クラフト28 看病しなくちゃ

186「無理をしないで」ナナシュ


 手のひらにブラト紙を広げて、ブルードロップを並べる。

 ブラト紙はブラトーの樹皮から作られたもの。マナがたっぷり染みこんでいる。

 ブルードロップは樹液から作られた、マナをため込む特性のドロップ。

 私は空いた方の手を水で濡らし、上からぎゅっと力を込めてドロップを潰す。そしてそのまま手のひらでブラト紙に塗り広げていく。


「冷気をとどめ、癒しの手となれ。クールハンド」


 手のひらがうっすらと光り、塗り広げたブルードロップにじんわりと魔法が染みこんでいくのを感じる。


「……できました。クラリー、ちょっといい?」


 ベッドに寝ているクラリーをのぞき込み、額にかかった髪をそっとどける。


「うぅ……ナナシュ……」


 うっすらと目を開けて、苦しそうに声を出すクラリー。

 私はその額に、さっきブラト紙で作ったものを貼り付けた。


「つめ……たい」

「おぉ~、それも薬なの? ナナシュちゃん」

「ううん、アイリンちゃん。氷嚢代わりだよ。ブルードロップに水属性魔法の冷気を溜めて、貼っているだけです」

「なるほど~! これなら寝返り打っても落ちないし、便利だね! クラリーちゃんどう? 気持ちいい?」


 アイリンちゃんの問いかけに、クラリーが微かに頷く。……よかった。


 私とアイリンちゃんは、クラリーの家で彼女の看病をしていた。

 どうしてこうなっているのかと言うと――



                  *



 朝。学校についてすぐ、私はアイリンちゃんたちのクラスを訪ねた。

 私の家で販売している猫アレルギーの薬のことで、アイリンちゃんに相談したくて。


「あれ? ナナシュさんじゃないッスか。どうしたんですか? こんな遠くまで」


 入ろうとすると、教室の入口そばにいたホシュンちゃんに声をかけられる。

 ここは1組属性魔法科。私は14組医療薬学科だから、教室はかなり離れてる。朝の忙しい時間帯に訪ねたら、ホシュンちゃんみたいな反応をされるのが当然だった。


「おはよう、ホシュンちゃん。アイリンちゃんにお話ししたいことがあったんです。が……なにか、あったんですか?」


 入口からではよく見えないけど、教室の中がざわざわしている。


「いやぁ実は先生を呼ぶか迷ってたんッスよね」

「え? 先生を?」

「あっ! ナナシュちゃん! ちょうどいいところに!」

「アイリンちゃん……あっ」


 駆け寄ってくるアイリンちゃん。その後ろに、机に突っ伏しているクラリーの姿が目に入った。


「クラリー!? まさか……!」


 マナ欠乏症の発作?

 私はアイリンちゃんとすれ違うようにしてクラリーに駆け寄る。


「ナナシュちゃん待って、違うよ! クラリーちゃん、熱があるみたいなの!」

「ちが……え? 熱、ですか? クラリー、失礼」


 私は咄嗟にクラリーの額に手を当てる。

 ……熱い。ちょっと触っただけでもわかるくらい、熱が高い。

 マナ欠乏症の発作ではなかったけど、これは……。


「クラリー、熱以外になにかおかしなところはありますか?」

「頭と……それから、喉、痛い……」

「風邪ですね。というかクラリー、その状態でどうして学校に来たんです」

「だいじょうぶ、かなって」

「ダメに決まってます! 今すぐ帰りましょう」

「ここまで来られたし……問題ないよ」

「問題あります!」



 そんな感じで、帰る帰らないのやり取りが続き。

 結局、やってきた先生に帰るように言われて、ようやくクラリーは諦めて帰って行った。


「大丈夫ッスかね、クラリーさん」

「家にはお母さんがいるはずです。きっと大丈夫だよ」

「でも心配だよ~……。ね、ナナシュちゃん。帰りにお見舞いに行かない?」

「そうだね、アイリンちゃん。そうしましょう」

「ていうかナナシュさん、急いだ方が」

「あ……」


 ホシュンちゃんに言われて慌てて教室に戻るも、ホームルームには間に合わず(事情を説明したら許してもらえました)。


 そして放課後。

 クラリーの家を訪ねてみると……。


「……え? お母さん、いないんですか?」


 家には、クラリーしかいなかった。

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