122「悔しさの決意」ナナシュ


「うっ……あれ? ここは……?」

「あっ――! よかった、クラリー! 目が覚めたんですね」

「ナナシュ……私……そうだ、発作が……!」

「大丈夫。お母さんが薬を飲ませてくれたから」

「あ……そっか、そうだった……。私、そのあと運ばれて、寝ちゃったんだ」

「……うん」


 店の前で発作を起こしたクラリー。

 ひとまず私の部屋に運んでもらってベッドに寝かせると、気を失うように眠ってしまった。

 寝ていた時間は短かったけど、私はずっと側を離れなかった。だって……。


「……クラリー、ごめんなさい」

「ナナシュ……?」

「私、なにもできなかったんです。パニックになっちゃって。薬の袋も開けられなくて」

「…………」

「あの時、実は周りにたくさんの人がいて、みんな声をかけてくれていたんです。おかげでお母さんも騒ぎに気付いて出てきてくれました。クラリーを運ぶのも手伝ってもらえました。……私は、助けてくれる人の声すらも届かないくらい、パニックで……。一番側にいたのに、なにもできなかった。クラリーが苦しんでいたのに、なにも……」


 シーツの端を、ぎゅっと握りしめる。

 どうして動けなかったんだろう。どうしてパニックになってしまったんだろう。

 私は、クラリーの……。


「……わかったでしょ」

「え……?」


 ゆっくりと、クラリーが身体を起こす。


「これが、マナ欠乏症なんだよ。突然来るんだ。首が絞まる感覚があって、すぐに身体が重くなる。呼吸もできなくなる。こんなことが、これからもずっと続くんだよ。なにをしていようがお構いなしに襲われる。もう、どうしようもないんだよ!」

「で、でも、いつか治療法が……」

「いつかっていつ? 私が大人になったら? おばあちゃんになったら?」

「それ、は……」

「大人になったら私はどうなるの? そんなの――まったく想像できない! 私の将来なんて無いんだよ!」


 発作を起こしたクラリーの顔を思い出す。

 とっても苦しそうな顔を。

 薬屋さんに来ている時のクラリーの顔を思い出す。

 暗く、沈んだ瞳を。


 私は全然わかっていなかった。

 クラリーの苦しさを。孤独を。絶望を。

 わかった気になっていただけで。……友だちなれたと、思っていただけで。

 なにも、わかっていなかったんだ。


 ……でも。


「クラリー。……私が、創るよ」

「つくるって、なにを……」

「マナ欠乏症の治療薬を、私が創る。クラリーが大人になるよりも前に、必ず薬を創るから。だから……将来が無いなんて、そんなこと悲しいことを言わないで」


 もう二度と、あんな暗い顔にさせたくない。

 その気持ちだけは本物だから。


「む、無理だよナナシュ。だいたい、なんでナナシュがそこまでしようとするの? 私の病気なのに」

「友だちだからだよ! 大事な、大事な友だちだから!」

「っ!! ともだち……」

「友だちが暗い顔をしているのに、苦しんでるのに、なにもできない、見ていることしかできない。自分がどれだけ無力で子供なのかわかったから。それがこんなにも悔しいことだってわかったから!」

「ナナシュ……」

「だから私はそこまでしようとするんだよ。頑張ろうとするんだよ。……約束するよ、クラリー。私は絶対に治療薬を創る。だからお願い、クラリーも諦めないで」


 私はクラリーの両手を取って、ぎゅっと包み込む。

 そこへ――。


「ナナシュ……わ、私……」


 ぽつり。


「将来のこと、想像すると。……いつも、発作のこと、思い出しちゃって。あぁ、この夢もダメなんだって、落ち込んで……」

「うん……」


 ぽつり……ぽつり。


「お医者さんも……発作を止める薬を飲むしかないって……。治療薬を創る、なんて……言ってくれる人、いなかったから」

「うん」

「自分で治療法を見付けるなんて、考えもしなかった。だから、ナナシュ……」

「大丈夫。私は絶対に創るから。クラリー。一緒に、治療法を探そう」

「うぅ……うんっ……」


 私たちは抱き合って、涙を流し合って。


 ――本当の友だちになれた。



                  *



 顔を上げると、もう涙は止まっていた。


 あの日感じた悔しさと決意は、今でも私の胸の中にある。


 そうだ……こんなことで、へこんでる場合じゃない。

 評価は保留になってしまったけど。私は止まらない。

 絶対に、治療薬を創ってみせるから――。



「そこにいるの、ナナシュかしら?」



「えっ――サキちゃん!?」


 私は慌てて残っていた涙を拭い、立ち上がって振り返る。

 教室の入口に立っていたのはサキちゃんだった。


「ど、どうしたんですか? サキちゃん。帰ったんじゃ……」

「それはあたしの台詞でもあるんだけど? ……なんかちょっとね。校内をウロウロしてたのよ」

「そっか。私も、なんとなく……。ここで考え事をしてて」

「……そう」


 サキちゃんも今日あったこと。整理してたのかな。

 あ……泣いてたの、見られてないよね?

 ちょっとだけ気まずい空気が流れる。


「わ、私、そろそろ帰るね。さすがに、日が傾いてきました」

「うん。……気を付けて。あたしはもうちょっと残るわ」

「そうなんだ……。うん、わかった。また明日です。サキちゃん」


 私はサキちゃんとすれ違うようにして廊下にでて、小さく手を振る。


 保留の件はやっぱり悔しいけど。私は、止まらないから。


 後ろからサキちゃんの視線を感じたけど、振り返らずに駆けだした。



「ナナシュ……」

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