197「魅せる魔法」クランリーテ
「歌を作ると言っても、私たちはそういう知識とかないんだよね。だから……」
屋上に出て、私とサキが向かい合って立つ。
「あたしからいくわよ。
……空を焦がす猛火は四つの炎。怒り、猛り、叫び、そして慟哭。古より燃え続ける炎は今ここに一つとなる。ヘルフレイム・ストリーム!」
呪文を唱えると、サキの身体から炎が立ち
その炎はサキの頭上で渦を巻く。一回りするごとに大きくなり、空は炎の赤に染まっていく。正に天を焦がす猛火。
熱い。もう冬も近いのに、じんわりと汗が出てきた。
サキの、四つの箱を取り払った火属性魔法。
……これは普通の魔法じゃ太刀打ちできない。さすが、試験でトップを取るだけのことはあるよ。
「じゃあ次は、私の番だね」
「クラリー、くれぐれも無理は……」
「大丈夫だよ、ナナシュ。……あ、いや、ごめん」
「わかっています。ユミリアちゃんのためです、止めないよ」
「……うん。ありがとう」
病み上がりの私を心配そうに見るナナシュに、お礼を言う。
そう、これはユミリアのため。ユミリアに魔法を見せて、歌を考えてもらう。
サキはヤエの代わりに火属性魔法を。私は、ヨリフェルの代わりに……。
「マナは満ちる。四つの風、静かに、穏やかに、すべてを運び、すべてを流す」
普段は詠唱をしないけど、この魔法をイメージするには必要だから。
イメージを風属性一つにするために。どこまでも広がる風をイメージするために。
「マナの祝福のもと、風は吹く。世界に、果てに、どこまでも吹いていく」
あぁ、今、私の中に風がある。
「ワールド・サイレントウィンド」
ふわっと、風が溢れ出す。広がっていく。
サキの出した炎の熱が風に乗り、外側の涼しい風と混ざり合い、さらに外へと流れ出す。ゆっくりと、広く、風はどこまでも広がる。世界はどこまでも繋がっていて、今起こした風は果てまで吹いていく。そのイメージを、ここにいるみんなにも感じてもらう。
静かな風。穏やかな風。いつまでも、どこまでも、吹き続ける――。
しばらくして、私とサキは同時に魔法を止めた。
「…………」
「ど、どうだった? ユミリア」
胸の前で手を合わせ、目を瞑るユミリア。
ゆっくりと、自然に腕を広げ、
「ラ――――――……」
ユミリアの美しい声が空に伸びていく。そして、
「ララ――アァ――! ララアア――ア――!」
力強い歌声。激しい感情を乗せたその歌はまさに炎。
渦を巻いて大きくなる炎を表現しているようだった。
「ラ――……アアァ――ー……ラ――ラ――――……」
今度は穏やかな優しい歌声。どこまでもどこまでも伸びていく。
静かに、でも遠くまで。風のように、流れるように。
力強い炎を、柔らかな風が運んでいく。
「――……ふぅ。サキさん、クラリーさん。素晴らしい魔法でした! お二人とも、以前お会いした時よりも腕を上げたのですね」
「い、いや、ユミリアこそ……即興で歌えちゃうのがすごいよ」
ユミリアは珍しく興奮した様子で目を輝かせ、私たちの魔法を賞賛してくれた。
「ヤエさんとヨリフェルさんの魔法とは違いますが、確実に私の中の感性を激しく刺激しました。あぁ、歌が……湧いてきます」
「それならよかったわ。急に歌い出して驚いたけど」
「だね。頑張った甲斐があったよ」
私がそう言うと、サキがじろっとこっちを見る。
「ちょっとクラリー。あなた、いつのまに『それ』出来るようになったのよ」
「さ、最近だよ。まだ風属性だけだし」
四つの箱を取り払った魔法。私もようやく風属性だけできるようになった。そういえばまだみんなに言ってなかったかも。
「しかも話に聞いたヨリフェルの魔法に寄せたんでしょう? あんな……ゆっくりとした魔法なのに、とても雄大な風を……」
「さすがサキ、気付いてくれたんだ。でもあれ、一学期にサキと二人でやった合同魔法がヒントになってるんだよ。あの時のイメージがあったからできたっていうか」
「合同魔法の……って。まったく、病み上がりでそんな魔法を使えるんだから、本当に、さすがね」
「さすが、なんてものじゃないわクラリー」
サキと話していると、カラー姉さんが隣りにやってくる。
「あなたはやっぱり天才ね」
「い、いや、私なんて」
本当の天才を知っているから、そう言われるのはちょっと居心地が悪い。
「いいえ。少なくとも、アカサにあなたほどの魔法士はいないわ。やっぱり魔法士はターヤね……」
「カラー姉さん……?」
気が付くと、カラー姉さんは真剣な顔になっていた。
ターヤの魔法士の評判についてはチルトから聞いているし、姉さんも知っているところだとは思うんだけど。そんな風に改めて言うなんて、どうしたんだろう。
……四つの箱を取り払う魔法は、さすがにやり過ぎだったかな?
「でさーユミちゃん。いまので歌は大丈夫そ?」
「はい! これなら、ヤエさんとヨリフェルさんの前で歌うことができます」
「すごいですユミリアちゃん。魔法を見ただけで歌ができちゃうんだね」
「いえ、こういうことは稀です。それだけお二人の魔法が素晴らしかったのです。あぁ。早くこの歌を聴かせたい」
「じゃー急いだ方がいいかもねー。まだ昼過ぎだけど、今から乗っても向こうに着くの夜でしょ?」
「ハッ……そうでした。大変です」
城下町からスツまで、半日近くかかってしまう。ユミリアが滞在できる時間は短い。いやそもそも日帰りというのが無茶な話なんだけど。
「あっ! そうだユミリアちゃん!」
「なんでしょう? アイリンさん」
アイリンがユミリアの手を引っ張って、屋上の隅でなにか話してる。
……なにしてるんだろう?
聞きに行こうと思ったけど、二人はすぐに戻ってきて、
「今日は突然押しかけてしまい、申し訳ありませんでした」
「いやそれは別に……」
「本当はもっとみなさんとお話ししたいのですが時間がありません。急いで帰って、やるべきことをやります。みなさん、ありがとうございました」
そう言ってユミリアは頭を深く下げる。
アイリンとなにを話していたのか気になるけど、それを聞いている時間は無いか。
あとでアイリンに聞けばいい。
「ユミリア。上手くいくといいね」
「はい! では、私はこれで」
「ちょっと待ってください!」
「――ホシュン?」
屋上から出ようとしたユミリアを呼び止めたのは、今までずっと黙っていたホシュンだった。
「ホシュンさん。私に、なにかご用でしょうか」
「す、すみません、急いでるのに。でも、どうしても」
ホシュンはユミリアの側に駆け寄って、向かい合う。
「ユミリアさん。向こうのお二人が和解できたとして、その後はどうなんですか?」
ヤエとヨリフェルの仲を取り持った、その後?
ホシュンはなにを聞きたいんだろう。
ユミリアも小さく首を傾げて、
「それはいったいどういう――」
「もしもの話です。仲直りしても、三人で行う演技が上手く行かなかったら、ユミリアさんはどうしますか?」
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