130「らしくないこと」チルト


 次の日の放課後。ボクは部室に行かないで、中庭でぼーっとしていた。


 ヘステル先生は、自分の心で決めろと言う。


 でもそれってさ、行った方がいいって言われたようなものだよね。

 探検家としても。クラフト部として外からターヤを見るためにも。


「でもなぁ……一度決めたことだし。それに……」


『……チルトちゃん、アカサに行っちゃうの?』


 昨日のナナちゃん言葉が、胸の辺りにずっと残っている。

 もやもやしてすっきりしない。

 答えを出せない。


 ボクは、どうすればいいの?



「隙だらけですね。今なら何本でも取れそうです」


「――――うわっ!」


 真後ろから声がして、ボクは慌てて前に跳んで距離を取り、くるりと振り返る。

 ボクとしたことが簡単に後ろを取られちゃうなんて!

 ぼーっとしてたからってこんな至近距離に、いったい誰が――


「って、えええぇぇ!? ハミ!!」

「久しぶりです。チルト」


 そこに立っていたのは、褐色の肌、紫色の髪。ツインテールの少女。

 ハミール・フランベル。ボクの従妹だ。


「なんでここにいるの!?」

「アカサでの修行、留学を終えてラワへ帰るところです」

「あー、そっかー。アカサには結構長く留学してたんだね。でもターヤを経由しないでも直接帰れたよね?」

「あなたとの勝負の約束があるから、ターヤを経由することにしたんです」

「約束してないよね? またやろうって話はしたけどさ」


 相変わらずだなぁハミは。すぐに勝負をしたがる。

 前に留学に来た時もみんなに迷惑かけたし。


「はぁ。ごめんねハミ。どっちにしろ今勝負する気分じゃないんだー」

「私もです。今のあなたに勝っても無意味ですから」

「むっ……」

「大方、留学の件で悩んでいるんでしょう?」

「――へ? なんでハミが知ってるの!?」


 両親にすら話してない。先生しか知らない情報なのに。

 まさかナナちゃんから? いやいやそんなはずない。


「簡単な話です。私が留学先の学校で、チルトのことを話したんです」

「ボ、ボクのことを? アカサで?」

「私より強い、探検家志望がいると。そうしたら教師の一人が興味を持ち、留学の話を魔法学校に持ちかけることにしたわけです。私がその書状を届けました」

「うわー……そういうことかー」


 まさかハミ経由だったなんて。さすがに予想外。

 ほんとのほんとに、クラフト部とは関係ない話だったんだなぁ。


「じゃ、隠す必要ないね。うん、悩んでるんだよ。留学するかどうかでねー」


 なんて、ハミに言っても。行くべきです、行かなくてどうするんです、行って私と勝負しなさい、とか言うんだろうなー。


 だけど、ハミはじっとボクの目を見て――首を横に振った。


「……らしくないですね」

「えっ?」


 予想外のことを言われて、ボクは本気で首を傾げた。


「ハミ? らしくないって、どういうこと?」

「私の知っている従姉のチルトなら、行くか行かないか、悩まないはずです」

「ハミー? ボクだって悩む時は悩むよ?」

「あなたが常に周りに注意を向け、頭を使って立ち回っているのは知っています。それで悩むことがあることもわかっています。ですが、それでも自分のことに関しては、いつでも素直だった」

「…………」


 なにも言い返せなかった。

 ハミにそんな風に分かられていたのは、なんか悔しい。


「チルト。あなたの強さはその曇りの無いところにある。曇ってしまった今のあなたになら、私は何本でも勝つことができます。……もっと強くなっていると宣言した、あの時のチルトはどこへ行ってしまったのですか?」

「っ!! ボクはボクだよ! 別にいいじゃない、悩んだからってボクは変わらない!」


 ハミと別れた時。確かに宣言した。


『ハミ。ボクも、もっと強くなってるからね』


 ボクはボクだ。悩んでいても、それは変わらない。

 ……でも、ボクは本当に強くなれた?



「チルト。悩むのは構いません。ですが、あなたは偽っている」

「なっ……い、偽る?」


 ドキリとする。まるでボクの心が読まれたみたいだった。


 でも、次にハミが発した言葉こそが本命。まるで、注意を逸らされて生まれた隙に、鋭い剣を撃ち込まれたかのように、心の奥に深く差し込まれた。


「さっきも言いました。あなたは自分のことに関してはいつでも素直だと。……?」

「――――!!」


 ボクが……留学したがってるってこと? そんな、そんなの――。



「――そうだよ! ボクは留学したい。アカサに行って探検家の人の話を聞きたい! いっぱい学びたい!」



 そして、ターヤのことを外から見てみたい。


 本当に悔しいけどハミの言う通りだ。

 ボクは自分に嘘をついていた。


 この学校で探検家になるって決めたから。

 それをコロコロ変えるのはよくないなんて、本当はもう思っていなかったんだ。


 人は変わる。あの時のボクと、今のボク。違うことを考えたっておかしなことじゃない。

 ボクはとっくにそれを受け入れていた。結論を出していた。

 それでも迷っていたのは、のは――。



『……チルトちゃん、アカサに行っちゃうの?』



 たった一ヶ月でも、みんなと離れるのが嫌なんだ。


 その気持ちだって、素直なボクの気持ちだから。だから、迷ってしまう。



「チルト。目つきが変わりましたね。勝負する気になりましたか?」

「勝負は次会った時までお預けでいい? ボク、やることがあるんだ」

「……仕方ありません。その代わり、約束ですよ」

「うん。今度はちゃんと、約束する。……ありがとね、ハミ」


 ボクはハミにお礼を言って、中庭から駆け出した。

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