言ったねー。ホーちゃんは別の道を選択したってことで、まー納得はしたかな」

「私も、そうだったんだけど……。でもやっぱり、ホシュンは冒険科でリベンジした方がいいんじゃないかって」

「どうしてそう思ったの? クラリーちゃん」

「ユミリアの話を聞いて、ホシュン、ショックを受けてるみたいだったからさ。それってきっと、前に進みたいと思う気持ちが残っているんだと思う。もしかしたら今、後悔しているのかもしれない。だったら周りの人が、気付いた私が、背中を押してあげるべきじゃないかな」


 ホシュンがあれからずっと様子おかしいままなのは、自分一人では動けないからだと思うから。


「うぅ……そっか、わたしそこまで考えてなかったよ~。クラリーちゃんの言う通りなのかも」

「いや、もっともらしく言っちゃったけど、そうとは限らないよ。だから無責任なこと言えないなって」

「大丈夫ですよ。クラリーの気持ち、ちゃんと伝わるよ。だから自信を持って」

「ホシュンのことだから、別に怒ったりはしないでしょ」

「……で、でも」



「そうッスね。怒ったりはしません」



「――えっ!?」


 スッと静かに扉が開き、ホシュンが入ってきて――私は飛び上がるようにして立ち上がった。


「ホ、ホシュン! 今のまさか、聞いてた……?」

「入ろうとしたら、ちょうど話が聞こえてしまって……ごめんなさい」


 ホシュンは扉をカチャっと閉めて、小さく頭を下げた。


 参った。いったいどこから聞いてたんだろう…………あ。


 あることに気付いてチルトを見る。

 目が合うと、あからさまにそっぽを向いた。


 やっぱり。途中で話を止めようとしたのはホシュンが来たのに気付いたからだったんだ。

 あぁ、だとしたらほぼ最初から……。


「ご、ごめんホシュン! 勝手なこと言って。その……」

「いえ、クラリーさんの言う通りッス。アタシは逃げるべきじゃなかったんですよね」

「ホシュン……」

「でももう手遅れッス。ターヤに逃げて、属性魔法科に逃げて。完全に道を諦めてしまったんですよ。今さら頑張れないです」


 肩を落として、寂しそうな笑顔を見せるホシュン。


「アタシはユミリアさんのようにはなれません」

「……私は、そんなことないと思う。ホシュンもユミリアも、同じだよ」」

「そうだよホシュンちゃん! ユミリアちゃんみたいにがんばれるはずだよ!」

「ホシュンちゃん。手遅れって言うけど、私たちはまだ一年生です」

「そうね。ここで属性魔法を学んで、アカサの冒険科に戻るという選択もできるはずよ」

「厳しい道だけどねー。でもユミちゃんも敢えて険しい道を選んで頑張ってるんだし。ホーちゃん、諦めるのは早いよ。すぐに転校しちゃえる行動力があればきると思うけどなー。みんなを見返したいんでしょ?」


 みんなそれぞれホシュンに言葉をかける。

 それを聞いてホシュンは少し驚いた顔になったけど、やっぱり寂しげな笑顔のまま、


「あはは……ありがとうございます。あ、そういえば結局あの後ユミリアさんは上手くいったんでしょうか?」

「うん、上手くいったって」

「仲直りしたんだって! だからホシュンちゃんもがんばろうよ!」

「そうなんですか。――なんでもう知ってるんですか?」

「……え?」


 見ると、ホシュンの顔から表情が消えていた。


「クラリーさん、アイリンさん。なんでユミリアさんが上手くいったって知ってるんですか? って、こないだ言ってましたよね。それなのに、どうやって知ったんですか?」


 ……あ。

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