120「二人の出会い」ナナシュ


 カラン。


「ネリン薬店、ここね。ほら、あなたも入りなさい」

「いらっしゃいませ。薬をお探しですか?」

「マナ欠乏症の薬の件で紹介頂いたんです。この子の……」

「あぁ! 聞いてますよ。ナナシュ、カウンターの裏に用意しておいた薬、出してくれる?」

「は、はい!」


 お母さんに言われて、私は薬を取って女性のお客さんに差し出す。


「こちらがお薬です」

「ありがとう。よかったわ~、いつも通ってた薬屋さん無くなっちゃうって話で、不安だったんですよ」

「アカサの方に引っ越すそうですね。安心してください、うちでも薬を用意できますから。クランリーテちゃん、でしたっけ。よろしくね?」


 お客さんの後ろに隠れていた女の子に、お母さんが声をかける。

 その子は一瞬ビクッとして、小さく会釈をして目を逸らしてしまう。


「こら、クラリー。ちゃんと挨拶しなさい。……ごめんなさいねぇ。いつもはもう少し愛想がいいんですけど、医者の前や薬屋さんだとどうしてもこうなっちゃって」

「いいんですよ。大変ですものね」


 お母さんたちが話している横で、私は隣の女の子に目を向ける。

 その子もこちらが気になっていたのか、チラチラ見ていて――バッチリ目が合った。

 また驚いた顔になったけど、すぐに俯いてしまう。

 だけど私は背が低いから、その子の悲しそうな表情が少しだけ見えてしまった。




 この時の私は、まだマナ欠乏症がどんな病気なのか知らなかった。

 治す方法が見付かってなくて、薬は発作を止めるためのもので治療薬ではないと、その日の夜にお母さんに教わった。


 だからあの子は、あんな悲しい顔をしていたんだ。


 納得して。

 ……わかった気になっていた。


 それだけじゃないことに気付くのは、もう少し後のこと。


 私は薬を買いに来るクラリーと、仲良くなりたいと考えていた。

 病気は辛いと思う。でも、お店に来るといつも暗い顔をするのが堪らなくて。笑って欲しくて。話しかけるタイミングを窺っていた。




「今日も……いつもの薬、お願いします」

「はい。そろそろだと思って、用意しておきましたよ」

「…………」


 その日も、私が薬を出すと彼女は暗い顔になる。目を少しだけ細めて、遠くを見るような、暗い、暗い瞳……。

 じっと薬を見つめ、動きまでも止めてしまう。


 ……やっぱり、嫌だな。そんな顔しないで欲しいのに。


「クランリーテ……さん?」

「あ……すみません、ちょっとぼーっとして。お金ですよね」

「はい、ちょうどです。ありがとうございます」

「……では」


 会計を済ませて、そのまま店を出て行こうとする。

 あの暗い顔をしたままで。だから私は――。


「あっ、あの! クランリーテさん!」

「……なんですか?」


 堪えきれず、呼び止めてしまう。


 呼び止めたけど、頭は真っ白。どうしよう、なにか、言わないと……。


「えっと、その……マナ欠乏症、辛い……ですか?」

「…………」


 はうっ!

 もうちょっと明るい話題を振ってから、仲良くなってからって考えていたのに。

 どうしていきなりストレートに聞いてしまったんだろう!


「ご、ごめんなさい! ……いつもうちに来るとき、暗い顔をしているから。心配で、その……」


 こうなったら仕方がない。謝って、いつも思っていることを伝えてみる。

 すると彼女は驚いた顔を見せるけど、すぐに暗い顔に戻っていき……小さく、頭を下げた。


「…………薬買う時って、どうしても病気のこと考えちゃうから。将来のことも……。だから、こっちこそごめん」

「将来のこと、ですか?」

「知ってるよね。マナ欠乏症って、治らないんだよ。大人になっても、ずっと発作に悩まされる。……私は自分がどんな大人になるのか、想像ができないんだよ」

「クランリーテさん……」

「あ……。ごめん、なさい。変なこと言って。それじゃ」


 辛い表情を見せて店を出て行く彼女を、今度は止められなかった。


 あんな顔をさせてしまったのは、本当に申し訳ないけれど……。話しかけてよかったと思う。

 最初に来た時、彼女はほとんど俯いていて挨拶も返せていなかったから。会話が出来るようになるまで時間がかかると覚悟していた。


 でも、自分のことを話してくれた。

 暗い顔になるのは、ここだと病気のことを思い出してしまうからって教えてくれた。

 本当は、もっとずっと話しやすい女の子なのかもしれない。


 実際、それから少しずつだけど、お互いのことを話せるようになった。

 どこの学校に通っているとか、どの辺りに住んでいるとか。彼女は魔法が得意で成績も優秀だってことも聞けた。お互い、名前で呼ぶようにもなった。

 ゆっくりと、仲良くなれている。その実感があった。

 私とクラリーは友だちになれるって。


 だけど、あの日。

 私は初めて、クラリーの発作を目の当たりにした。

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