124「突然の来客」ナナシュ


 学校からの帰り道。私の足取りはとても軽かった。

 ボストン先生のおかげで、少し希望を持つことができた。

 もちろん、否定派の先生たちが簡単に認めるとは思えない。すぐに評価をしてもらえるわけではないだろうけど、可能性は見えた。

 忘れ去られるまで放っておかれると思っていたから、大きな前進だ。

 夜の通話魔法でみんなにも報告しなくちゃ。


 カラン。


「ただいま……あれ? クラリー?」

「あ、おかえり。遅かったね」

「ちょっと先生と話してて……。クラリーはどうしました? 薬はまだ早いですよね」

「うん。ちょっと、ナナシュに会いに」

「私に?」


 なんだろう? 思わずドキッとしてしまう。

 先日の、マナ計測器打ち上げの後からクラリーの様子がおかしい。

 ……たぶん、ヒミナ先輩との差に、ショックを受けて。


「ナナシュ~。店番、お願いして良いかしら?」

「あ、うん! ごめん、お母さん」

「この時間、まだお客さん少ないから。ごゆっくりね、クラリーちゃん」

「はい。……ありがとうございます」


 カウンターにいたお母さんが、手を振って奥に入っていく。二人で話ができるようにしてくれたんだ。ありがとう、お母さん。


「それで、クラリー。今日はどうしたんですか?」

「えっと……ほら、先週のこと。自由課題発表会」

「……うん」

「あの後、ヘステル先生や……ヒミナ先輩たちのことで色々あって。バタバタしてて。それがようやく落ち着いて、その、私もちょっとだけへこんだりして」

「クラリー……」

「それで、いっぱいいっぱい考えて、考えて……なんでだろう、ナナシュと出会った頃のこと思い出した」

「私と……」

「懐かしいよね。私がナナシュの前で発作を起こしてさ。ベッドに運ばれて。……あの時、ナナシュに友だちだって言われたの、すっごく嬉しかったんだよ」

「……っ!!」

「それで……あれ、ナナシュ?」

「な、なんでもないよ。続けて」


 こないだ、同じことを思い出していたからだと思うけど。

 クラリーの言葉に、思わず涙が零れそうになった。


 そっか。あの時のこと、気恥ずかしくて。ちゃんと聞いたことなかったけど……。

 クラリー、嬉しかったんだ。


「ええと……そう。あの時、ナナシュが悔しいって言ってたの思い出したんだ」

「うん」


 悔しい。

 あの時の気持ちは少しも薄れていない。私の原動力でもあるから。


「それでさ。自由課題発表会で、猫アレルギーの薬が評価保留にされて……ナナシュが一番悔しかったはずだって、気が付いたんだ」

「クラリー……」

「ごめん、ナナシュ。気付くのが遅くなって。本当にごめん」

「い、いいよ。謝らないで。……思い出してくれただけでも。気付いてくれただけでも、嬉しいから。それに……」

「それに……?」

「……ううん。ありがとう、クラリー」


 ――今は、クラリーの方が辛いでしょ?


 そう言いかけて……やめた。

 クラリーは今日、この間のことを相談したいんじゃないと思うから。私を心配してここに来てくれたんだから。

 もし私がそれを言っていたら、その気持を疑うみたいになっちゃう。


 ……でも、もしクラリーにヒミナ先輩のこと、魔法のことを相談されたら。

 なにを言ってあげられるだろう。私に、なにが言えるだろう……。


「なんか、ナナシュ。もう立ち直ってそうな感じするね」

「えっ!? ……ううん。いま、クラリーのおかげで完全に立ち直れたんだよ」

「本当に? 帰って来た時、嬉しそうな顔してたけど」

「……あはは。あのね、クラリー。実はさっき――」


 カラン。


 そこへ、お店のドアが開く音がする。


「――あ、いらっしゃいませっ」


「失礼します。ナナシュ・ネリンフェーネさんは、いらっしゃいますか?」

「えっ。わ、私ですけど……」


 入ってきたのは、背が高く身なりのいい、眼鏡をかけた男の人。お父さんくらいの年齢に見えるから……歳は40代前半くらいかな。

 青い詰め襟のジャケットは、銀色のボタンできっちり閉められている。肩と袖に白いラインが入っているのが特徴的。

 こんな服装の人、今までお客さんで見たことない。


 でも、お客さんとしてはないけど、あの服装って確かお城の……。



「私はターヤ王国城内魔法研究機関、研究員のシンと申します」

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