112「ヘステル先生」クランリーテ
ヘステル先生の研究室。窓は分厚いカーテンで閉め切り、灯りも少なくて薄暗い。
意外なのは、その少ない灯りが光属性の魔法式ランタンだったこと。私の家にあるのと同じ、特殊な魔法道具。火属性の先生だし、炎を灯すタイプのランプがあると思い込んでいた。
そしてなにより……。
「うわぁ、散らかってるなー」
「ちょ、ちょっと、チルトっ!」
たぶんみんな同じことを思ったけど、口には出さなかったのに。思わず慌ててしまう。
そう、この研究室は片付いているとは言い難い。
壁には本棚が並んでいるけど、その手前に何冊も平積みされている。床には乱雑に置かれた木箱があり、中によくわからない魔法道具のようなものがごちゃっとしていた。
奥に作業台のようなものが見えるけど、その上も本が積まれ工具が雑に置かれている。一部分だけなにもないスペースがあって、そこで作業しているのかもしれない。
「……午前中に片付けたのだけれど……」
先生が扉を閉めながら、ポツリと呟く。……これで片付いた方なのか。
でもこの物がいっぱいの部屋で火属性魔法の研究なんてできるのかな?
普段もっと散らかってるとなると、余計に心配になる。
「この部屋、保護の魔法道具が無いわね」
「保護……って、なに? サキ」
「あら、知らないの? クラリー。万が一魔法が暴発しても部屋が壊れないように、魔法を吸収して威力を減少してくれる魔法道具のことよ。魔法の研究室にはだいたい置いてあるわ」
「へぇ。私、魔法道具はあんまり詳しくなくて。さすがだね」
「ま、まあね? 保護の魔法道具は属性毎に調整が違うの。だから火属性専用の道具が置いてありそうなものなのに……やっぱり無いわ」
サキが言うなら本当に無いのだろう。これだけ散らかってたら、保護の魔法道具は必須だと思う。
「サキさんは詳しいわね。……一応保護の魔法道具を置いておこうかしら」
「い、一応? 先生、それってどういう――」
「クラリー、見て。保護の魔法道具だけじゃないわ。この本棚、火属性魔法の本が一冊もない」
「え? そんなわけ…………って、本当だ! 古代の歴史とか……古代の魔法……?」
「おぉー! 見て見てアイちゃん! こっちの木箱には色んな鉱石が入ってるよー!」
「ふおおお? ほんとだー!」
「奥の作業台は、アイリンちゃんのに似ていますね」
「あぁー……うん、確かにアイリンのに似てる」
「えっ! わ、わたしのはもうちょっと片付いてるよ~……」
作業台はともかく……。この部屋、火属性魔法の研究室とは思えない。
ヘステル先生って……?
「…………」
先生は黙って部屋の奥へと進む。そしてくるっと振り返り、
「まずは謝らせて。アイリンさん、ごめんなさい。昨日は酷いことを言ったわね」
「え……」
なんと、ヘステル先生がアイリンに頭を下げている。これは、いったい……。
火属性魔法の研究室だと思って入ったら、とてもそうは見えない部屋で。
特別補習を行うと思っていたら、先生がアイリンに頭をさげている。
もうわけがわからなかった。
わからないけど、でも、一つの可能性が頭を過ぎる。それは、
「もしかして、ヘステル先生は……アイリンと、私たちと、同じで……」
「その通りです、クランリーテさん。私はここで、未分類魔法の研究をしているわ」
「え………………えぇぇぇぇぇぇ!!」
まさかの告白に驚き、全員の声が揃った。特にアイリンの声が大きかった。
否定派で有名なヘステル先生が、どうして未分類魔法の研究を……いや、違う。
「どうして、否定派のフリをしてるんですか!?」
「それはもちろん。研究がバレないようにです」
「容認派ではダメなんですか?」
「そうね。それだと私のことを調べようとする人が出てくる。容認派なのに研究をしていることがバレたら、立場的に厳しくなるわ」
「それは……」
……説得力のある話だった。火の塔に研究室を持つ先生が、未分類魔法を研究しているとバレたらどうなるかわからない。
でも否定派だと主張していれば。誰も調べようとしない。厳しいヘステル先生なら尚更だ。
否定派のフリをしている理由はわかった。でもだったら――
「な、なんで、一昨日部室に来た時に教えてくれなかったんですか?」
「ハッ! そうよ、なんで……あ、もしかしてオイエン先生がいたからですか?」
「いいえ? オイエン先生は、私の研究を知る数少ない一人よ」
「えぇー? なんだ、だったらオイエン先生が教えてくれたらよかったのにー」
「あ~!! そうだよチルちゃん! おばあちゃんなんで教えてくれなかったの……? 教えてくれたら補習も恐くなかったのに……」
「はぅ……。確かに、わかっていれば少しは恐くなかったです」
「それよ。アイリンさん、ナナシュさん。恐くなくなってしまうからです」
「ふお?」
恐くなくなってしまうから……教えてくれなかった?
「私はこの学校で、特に厳しい否定派でなくてはならないの。昨日の補習は、周りにそれを示すためのものよ」
「周りに……。でも、そんなことしなくても十分否定派として有名なんじゃないですか?」
「ええ。だからあれは、念押しよ。私があなた方を何度呼び出しても、不自然じゃないように」
「あっ……!」
いくら否定派のヘステル先生でも、呼び出しを繰り返していたらいつかは怪しまれる。でもああやって周りにはっきりと自分のスタンスを見せつけておけば、また補習か、としか思われない。
私たちに本当のことを話さないことで、より効果的に演出したわけだ。
ていうかもし聞かされてたら、みんな絶対不自然になってた。
「なによりこれは、あなたたちのためでもあった」
「私たちの……ですか?」
「私がいち早く動けば、他の本当の否定派の先生は動かなくなる。私に任せておけば問題ないと思ってくれるから」
「おおおー! 確かにそうだー! 先生、すごいよ!」
「だから念には念を、だったのよ。私はこの立場を失うわけにはいかない。あなたたちのような生徒を守るためにもね」
まさか、ヘステル先生がそこまで考えてくれているなんて。
この研究室に入るまで、考えもしなかった。
「……って、あれ? さっき、『何度も呼び出す』って言いました?」
「言ったわ。これからは、いつでもここに来て。もし未分類魔法のことでなにかあれば私に相談しなさい。そしてあなたたちの研究のこと、もっと教えて欲しい。私は自分でも研究するほどの未分類魔法推進派なのよ」
「推進派……! ヘステル先生、すっっごく心強いです! 一緒に未分類魔法を研究しましょう!」
ターヤ中央区高等魔法学校は、属性魔法の学校。
そこで未分類魔法の研究をし、なにかを発表することの難しさを思い知った。
でも……すべての人が否定しているわけじゃない。
教師であり、研究者でもある、推進派のヘステル先生は強い味方だ。
「推進派、ゼロではなかったわね」
「隠してるからほぼゼロだったのかー。オイエン先生もやるなぁ」
「あっ……そういうことなんですね」
「さっすがおばあちゃん! でも火属性魔法の補習じゃなくてよかった~。ヘステル先生、わたし毎日でも来ます!」
「……そのことなのだけど、アイリンさん。この部屋に通っていながら、火属性魔法の成績が上がらないのはいけません。普通の補習も行うのでそのつもりでいてください」
「え……えぇぇぇぇ!?」
「あははは! アイちゃんがんばってねー」
「チルトさん。それからナナシュさんも。ついでに受けてもらいましょう」
「う、うわー! とばっちりだぁ……」
「……! は、はい。是非、お願いします!」
「ナナシュは真面目だね」
「そうね。…………あたしも受けさせてもらおうかしら」
「補習は次回からにしましょう。今日は未分類魔法の話を聞かせて欲しいの。いいかしら? アイリンさん」
「はい! もちろんです!」
未分類魔法クラフト部
クラフト16「魔法学校の人たち・前編」
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