133「隣りにいるのは幼馴染み」サキ


 チルが留学に行ってから、数日後。

 放課後、あたしは一人でクラフト部の部室に向かうところだった。

 いつもは隣のクラスのクラリーやアイリンと一緒に行くのだけど、今日は先生に用事を頼まれて遅くなっていた。

 だからきっと、部室では今頃ナナシュも合流して、三人で話しているに違いない。

 チルのいない部室で……。


「……だめね。こんなことばっかり考えてたら」


 わかってはいるんだけど。

 ここ数日、色んなことに集中できていない。授業も、部活も、家でも。

 こんな調子で一ヶ月も過ごさないといけないなんて……。


「……はぁ」


 思わず足を止めて、ため息を吐いてしまう。

 本当に、あたしって――。



「浮かない顔だね?」



「えっ――ヒミナ先輩!? す、すみません!」


 顔を上げると、いつの間にか目の前にヒミナ先輩が立っていた。

 ああもう、あたしってばどんだけボーッとしてたのよ!


「やあ、サキ。元気が無いようだけど、どうかしたのかい?」

「い、いえ……。あっ、今日はフリル先輩と一緒じゃないんですか?」


 なんとなく二人はいつも一緒にいるイメージがあったけど、今はヒミナ先輩一人だった。

 そして、そんな質問をしてしまったことをすぐに後悔する。


「ハハッ、アタシたちだって別行動くらいするさ。それを言ったらサキ。君の方こそ、チルトは一緒じゃないのかい?」

「それは……」


 やっぱり。そう聞き返されるわよね。


「うん? どうかしたのかい?」

「……いえ。チル――チルトは、アカサへ短期留学に行きました」

「ほう! そうか、彼女は冒険科だったね。この時期に留学というのも珍しい気はするが、いいことじゃないか」

「ええ。……あたしも、そう思います」


 ヒミナ先輩の言う通り。いいことのはずだった。

 あたしの隣りを歩きたいという理由はともかく、探検家になるのなら損はない。しかも先方から声をかけてもらって行くのだから、きっと待遇もいいはず。今頃、チルは……。


「ふむ。あまり喜んでいるようには見えないね」

「!! そ、そんなことありません! あたしは、ただ……その」

「その?」

「……留学に行くのは、あたしの隣りに並ぶためだと、言われたんです。でもあたしには――」

「前を歩いている自覚はなかった。かな?」

「そ、そうなんです! 追いかけてもらわなくても、あたしは隣りにいたのに」


 変わったという自覚はあっても、チルを追い越して前を歩いていたとは思ってない。

 ……どうして、ヒミナ先輩にはわかるんだろう?


「あの、先輩……」

「サキ。いつも側にいる人が遠くへ行ってしまって寂しいかい?」

「……えっ」


 先輩の言葉に虚を突かれ、頭が真っ白になる。


「いつも側にいる人が……遠くへ。寂しい……」

「その気持ち、ワタシにもわかるよ。フリルという幼馴染みがいるからね」

「幼馴染み……フリル先輩、幼馴染みだったんですね」

「話していなかったかな? 家が目の前でね。物心ついた時にはすでに隣りにいたよ」

「あっ! それ、あたしもです! 小さい頃の思い出には、いっつもチルがいて……」


 いつだって。ずっと隣りにいた。

 遠く離れてしまって、寂しくないはずがない。


 でも……隣りを歩いていたのに、チルのこと気付けなかったのは。

 一緒に歩けていなかったって、ことなのかな。

 あたしはやっぱり……。


 って、また同じこと考えてる。

 最近はもうこの繰り返しだ。さすがに辛い。



「……ヒミナ先輩は、フリル先輩のこと、よくわかってそうですよね」

「ワタシが? いいや、そんなことないよ」

「え……? でも、そう見えますよ?」


 マナ計測器打ち上げの時の二人は息ピッタリで、お互いのことを理解し合っているんだなって思った。


「フリル曰く、ワタシは、フリルのことをまったくわかっていないそうだ」


 先輩は表情を変えることなく、そう答えた。

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