144「マナで満たされる」クランリーテ


「魔法使うだけでいいの?」

「はい、できれば発動はゆっくりお願いします」


 日が暮れ始めて、人が減ってきた広場。

 私とフリル先輩は近い位置で向かい合っていた。


 答え合わせをしたわけじゃないけど、フリル先輩も同じ答えに至ったと思う。

 でもそれを試すために、私がなにをやろうとしているのかはわからないはず。

 それなのに、なにも聞かずフリル先輩は協力してくれた。


「それじゃ、クランリーテちゃん。マナを取り込むよ」


 その言葉と同時に――私はそっと、感覚の窓を開いていく。


 あはは――。思わず、心の中で笑ってしまう。

 ヒミナ先輩の感覚がわからないって話をしてたけど……。

 この『マナの動きがわかる』感覚の方が、よっぽど他の人に理解されない思う。


 でも、サキは同じものが見えるように魔法道具を作っている。クラフト部のみんなはわかろうとしてくれる。

 マナ欠乏症のことも……。


「クランリーテちゃん?」

「あ、すみません。大丈夫です、そのまま、ゆっくり魔法をイメージしていってください」


 私は集中して――フリル先輩の


「うっ……」

「ど、どうかした?」

「だ、だいじょうぶ、です」


 体内を巡るマナのせいで、思った以上に見づらい。

 巡っているマナはものすごく細かくて、さすがの私もはっきりとは見えない。

 ……というかはっきり見えたらまた気持ち悪くなってたかも。

 とにかく、体内を巡るマナがぼんやり見えてしまうせいで、全体的にぼやけているのだ。


(でも……わかる)


 それとは違う、大きなうねり。

 胸の辺りに集まっているマナがある。


「属性はなんでもいいんだよね。土属性のイメージをゆっくり……って、これ難しくない?」


(あ……マナが動いた)


 私から見て、右上に。マナが動き出した。

 難しいって言ったけど、ゆっくりとその一点にマナが集まっていく。


「はいっと。発動したよ」

「うわ」


 マナが体内から消えたと思った瞬間、足下の土がぼこっと飛び出した。


「あの、クランリーテちゃん? そろそろなにをしてるのか――」

「先輩、他の属性もお願いします!」

「……はいはい」


 水属性、火属性、風属性……。それぞれ右下、左下、左上に、マナが偏って集まるのが見えた。間違いない、これが四つの箱。イメージの枠なんだ。


「おーい、クランリーテちゃーん」

「もう一度、土属性魔法、お願いできますか」

「いいけど、ちゃんと説明してくれないかな」

「わかりました。実は……私、マナの動きを見ることができるんです」

「……はい?」

「感じるって言った方が正しいんですけど」

「クランリーテちゃんがヒミナみたいなこと言い出した……」

「うっ。と、とにかく。先輩、魔法を! マナを取り込んでください!」

「わ、わかったわかった。えーと」


 先輩の中に、マナが取り込まれていくのがわかる。


「正直、私も……まさか体内のマナまで見えるとは思ってなかったんですよ」

「……!? いやいやいやいや、なに言っちゃってるのクランリーテちゃん? 体内のマナ? どういうこと?」

「く、詳しい話はあとで。今、先輩のこの辺りに、マナが取り込まれています」


 私はそっと、先輩の胸に手を置く。


「……クランリーテちゃん、ちょっと恥ずかしいんだけど」

「先輩、土属性のイメージを」

「それどころじゃないって顔だね……。はいはい」


 取り込んだマナが、右上に偏っていき――。


「ダメです、もうちょっと中央に。マナを集めてください」

「中央って……えぇ?」

「先輩も、四つの箱の意味。もうわかりましたよね」


 私はマナの動きに集中しながら、先輩に問いかける。


「まぁ……。四つに切り分けてるってことは、もしかして普段、自分のキャパのしか使えてないってことなのかなって」

「私もそう思いました」


 人の身体の中にある、マナを取り込む器官。マナ吸収器官、魔法創造器官などの呼び方がある。

 四つの箱のとは、つまり、一つの吸収器官を四つに区切ってしまっているということだ。


 だけど実際には箱なんてない。区切りなんてない。


 魔法はイメージ。スイッチの切替えというイメージが、箱という形になってしまっているだけ。自ら限界を四分の一にしてしまっているんだ。


 だからもし、吸収器官を隅から隅まで使う魔法をイメージできれば――。


「いやいやいや、私も同じこと思ったよ? でもさ、いきなりそんなの無理だよ。ずっと、その四つの箱を使って魔法をイメージしてきたんだから」

「ですね。私もそうです。……だけど、私にはマナの動きが見えます」

「っ……クランリーテちゃんがサポートするってこと?」

「はい。……先輩、さすがですね。なんだかんだ言って、マナが真ん中に寄り始めてます」

「……そう?」


 おそらく、四つの箱の話をしながらだったのが大きい。

 箱は無い、区切りは無い。先輩がそうイメージできたからこそ……。


「う……なんだろ、これ。まだ、マナを取り込める」

「……フリル先輩?」

「クランリーテちゃん、わたしのマナ、どうなってる?」

「どんどん入ってきます。まだ右上に少し偏ってますけど」

「右上……私から見て左上だっけ。わかった」


 フリル先輩が目を瞑る。



「人はみんな、四つの箱を持っている。

 でも本当は箱なんてない。ワタシはそれを知っているだけなんだ――」



 フリル先輩は、さっき話してくれたヒミナ先輩の言葉を。呪文を唱えるように呟く。


「――!! フリル先輩!」

「あっ」


 急激にマナが取り込まれるのが見えた。

 吸収器官が、マナで満たされる。


(マナ吸収器官! こんなに、大きかったんだ)


 そして、次の瞬間。



 ドゴォ!


「わっ!!」

「うわっ…………ああぁぁ!?」


 ズガガガガガガガガガッ!!



 すぐ横の地面からものすごい勢いで土の塊が突き出して、私たちはその場にしりもちをついた。

 見ると、肩幅くらいの太さの円柱が突き出ていて、しかもぐんぐん伸び続けている。上へ上へ。空に向かって伸び続ける。止まらない。抑えられない。天まで届く一本の柱となる――。


「い、いやいやいや、これが、わたしの、魔法? 嘘でしょっ」

「間違いなく、フリル先輩の魔法です……ははははっ……」



 実際には天まで伸びることはなく、学校の校舎と同じくらいの高さで止まった。

 すぐに魔法が切れて柱は崩れ、宙に消えていったけど……。

 街の中央広場でそんなものを建てたもんだから、当然大騒ぎになったのだった。

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