150「特訓開始」アイリン


「――間一髪だったわね、アイリンさん」


 ヘステル先生の研究室に場所を変え、わたしたちはようやくさっきの出来事について話すことができる。今は、道すがら合流したナナシュちゃんに説明をして、一息ついたところだった。


「うぅ、平均点以上って、ぜんぜん助かってないよう……」

「アイリン、それは違うよ」


 落ち込んでいるわたしの肩に、クラリーちゃんがぽんと手を置く。

 サキちゃんも後ろから背中を叩いて、


「そうよ。ヘステル先生が来なかったら、問答無用で退学にされていたのよ?」

「あ……」

「それを中間試験の結果次第にすることで、特訓する時間もできた。平均点以上は確かに難しいかもしれないけど、諦めるのは早いよ」


 そっか、そういうことだったんだ。さすが、クラリーちゃんとサキちゃん。先生の意図をちゃんと理解していたんだね。


「ヘステル先生っ。助けていただいて、ありがとうございます!」

「……いいえ。結局、あなたが頑張らないといけないのよ。本当はもっと強引に庇う手もあった。ですが」

「あたしとクラリーが、それを拒否したのよ。あそこで強引に庇ってもらうと、ヘステル先生の立場が危うくなるかもしれないでしょ?」

「アイリンなら大丈夫だと思ったから。信じて、庇ってもらわない選択をしたんだよ」

「サキちゃん……クラリーちゃん……!」


 わたし、ぜんぜんわかってなかった。あの時、そんなやり取りがあったなんて。


 やっぱり……助けてもらってばっかりだ。

 せめて、二人の期待に応えられるようにがんばらなきゃ。


「私もその場にいたかったです。サキちゃんから聞いていましたが、ベイク先生……そんな先生だったなんて」

「アイリンが授業で当て続けられてたのだって、絶対ベイク先生の差し金よ」

「ええ。例の薬が評価されたこともあり、強硬手段に出たのでしょう」

「だとしても酷くありませんか? 異物だなんて……」

「……あの人は、少し――いえ、かなり歪んでいますが、属性魔法と学校のことを第一に考えているのです。それを汚すものは、例え生徒だろうと徹底的に排除しないと気が済まない。潔癖症なのよ」

「確かに、そんな感じのこと言ってましたね」

「私は未分類魔法と関係無く、あの狐とはわかり合えません」

「あ、あはは……」


 ヘステル先生、この間もちょっと思ったけど、ベイク先生のこと嫌いみたいだ。


「アイリン、中間試験まであと10日ある。さっそく今日から特訓するよ」

「あたしたちも協力するわ。頑張りましょう」

「アイリンちゃんなら大丈夫です。私も手伝うね」

「みんな……うん! わたし、がんばる!」



                  *



 それから毎日。学校の中庭でわたしの特訓が始まった。



 1日目。


「たぶん、アイリンは普通のイメージ方法だとダメだと思うんだ」

「どういうことですか? クラリー」

「未分類魔法のイメージが強すぎるんだよ。だから、複製する魔法の時みたいに、なにか新しい方法を考えた方がいい」

「新しい方法かぁ……うーん」

「こないだ私が話した四つの箱のこと。覚えてる?」

「四属性のイメージの話よね。あたしも試したけど、なかなか上手くできなかったわ」

「実は私も、まだイメージを一つにはできてないんだ。……で、アイリンの場合、それとも違うんだよね」

「どういうことですか? クラリー」

「前にアイリン、未分類魔法の部屋が大きすぎて、なかなか属性魔法の部屋に辿り着けないって言ってたでしょ?」

「うん、言ったかも。そうなんだよね~。やっぱりどうしても未分類魔法が真っ先に思い浮かんじゃうんだよ」

「アイリンの場合、未分類魔法の箱っていうか、部屋……いや、大きな家みたいなものがあるんだと思う」

「大きな……家?」

「属性魔法はその隣りに置かれた小さな箱。だから……」

「あ……すごいクラリーちゃん! 確かにそんなイメージかも!」

「複製する魔法は、未分類魔法だってイメージすることで無理矢理属性魔法を引っ張りだしてた。今回もそんな風に、未分類魔法のイメージを活用した新しい方法を考えた方がいいと思う」

「なるほどね。でもクラリー、なにか案があるわけじゃないのよね?」

「……うん、ごめん。だから思いつくまでは、基礎を固めるしかないかも」

「そうだね。ひたすら練習した基礎は裏切りません。絶対にアイリンちゃんの力になるはずだよ」

「うん、わかった!」



 3日目。


「基礎は裏切らない。……そのはずなんだけど」

「どうしてよ……。最初のうちは呪文を使った方が上手く魔法を発動できてたじゃない」

「今はむしろ呪文使わない方が上手く使えてます。どうしてだろう……」

「ううぅ……。あのね、呪文に慣れてくると余裕ができちゃって、ついつい未分類魔法を思い浮かべちゃうんだよ」

「……それなら呪文を使わない方がイメージできるってことか。まぁそれで上手く魔法が発動できるならいいんだけど、平均以上になっているわけではないのが問題だね」

「やっぱり、新しい方法を見付けないとダメなのかしら」

「うーん……」



 5日目。


「……思いつかないわね」

「複製する魔法で属性魔法が使えてるんだから、やり方次第のはずなんだけど……」

「あれって、実際にそういう未分類魔法を使っているわけじゃないのよね? アイリン」

「うん。複製する魔法! ってイメージをして、属性魔法を使ってるんだ」

「そこにヒントがある気がしますね」

「私もそう思う。でも……思いつかない」



 7日目。


「結局、引き続き基礎を固めてきたけど……うーん」

「こ、これでもダメなの~?」

「はぅ、属性魔法科だと平均点も高くなるんだね……」

「……というより、ある一定以上を越えられない。壁に当たってるんだと思う」

「う、うん……クラリーちゃんの言う通りだと思う。これでもね、少しは属性魔法をイメージできるようになってきたんだよ? でもこれ以上、どうしたらいいかわからないっていうか」

「やっぱり、新しい方法が必要のようね。でも思いつかない。……困ったわね」

「アイリンちゃん。複製する魔法って、やっぱり時間が開いたりするとダメなんだよね……?」

「うん~……。魔法を見てすぐ使わないとダメかな。イメージできなくなっちゃう」

「試験は一人で連続して魔法を使うことになるから、どっちにしろダメよね」

「はぅ、ごめんね。役に立てなくて」

「ううん! そんなことないよナナシュちゃん。……そうだ! 複製する魔法で使った属性魔法を、何度も使えばイメージを覚えられるかも!」

「いいわね。やってみましょう、アイリン」



 そして、10日目。


 複製する魔法を連続で使う方法は、ぜんぜんダメだった。

 もう二回目から同じ魔法とは言えないくらい小さな魔法になっていた。


「たぶん、二回目から属性魔法だっていう意識が強くなっちゃうんじゃないかな」


 クラリーちゃんにそう言われて、たしかにそうだー! ってなって。

 サキちゃんに、じゃあダメじゃない! ってつっこまれた。



 クラリーちゃんの言う様に、わたしは未分類魔法の大きな家があるせいで、属性魔法のイメージがなかなかできない。

 それってつまり、属性魔法のキャパが小さいってことなんだよね。一定以上を越えられない、壁に当たっちゃうのは……そういうことなんだと思う。


 今日までの特訓で、わたしがとことん属性魔法に向いていないことがわかった。

 だけど、それでも平均点以上を取らないといけない。


 問題はわかっているのに、とうとう解決方法が見付からなかった。

 中間試験は、もう明日なのに。



「複製する魔法は、未分類魔法のキャパを使ってるから大きな魔法を使えるんだよ。だから、違う方法で同じようにキャパを使えば」

「だから、その違う方法が思いつかないから困ってるんじゃない」

「……うん」

「はぅ……。私たちは、普通に属性魔法をイメージできてしまいます。だから思いつかないのかも……」

「アイリンが自分でその方法を見付けるしかない、か。でも、それじゃ……!」

「うぅ……」



 自分で見付けるしかない。


 そう言われて、いっぱいいっぱい考えたのに。必死で考えたのに。

 やっぱり、なにも思いつかない。


 クラリーちゃんたちも、そう言いながら色んな案を出してくれたんだけど……どれも上手くできなくて。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。



 もしこのまま、平均点以上を取れなければ……。


(退学……)


 わたしはそっと、みんなから顔を背けた。

 だめだよ、今泣いたらだめだよ。


 退学になったら。もう、みんなと未分類魔法を研究できない。

 放課後部室に集まって、お喋りもできない。

 遊びに出かけることもできない。

 みんなと一緒にいられない。


 そう考えただけで、胸が張り裂けそうになって、勝手に、涙が……。


 だめだってわかってるのに。まだ諦めちゃだめなのに。みんなは諦めてないのに。

 もう……わたしは……。



「やー、苦戦してるみたいだねー。?」



「……え?」


 今の声って――。


「こっちこっち。上だよー、アイちゃん」


 中庭にある大きな木。

 声のする方を見上げると、


「……チルちゃん!」


 枝に座ったチルちゃんが、笑顔で手を振っていた。

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