159「刻まれた魔法」アイリン


「はぁ~~、なんだったんだろうね、今の」


 最下層の部屋。中に入った途端、苦しくなって息ができなくなったんだけど……。


「少ししたら苦しくなくなりましたね……」

「なにかの罠だったのかしら」

「うーん、トラップにしては微妙なんだけどなー」


 ナナシュちゃんの言う通り。今はもうぜんぜん苦しくない。

 苦しかったのは開けてからちょっとの間だけだった。


「そんな……私は、なんともなかったのに……」


 何故か、クラリーちゃんだけは部屋に入っても苦しくならなかった。そのことで、逆にショックを受けているみたい。


「文字は完全に消えてしまったか……。クランリーテ、少し読めたんだな?」

「あ……はい。三分の一……いえ、四分の一くらいですけど」

「後で詳しく聞きたい。忘れないうちにメモしておくといい」

「……! そうですね、わかりました」


 まだショックは抜けきっていないみたいだけど、ミルレーンさんに言われて顔が引き締まる。

 わたしはカバンに手を入れて、クラリーちゃんに近寄った。


「はい、クラリーちゃん。わたしのノート使って」

「あ、ありがとう。アイリン」

「えっと……大丈夫?」

「……うん。今はそれよりも、読んだ内容を書き起こす方が大事だから」


 そう言ってクラリーちゃんは、その場にしゃがんでノートに文字を書き始める。

 わたしたちはその間に、部屋を調べることにした。


「すごいなー! ここまで綺麗に残ってる遺跡、どこにも無いよ。あ、さすがに毛布はガッチガチに固まってる。触ったら崩れそう」

「ね、この白い箱なんだろう~? 蓋もなんにもないんだけど、置物かなぁ」

「どれも貴重な発見だな。だが……チルト、この本を見て欲しい」

「本! 本を読めばもっと色んな発見が――あれ? は、白紙……?」

「その本だけではない。ここに置いてある本はすべて、表紙にすらなにも書かれていない」

「チルちゃん、わたしにもその本見せて! ……ほんとだ! まっしろ!」

「本棚の方も同じね。背表紙に文字の入ったものは無いわ」

「何冊か手にとってみたけど、中身は真っ白だったよ。それより……あの、紙が綺麗すぎませんか? まるで新品のようです」

「そうだな。私たちが知っている紙とは作りが違うのだろう」

「なのに文字だけ消えた!? あ、もしかしてインクのせい? 紙は丈夫に作ったけど、インクは長い年月で消えた? ……えぇー?」


 わたしたちが騒いでいると、


「チルト。たぶん……、文字が書かれていたんだよ」


 ノートに書き込みながら、クラリーちゃんがポツリと呟く。


「どういうことだ、クランリーテ」

「壁の文字が消える瞬間、マナを感じたんです」

「クラちゃん、それってマナをインク代わりにしてたってこと!?」

「たぶん。そんなこと、私たちにはできないけど……」

「古代文明の技術、ということか」


 マナで文字を書く、かぁ……。

 魔法を使ってる間だけ文字を表示するとかなら、がんばればできるかも。

 でもそれを壁とか紙に残しておくなんて、できないと思う。


「でもクラリー。だったらなんで消えちゃったのよ?」

「それはわからないけど……」

「んんー。さっきの苦しかったのが文字を消すトラップだった? いやでもなー。違和感あるなー。消す必要なんてないもん」

「あれがトラップだったとするとだ。扉を開ける手順を間違えた可能性がある。正しい手順で開かないと文字が消える罠だ」

「おぉー、さすがミルレーンさん。壁の文字を読まれちゃ困る人がいたのかなー。うーん」


 うーん……本当に、そうなのかな。

 チルちゃんとミルレーンさんも、そうは言ったものの納得はしていない、という顔だった。


 わたしはちょっと部屋を出て、窓の外を見る。

 いつの間にか雲が晴れて、青い空と青い海がどこまでも広がっている。


(すごい眺めだなぁ……こんな景色、普通なら一生見られないよ)


 本当に、ここは空の上なんだ。

 とんでもなく高い塔っていうんじゃない。

 なにもないところに、浮いてる……。


「あっ……」

「アイリン、ノートありがとう。読めたところは書き写せたよ。……どうかしたの?」


 後ろから、クラリーちゃんの声。

 わたしは振り返らずに、窓の外を指さす。


「見て、クラリーちゃん。ここの下……」

「下? うわ、雲が晴れて下まで見えるようになってる。あれ……海、だよね」

「うん、ものすごーく下の方にだけど、海が見えるよ」

「ナハマの真上にいるんだと思ってたけど……違うね。見渡す限り海だ。アイリン、他の窓からも見てみよう。どこか大陸が見えるかも――」

「待って、クラリーちゃん」

「……アイリン?」


 クラリーちゃんの言う通り、真下が海なのは驚きだ。

 でも、もっと見てもらいたいものがある。


「クラリーちゃん、マナ計測器の打ち上げ、覚えてる?」

「もちろん。……あっ、そうだ。空にはとんでもない密度のマナがあるんだった」

「うん。きっとね、高密度の分厚いマナの層があるんじゃないかな」

「マナの層……って、アイリンまさか」

「この建物、んだと思う」

「……!! いやでも、こんな大きな建物を乗せられるほど? マナ計測器だって、結局落ちてきたよ」

「そうだよね。でも、ね。クラリーちゃんなら見えると思うんだ」

「私なら見える? ――ちょっと待って」


 クラリーちゃんが、窓の外をじっと見つめる。

 その横顔が、みるみるうちに驚きへと変わった。


「…………え? な、なに、これ」

「見えた?」


 建物の下に、分厚いマナの層がある。

 そしてその表面には、巨大で、複雑な模様が刻まれていた。


 たぶん、クラリーちゃんとわたしにしか見えない。これは――


「――回路なんだと思う。マナに、直接回路が刻まれてるんだよ」

「回路って、アイリンがテレフォリングとかに使ってる」

「うん。こんなに大きな回路、どんな魔法かわからない。けど、ずっと発動し続けてる。だから、たぶんこれは!」

「っ!! ……!」

「うん、きっとそうだよ!!」



 すごい……なんて言葉じゃ、言い表すことが出来ない。

 古代文明の技術は、想像も出来ないくらいとんでもないものだった。


 遙かな高みから見せつけられた、圧倒的な魔法。理解不能な技術を――。

 わたしたちは今日、何度も、何度も、感じさせられていた。

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