151「待ってたよ」アイリン


「あ、事情はわかってるよ。さっきヘステル先生から聞いたからねー。よっと」


 チルちゃんが木から飛び降りて、着地すると同時に。

 わたしはチルちゃんに飛びついていた。


「チルちゃぁぁぁぁん!!」

「うわっと。あらら。アイちゃん、ボクがいなくて泣くほど寂しかった?」

「えっ……」


 顔を上げると、チルちゃんはわたしにだけ見えるようにウィンクをする。

 チルちゃんがいなくて寂しかったのは本当だけど……。

 もしかして、わたしが泣いてたの気付いて?


「そ、そうだよ! 当たり前だよ~!」

「そっかそっか。よしよし」


 わたしは慌てて涙を拭く。

 ありがとう、チルちゃん。今は、チルちゃんの優しさに甘えさせてもらった。



「チルトちゃん……本当に、チルトちゃんだ……っ」

「あ、ナナちゃん久しぶりー、って、うわ?」


 ぎゅっと、ナナシュちゃんがわたしごとチルちゃんを抱き締める。


「あ、あれ? ナナちゃんもそんなに寂しかった?」

「……当たり前です」

「チルト、みんな同じだよ。当たり前」

「クラちゃんまで。もうしょうがないなー。……でも、なんでサキはボクのこと睨んでるのかな」


 振り返ると、サキちゃんだけは少し離れたところからチルちゃんのことを睨んでいた。


「……今日帰ってくるなんて聞いてないわよ」

「うん、本当は明日だったんだ。中間試験は免除だったし。でもなーんか嫌な予感がしてさー。一日早いバスにしたんだ。まだみんないるかもって学校来たら、ヘステル先生とばったり会って。事情を聞いたってわけ。こういう勘って当たるもんだねー」

「そうなの? チルトすごいね――」

「騙されちゃだめよ、クラリー。どうせあたしたちを驚かせようと思って早くしたんでしょ?」

「――って、えぇっ?」

「あ、バレた? へへへ。いやでもさ、嫌な予感がしたのも本当なんだってば。ボクの勘の良さはサキも知ってるでしょ?」

「どっちでもいいわよ。まったく。チルはいつもいつも――」


 ふわっ。突然、チルちゃんがするっといなくなって、抱きついていたわたしとナナシュちゃんが転びそうになる。


「――ただいまっ! サキ!」

「なっ! ……おかえり。チル」


 見ると、チルちゃんはいつの間にかサキちゃんに抱きついていた。



                  *



「それで? チル。アカサ留学はどうだったのよ」

「やー、行ってよかったよ。現役バリバリの探検家の話も聞けたしね。いい経験になったなー」


 再会を喜び合って、落ち着いたところで。

 さあ特訓再開――とはならず、わたしたちは中庭のベンチに座ってチルちゃんが買ってきてくれたお土産を食べていた。

 授業が終わってから休みなく魔法の練習をしていたから、そろそろ一休みしない? って、わたしが提案した。

 ……このまま闇雲に続けても上手くいかない気がして。たぶん、みんなも同じことを思ったのかな。そうしようって言ってくれた。


 ちなみにチルちゃんのお土産は『船乗りのこいびと』という、アカサ定番のお土産。

 チョコレートを挟んだ焼き菓子で、ついパクパク食べてしまう恐ろしいお菓子だ。


「それよりさ、ボクもみんなに真っ先に話したいことがあるんだよねー。アカサから見たターヤのこと」

「チルト……。なにか、収穫あったの?」

「んー、収穫っていうのかなー。あ、そういえば猫アレルギーの薬の話、もうアカサでも噂になってるよ。さすが情報早いよね」

「えぇ? こっちで販売開始して、まだ二週間くらいしか経ってないのに」

「つまり、その前からある程度情報が流れていたってわけね」

「そういうものなんですか……?」

「ナナちゃん、アカサの情報収集能力を侮っちゃいけないよー。諜報員の噂は知らない? いやぁさすが探検家の街だよ」

「確かに、そういう話はよく聞くね」


「向こうはさー、新しいものをどんどん取り入れてる。魔剣と古代遺跡の研究もかなり進んでてねー。……というより、ターヤがすっごく出遅れてる感じ」

「ターヤが遅れてる……それって」

「もしかして、この学校のせいですか?」

「半分正解かな。ターヤ王国自体は、遅れてることに焦りを感じてるんだけどねー」

「……そっか、だから魔法騎士、ミルレーンさんの第四隊が、魔剣や未分類魔法のこと調査してるんだ」

「そういうことー。でもどうも、魔法学校を中心に邪魔をする人たちがいて、魔剣の研究はまだするべきではないって考えが根強いんだ」

「そうね……。魔剣の研究は、古代文明が滅んだ理由に繋がっているのかもしれない。属性魔法の研鑽は危険が起きても対応できるようにするためだって、オイエン先生も仰っていたもの」

「なるほど、国のスタンスの問題ってわけか」

「だねー。ま、それもあって国はナハマ空洞の大調査をしたいみたい。なにかあるのはわかった、他国にバレる前に発見したい。ってね」

「……バレてないの?」

「決定的なことはバレてないね。ただ大調査をしようとしている動きはバレてるから、なにか発見したんじゃないかーって思われてるよ」

「なるほど……」

「魔法学校も、魔剣の研究は反対できるけど古代遺跡の調査までは意見できない。というわけで、国はそこに活路を見いだしてるってわけ」

「ナハマでなにか見付かった際に、主導権を握りたいのね」

「それもあるし、新しい発見があれば魔剣の研究も進むかもしれないって考えてる」


「なるほど。でもチルト、そうなるとこの魔法学校って外からはどう思われてるんだろう。ターヤの足を引っ張ってるとか、思われてる?」

「ボクもそう思ったんだけどさ。意外とそうでもないんだ」

「どうしてよ?」

「やっぱり属性魔法の研鑽をして、生活に役立つように、誰でも使えるように広めた功績は大きいんだよ。例え他で遅れを取っていても、属性魔法でなんとかできるだけの地力があるんだよねー。しかもそれを今も磨き続けてる」

「とても無視できるものではない、と」

「そういうこと。遺跡探索なんかでも、やっぱり魔法士の存在は大きいからさ。むしろアカサではありがたがってるよ。魔法学校卒業の魔法士は優秀だって評判なんだ」



 チルちゃんたちの話を、わたしはぽかーんと聞いてた。

 す、すごい……。なにを話しているか一応、いやギリギリ、なんとなくわかるんだけど、ぜんぜん話に加われなかった。


 でも……やっぱりこの学校は、属性魔法のための学校。

 属性魔法を世の中に役立てるために。研鑽を続けているんだ。


 国の外から見ても、その認識は変わらない。

 だとしたら、わたしのしてることって……。



『この学校は、属性魔法を学ぶ場所だと言っただろう。属性魔法を高めるため、ここは清らかな場所でなくてはならない。異物が混ざるなど、私は我慢がならないのだ』



 ……やっぱり、ベイク先生の、言う通りなのかな……。



「あ、そうだ! クラちゃん、お姉さんに会ったよー」

「え――えぇっ!? カラー姉さんと?」


 クラリーちゃんのお姉さんって、確かカラートゥスさん、だっけ。

 アカサに留学中なんだよね。


「クラちゃんの友だちだって言ったら、ご飯食べに連れてってくれたよ。お父さんも一緒に」

「そ、そうなんだ。ていうか父さんまで……。なんかちょっと恥ずかしいな」

「カラーさん、すっごく綺麗な人だねー。あんな美人が、学校ではツナギを着て造船について学んでるっていうんだから想像つかないよ。あ、クラちゃんにお土産預かってるから、後で渡すねー」

「あ、あはは……。カラー姉さん、いま、どんなことしてるって?」

「んー、船の新しい動力の研究かな」

「動力の?」

「あっ、それわたしも気になるっ。教えてチルちゃん!」


 こういう話はわたしも好きだし、ちょっとはわかるはず。

 さっきの暗い気持ちを隠すように、身を乗り出して聞こうとする。


「もちろん。今の船ってさ、主に風魔法が動力になってるでしょ?」

「帆船だね! バスと同じで後ろに風を噴き出して前進、あとは自然の風を帆で捕まえるの」

「アイちゃん詳しいじゃんー。それをさ、水属性魔法にできないかって研究してるんだって」

「え、水属性魔法に?」

「海水を取り込んで、後ろに噴き出して進むようにするって言ってた」

「……なるほど。もともとある海水を使えば、マナも少なくて済む」

「あぁ~! それはそうだよね」


 なにもないところに風を吹かすより、海水を使って水属性魔法を使った方が、マナの消費も威力も違う。さすがにそれくらいはわたしでもわかる。


 風属性魔法で動かしていたのを、水属性魔法に、かぁ……。


「なにより、船をちょっと改造するだけで出来るってのが大きいみたい」

「そうなの!? ……そっか、魔法を置き換えるだけでいいんだもんね」

「海水を汲み取るパイプがもうすぐできるから、そしたら試験運航するんだって」


 魔法道具から魔法を噴出する動力室。そこに海水を汲み取るパイプを繋げる。

 そうすることで……魔法を置き換えて、新しい動力に……。


「魔法を置き換えるために……動力室に、パイプを? ………………あぁっ!!」

「うわ?」


 わたしはガバッとベンチから立ち上がる。そのまま飛び上がりそうなくらい勢いよく。


 きた、ビビビッときた!!


「そうだ、これだよ! こうすればいいんだよ!」

「あ、アイリン? どうかしたの?」

「わかったんだよ、クラリーちゃん!」

「なにを……って、まさか」

「うん! 属性魔法をイメージする方法!」

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