171「チルトの勘、ホシュンの好奇心」クランリーテ


「正直に話すッス。好奇心に負けました」


 部屋の真ん中に座ったホシュンは、テーブルに両手をついて頭を下げた。


「だってそうじゃないッスか! 魔法騎士に口止めされてるという、ナハマ空洞大調査! その時に使ったノートが、目の前にあるんッスよ? 気になるじゃないですか!」

「……まぁね」


 私が同じ立場だったら、ものすごく気になると思う。


「でも、忍び込んでまで見ようとは思わないよ」

「うっ……」


 しょんぼりするホシュン。でもすぐに顔を上げて、


「けど、どうしてこんなこと仕組んだッスか? まるでアタシを試すような!」

「そこは、チルトが……」

「ボクが、怪しいと思ったからだよ」

「えぇ!? 怪しいって、酷いッスよ!」

「いやー、だってさ。実はホシュンがアカサの諜報員じゃないかって思っちゃって」

「え…………ちょっ、ちょ、ちょちょちょちょちょ、諜報員ー!? アタシがッスかー!? そっんなわけないじゃないですか! もうっ」


 さすがにホシュンが怒っている。

 確かに、怪しいというだけで、ここまでする必要はなかったかもしれない。

 私も最初はちょっとそう思っていた。でも……。


「ちょっと、落ち着きなさいってば」


 頬を膨らませたホシュンをサキがなだめる。そしてチルトの方を向いて、


「こういう時のチルの勘は当たるわ。でも、勘だけじゃないわよね?」

「へへー。さすがサキ。わかってるー。ちゃんと根拠があって、試したんだよ」

「え、そうなの?」


 それは聞いてないぞ……。


 チルトはホシュンの前に立ち、ビシッと人差し指を向ける。


「ホシュン・ヘルメイ! キミは、アカサ王国の学校で、?」


「っ……!」


「……え? 冒険科?」

「ホシュンちゃん、こないだ属性魔法科だって言ってたよね?」

「嘘だったんだよ。ちゃんと手続き書類を見……先生に聞いたから間違いない!」


 チルト……さすがだけど、そういう書類を勝手に見たらダメだよ。

 でも、だったら本当に間違いはなさそうだ。


「にゃ、にゃはは……そこまでバレちゃってたッスか。さすが冒険科のホープ、チルトさんッスね。アカサでも話題になってますよ?」

「あはは、それは嬉しいなー。で、アカサの冒険科にいたホシュンが、なーんでターヤの属性魔法科に入ったのかな?」

「それは、ッスね。……ここまで来たら、もう話すしかなさそうですね」


 ホシュンは居住まいを正して、話し始める。


「確かにアタシは、冒険科でした。でも……挫折してしまったんですよ」

「挫折……」

「チルトさんは知っていますよね。アカサの冒険科の授業は、本格的で厳しいッス。超ハードなんですよ」

「まーね。ボクは問題なかったけど」

「にゃはは……。でも科を変える人は少なくないッスよ」


 科を変えるほど……。そんなに厳しいんだ。


「でもさーホシュン。だからってうちの学校に転校するって話は、他に聞いたことがないよ」

「そうッスね、そこまでする人はいません。ただ……。アタシは、属性魔法は得意な方だったんですよ。あくまでアカサの中では、ですけど。ターヤのみなさんからしたら全然でした」


 ホシュンの魔法は、クラスの平均レベルだったと思う。

 ターヤ王国って、本当に他の国よりも属性魔法が進んでるんだ。


「どうせ冒険科を辞めるなら、そっちを伸ばしたいと思ったんです。ターヤの属性魔法科に入って、すごい魔法士になって……見返したいんです」

「見返す?」

「はい。ついていけなくなったアタシのことをバカにした、クラスメイトたちを。見返したいんです」


 静かに、強く。はっきりと。ホシュンはそう言った。


「う、うぅぅぅぅ……ホシュンちゃんっ!」

「え、うわっ、アイリンさん?」


 ガバッ!

 アイリンがホシュンに抱きつく。


 ……そんな話をアイリンが聞けば、そうするよね。よく見る光景だ。

 だから驚かなかったし、止めなかった。


 挫折して、バカにされて。それでも違う道を見付けるために、環境を変える。

 その選択は、決して悪いことではない。……だけど……。


 ううん。私は首を振って、浮かんだ言葉を振り払う。


「……ホシュン、そんな事情があったんだね。でもなんで隠してたの?」

「い、いや~、だってクラリーさん。そんなの恥ずかしいじゃないッスか。にゃはは……」

「まぁ、そうかもしれないけど……」

「んー、ていうかさ。ホーちゃん」

「ほ、ほーちゃん?」

リベンジしようと思わなかったの?」

「あ……」


 私が消した言葉を、チルトが言ってしまう。


「うっ、痛いところを突いてきますね、チルトさん。いいんです、アタシには才能無かったんですよ。きっと属性魔法の方が向いてるッス!」

「ふーん……そっかー。じゃあしょうがないねー」


 しょうがない、か。

 でも、そうだよね。ホシュン自身が決めたことだ。

 なにより、私はアカサの冒険科を知らないんだから。無責任に口を出すべきじゃない。



「それにしても、アタシが冒険科だったからって、諜報員って疑うのはさすがに飛躍し過ぎッスよ~。隠していたのは、紛らわしかったかもしれないですけど」

「まーそうだねー。でも警戒しておいて損はないからさー」

「にゃはは。……それもそうッスね」


 なんだろう、一応ホシュンの疑いは晴れたのに、まだ二人は牽制しあっているような感じがする。


 チルトは、ホシュンの細かい言動に違和感を感じて疑っていた。

 そして私も、あれ? って思ったことがある。


 私がミルレーンさんの名前を出した時。

 ホシュンはすぐに魔法騎士の隊長だってわかった。

 それまではチルトの話を半信半疑で聞いていたけど、そこで本気で怪しいって思うようになったんだ。


 結局それも、元冒険科ってことで一応の納得ができた。

 隊長の名前は普通に公表しているみたいだから。アカサ王国の冒険科なら、そういうことも教わるんだと思う。



「……ホシュン。疑ってごめん。ナハマ空洞のこと、話せる範囲で良ければ話すよ」

「ほんとッスか! ありがとうございます!」

「でもクラリー、かなりの部分を話せないわよ?」

「はぅ、どこなら話せるかな……困りました」

「で、では、アイリンさんのノートを見せてもらっちゃう、なんてのは……どうッスか?」

「えっ!? え~っと……ホシュンちゃん、それなんだけどね~……」


 アイリンはぎくっ、という顔をして、おそるおそるノートをテーブルの上に置く。


「み、見ていいんッスか!? 聞いてみるもんです!」

「いいけど――ホシュンちゃんごめんっ! 実はそのノートね、

「にゃ? しんぴ……んにゃあぁぁぁんですって!?」


 実際にメモに使ったノートは、ミルレーンさんに預けたからね……。

 あんな絶対に見られちゃいけないようなもの、アイリンに持たせておくのは危険だし。この部屋にだって置いておきたくない。


「にゃ、にゃは、にゃはははは……。あれ? じゃあなんで、さっきの……、とかいう魔法を使ったッスか……?」

「どうしてってホシュン、それは――……あれ? そういえばそうだ」


 なにも書いてない真っ白なノートなら、わざわざ魔法を使わなくてもよかった。

 別にホシュンに見られたって問題ないんだから。

 みんなの視線がチルトへと集まる。


「いやー、アイちゃんから魔法の話を聞いて、実際に見てみたかったし。なにより目の前で消えた時のホーちゃんの反応が絶対面白いと思ったんだー」


 ……あ、そういえば廊下に居たとき、チルトは笑うのを必死に堪えてたっけ。


「ひっ、酷いッスよチルトさんー!!」

「あっはは、ごめんってー。ちゃんとナハマの話はしてあげるからさー。サキ、ナナちゃんよろしくねー」

「なんであたしたちなのよ……仕方ないわね」

「はぅ、結局なにを話せばいいんでしょう?」

「あ、あれ? わたしは?」

「んー、アイちゃんは黙ってた方がいいかもねー」

「えぇー!?」


 確かに、アイリンは言っちゃいけないことまで話しそうだからね。



 チルトはそう言って二人に任せると、テーブルを離れてドアに寄りかかる。

 私も席を立ってチルトに近付くと、


「チルト、ホシュンの疑いは晴れたんだよね?」

「んー……一応ね。学科の話は、嘘じゃなさそうだし」

「ならよかった――」

「でもさ。ほんっのちょっとだけど……まだ、怪しい気がしてる」

「――えぇ?」


 意外と心配性だなぁ……と、思うと同時に。



『こういう時のチルの勘は当たるわ』



 サキの言葉を思い出して。


 ……警戒しておいて損は無い。

 私も気に留めておこうと思った。




未分類魔法クラフト部

クラフト25「転校生の秘密」

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