142「平均的な人に」クランリーテ


「さてと、ヒミナの魔法のイメージだっけ」


 ターヤ城下町の真ん中にある広場。大きな噴水の縁にフリル先輩と並んで座った。


「はい……。あの、ヒミナ先輩は昔からああなんですか?」

「あははは……そうだね。昔から天才って言われ続けてて、そのせいなのかなんなのか、ああいう性格になっちゃって」


 あのすこーし尊大な感じの性格のことだろうか。

 魔法のイメージのことを言ったつもりだったんだけど……。

 私が反応に困っていると、フリル先輩はもともと冗談だったのか普通に話を続ける。


「ヒミナは、人とは違う感覚を持っていたよ。わたしにはわからない感覚を」

「スケールの違う魔法のイメージ……ですか?」

「主にそれだね。考え方もそうだけど、特に魔法に関してはもうまったくわかんなくて。だけどヒミナは普通のこと言ってるつもりなんだよ。わたしの普通とは違うのにさ」


 やっぱり、フリル先輩は……。


「フリル先輩。私は、この間のマナ計測器打ち上げの時に……。ヒミナ先輩に、絶対に敵わないと感じました。自分のイメージの幅はどれだけ狭かったんだろうって痛感しました」

「い、いやいやクランリーテちゃん? ヒミナが特別なだけで、それで落ち込む必要は――」


「私は、今のままでは絶対に追いつけないんです。だから――」


 隣りにいるフリル先輩の目を見つめる。

 先輩の顔が、次第に驚きへと変わっていくのがわかった。


「だから私は――魔法のイメージの枠を越える。その方法を探しているんです」

「クランリーテちゃん……」


 先輩は目を逸らすようにして立ち上がる。だから、その表情が見えない。


「……君は、諦めないんだね」

「はい」

「そっかー……」


 呟いて、空を見上げる。

 私はじっと、先輩の言葉を待った。


「わたしさ、ヒミナによく、わたしのことわかってないって言ってるんだ。他の人が自分と同じ感覚を持っていないことを、ヒミナは理解できてない。わたしとヒミナでは感覚が違うってこと、理解してくれないから。なのに、同じ感覚を持ってるはずだって言ってくるんだよ? そんなわけないじゃん」

「…………」


 あぁ……そっか。



『なによりあれくらい普通できるだろう?』



 私が言われたあの言葉を。フリル先輩は、何度も何度も言われてきたんだ。

 ずっと差を感じ続けてきたから。だから……。


「幼馴染みのわたしでさえこうなんだから、当然、学校でも上手くいくはずないよね。みんな距離を置くようになって、わたしくらいしか話す人がいなくなった」

「えっ……そう、なんですか?」

「本人はまっっっったく気にせずに話しかけに行こうとするけどね。避けられてるのに気付いてないんだよ」

「うわ……」

「あはは。それでね」


 フリル先輩はやっと少しだけ笑って、縁に座り直した。


「幼馴染みとしては、ヒミナを独りにしたくなかったんだよ。感覚がおかしいだけで、別に悪い子じゃないし」

「フリル先輩……」

「だからたくさん考えた。どうすればみんなヒミナの側にいてくれるか。ずーっと考えてて、出した答えが……」


 フリル先輩が腕をぴっと前へ、水平に真っ直ぐ伸ばす。


「わたしが平均的な人間になることだった」

「平均的な?」

「そう。色々考えて、気付いたんだよ。わたしはヒミナの隣りにいることができてる。わかってはもらえないけど、それでも一緒にはいられる」

「はい……。でも、えっと?」

「つまり。天才でもなんでもない、凡人、平均的なわたしでも、ヒミナの隣りにいられるってアピールをしよう! ってこと」

「え……えぇ!?」


 つい驚いた声をあげてしまったけど――すぐに、なるほどと納得する。

 ヒミナ先輩の感覚は理解できなくても、平均的な人のことなら多くの人がわかってくれる。そんな人が普通にヒミナ先輩と話をしているのを見れば、安心するかもしれない。


「ま、上手くいかなかったんだけどね」

「――って、そうなんですか?」

「いやいや、ヒミナの性格を侮ってたよ。平均的なわたしなんかじゃ、その影に隠れちゃうみたい。結局ヒミナは孤立してる。本人はやっぱり気付いてないんだけど」

「は、はぁ……」


 さすがヒミナ先輩というか、なんというか……。


「もうさー。わたしがこんなにいっぱい色々考えてることすらも! ヒミナはわかってないんだよ。わかる? わたしがヒミナに、わたしのことわかってないって言いたくなる気持ちが!」

「……はい。今、とてもよくわかりました」


 なるほど。そういう意味も込めての、わかってない、なのか。

 私は思わず、少し笑ってしまった。


「ただね、クランリーテちゃん。わたしも、さすがに気付いてるんだ」

「……? なにに、ですか?」


 先輩は座ったまま、もう一度空を見上げる。


「結局わたしは、ヒミナから逃げてるってこと」

「え、そんな」

「平均的な自分になることで、ヒミナから逃げてる。……上手くいかなかったのにそれを続けてるし」

「フリル先輩……」

「あはは、しょうがないよ。わたしにはヒミナの感覚が、わかんないんだからさー」


 両手を挙げて、伸びをするフリル先輩。


 ずっと差を感じてきたから。だから、先輩は諦めてしまった。

 でも……。


「フリル先輩。本当に、諦めなきゃいけなかったんですか?」

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