145「今さらなんてこと」クランリーテ


「魔法の練習をするのは構わないが、大きな魔法は学校などでするように」


 魔法騎士の人がすぐに駆けつけてきたけど、注意をされただけ解放された。

 もう暗くなっていたけど、私たちは広場の端のベンチに座って話をする。



「わたしにあんな魔法が使えたなんてねー……今でも信じられないよ」

「単純計算で、四倍の大きさなんですよね」

「あ~……そっか。四つの箱、全部使ったようなもんだから」


 普段は箱の一つ、つまりマナ吸収器官の四分の一しか使っていなかったとすると、フル活用したさっきの魔法はその四倍ということになる。


「まぁクランリーテちゃんのサポートあってのことだけど」

「……本当に、そう思いますか?」


 確かに私がマナの動きを見て、どこに偏っているのか教えながらだった。

 でもそれだけでイメージを変え、マナをコントロールできたのはフリル先輩の力だ。

 それに……。


「いやいや、うん。そうだね。一度イメージできたから、次は一人でもできるかも」

「……ですよね」

「で、それはたぶんクランリーテちゃんもだよね」

「っ! ……はい。おかげさまというか、目の前でマナを見ることができましたから」


 今ここで試すことはできないけど、私も……同じイメージができると思う。


「わたしはもっと、考えるべきだったのかな。ヒミナのこと、わかろうとするべきだったのかな」

「フリル先輩はわかろうとしたはずです。ずっと、ずっと考えてきたはずです。でもわからなかったから……ちょっとしまった」

「物は言い様だね。ずれたっていうか、やっぱり逃げてたよ。逃げずに考えてたら、今の答えに辿り着いていたかも」

「いまなら、ヒミナ先輩の感覚がわかるってことですか?」

「いやいやいや、確かにさ、四つの箱の話は理解できたよ。でもそれだけであの子の感覚すべてがわかったわけじゃない」

「で、でも」

「わかってる。わかってるよクランリーテちゃん。でもなんか今さらじゃない? ずっとわかんないって言って逃げてたのにさ。今さら、ちょっとわかったからって」

「……今さらなんてこと、ありませんよ。大丈夫です」

「そうかなー。うーん……」


 フリル先輩はぴょんと椅子から立ち上がり、背を向けたまま、



「ま、そうだね。結局どうしたってヒミナは孤立しちゃうみたいだし。だったら、わたしが隣りに並ばないとダメか。……がんばってみるかな。今さらだけど」



「!! ……はい、それがいいと思います」


 私がそう答えると、フリル先輩は笑顔で振り返った。


「じゃないとクランリーテちゃんに隣りを奪われちゃいそうだし」

「えっ!? そ、そんなことありません! だって――」

「うんうん、そうだねそうだね。冗談だよ」

「えっ――ふっ、あははははっ!」


 私たちはしばらく、そうして笑い合っていた。



                  *



「なーんか、やっぱりちょっとシャクなんだよね」

「シャクって、なにがですか?」

「『フリルならわかってくれると思っていたよ!』ってヒミナが言いそうで」

「あはは……。もしかしたらヒミナ先輩にしかわからない根拠があって、フリル先輩はわかってくれると思っていたのかもしれませんね」

「だとしたら余計にシャクだし、やっぱりヒミナのことわかんないよ」

「……冗談のつもりで言ったんですけど、よく考えると冗談になってないかもしれなくて怖いですね」

「うんうん、そうなんだよ。……にしても、クランリーテちゃんの相談に乗るはずだったのに、わたしの方がスッキリしちゃったな」

「いえ、私も……スッキリしました」

「ん……みたいだね。よかった。じゃ、もう遅いから。気を付けて帰ってね」

「はい。フリル先輩、今日はありがとうございました」

「いやいや、こちらこそだよ。ありがとう、クランリーテちゃん」



 そんな風に広場でフリル先輩と別れて。


 ――私はすぐに駆け出していた。


 家まで真っ直ぐ、止まらずに走り。玄関を開けて中に飛び込む。

 母さんに呼び止められたけど「ただいま」とだけ返して階段を上って屋上へ。

 すぐに魔法を使おうとして、息が上がっていることに気が付いて――深呼吸。


 さっきのフリル先輩の魔法。マナのコントロール。私も試してみたい。


 もどかしい。急いで深呼吸を繰り返し、無理矢理呼吸を整えて、魔法を使うためにマナを取り込む。


「……感じる。取り込んだマナの動きが、はっきりわかる……!」


 四つの箱を一つに、マナ吸収器官をフルで使う魔法をイメージしてみる。


 ……が。


「くっ……うまく、いかない。難しいなこれ」


 さっきはできると思ったのに。

 やっぱり一発で出来たフリル先輩すごい……。


 何度か試してわかった。私の中の四つの区切りが、思った以上にハッキリと刻まれている。そのせいで上手くいかないんだ。

 毎日ここで練習してきたから。呪文を使わなくてもイメージできてしまうから。

 だからこそ、箱のイメージを壊すのは至難の業だった。


「だけど、できないわけじゃない」


 何度も練習して、コツを掴めばできるようになる。

 今までと同じだ。


「よし。じゃあ、も、試してみよう」


 私はもう一度深呼吸をして、マナを取り込んだ。

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