110「特別補習」クランリーテ
ヘステル先生は教師兼研究者。普段は火属性研究塔、火の塔に籠もって研究をしているらしい。助手や研究生を取らない、孤高の研究者として有名らしい。
生徒たちの間では学校一厳しい先生としての方が有名だけど。
「あのような魔法を研究するなんて、この学校では許されないことです。明日の放課後、校門前に集まるように。補習を受けてもらうわ」
先生は一方的にそう告げると、すぐに部室を出て行った。オイエン先生とも最初に言葉を交わしただけ。私たちが困惑していると、
「先生の呼び出しなのだから、ちゃんと行った方がいいわ」
と、言われてしまい。私たちは次の日、指定された校門前に集まっていた。
「うぅ、補習ってなにするんだろう……」
「言われた通りに魔法を使うだけよ。って、アイリンは簡単じゃなかったわね」
「ボクも不安だよー。風魔法はだいぶ慣れてきたけど、火属性はまだ苦手だなー」
「それに……ここは帰宅する生徒がいっぱい通ります」
「ナナシュ、さすがにここではやらないんじゃない?」
演舞場とかに移動すると思う。けど……校門と玄関の間にはちょっとした広場がある。ここでできなくもない。
「ちゃんと来たようですね」
しばらくすると、ヘステル先生が玄関から出てきた。
私たちは横に並んで、ビシッと姿勢を正す。
「それでは早速始めます。こちらの広場に来なさい」
「う……やっぱり、そこでやるんですね……」
「なにか不都合がありますか? クランリーテさん」
「い、いえ! ありません」
私たちが広場に一列に並ぶと、帰宅する生徒が足を止めて何事かとジロジロと見てくる。
「はぅ……緊張します」
緊張、というより私は恥ずかしかった。
先生は覗いている生徒に背を向けているから、ギャラリーに気付いていないのだろうか。帰りなさいって言ってくれないかなぁ。
「では、私が指示する魔法を使って。まずはファイヤーウォール」
「――炎よ、我と汝を隔てる壁となれ」
サキが素早く詠唱し、目の前に炎の壁を作る。継いでナナシュ、チルトもたどたどしく詠唱をして魔法を出した。
私は詠唱しないでファイヤーウォールを出し、隣りにいるアイリンがそれを見てまったく同じ魔法を出す。
……そっか、こういう合同の補習ならアイリンも問題ないんだ。補習になってるかはともかく。
先生の言われた通りに、いくつかの魔法を使っていく。順調だ、このままなら――。
「アイリンさん。次から後ろを向いて魔法を使いなさい」
「――えっ!? わたしだけ? な、なんでですか?」
「魔法を出すのがワンテンポ遅れています。クランリーテさんの魔法を見てから出しているわね? 見ないで魔法を使いなさい」
「うぅ……わかりました」
まずい、魔法の複製が封じられてしまった。
複製がバレたわけではなさそうだけど……。途端、不安になる。
「さあ、まだまだこれからよ。次は、サーチファイア。的は私の出した火球です。アイリンさんの方にも飛ばしますから、振り返らなくて結構よ」
ヘステル先生の要求レベルが上がった。
動く標的を追うように炎を飛ばす魔法。的が見えている分イメージは楽だけど、主にコントロールの面で難易度が高い。
私とサキは問題ないし、ナナシュもコントロールが得意だ。でもチルトは……。
「う、うわー! どっか飛んでった!」
「チルトさん、騒がない。もう一度やりなさい」
やっぱり、炎を上手く飛ばせないようだ。
私はチラっと後ろを向く。
同じく苦戦せいているだろうアイリンはというと、
「さー、さーちふぁいあ……えっと、追いかけるイメージ、炎が、飛んで」
アイリンの手元から、ぽんっと炎が出るも……ひょろひょろと地面に落ちてしまう。
「アイリンさん、まったく出来ていません。やり直しよ。早くしなさい」
「は、はいっ」
「クリアした三人は、次の魔法です。ファイアータワー。大きさは――」
先生が右腕を上げると、一瞬で手のひらに巨大な炎が生まれ、ゴウッと空に向かって立ち上る。
「炎の柱の直径が、自分の肩幅くらいになれば合格としましょう」
「えっ……」
ナナシュの顔が青ざめる。
「どうしました? ナナシュさん。早く魔法を」
「は、はいっ。……天を焦がせ、空に届け、炎の塔よ!」
ナナシュの右腕から炎が放たれるが――。太さは、その腕と同じくらいのものだった。
「ダメね、細すぎるわ。やり直しなさい」
「はぅ……」
「せ、先生! 出力は個人差があります。ナナシュは……」
「クランリーテさん。彼女ができないのは、出力の問題ではありません」
「え……えぇ?」
「よく考えなさい。それより、クランリーテさんもできないのですか?」
「で、できます!」
私はすぐにファイアータワーを出す。自分の肩幅よりも、かなり大きくなった。
「……合格です。サキさんもいいでしょう」
「くっ……クラリーより小さかったわっ。ってそれよりナナシュ! ファイアータワーは――」
「サキさん。助言は禁止します。自分で考えなければ意味がないわ」
「――っ! わ、わかりました……」
サキはなにかわかったみたいだけど、それを教えるのを止められてしまった。
「ナナシュ……」
「はう……。や、やってみるよ、クラリー」
そう言ってナナシュは、もう一度魔法を使う。でも、大きくはならない。さっきと同じだ。
一方、チルトとアイリンはまだサーチファイアに苦戦している。
「あーもう! なんでどっか飛んでっちゃうんだよー!」
「追いかける、追いかけるイメージ、あの火の玉に飛んでいくイメージ……えーい! あ、あれ?」
「おい見ろよ。ヘステル先生の補習だ。相変わらず厳しいなー」
「サーチファイアって苦手な人はほんとできないからな」
「ファイアータワーだってそうだろ。俺がやったら失格かも」
「確かできるまで解放してくれないんだろ? ヘステル先生って」
外野の声が聞こえてきた。さすがにヘステル先生も気付いているはずなのに……先生が振り返ることはなかった。
「サキさん、クランリーテさん。次の魔法は――」
補習は、まだまだ続く――。
*
「……今日はここまでにしましょう」
「つ、つかれたー! こんなに魔法使ったの初めてだよー」
チルトがその場に倒れ込む。ナナシュとアイリンも寄り添うように座った。
もう日が沈みかけている。三人はかなり長時間魔法を使い続けていた。
「……お疲れ様」
私とサキは先に補習を終えていて、最後の方は三人の補習をじっと見守っていた。
でも……。
「はぅ……結局だめでした……」
ナナシュはファイアータワーを合格できなかった。チルトはなんとかサーチファイアをクリアし、ファイアータワーもギリギリ合格、だけどその次で詰まってしまった。
「ナナシュさん。あなたは魔法の出力が弱いようですが、それをコントロールでカバーしようとは考えなかったのかしら?」
「え……コントロールで、カバー……です、か? ……あっ」
「チルトさんは逆に雑過ぎよ。出力があるのに、それでは魔法と呼べません」
「うぐ……は、はーい……」
「……サキさんとクランリーテさんは、さすがですね。精進を怠らないように」
「はいっ」
「はい……」
「そして……アイリンさん」
ぐったりしていたアイリンが、顔を上げる。夕陽の中でも、その顔が青ざめているのがわかった。
「途中からまったく魔法が使えなくなりましたね」
「……はい」
途中までは私の魔法を複製していたから。後ろを向かされてからはほとんどなにもできず、結局サーチファイアをクリアできなかった。
「例の未分類魔法を創ったのは、あなただそうね?」
「は、はい。そうです」
「属性魔法も碌に使えないのに、必要の無い魔法を研究している場合?」
「待ってくださいヘステル先生! 必要ないって、そんな!」
「黙りなさい、クランリーテさん。ここは属性魔法を学ぶ場です。それを疎かにして未分類魔法の研究など、言語道断よ」
「うっ……」
「……アイリンさん。あなたには特別な補習が必要なようね。明日の放課後、火属性研究塔の私の部屋に一人で来なさい」
「え、えぇ!?」
先生の研究室に? 今日の補習でもかなり厳しかったのに、さらに特別な補習って……。
「おいおい聞いたか? 研究室に呼び出しって……」
「魔法が使えるようになるまで炎の中に入れられるって聞いたことある」
「新しい魔法の実験体にされるんじゃなかったか?」
「二度と帰って来れないとか」
ずっと見ていたのだろうか。外野の生徒数人の話し声が聞こえ、アイリンの顔がますます青ざめる。
「……君たち、いつまで見学しているの? 明日、同じ補習を受けさせましょうか」
「ひっ! か、帰ります! さようなら!」
さすがにヘステル先生も黙っていなかった。覗いていた生徒を帰らせる。
いまの……ただの噂だよね?
「アイリンさん。返事は?」
「は、はい! わかりました!」
「よろしい。では、気を付けて帰りなさい」
ヘステル先生はそう言って校舎の中へと戻っていく。その背中が見えなくなると、アイリンは仰向けに倒れるのだった。
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