191「いつかじゃなくて」ナナシュ


 ホシュンちゃんがくれたレイネの葉を使った解熱薬は、想像以上の効果があった。

 なによりその即効性。

 部屋に行くと荒い息で苦しそうにしていたクラリーだったけど、薬を舐め始めるとすぐに熱が下がっていき……舐め終わる前に、スースーと静かな寝息を立てて眠ってしまった。

 粉末で飲んでもここまで早く効かないみたいだから、アイリンちゃんの魔法のおかげかな。そう言うと、アイリンちゃんは嬉しそうな笑顔を見せてくれた。


 アイリンちゃんはそのままクラリーの家に泊まって看病。ホシュンちゃんと私は家に帰ることになった。

 家の前までホシュンちゃんと歩いて、急いで中に入って声をかける。


「お母さん! あのね、クラリーが――」




「あれ? ナナシュちゃん戻ってきたの!?」

「はい。アイリンちゃん一人だと大変だと思うし、それに……私もクラリーのことが、心配で」


 ――お母さんに事情を話して、すぐにクラリーの家に帰ってきた。

 私もアイリンちゃんと一緒に、泊まりがけで看病する。


「ナナシュちゃんがいれば心強いよ~。でもクラリーちゃん、薬が効いてるみたいでぐっすり寝てるんだよね」

「本当です。よかった……。アイリンちゃん、私たちも交代で寝るようにしましょうか」

「そうだねっ」


 アイリンちゃんがまず休憩、まだ眠くはないみたいで、お風呂を借りていた。本当に、勝手知ったるなんとやら……。

 せっかくなので私も交代でお風呂を頂いて、少し休んだ後アイリンちゃんと交代。今度は客間のベッドに入っていった。

 私はベッドサイドから、クラリーの顔を覗き込む。


「なんだかんだで、かなり遅い時間になりましたね」


 深夜、聞こえてくるのはクラリーの静かな寝息のみ。

 そっと、毛布の上からクラリーのお腹の辺りに手を当てる。


 解熱薬は熱を下げてくれるけど、風邪を治してくれるわけじゃない。

 発熱によりちゃんと眠れず、体力を消耗してしまわないようにするため。

 風邪を治すには、栄養のあるものを食べ、暖かくしてよく寝ること。それから……。


「気休めだけど、少しでも……」


 クラリーに回復魔法を使う。

 呼吸で取り込まれたマナを外側から活性化させることで、身体の不調を正す。

 もちろん病気を治せるほどのものではなくて、あくまで回復を促進するためのもの。

 ゆっくり、ゆっくり……。


「ん……ナナシュ……?」

「あ、ごめんなさい。起こしちゃった? クラリー」

「たぶん、少し前から……起きてたかも? なんだかぼんやりしてて……」

「飲んだ薬のせいかもですね。気にせず寝てて」

「うん……。ありがと、ナナシュ。色々、してくれたみたいで」

「私だけじゃないよ。アイリンとホシュンちゃんも看病してくれました」

「そうだ、二人にも、お礼を言わなきゃ……」


 クラリーはそう言って身体を起こそうとする。


「だ、だめですよ、寝てないと」

「うっ……。ね、ナナシュ。風邪って、こんなに辛いんだっけ」

「なにを言って……そういえば、クラリーが風邪をひいたところ見たことなかったね」

「うん。私滅多に病気にならないから。……マナ欠乏症以外、ね」

「…………」

「……ごめん、ナナシュ。へんなこと、言った」


 私は回復魔法を止めて、ぎゅっとクラリーの手を握る。


「……ねぇ、クラリー」

「なに……?」

「マナ欠乏症の治療薬、作りましょう」

「うん、それは……前に……」

「学校にいる間に作りましょう」

「え……?」


 いつか作ってみせる。

 そう思っていたけど。いつか、なんて曖昧な期限じゃダメ。


「私ね、クラリーやアイリンちゃんみたいに、突然すごいことができるようになったりしないから」

「ナナシュ、なにを……」

「もちろんみんなが努力してるのは知ってるよ。その積み重ねが実った結果なんだって」

「……うん」

「私の場合は、少しずつなの。何度も何度も試して、やっと前に進める」


 色んなことがあって、みんなどんどん成長していく。

 そんな中、私は少しずつしか前に進めなくて……。


 だけど最近気付くことが出来た。


「歩みを止めず、進み続ければいいだけなんだよね」


 少しずつでもいい。前に進む。進み続ける。

 歩みを止めなければ成長できるはずだから。

 それが私のペースなんだって、気付いたから。


「でも期限はちゃんと作らないと。だから、魔法学校に在学中に。必ず作る。いま、そう決めたの」

「ナナシュ……。うん、私も頑張るよ。……置いていかれないようにね」


 私たちは笑い合う。

 一緒に進んでいこうね、クラリー。



 ガチャリ。


「ふおお……寝過ぎちゃったよ~」


 突然部屋の扉が開いて、ふらふらとアイリンちゃんが部屋に入ってきた。

 もう交代の時間だったみたい。だけど……。


「アイリンちゃん、大丈夫? 眠そうだけど」

「だいじょーぶ、だいじょーぶだよ~」


 ふらふらと歩いて、ベッドの隣りにぺたんと座り込む。


「あれ? クラリーちゃん起きてる~?」

「あはは……。もう一眠り、しないとだけどね」

「はっ、そうですよクラリー。まだ治ったわけじゃないんです。寝てください」

「わかってるって……。ナナシュ、アイリン。ありがと。おやすみ……」

「おやすみ~クラリーちゃぁぁん……」

「あ、アイリンちゃん?」


 アイリンちゃんはベッドに突っ伏して、座ったまま寝てしまう。

 揺すってみても起きる気配はなかった。


「……仕方ないですね。おやすみ、ふたりとも」


 アイリンちゃんの肩に毛布を掛けて、私も椅子に座って毛布を被る。

 少し、寝ても……だいじょうぶ、かな?

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