157「最下層の部屋」アイリン


「どうやらここは円柱状の建物のようだな。いくつかの階層に分かれている。最初にいたのは、一番上の階だったようだ」



 ナハマ空洞にいたと思ったら、わたしたちは空の上の建物にいた……。

 もうなにがなんだかわからないよ。あの隠し部屋で、いったいなにが起きたの?

 最初はものすごく混乱してたんだけど、


「みんなー! とにかく探索してみようよ! これが大発見なのは間違いないんだからさ!」


 チルちゃんの言葉に、みんなハッとする。

 そうだよ、大発見だよね!

 今度は興奮しちゃってやっぱり落ち着くことができないけど、パニックからは立ち直った。

 とにかくこの場所を調べないと!


 廊下を進んでいくと端に階段があって、そこから下に降りていけることがわかった。

 わたしたちは階を一つずつ探索していく。



「この階は大きな広間が二つあるだけだったねー」

「そうね。上の木造と違って、灰色の変わった材質ね。冷たくて固いわ」

「ここも装飾品の類はありませんね」



「もう一つ下は、部屋が三つあるね。上と違って壁が真っ白でツルツルしてる」

「清潔感があるわね。でも、どの部屋も扉が無いわ」

「ね、チルちゃん! これってベッドかな?」

「ちょうどいい大きさの台があるねー。あれ、これ床にくっついてる」

「隠し部屋の円柱もそうだけど、床と一体にするのが主流だったのかな?」



「ふむ。さらに下は、また部屋が多いな。ここも扉が無いが……」

「ざっと見て回りましたけど八部屋ですねー。四つはベッドみたいな台があって、残りの四つは棚みたいなのがありましたよ」

「ベッドがある方は、上と同じで白い綺麗な壁ね。棚の方は、二つ上の灰色の壁よ」

「棚のある方は倉庫かなにかでしょうか?」

「あー、そうかも。古代遺跡で見付かる部屋に似てるかなー」



「しかしここまで調べたが、まるで生活の痕跡が見付からなかったな。ここも住居ではないのか?」

「どうですかねー。ボクには未完成の部屋に見えましたよー」

「そうね、言われて見ればそんな感じもするわ……」

「ふむ……この建物は作りかけだったということか?」



 四階分を調べ終えて。みんな意見を交換し合う。

 未完成、作りかけの建物だとして、いったいなんのために作ったんだろう?

 部屋がいっぱいあるだけで、なにも手掛かりがなかった。

 もう階段は無いから、ここが最下層みたいだけど……あれ?


「ね、クラリーちゃん。ここ見て」

「なに? アイリン」

「この部屋とこの部屋の間。なにか違和感があると思わない? 前にも感じたことのある違和感」

「え? ……って、もしかして、うちの?」

「そうそう! 入口と入口の間が妙に空いてるなーって。クラリーちゃんの家の隠し部屋と似てる!」


 みんなでクラリーちゃんの家に泊まった時に発見した、隠し部屋。

 あの時違和感に気付いたのはチルちゃんだったけど、それと同じ違和感をこの部分にも感じる。


「いや、だからって隠し部屋があるとは限らな――」


 言いながら、クラリーちゃんが壁に触れた瞬間。


 スッ……。


 静かに、音も立てずに壁が消えた。


「え……えぇぇ!?」

「み、みんな来て! ここ、もう一つ階段がある!」

「おぉー! アイちゃん、クラちゃんすごい!」

「隠し階段か? よく見付けられたな」

「アイリンに言われて、壁を触っただけなんですけど……」

「お手柄だね、アイリンちゃん」

「えへへ~」

「あれ? ボク壁を触りながら見て回ったんだけどな……まいっか! 降りてみよう! きっとこの下が本当の最下層だよ!」


 ミルレーンさんを先頭に(チルちゃんは止められた)、狭い階段を降りていく。

 すると、一番上の階と同じ景色が現れる。木造の床と壁、嵌め殺しの窓。ぐるっと弧を描く廊下。


「そういえば結局、開く窓は一つも無かったわね」

「ここのも全部開かないですね」

「やっぱり、あの一番上の部屋が出入り口ってことかなー?」

「そういうことになるのかな……」


 わたしたちはナハマ空洞からここの一番上の部屋に。

 一瞬で飛ばされた。

 最初は混乱してみんな受け入れられずにいたけど、冷静になるにつれて認めるしかないと思い始めていた。


「ま、それは最後の部屋を調べればわかるかもよ。ここに出入り口がなければ、確定だからねー」


 廊下を進んでいくと、これも一番上と同じように中央の部屋に入る扉があった。

 ただ、大きな両扉に鉄のパイプが三本、閂のように通されていて、がっちり施錠されている。


「これは……絶対なにかあるわね」

「皆、気を付けろ。鍵穴は特にないが……むっ?」

「あれー? これ、こっちからなら普通に開けられません? この閂動かせますよ」

「……そうだな。よし、開けるぞ。下がっていろ」


 ミルレーンさんが扉を操作し、閂を外す。

 そして扉の把手を掴み、開いていくと――。


「わあ……すごいよ、この部屋……」


 向かって左の壁に大きな本棚と、なんだかわからない真っ白な縦長の箱。

 一番奥にはベッドが。毛布までかかっている。脇には小さなテーブルがあって、いくつもの本が乱雑に置かれていた。


 間違いない。ここに、誰かがいた。

 初めて見付けた生活の痕跡。


 そしてそれらとは対照的に、向かって右側にはなにも置いてなかった。

 一面黒い壁で、そこにはびっしりと……。


「あれは、まさかか? ――ぐっ、む」

「え、ミルレーンさん!?」

「大丈夫ですか!」


 ミルレーンさんが部屋に入ろうとして、突然その場にかがみ込んでしまう。

 慌ててナナシュちゃんが駆け寄る。どうしたんだろう……。


「く、苦しい……ナナシュ、下がれ。ここに入っては、いけない……」

「え? でも……っ!! く、なに、これ……息が……」

「ナナシュちゃん!?」

「サキ、一緒にミルレーンさん引っ張るよ!」

「わかったわ!」

「アイちゃんとクラちゃんは、ナナちゃんを――ってクラちゃん?!」


 チルちゃんの声にハッとなって顔を上げる。

 見ると、いつの間にかクラリーちゃんが部屋の中に入っていて、黒い壁の前に立っていた。


「クラリーちゃん戻って!!」


 咄嗟に腕を伸ばして――膝が崩れる。力が入らなくて、両手を床についた。


「だめ、届かない――う、くぅ……」


 なに、これ……部屋に入った途端、苦しく、なって……息が、できない。なのに……。



「『人類が滅亡したあの日、私だけがこの研究室に逃げることができた』」



「クラリー……ちゃん……?」

「あぁ、読める……! 読めるよ! 本当に、私たちでも読めるんだ……!」


 ……なんともないの……?


 クラリーちゃんは食い入るように壁の文字を読み続けていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る