クラフト17 魔法学校の人たち・後編

113「自由課題の最高評価」クランリーテ


「これは……私の想定を遥かに超えていたわね……」


 ヘステル先生は大きなため息をついて、テーブルにテレフォリングを置いた。

 先生が推進派だとわかって、アイリンは先生の研究室で通話魔法のことを話し――実際に体験してもらった。


「あなたのこと、オイエン先生から聞いてはいましたが……ここまでとは。素晴らしいわ、アイリンさん」

「えへへ~、それほどでも~。あ、おばあちゃんにはまだ秘密でお願いします!」

「そうなのですか? ……まぁいいでしょう。それにしても、発表したのがこの魔法じゃなくてよかったわ」

「え? それは……もっと大変なことになっていた、ということですか?」


 猫アレルギーの薬よりも通話魔法の方が、世界に与える影響が大きいだろうことはわかる。でも、いつかは完成させ、発表する時が来る。


「大変というより、今の段階で発表すれば潰されてしまうでしょうね」

「つ、潰され!?」

「未分類魔法否定派というのは、つまり属性魔法の信奉者よ。世界は属性魔法によって創られた。すべてのことは属性魔法で成り立っている。それ以外の魔法を広めることは、世界の理に反する、禁忌。極一部だけれどそう考える人がいるのです」

「うわー、そこまで極端な人がいるんだ。あ、じゃあ先生、潰すってもしかして、手段問わない感じですか?」

「……そうよ、チルトさん」


 手段問わず?

 一瞬チルトがなにを言っているかわからなかったけど、すぐに理解して血の気が引く。


「そんな……」

「穏やかじゃないわね……」

「もちろんそのようなことにはさせません。そのために私がいます」

「ヘステル先生……!」

「ただそれよりも、安全に、確実に発表できるようにするべきだという話です」

「安全な方法があるんですね?」

「ええ。この通話魔法を、本当の意味で完成させる。それしかないわ」


 通話魔法を完成させる? 私は思わずアイリンを見てしまう。


「先生、わたしもともと完成してからじゃないと発表するつもりないです!」

「アイリンさん。この場合の完成とは、誰にでも簡単に使え、無くてはならない便利な魔法にすることよ。わかっている?」

「はい! もちろんです!」

「誰にでも使える……。そっか、今の属性魔法みたいに」


 属性魔法は誰にでも使える便利な魔法だ。だからこそ世界中に普及し、ターヤ王国はその中心地として栄えた。


「そういうことです、クランリーテさん。発表した瞬間、世界中の人が注目するような魔法なら、否定派も手の出しようがないわ」


 否定派が行動するよりも早く、世界に広まってしまえばいい。

 そして通話魔法は、一度使えば手放せなくなることを私たちは知っている。


「ある意味アイリンちゃんの判断が正しかったってことなんですね。すごいよアイリンちゃん!」

「えへへ~」

「あ……あたしは、そんなの知らなかったから。すぐに発表した方がいいって言ったのよ。だから、その……」

「サキ。誰もサキが間違ってたなんて思ってないよ。アイリンのこだわりのおかげで、たまたま危険を回避できたってだけで」

「結果オーライってことだよー。アイちゃんが職人気質でよかったねー」

「う……。わ、わかってくれてるならいいのよ」


 今の通話魔法、誰にでも簡単に使えるという点はクリアしているし、無くてはならないものになるのも間違いない。ただ、テレフォリングを識別できず特定の人とだけ話すということができない。これをなんとかしなければ世界中に普及はできない。

 結局、アイリンが求める『完成』を目指すのは変わらないんだ。


「今日はここまでにしましょう。ありがとう、有意義な話ができたわ。さあ、早く帰りなさい」

「は、はい……って、なんでそんなに急かすんですか」


 ヘステル先生は急に立ち上がり、自らドアを開けに向かう。私たちに早く出ていって欲しいみたいだった。


「……アイリンさんから教わった通話魔法について。私も研究がしたいだけです」

「なるほど……」


 自ら未分類魔法の研究をするほどの推進派。新しい魔法を知って、研究したくなる気持ちはよくわかった。


「あぁ、そうだわ。最後に一つだけ」


 ヘステル先生がドアの前で振り返る。


「あなたたち、自由課題発表会で他のグループの発表は見ましたか?」


「いえ……なんか、それどころじゃなくて」

「発表前はナナちゃんがガチガチに緊張してたからねー」

「はぅ……」

「終わった後は、それこそ見る余裕が無かったわね」


「なるほど。発表会は、良くも悪くもあなたたちの研究の話題で持ちきりだったわ。でもその影で、最高評価を受けたグループがあるの」

「最高評価……」


 もし、私たちの研究がきちんと評価されていたら――なんて、少し考えてしまう。


「その研究、発表会では特に指摘されなかったけれど、その根幹部分は未分類魔法に限りなく近い」

「か、限りなく近い?」

「言い切れないということです。もし気になるなら直接話を聞いてみなさい。二年生で、名前は――」





「二年生の自由課題、どんな研究だったんだろうね~」


 ヘステル先生の研究室を出た私たちは、階段を降りて出口へ向かっていた。

 最高評価を受けた先輩たちの研究。確かに気になる。


「ていうかさー。先生も内容を教えてくれたらよかったのに」

「あはは……。しょうがないよチルトちゃん。先生も、みぶ……その、研究があるみたいだから」


 ナナシュが未分類魔法と言いかけて、慌てて濁す。

 ヘステル先生のことはトップシークレットだ。

 周りに誰もいない時でも、会話には気を付けた方がいい。

 ……アイリンには後で釘を刺しておこう。


「ね、その先輩たち、まだ校舎にいるかな?」

「さすがにもういないんじゃない? 名前は教えてもらったし、明日にでも――」



「待っていたよ、君たち!!」



「――――!!」


 その声が響いたのは、ちょうど火の塔を出たところだった。

 私たちと同じ赤いブレザーの制服を着た女の子が二人、目の前に立っている。


 背の低いピンクのショートヘアの子と、サキと同じくらいの背の、グリーンの髪の女の子。声の主はショートヘアの方で、腰に手を当てて不敵に笑っている。

 その子は唖然としている私たちに向けて手を伸ばした。


「あぁすまない、待ちくたびれて退屈していてね。つい大げさになってしまった」

「いやいや、それよりも知らない人に待たれていることに驚いてるんだよ」

「おや失礼。だがワタシのことは知っていると思うけれどね」


 伸ばした手をすっと引いて、頭を下げる。


「ワタシの名前はヒミナ・ハインテイル」

「フリル・ホーステンです。あー……驚かせてごめんね?」


「え……!?」


 二人は、ヘステル先生から教えてもらった先輩たちの名前を名乗ったのだった。

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