169「アイリンのノート」クランリーテ


 その翌日、放課後。私とアイリンは再びホシュンを連れて部室に来ていた。

 昨日と同じように座って、一息つく。


「今日も一日疲れたね~」

「アイリン、だいぶ属性魔法が使えるようになったね」

「ふっふっふ。おかげさまでね! でもあのやり方、ちょっと疲れるんだ~」

「アイリンさん、属性魔法苦手なんッスか?」

「実はね~。そのぶん未分類魔法は得意だよ!」

「へぇ~……この部活もッスけど、ほんとアイリンさんて、その、意外な感じですよね!」

「それほどでも~。えへへ」


 珍しいって言いたかったんだろうな……。

 アイリンは褒められたと思って照れてるけど。


(それにしても……)


 昨日チルトが言っていたことを思い出す。


 ホシュンが、アカサ王国の諜報員?

 うーん……とてもじゃないけどそうは見えなかった。


 アカサ王国には諜報部というのがあるらしい。

 簡単に言うと情報収集を専門に行う人たちで、ターヤで言えば魔法騎士の第四隊が近い。

 ただアカサの諜報部は他の国よりも進んでいるらしく、各地に派遣して秘密裏に情報を収集しているそうだ。


 と、噂では聞いたことがあった。あったら面白いと思うけど、どうせただの噂だよねって思っていた。

 でも、諜報部は本当にあるんだよって昨日チルトが教えてくれた。


 ナハマ空洞大調査でどんな発見があったのか、探るために。

 私たちに近付いたのかもしれない。


 確かに私たちは秘密にしなければならない、重要な情報を持っている。

 チルトのように警戒するべきなんだと思う。


 でもなぁ。どうしても、ホシュンが諜報員には見えなくて……。



「クラリーちゃん?」

「あ……ごめん、なんでもない。今日はどうしようか? アイリン」


 いけない。私がぼーっとしてどうする。話を進めないと。


「う~ん、そうだねぇ。あっ、あのことを話すのはどうかな~!」

「えぇぇ……。あのことって、アイリン……」

「あの! お二人とも、ちょっといいッスか! 聞きたいことがあるんです」

「っと、聞きたいこと?」


 突然、ホシュンがビシッと手を挙げる。


「アタシが転校してくる前に、みなさんはナハマ空洞の大調査に参加したって、聞いたッス!」

「――! う、うん。そうだけど」

「できたらその時のお話しが聞きたいッス!」


 私はアイリンと目を合わせる。

 まさかホシュンの方からそれを聞いて来るなんて。

 ちょうどよかった。


「ナハマ空洞! 色々あったよ~!」

「い、色々ッスか。具体的にはどんなことが?」

「それはね~」

「アイリン、ダメだよ。ミルレーンさんに言われたでしょ。詳しいことは話したらダメだって」

「あ、そうだったよ~」

「魔法騎士の隊長さんと一緒に調査したんですね? すごいッス!」

「……うん。そんなわけだから、ホシュン。あんまり詳しいことを話せないんだ」

「そうッスか~。残念ですが、仕方ないですね」


 しょんぼりするホシュン。

 なるほど、これは……。


 私は気を引き締めて、話を続ける。


「そうだアイリン! それで思い出したんだけどさ、あの時メモ代わりに借りたノートって、どうしたの?」

「え? あれは……あっ! ちゃんと持ってるよ! これだよね。クラリーちゃんが調査の時にメモしてたノート!」


 そう言って、アイリンが鞄からノートを取り出す。

 そして、どうだ! とばかりに両手で掲げた。


「いやアイリン、そんな風に出さなくても。無くしてないならいいんだよ」

「無くさないよ~。大事なノートだからね~」


 アイリンは机の上にノートを置く。

 ……うん。、かな。


 チラリとホシュンの様子を窺うと、


「…………」

「ホシュン? どうかした?」

「え!? い、いえいえ、なんでもないッス! ただナハマでどんなことがあったのかな~って考えていたッス! 言うことのできないような、そんななにかがあったんだとしたら……調査結果の発表が楽しみッスね!」

「……うん。そんななにかがあったなら、ね」


 あったんだけどね。とんでもない発見が。

 でもやっぱり、それをホシュンに話すわけにはいかない。



 ガチャ。


「おまたせー。あれ? 今日もホシュン来てるんだ」


 ドアを開け、でも中には入ってこないチルト。後ろにはサキとナナシュもいる。


「あれ? チルちゃんたち、どうしたの? 中に入りなよ~」

「アイちゃんー……もしかして本気で忘れてる? 今日はこれからナナちゃんの家に行くって約束だったじゃんー。猫アレルギーの薬、売ってるとこ見ようって」

「あっ……あぁー! そうだった!」

「ごめん、私も忘れてたよ」

「クラリーまで? はぁ、まったく。早く準備しなさいよ」


 サキに急かされて、私とアイリンは慌てて帰り支度をする。


「そっかー、だからホシュンも来てたのかー」

「……本当にごめん。ホシュンも」

「いえいえ! アタシの方こそ、連日押しかけてしまって! 申し訳ないッス!」

「あの、ホシュンちゃんも来ますか? うちなら大丈夫だよ」


 ナナシュの誘いに、ホシュンは一瞬固まって、


「あ……ごめんなさい! 実はまだ部屋の荷物の片付けが終わってなくて! そろそろやらないと……ヤバイッス」

「そうなんだ……」

「じゃあ仕方ないね。ホシュン、片付け頑張って」

「はい! ありがとうございまッス!」


 頭を下げて、ホシュンも帰り支度をする。

 私たちと一緒に部室を出て、アイリンがカチャリと、鍵をかけた。



「よーっし、ナナシュちゃんの家にしゅっぱーつ!」

「アタシは寮に帰るッス! それでは、また明日です!」


 風の塔の入口で、ホシュンと別れて。

 ……完全に見えなくなってから、私は盛大なため息をついた。


「はぁぁぁ……、疲れる」

「おつかれさまークラちゃん。ていうか、アイちゃんのが心配なんだけど。ノートはちゃんと?」

「あ、うん! ちゃんとテーブルに置いてきたよ。それから――」

「そこは私も確認したから。……チルト、本当にこれで上手く行くの?」

「もちろん。バッチリだよ」

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