116「ヒミナ先輩の魔法」クランリーテ


 翌日、放課後。

 私たちは校舎の屋上に集まっていた。


「屋上って初めて来たけど、研究塔ってすっごく高いよね~」

「……うん。私も同じこと思ったよ」


 校舎は七階までだけど、塔は……その倍近くあるかもしれない。屋上から見ることで改めてその高さを実感した。

 あまり考えたことがなかったけど、これ、普通の建築方法じゃ無理だよね。

 魔法を駆使して建てたとしか思えない。

 かなり古い建物だから、父さんの魔法建築はまだ確立していなかったはずなのに……。


「みんな、待たせたね!」

「お待たせ。ちょっと準備してたら遅くなっちゃったよ。ごめんね」

「先輩! いえ、大丈夫ですよ」


 屋上にやってきた先輩たち。

 フリル先輩が抱えている緑の箱――マナ計測器。


「昨日も話したけれど、ワタシたちの研究はこのマナ計測器ではなく、空にあるマナを調べることが目的だったんだよ」

「でも間に合わなかったっていうか、できなかったっていうか」

「この計測器を打ち上げることができなくてね。仕方なく計測器だけを発表したというわけさ。結果君たちの研究の影に隠れてしまったのだから、やはり妥協はするべきじゃないね」


 ……それでも最高の評価を受けてますけどね。

 でも、もし空のマナを調べることができていたら、例え猫アレルギーの薬が正当に評価されていたとしても、どっちが話題をさらっていたかはわからない。


「しかし素晴らしい。今日は雲一つ無い、まさに打ち上げ日和だ」

「雲の中も計測してみたいけどね」

「あぁ、それもいいね。だが、まずはなにもない空を計測してからだよ」


「ヒミナ先輩。あたしたちに、その打ち上げを手伝って欲しいってことなんですよね」

「その通りだよ、サキ。空のマナを計測するには、この計測器をそこまで打ち上げなくてはならない。普通に風魔法で打ち上げただけでは出力が足りなくてね」

「ちなみに強度はバッチリなんで。多少派手な方法でも大丈夫」

「そう、みたいですね。シンプルな箱だけど、よく見ると使ってる素材は魔法に強い物だわ。もしかして保護の魔法道具も中に組み込んでますか?」

「おっ、サキちゃん話がわかるね」

「あ、あたしも、魔法道具は得意で……」

「フリルにはいつも助けられているよ。計測器を創れたのも彼女のおかげさ」

「いやいやいや……構想はヒミナでしょ。それに、わたしはヒミナみたいに魔法がすごくないから。道具いじりくらいしかできないしね」

「フリル、謙遜することはないよ」

「いやいやいや……」


 ……そういえば、先輩たちって魔法はどうなんだろう。

 今の話だと、ヒミナ先輩はすごいみたいだけど。


 箱――計測器を見て目をキラキラさせているもう一人、アイリンが手を挙げて質問をする。


「あの! マナ計測器って、どういう感じに結果がわかるんですか?」

「あー、そういえば説明してなかったっけ? この箱の側面に鉱石が六個あるでしょ。ここに数字が出るんだよ。ここのスイッチを押すと……はい、この辺りのマナは1087だね」

「ふおおおお! すごい!」

「……あ、あの、フリル先輩。この数字が出る仕組み、後で教えてもらえませんか?」

「いいよ、サキちゃん。で、この数字なんだけど、この辺りのマナを基準にして1000が平均。どうも高いところの方が密度が増すみたい」

「夏休みの間にナハマ山にも行ってみたんだ。中腹辺りで1500くらいだったよ。大空洞は安定しなくてね、場所によっては800を切っていたし、1700近く出す場所もあった」

「へぇ……やっぱりあの空洞はなにかあるんですね」


 山の中をマナが走っていたし。なにより遺跡がある。きっとそのせいで密度が安定しないんだ。

 私たちが見付けたあの部屋で計測したら、どんな結果が出るだろう。


「さて、本題に入ろう。ワタシがどれだけ強力な風属性魔法を使っても、空高くまでは打ち上げられなかった。なにかいい方法はないかな」

「打ち上げるなら、でもやっぱり風魔法ですよね。より強力にするのなら……こういうのはどうですか?」

「ほう、クランリーテ。もう思い付いたのかい?」

「思い付いたっていうか……」

「じゃあ試しに打ち上げてみてよ。準備するから」

「い、いきなりですか? ……わかりました。ちょっと、離れててください」


 屋上の真ん中に計測器を置いて、私はそこから離れた場所で、魔法の準備――イメージをする。

 先輩たちがどんな魔法を使ったのかわからないけど、たぶん、このイメージは試していないはず。


「ほう? 箱が少しだけ持ち上がったようだけど、これは――」


 計測器の下に、風魔法を集める。圧縮のイメージ。

 より多くの風を、集めて、集めて……。


 ドンッ――!!


「わぁぁ! 打ち上がったあぁふおおおお!」


 解放。爆発したかのように、周囲に風が吹き荒れる。

 もちろんその中心にあった計測器は空へと打ち出され――。


 ガシャン。すぐに落下してきた。


「う……ごめんなさい、ぜんぜんダメでした」

「いやいやいや、なかなかすごい魔法だったよ。詠唱も無しですごいね? クランリーテちゃん」

「クラリーちゃんさすがだよ~! すっごく上まで行ってたよ?」

「でも、今のじゃ全然だよ。先輩たちが調べたいのはもっと空高くなんだし。ですよね、ヒミナ先輩…………?」


 ヒミナ先輩は腕を組み、落下した計測器をじっと見つめながらなにかブツブツ言っている。


「今のは……そうか圧縮……そして……なるほど……」


 先輩はそっと、腕を前に伸ばす。


「あ、まずい。みんな伏せて!」

「――え?」


「イメージは……こうかな?」


 


 マナが大きくうねった。

 感覚の窓が勝手に開く。開かされる。

 ああ、先輩に吸収されたマナが、魔法となって、計測器の真下に集まっていく。

 とてつもない風属性魔法が圧縮されていく。


 ヒミナ先輩のマナの吸収量が多い? それもある。でもなにより、その引っ張り方と魔法の発動が他の人と違う。辺りのマナをぐいっと掻き集め、取り込んだと思った次の瞬間にはもう強大な魔法になっている。

 マナが魔法に変わるのが速すぎる。まるで裏にひっくり返すだけのように、くるりと魔法になる。強引なのに、その流れには淀みがない。

 ロスの無い、自然なマナの動きに、私は思わず見惚れてしまった。


「こんな……すごい……」


 私のなんか比べものにならない。とんでもない風魔法の圧縮。それが今、解放――。


「あぶないよ、クランリーテちゃん!」

「あっ……」


 フリル先輩に押し倒されるようにしてしゃがむと同時に、


 ――ドゥン!!


 低い爆発音と共に、屋上に嵐が起こった。


「ふおおおおーーーー!」

「うわあ、やばっ。ナナちゃん手を放したらダメだからねー!」

「は、はう!」

「くっ……風よ、暴風を、遮り給え……っ……きゃあああ!」

「っ……あぁ……」

「もう、ヒミナのバカ、加減しなさいよ……!」


 フリル先輩と一緒に、風が収まるのを待つ。

 他のみんなも飛ばされないように必死に堪えていた。

 ……フリル先輩が庇ってくれなかったら、屋上から落とされていたかもしれない。


「あ……ありがとう、ございます」

「いやいやいや、ヒミナが無茶してごめんね」


 ようやく風が収まってきて、私はフリル先輩にお礼を言う。

 フリル先輩はこうなるってわかってたんだ。きっといつもこんな感じなんだろう。


「……ふむ。これでもまだダメか。もう少し工夫が必要だね」


 嵐の中、きっちり風を無効化していたヒミナ先輩は、落ちてきた計測器を風魔法でキャッチする。


 ……とんでもない、先輩だ。

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