146「四つの箱」クランリーテ


 私はマナの流れを感じることができる。

 それは、自分の身体の中にあっても同じことだった。


 もちろん、誰だって魔法を使おうとすれば自分のマナを感じる。

 私の場合それが形まではっきりとわかるというだけ。

 でもおかげで、よりマナをイメージしやすくなり、細かいコントロールができる。それがわかった。


 問題は、刻まれた四つの区切りのせいで、一つにするのが簡単じゃなかったこと。

 長年学んできたことが、ここに来て障害となる。


 じゃあ、これまでのことは無駄だった?


 そんなことはない。基礎が無ければ、ただ大きいだけの魔法になってしまう。

 ううん、もしかしたら魔法が成り立たず、暴発してしまうかもしれない。

 属性魔法の鍛錬が必要だったのは間違いない。


 そして……。


「これまでのことは無駄じゃない。私の中には、確かに四つの箱がある」


 本当は箱なんてなくて、四つ分のマナで一つの大きな魔法が使える。

 でも、だったら。



 

 



 私は試しに、取り込んだマナを四つに分けて、移動させていく。

 くっついてしまわないように四隅へ。しっかり区切っておく。


 魔法はイメージ。

 通常、複数の魔法を同時に使うことはできない。

 それは複数の違うイメージを同時に行うのが不可能とされていたからだ。


 でも自分の中に、四つの箱があると認識できれば――。


 右下のマナに、火を灯す。

 その上に風を起こし。

 隣りに土を動かし。

 下に水を流す。


 マナの存在をはっきりと感じることができるから。四つの箱を意識できるから。

 異なるイメージを維持することができる。


(そう、そのまま、魔法に)


「炎よ、風よ、大地よ、水よ。四つの箱より撃ち出せ、エレメンタルショット!」


 腕を伸ばし手のひらを前に、魔法の名前を叫び――



「――うわっ!」


 シュパパパパッ!!


 右上から左下まで四方向に魔法が撃ち出され、パンッと小さな音を立てて消えた。


 魔法はかなり小さかったし、ほとんど飛ばずに消えてしまったけど……。


「四つとも違う属性だった……」


 伸ばしていた手をぎゅっと握る。


 できる。私なら、四つの箱で複数の魔法を同時に使うことが。


「……よし! もう一回――」



「クラリー? こんなところに居たのね。いつまでたっても下りてこないんだから」

「――って、母さん?」


 見ると、屋上の出入り口から母さんが顔を出していた。

 よく考えたら晩ご飯の時間はとっくに過ぎてる。でも、今はそれどころじゃない。もっと複数同時魔法を練習したい。


「帰って来た時に言ったでしょう? あなたにお客さんが来てるから下りて来なさいって」

「……え?」


 全然聞いてなかった。でも私にお客さんって……あ。


「随分と熱心だな、クランリーテ」

「ミルレーンさん! す、すみません!」


 魔法騎士、第四隊隊長ミルレーンさんが母さんの後ろから姿を現わした。


 そうだった、すっかり忘れていた。


「ナハマ空洞調査の件で、話しに来たのだが」

「……はい」


 昨日の朝、学校に行く前にミルレーンさんが家を訪ねてきた。



『クランリーテ。以前にも話したが、ナハマ空洞の調査に同行して欲しい』



 私はそれに対して……すぐに返事ができなかった。

 魔法のことで悩んでいる私が行って、役に立てるのか。迷ってしまったから。

 でも夏休みのナハマ旅行の時に、協力するって約束したし……。


 と、私が困っていると、ミルレーンさんは明日また来るから続きはその時に、と言ってくれた。


 これが、私のもう一つの悩み事だった。でも……。


「ミルレーンさん、お待たせしてすみませんでした。約束通り、調査に協力します」


 もう私は大丈夫だから。真っ直ぐミルレーンさんの目を見て返事をする。


「ただ……」


 私は魔法のことで悩んでいた。壁にぶつかっていたんだと思う。


 でも、今ならイメージができる。

 ヒミナ先輩を追いかけて、越えるイメージが。


 それができるようになったのは、みんなのおかげだ。


 アイリンに、サキに、ナナシュに相談できたから。

 遠くに行ってもチルトが支えてくれていたから。

 フリル先輩と話すことができたから。

 ヒミナ先輩という、大きな目標ができたから。


 一人じゃ成長できないんだって、教えてもらった。だから。



「ナハマへは私だけじゃなく、未分類魔法クラフト部全員、同行させてください」



「それは……」

「ちょっとクラリー? 気持ちはわかるけど……」

「私一人じゃダメなんです! 夏休みの時だって、みんながいたから色んな発見ができた。だから……ミルレーンさん、お願いします!」


 勢いよく頭を下げて、そのままじっとミルレーンさんの返事を待つ。


 やがて、


「……わかった。未分類魔法クラフト部全員の同行を許可しよう」

「あっ……ありがとうございます!!」


 私は一度顔を上げて、もう一度深く頭を下げた。


「いいの? あなたの一存で決めて。費用は騎士団持ちなんでしょ?」

「はい。問題ありません、ケイトさん。……どちらにしろ、騎士長は許可したでしょうから」

「それもそうね」


 ……そういえば費用とかそういうの、なにも考えずにお願いしてた。

 すみません、そのぶん頑張ります。



「あ、ミルレーンさん。ナハマにはいつ頃行くんですか?」

「まだ少し先だ。十の月の半ばになるだろう」

「わかりました。クラフト部のみんなにもすぐに伝えます!」

「すぐにって、クラリー? もう外に出たらダメよ?」

「あ……明日、伝えます」

「よろしく頼む」


 ……危ない。

 テレフォリングがあるから、つい、すぐに伝えると言ってしまった。

 って、もうすぐ通話魔法をする時間じゃないか?


「ミルレーンさん、本当にありがとうございました。私はこれで失礼します!」

「こら、クラリー! 玄関まで見送りに来なさい!」

「あっ……」

「構いません。クランリーテ、気にしなくていい」

「ご、ごめんなさい! ではっ」

「ちょっと、晩ご飯は!」

「あとで食べる!」


 私はミルレーンさんにお辞儀をして、走って屋上を後にした。



「もう……どうしたのかしら」

「なにか、いいことがあったのでしょう。昨日会った時よりも、ずっといい目をしていましたよ」



                  *



「はぁ、はぁ、はぁ、間に合った!」

「えっ? クラリー? どうしたのよ、息切らせて」

「クラリーちゃん! フリル先輩と話せた!?」

「もしかして今帰りですか?」

「あ、あのさ――」


 すぐにナハマ空洞の件を話そうとして、思いとどまる。

 まずは、これをみんなに言わないと。



「――うん。もう、大丈夫。みんなのおかげだよ。ありがとう」




未分類魔法クラフト部

クラフト21「ひとりじゃないから」

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