121「側にいたのに」ナナシュ


「あっ、クラリー! 今日もお薬ですか?」

「ナナシュ……。うん、そうだよ」


 店のすぐ近くでクラリーの後ろ姿を見付けて、私は急いで駆け寄る。

 お母さんに買い物を頼まれていた私は、彼女と並んで歩く。


「店の外で会うと、不思議な感じがしますね」

「……確かに。いつも客と店員さんだし」


 お客さんと店員。

 そうなんだよね。それが私たちの関係。

 でもそろそろ、友だちって言っちゃダメかな?


「あ、あのね、クラリー」

「……ナナシュ」

「私たち、その――」

「ナナシュ」

「あっ、な、なんですか? ……クラリー?」


 立ち止まり、喉を押さえるクラリー。

 そこでようやく様子がおかしいことに気が付き、私は慌てて顔を覗き込む。


「……ごめん、なんでもない。気のせいかな。だいじょう――――っ!!」

「クラリー!?」


 歩き出そうとして、クラリーがその場に蹲ってしまった。

 私は隣りにしゃがんで、


「どうしたんですか、クラリー! 大丈夫ですか!」

「くっ――くす……り……」


 クラリーが手に持っていた鞄から巾着袋を取り出す。けど、縛ってある紐がほどけなくて袋を落としてしまう。

 私は咄嗟に手を伸ばして、拾って開けようとするんだけど……。


(ど、どうしよう、これを開ければいいんだよね? 指を入れて……だめ、紐を緩めないと開かない! でも――)


 手が震えて、思うように動かせない。


「くっ――――う、ぐ……」


 クラリーの苦しそうな声が聞こえる度に、私の頭はグチャグチャになる。どうすればいいの? きっとこの中に薬があるんだ。いつも私が手渡している、あの薬が! でも、なんで開かないの? どうして手が震えるの? 目の前が滲んで――。


「……れか……だれ、か……っ!」


 声も出せなかった。助けを呼びたいのに。


 お願い、誰か、クラリーを助けて……。


 カラン!


「なんの騒ぎ? って、クラリーちゃん! ナナシュ!!」

「おかあ、さん……!」


 お店からお母さんが飛び出してきた。

 私はお母さんに縋り付く。


「どうしよう、お母さん! クラリーが、クラリーが!」

「発作ね。待って、いま薬を」

「お願いお母さん! クラリーを助けて!」

「わかってるから。ナナシュ、落ち着きなさい。とにかく薬を――作った方が早いわね」


 そう言うとお母さんは、いつも腰に付けているポーチから筒を取り出す。中に入っているのは飴みたいな水色の粒。ブルードロップ。反対の手のひらに広げた紙片に置いて、筒をしまって手をかざす。すると、ぼんやりとブルードロップが光り出した。


「できたわ。クラリーちゃん、薬よ。飲んで」


 お母さんはその場で作った薬をクラリーの口元に運ぶ。

 苦悶の表情で、でも必死に口を開け、薬を飲み込み――。


「……カハッ! げほごほ!」

「もう大丈夫よ、クラリーちゃん。発作は止まったわ。呼吸ができるようになったでしょ――おっと」

「クラリー!?」


 クラリーが倒れ込んで来て、お母さんが慌てて受け止める。


「少し、薬を飲むまで時間がかかっちゃったかしら。ナナシュ、部屋に運びましょう」

「う、うん! ……クラリー」



 真っ青な顔で、ぐったりしているクラリーの姿を。

 これから先、忘れることはないと思う。


 ううん。絶対に、忘れない。

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