160「想いを馳せて」クランリーテ


 天空の研究室。

 最初の部屋でもう一度円柱に属性魔法を使うと……もとのナハマ空洞に戻ることができた。

 探索している時は気にしてなかったけど(ミルレーンさんは心配していたらしい)、もしこれで戻ることができなかったら……って考えて、ゾッとした。


 ナハマ空洞では私たちが閉じこめられたと大騒ぎになっていた。

 ひとまず空の上にいたことは隠して、開け方がわからなかっただけ、ということにした。

 いま話しても余計な混乱を招くから。ミルレーンさんの判断は正しい。

 と、その時は思った。



「あの研究室のことはしばらく秘密にしておいて欲しい。魔法騎士だけでもう一度調査を行い、正式に発表するまで隠しておきたい」



 という話をされて、どちらかというと、外部に秘密を漏らさないようにするためだとわかった。

 もともとここでの発見の主導権を握りたかったターヤ王国。

 発見したものが大きすぎて、ミルレーンさん一人では手に負えないという判断だ。


 私たちは一旦空洞の外に出て、私が読んだ壁の手記をきちんと書き起こした。

 それから内容についてミルレーンさんと話し込んでいたから……宿屋に戻った時には、もう随分と遅い時間になっていた。



「せっかく見付けたのに秘密かー。ま、しょうがないけどねー」


 ぼやきながら、チルトがベッドに飛び乗る。

 今回は五人一緒に泊まれる大部屋だ。私たちも各々椅子やベッドに腰掛けた。


「はぅ……それにしても私たち、とんでもない場所に行ったんだよね」

「そうね。どこだかわからない海の、空の上よ。あり得ないわ」


 結局、どの窓からも陸地は見えなかった。広い海のど真ん中だったということになる。

 本当に、私たちはどこまで行っていたんだろう。


「クラちゃんが読んだ壁の手記も、結局よくわかんなかったねー」

「……うん」


 あそこから読み取れたのは、


 古代文明人はマナの研究をしていたらしいこと。

 なにかの試験に失敗し、止めようとしたところを何者かに拘束された。

 もしかしたらそれが、世界が滅亡するきっかけに?

 研究者は滅亡から逃れて、一人空の研究室に。

 そして、壁に手記を残した……。


 なにもわからなかった古代文明のことが、ほんの少し紐解けた気がするけど、結局肝心なことはわかっていない。


 それから、意味のわからない単語がある。


 まず、マナテクニック。これはおそらく魔法のことではないか、と推測できる。

 もちろん私たちが使う属性魔法ではなく、魔剣で発動できる魔法と同種のもの。


 それから、遺産。これがよくわからない。

 正直、読み間違えたんじゃないかって自分を疑っている。

 後の方に『簡易的な遺産』なんて言葉も目に入ったし。なにか別の意味があるのかもしれない。


 気になるところを上げたらキリがない。でも一番気になったのは、


『地上へ降りるための準備』


 研究者は、地上に戻ったのだろうか……。



「おーい、クラちゃーん?」

「……ごめん、つい手記のこと考えちゃってた」

「ま、仕方ないわよ。結局、わからないことだらけよね」

「はぅ、せめて滅亡の理由がもう少しはっきりわかれば……あっ、クラリーのこと責めてるんじゃないよ?」

「わかってるよ、ナナシュ」

「ボクはこの魔剣の正体が知りたかったな」

「そういえば、魔剣って言葉は出てこなかったのよね?」

「サキ、そりゃそうだよー。魔剣ってボクたちがそう呼んでるだけなんだから」

「……そうだったわね」

「ボクが知りたいのはさ、この浮遊導剣フローティング・ナイフのことだよ。なんであそこの鍵になってたのかな」

「そういえばクラリー、鍵という言葉は出てきたんですよね」

「あ……うん。『鍵はアステルの』って」

「そうそれ! もしかしてそのアステルって人が、浮遊導剣フローティング・ナイフを持ってたのかなー?」

「なるほど……あり得るかも」

「ちょっとチル、どうしてそれミルレーンさんがいる時に言わないのよ」

「いま思いついたんだよー。それに、もしかしたらそうかもねーレベルの話だし」


 チルトの言う通り。もっともらしく聞こえてしまうけど、確定してしまうには情報が足りなすぎる。

 それに……空の研究室に行くための、もう一つの鍵。属性魔法のマナの謎も残っている。



「ね、みんな。ちょっといいかな」


 ずっと黙っていたアイリンが、緊張した面持ちで手を挙げる。なんだろう?


「さっきの空の研究室でね。思いついたことがあるんだ」

「思いついたこと?」

「うん! 空にあるマナの層に、回路が刻んであったのは話したでしょ? あれと同じことができないかなって」


 高密度の分厚いマナの層。研究室の窓から見えた層の表面に、回路が刻まれていた。

 あの研究室は、回路で発動させた魔法で浮いているんじゃないかって考えだ。

 ……テレフォリングを知らないミルレーンさんにそれを説明するのがとても大変だった。


「同じように、空に? 確かにそれは興味あるけど……アイリン、回路を刻もうにも空に行く方法がないよ」


 研究室から外に出ることはできなかった。窓や壁を破壊するわけにもいかなかったし。

 高密度のマナに触れてみたかったけど、諦めるしかなかった。


「だいたい、回路を刻んでなんの魔法を発動したいのよ」

「それはもちろん! 通話魔法だよ!」

「通話魔法を……?」

「回路の魔法がずっと発動してるのはね、高密度のマナに刻んであるからだと思うんだ」

「まーそうだねー。マナがずっと供給されてるわけだし」

「半永久的に発動できるのね。……って、とんでもないわね」

「それだけじゃないよ! どんな大きな魔法でも、刻んでおける!」

「建物、浮かせちゃうくらいだもんね。なるほどです」

「通話魔法を空に刻んでおけば、もっと色んなことができる。使う人の識別はもちろん、遅延も無くせるよ!」

「あ……。そ、それは! そうかもしれないけど……でも、どうやって上に刻むの? さっきも行ったけど、層の上に行く方法がないよ?」

「クラリーちゃん、別に上に刻まなくてもいいんだよ」

「……え? どういうこと?」


 マナの層に回路を刻みたいのに、上じゃなくていい?



「上じゃなくて下! 分厚いマナの層の、回路を刻むの!」


「――!!」



 高密度のマナが層になっていて、表面に回路を刻めるのなら。

 上じゃなくても、底の部分にも刻むことができるかもしれない……!


「もちろんね、底に刻むのだってものすごーく難しいと思う。ぱっと思い浮かばないし」

「……でも、計測器は届いた。上に刻むよりは、まだ方法があるかもしれない」

「うん! やり方はこれから考えなきゃだし、思いついたとしてもとんでもなく大変だと思う。だから……」


 アイリンは勢いよく立ち上がって、



「お願い、みんな。手伝って!」


「もっちろんだよー! そんな面白そうなこと、手伝うに決まってるよー!」

「私も、手伝います。聞かれなくても手伝うよ」

「今さらよ、アイリン。前から言ってるじゃない、手伝うって」

「アイリンがやるって言った時点で決まってる。一緒にやろう、アイリン」

「っ……みんな……!」


 みんなの言葉に、アイリンは少し涙ぐんでいた。

 でもすぐにとびきりの笑顔になって、宣言する。


「ありがとう! みんな! 未分類魔法クラフト部、次の目標は、空に通話魔法の回路を描くことだよ!!」



                  *



 その夜。みんな疲れたのか、ベッドに入ったらすぐに眠ってしまった。


 私は……疲れてはいるけどなんだか眠れなくて、身体を起こしてぼーっと考え事をしていた。



 さっきは話題にあがらなかったけど。

 空の研究室、最下層。

 みんな苦しんでいたのに、私だけなんともなかったのは……。


 やっぱり、マナ欠乏症だからなのだろうか。


 そのことについてみんなが触れようとしなかったのは、たぶん同じことを思ったからなんだと思う。


 苦しがっていたみんなの話を聞いて、マナ欠乏症の発作にとても似ていると思った。

 私はそれに慣れているから大丈夫だった? それとも……?


 もしかしたらマナ欠乏症の治療にも繋がる、なにかがあったのかもしれない。

 でもきっと、それはもう失われて……。

 そう考え始めたら、寝付けなくなってしまった。



「……クラリーちゃん? 眠れないの?」

「えっ、アイリン……起きてたの?」


 隣のベッドで寝ていたアイリンが、むくりと身体を起こす。


「えへへ……通話魔法の回路を考えてたら、眠れなくなっちゃって。クラリーちゃんは?」

「……私も、似たような理由だよ」


 私はちょっと笑って、天井を見上げる。


「今日、色んなことがあったね」

「うん。そうだね~……空の上まで行っちゃった」

「……古代文明、か。いったい、どんなことがあったんだろう。あの研究室を作った人、どうなったのかな」

「ねぇクラリーちゃん。確か、壁に書いてあった手記の一番最後って……」

「うん……」


 文字が完全に消えてしまう、その間際に。

 私は一番最後の行を見た。



『二人を迎えに行く。 クレイド・ターヤ』



「クレイド・ターヤ。それが、あれを書いた研究者の名前なんだろうね」

「放棄するって、やっぱり地上に降りたのかなぁ」

「降りるための準備って言葉もあったし。そうかもしれない」

「じゃあさ、会えたのかな? アステルさんと、イルテさんに」



『人類が滅亡したあの日、私だけがこの研究室に逃げることができた。

 愛する人と、自分の子のように育てた彼を置いて、私だけが』



 研究者クレイドは、地上に残してきた二人のことをとても気にしているみたいだった。

 あの空の研究室で一人、地上に戻るための研究をしていたのかな……。


「……会えたのかもね。なんせ『』だし」

「うん! きっと、会えたんだよね。だとしたらわたしたちのご先祖様?」

「あはは、そうなるね」


 本当のところはわからない。でも……会えてると、いいな。



「ふわっ……。むむ、クラリーちゃん、ちょっと眠くなってきたよ。今なら寝られるかも」

「……私も。少し気が紛れたっていうか……うん」


 私たちは横になって、毛布をかぶる。


「それじゃ……」

「ね、クラリーちゃん。クラリーちゃんも、ね」

「……ん?」

「だいじょうぶだよ。マナ欠乏症の、治療方……探すの。みんな、手伝うから、ね……」

「アイリン……。うん、ありがと。……おやすみ」




未分類魔法クラフト部

クラフト23「過去と私たちを繋ぐ場所」


~第三部・二学期編・1 了~

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