164「近くの背中」クランリーテ
「というわけで。説明は以上かな? わたしたちの研究は、四つの箱の理論を突き詰めると同時に、教育面での課題も考えていこう、って感じだよ」
自分の中に四属性の枠があると、イメージを一つにするのが難しくなる。
だけど四属性をしっかり学ばないと、色んな魔法を使えなくなってしまう。
属性魔法を基礎からきちんと学ぶと、イメージの枠は深く刻まれていく……。
一番いい教育方法はなんなのか。これは難しい問題だ。
「……でも、すごいですねフリル先輩。そんなことまで考えているなんて」
問題点には薄々気付いていたけど、教育のことまでは考えが及ばなかった。
さすが――と思っていると、フリル先輩は首を横に振る。
「いやいや……。わたしはそこまですごくないよ。こんなに問題が山積みとは思ってなかったし。ヒミナの言葉を詳しくまとめるだけで終わりって思ってたから」
「……そうなんですか? じゃあ、もしかしてベイク先生が」
「いやいやいや、ヒミナだよ? 問題点を指摘したの」
「えぇ!? そうなんですか!?」
と、声を上げてからすごく失礼だなと気付いたけど、他のみんなも同じくらい驚いた顔をしていた。
「あはは……まぁ意外なのはわたしもだったけどね」
「ふっ。みんな、そんなに褒めるようなことでもないよ」
褒めてない……。いや、指摘内容についてはすごいって言ったけど。
「ワタシは九歳の時に、属性魔法の基礎をすべて修得した」
「……えっ? 九歳、ですか?」
基本的な知識は小学校で教わる。けど、ヒミナ先輩のことだから、中学校で学ぶ派生属性まで含めた基礎なんだろうな……。
今度は本当に、すごい、という意味で驚いた顔になった。
「その時に四つの箱の存在に気付き、フリルに話したのだが」
「まぁ確かにその頃だったね」
「しばらくして問題にも気が付いてね。基礎を修得していない状態でそれを教えるのは危険だと」
「さっき話した問題点に、もう気付いていたってことですか……?」
「そういうことさ。それで当時のワタシは四つの箱のことを周りに言うのを止めた。基礎の習得を終えていたのはワタシだけだったからね」
「さすがのヒミナもそこの違いはわかってくれてたみたい」
「なるほど……。ていうかヒミナ先輩も、属性魔法のイメージの枠があるんですね」
「もちろんだよ。そうじゃなきゃ四つの箱に気付けないじゃないか」
……ごもっとも。
「実は今回のことでね。ワタシも色々考えさせられたのさ」
「ヒミナ先輩が、ですか……?」
「ああ。ワタシはやっぱり、フリルのことをわかっていなかったよ」
「――ブッ! ちょっとヒミナ、いきなりなんの話をっ」
「ワタシはこれから、研究室をもらい、研究者となる。すべての人に、ワタシと同じように魔法を使ってもらいたいと思っているんだよ。
そのためには、フリルのことだけではなく。色んなことに目を向けて、違いを理解していかなければならない」
「え、ヒミナ……? そんなこと考えてたの?」
フリル先輩も初めて聞く話みたいで、驚いた顔をしている。
ヒミナ先輩は一瞬だけフリル先輩に笑顔を向けて、話を続ける。
「それにだ。研究について、ワタシなりの信念を持ちたいんだ」
「研究の、信念……」
「研究とは、それが社会に、教育に、どれだけ影響を与えるのか、そこまで考えて行うものだ。
ワタシは一度、諦めてしまった。そのせいで、四つの箱のことをいつまで黙っておくべきか? みんなが基礎を修得し終えるのはいつなのか? わからなくなってしまったんだ。
今思えば、とても愚かなことだったよ」
「ヒミナ先輩……」
「だが、クランリーテが理解してくれた。フリルがみんなにわかるようにまとめてくれた。
ならば! 今こそワタシは開放する!
四つの箱は世界に大きな影響を与えるものだ。世界中の人が使えるように、教育まで考え抜く! それがワタシの研究だ!」
宣言と同時に、私たちに背を向けて、拳を高く掲げる。
あぁ……やっぱり、ヒミナ先輩はすごい。
私が思っていた以上に、遥か遠くまで見据えている。
視野が広くて、スケールが大きい。
敵わないなぁ、本当に。
だけど、届かない場所にいるわけじゃない。
私はアイリンに顔を向ける。アイリンも、私を見ていた。
目が合って、頷き合い。
もう一度、揃ってヒミナ先輩の方を向く。
見つめた先の、その背中は。
前よりもずっと近くに感じた。
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