149「属性魔法を学ぶ意志」アイリン


「ベイク先生。アイリンに、何の用ですか?」

「どきなさい、サキ、クランリーテ。ここは学校で、君たちは生徒だ。教師が勉学のことで生徒と話をするのは、普通のことだろう」

「…………」


 クラリーちゃんとサキちゃんは、黙ってわたしの前を開ける。


「よろしい。アイリン・アスフィール。他の先生から聞いたぞ。属性魔法がまったく使えないそうだな」

「えっ……」

「なっ、まったく使えないわけじゃありません!」

「そうよ! アイリン、確か赤点は取っていないわよね?」

「クランリーテ、サキ。まだ邪魔をするのか。黙っていなさい。私はアイリンと話をしている」

「くっ……」

「授業についていけないのだろう? だったら、使えないのと一緒だ」

「うぅ、そんな……」


 わたしが肩を落とすと、上からため息が聞こえた。


「君はわかっているのか? ここは、属性魔法を学ぶための学校だ。四大属性はすべての基礎。生活を支え豊かにする偉大なる力なのだ。この崇高な力を技術に変え、研鑽する。それこそが魔法の道。魔道と呼ばれるもの。……君には、この偉大な力を学ぶ意志があるのか?」

「え、えっと……わたし、は」

「まだ一年の二学期だ。多少本格的な実技が増えたが、これからさらに厳しくなるぞ。なのに君は、もう置いていかれ始めている」

「…………うぅ」


 なにも言い返せなかった。

 わたしは授業についていけてない。授業で当てられてなくても、きっとその焦りは変わらなかったと思う。


「いいか、アイリン。私は……嫌なのだよ」

「え……?」

「この学校は、属性魔法を学ぶ場所だと言っただろう。属性魔法を高めるため、ここは清らかな場所でなくてはならない。異物が混ざるなど、私は我慢がならないのだ」

「……っ!」

「い、異物って!」

「ベイク先生、さすがにその言い方は!」

「黙っていろと、言ったぞ。異物に決まっているだろう? 属性魔法を学ばず、よりにもよって未分類魔法など……」

「わ、わたしはっ」

「そのせいで有能な生徒が汚れていく。それは決して許されないことだ」

「あっ……」


 一瞬、クラリーちゃんとサキちゃんと目が合って、わたしは慌てて顔を伏せてしまった。

 二人のことだ。わたしが、二人を……。


「アイリン!? せ、先生! 私たちは汚れてなんか! ――ッ!」

「そうです! あたしたちは自分の意志で、アイリンに! ――うぐっ!」


「しつこいぞ。黙れと言っただろう」


「え? ……クラリーちゃん! サキちゃん!」


 顔を上げてみると、二人の顔に宙に浮いた水球が押しつけられていて、苦しそうにもがいていた。


「ベイク先生、やめて……やめてください!」

「話の途中だ、アイリン。いいか、私は未分類魔法の研究に反対しているのではない。。そう言っているだけだ。どうしてもしたいなら、他所の学校に編入しろ」

「そ、そんな……」

「もっとハッキリ言おうか。我々は、君を退学させることもできる。今の成績なら、容易たやすくな」

「えっ……!」


 た、退学? 学校を……辞めさせられる?


「あ……わ、わた、し……」



「なにをしているのですか、ベイク先生」


 バシュッ! バシュッ!


 赤い光が見えたと思った瞬間、クラリーちゃんとサキちゃんを苦しめていた水球が破裂して消えた。

 今の声は……。


「おや、ヘステル先生。私はただ、指導を行っていただけですよ」


 ヘステル先生……!

 先生が、クラリーちゃんたちを火属性魔法で助けてくれたんだ。


「指導ですか。行き過ぎに見えましたが」

「ヘステル先生に言われるとは思いませんでしたね。……この二人の態度が少々悪かったもので。静かにしてもらっていたんです」

「……そうですか。おい、クラフト部」


 ヘステル先生はベイク先生との間に入って、わたしたちをじっと見る。

 そして声に出さず、口元を動かした。



『か ば う か?』



 ……庇うか?


 それを見て、クラリーちゃんとサキちゃんは――。


「ベイク先生! いきなり退学なんて、やめてください!」

「アイリンはずっと、属性魔法も頑張って勉強してきたわ。だからっ」

「すぐに授業にもついていけるようになるはずです!」


「ダメだ。人は急には変わらない。こういうことは、早い方がいい。お互いのためにもな」


「ベイク先生。待ってください」


 ヘステル先生が振り返り、ベイク先生の方を向く。


「彼女たちは、私が直接指導を行っています。それは以前にも伝えましたね」

「ええ、もちろん。ただ、黙っていられなかったんですよ」

「そうでしょうね。しかし、私が指導をしている最中なことに変わりは無い。このまま退学となれば、私の指導が甘かったということになります。……退学の件、次の中間試験で判断してはどうでしょう」

「……ほう」


 中間試験……そういえば、今月に。


「そこで赤点を取るようならば、私も引き下がりましょう。ベイク先生にお任せします」


 赤点……。そ、それならきっと大丈夫。一学期も問題なかったから。


「……わかりました。いいでしょう、ヘステル先生。その話に乗りましょうか」

「では――」

「ただし」

「――ッ!」


 ぞくっとする。

 ベイク先生の狐のような細い目が、わたしを射貫いた。


「赤点程度では困る。平均以上を取れなければ退学だ」

「え……」

「すぐに授業についていけるようになるのだろう? それくらい簡単なはずだ。いいですね、ヘステル先生?」

「……わかりました、その条件でいいでしょう」


 ベイク先生は満足そうに頷いて教室を出て行く。

 わたしはぽかんとしてしまって、声を出せなかった。


 え……まって、ヘステル先生、ベイク先生。

 平均以上なんて、今のわたしじゃ届かないよ!

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