118「空にあるマナ」クランリーテ
空を見上げ目を凝らすと、小さな小さな点が見える。
あれが打ち上げたマナ計測器のはずだ。
「奇妙だね。落ちてくる気配がない」
空にある小さな点は、小さくなることも大きくなることもない。
つまり上昇も下降もしていないということ。
「浮いている……?」
「そういうことになるね。……ふ、ふふ、ふははっ! この空にはなにかがあるぞ! みんな、これは大発見だ!」
ヒミナ先輩が楽しそうに笑い出す。
あぁ、でも。私も空を見上げながら勝手に笑みがこぼれてしまう。
どうして落ちてこないのか、なんで浮かんだままなのか、さっぱりわからないけど、この空に誰も知らないなにかがあるんだと思うとワクワクする!
「あっ……! 落ちて、きた?」
「そのようだ。クランリーテ、念のため君も手伝ってくれるかい?」
「は、はい!」
ヒミナ先輩はいつの間にか筒の上に立って、魔法で受け止める準備をしていた。
私はその下で、先輩のサポートができるように待機する。
あの高さから落ちてくるとなると、かなりの衝撃のはず。いくら頑丈に造ってあるとはいえ、ちゃんと受け止めないと壊れてしまう。
「さあ、来るよ!」
ヒミナ先輩が風魔法を当てて落下のスピードを抑える。
落ちてくる計測器を受け止めるのに、あまり威力の強い魔法だと弾き飛ばしてしまう。だから軽く、柔らかく。だけどマナはしっかり込めて、包み込むように……。
ふわっ……――。
ヒミナ先輩の魔法ごと、優しく包む。
計測器はみるみるうちに減速していき――
―――コトッ。
二重の風の網に包まれて、ゆっくりと着地した。
「ふぅ……上手くいきましたね」
「ああ。クランリーテ、計測結果はどうだい?」
ヒミナ先輩が筒の上から飛び降りる。同時にフリル先輩たちが魔法の維持を解き、筒と土台がゆっくりと消えていった。
みんなが集まってくる中、一番近くにいた私は最初に結果を見ることができ……。
「……あれ? 1134?」
地上のマナの量を基準値の1000にしたと言っていた。+134くらいだと、大した差ではない。
「いや、よく見るんだ。正確には001134だ。これは……フリル」
「う、うん。たぶん、ケタが足りてない……」
「ケタ、ですか?」
「この計測器、本当に1134だったら00って数字は出てこないんだよ。さすがに6ケタあれば十分だと思ったのになぁ」
「つまり、本来の計測結果は7ケタ以上。少なくとも100万を超えているということさ」
「え……えぇぇぇ!?」
私は思わず空を見上げてしまう。
この空の上には、1000倍の密度のマナがある?
いや、それは少なくともだ。
7ケタ目が1とは限らない。もっと大きい数字かも知れない。8ケタ目があるかも知れない……!
「マナは目には見えないが、それだけの密度のマナがあれば、周囲に影響を与えるかもしれない」
「ヒミナ先輩、それってまさか」
「計測器がなかなか落ちてこなかったのは高密度のマナのせい。そう考えるべきだね」
マナは世界に満ちあふれているけれど、感触があったり重さを感じたりすることはない。
だけど1000倍以上のマナが集まった場所では、どうなのか?
地上にはそんな場所がないから誰もわからない。想像するしかない。
例えば、凝り固まったマナがゼリーのようになり、計測器はそこに突っ込んでしまい落ちてこなかった……とか。
「とにかくこれは大発見だ。君たちのおかげだよ。特にアイリン、クランリーテ。素晴らしい魔法だった」
「それほどでも~。あ、でも、未分類魔法使っちゃったけど大丈夫かな……」
「アイリン、なにを心配して……あ」
この結果を先輩たちが発表する際に、どうやって打ち上げたか聞かれるはず。もし未分類魔法を使ったと説明したら、私たちの発表みたいになるかもしれない。アイリンはそれを心配しているんだ。
「そこはなんとでもなるさ。そもそもマナ計測器の中身は属性魔法を使っていない。未分類魔法みたいなものだからね」
「あっ……そっか!」
ヘステル先生も言っていた。先輩たちの研究の根幹は、未分類魔法に限りなく近いと。
でも地上のマナを基準として、その差から数字を出してるみたいだから……未分類魔法よりも、マナそのものを操作する医療系の魔法に近いかもしれない。
「いやいやまぁまぁだからって問題解決はしてないんだけどね。だけどあくまでマナを計測する研究だから、否定派の先生たちも目をつぶると思うんだ」
「だから心配はいらないよ、アイリン。ワタシたちなら大丈夫さ」
「はい! わかりました!」
……すごいな、先輩たちは。
未分類魔法を使っていようと、堂々としている。
私たちを不安にさせない強さと自信がある。
魔法も、とんでもなかったし。
私なんて……。
「まだ不安かい? クランリーテ」
「え? いえ、私は……」
ヒミナ先輩と目が合い、思わず逸らしてしまう。そして、
「……さっき、私の魔法を褒めてくれましたけど、でも、あの魔法を何倍にもできたヒミナ先輩の方がすごいです」
言うつもりの無かった言葉が出てしまう。
そうだ、私は褒められるようなことはしていない。
「なにを言っているんだ。打ち上げる魔法として、圧縮のイメージを教えてくれたのは君だ。なによりあれくらい普通できるだろう?」
「え……?」
あれくらい、普通?
「いやいやいや……。ごめんね、ヒミナは感覚おかしいから」
「おかしいことなど言っていないが――」
「はいはい! みなさんのおかげで無事、計測ができました。もう日が暮れる時間だし、解散にしましょう」
「おや? もうそんな時間か」
気が付けば、随分と日が傾いていた。暗くなる前に学校を出ないと、特にアイリンの帰りが心配だ。
「みんな、今日は本当にありがとう。なにか困ったことがあればいつでもワタシの所へ来るといい。必ず力になるよ」
「あのねぇヒミナ、必ずってそんな簡単に……。でも、そうだね。なにかあったら来てね。相談でもなんでも聞くよ」
先輩たち二人はそう言い残すと、マナ計測器を持って先に屋上から出て行く。
「はぁ、どっと疲れたわ。すごい先輩たちだったわね」
「だねー。昼間にちょっと調べたんだけど、ヒミナ先輩は二年の学年トップなんだって」
「はぅ……。でもそうだよね。あれだけ魔法が使えるんだから、当然です」
「…………」
「クラリーちゃん? どうしたの?」
アイリンに呼びかけられて、ゆっくりと顔を向ける。
「……私、魔法のイメージには結構自信があったんだけど、上には上がいるんだなって、思い知ったっていうか」
「当然じゃない。ヒミナ先輩は1年早くからこの学校に通っているんだから」
「わかってるよ。でもさ、そういうレベルじゃない気がして」
「それは……」
サキが言葉を詰まらせる。同じことを思った証拠だ。
ヒミナ先輩に漠然と感じたのは、
魔法のイメージの、器の大きさが違う。
『クランリーテ。成功のイメージができなければ、なにも上手くはいかない! 魔法と一緒さ!』
私は……。
『なによりあれくらい普通できるだろう?』
「クラリーちゃん」
「……あ」
気が付くと、みんなが心配そうに私を見ていた。
「ごめん、大丈夫。すごい先輩がいるんだなって、驚いただけだから。さ、私たちも帰ろう」
私はさっき感じたことに封をして。陽が沈み始めた屋上を後にした。
未分類魔法クラフト部
クラフト17「魔法学校の人たち・後編」
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