109「魔法学校での未分類魔法」クランリーテ
オイエン・アスフィール先生。
風属性魔法のエキスパートで、アイリンのおばあちゃん。
この風の塔の研究室で魔法の研究をしている。
どうしてここに……と思ったけど、オイエン先生はこの部の顧問でもある。自由課題の件を聞いて来てくれたんだ。
あとたぶん、アイリンを心配して。
「おばあちゃん……」
「ごめんなさいね、アイリンちゃん。私も発表会に出席するべきだったわ。顧問失格ね」
「そんな、オイエン先生……」
今回の自由課題、私たちは滑り込みで提出した。
オイエン先生が知らなくても無理はない。でも……。
「……私たちが勝手に発表したのがいけなかったんです」
「クラリーの言う通りね……。ギリギリでも、前もってオイエン先生に相談するべきだったわ。そうすればこんな結果にはならなかったかも」
私の意見にサキが同調してくれて、みんなも俯いてしまう。
「みんな、顔を上げて。……それでもね、先生が悪いのよ」
「どうして、ですか?」
「あなたたちに、きちんと話しておかなかったからよ。この学校における、未分類魔法のスタンスをね」
「スタンス……」
「それをこれから説明するわね」
オイエン先生はそう言うと、テーブルの前まで歩く。
「先生、あたしの椅子に座ってください」
「あら、ありがとうサキさん。まず……この学校の人たちが未分類魔法をどう考えているか。三つに分けられるわ」
先生は指をぴんと一つ立てる。
「まずは否定派ね。未分類魔法を強く否定している。この学校は属性魔法を学ぶ場。それ以外は必要の無い未分類の魔法。ターヤ王国の思想を強く持ち、研鑽、研究をしている教師や研究者よ」
「うぅ、否定派……」
「ア、アイリン、顔を上げて。……オイエン先生、では課題に評価を付ける先生たちは、否定派だったんですか?」
「いいえ。彼らはおそらく中立、静観。どちらでもいい派よ」
「ど、どちらでもいい派?」
「否定も肯定もしないってことですよねー? だったらどうして、評価保留にされたんですか?」
「そうだよね……。公平に評価されないとおかしいです」
「どちらでもよくても、主流は四属性魔法だからよ。未分類魔法を否定まではしないけど、やっぱりターヤは属性魔法の国だから、という考えね。でも評価保留にされたのは、否定派を気にしてのことでしょう」
「否定派を……ですか?」
「ええ。全体で言えば、どちらでもいい派は六割くらい。一番多いわ。否定派は二割程度なのだけど、校内での発言力、権力を持つ先生に多いの」
「そういうことね……。立場上、否定派に逆らえないわけですね」
「ちなみに私は、残りの二割の容認派よ」
「おばあちゃん……!」
「ふふ。でもね、容認派は未分類魔法の研究を推奨しているわけではないの。その魔法が素晴らしいものならば受け入れるべき。そういう考えの人たちね」
「それも、ターヤだから、ですか?」
「ええ。クラリーさんとサキさんには、前に話したと思います。魔剣の魔法は、古代文明が滅びた理由の一つかもしれない。だとしたら、それに対抗できるように。属性魔法の研鑽をしなければならない。私がこの歳になっても風魔法の研究を続けているのは、そのためよ」
「……はい」
一学期に、アイリンの未分類魔法が暴走した時に教わったことだ。
魔剣の研究の際に、万が一世界が滅亡するような事態になったとしても。属性魔法で対処できるように。
「あの……オイエン先生。質問、いいですか?」
「なにかしら? ナナシュさん」
「は、はい。否定派、中立、容認派の三つに分かれているのはわかりました。でも……未分類魔法の研究を推奨する人は、いないのでしょうか……?」
確かにそうだ。この大きな魔法学校に、未分類魔法を推奨する人は誰もいないのかな。
「……いいところに気が付いたわね。未分類魔法、推進派。この学校では、ほぼゼロね」
「ほぼ……?」
「ええ。表立って推奨する人はいないわ。でも……」
「密かに未分類魔法を推奨している人はいる、ということですか!?」
「どうでしょう。いるかもしれない、いないかもしれない。だからほぼゼロなのよ」
「は、はぁ……」
いるかもしれない、か。推進派の人に心当たりがあるわけではないんだ……。
「あたしも質問です。オイエン先生が容認派でも、否定派の方がまだ発言力が強いのですか?」
「私は研究者ですからね。学校の方針に口を出すほどの権力はないのよ。否定派には、教師としてみなさんに魔法を教えている人が多いわ」
「せんせー。じゃあなんで一学期の間、クラフト部はなにも言われなかったんですか?」
「ふふ。発言力はなくても、私は影響力がありますからね。目を瞑ってくれていたのでしょう。ですが……」
「……まさか」
私は思わずナナシュに視線を送る。彼女も、その意味を悟ったみたいだ。
「あっ……。私たちが、猫アレルギーの薬を創ったから……」
「正解よ、ナナシュさん。もともと大したことはできないと踏んでいたのでしょう。ですが『呼吸で取り込むマナに魔法を乗せる』だったかしら? それは、とても無視できるものではなかった」
アイリンが生み出したあの未分類魔法のすごさは、課題発表会の最初の反応を見ればわかる。医学界に革命を起こすレベルの魔法だと思う。
「私の要件はそのことなの。おそらく近いうちに、否定派の誰かがみなさんに接触をしてくるでしょう。おそらく――」
――コン! コン!
突然鋭いノックの音がして飛び上がりそうになった。
今度は誰だろう……?
「開けてきます」
立っていたサキが再びドアの方に行く。
「……噂をすれば、来たかもしれないわね」
「え……?」
サキがドアを開けると、そこに立っていたのは。
「未分類魔法クラフト部の部室は、ここで合っているわね。入るわよ」
「え、あのっ」
銀のフレームがきらりと光る、眼鏡の女性。
サキの返事を待たず、中に入ってくる。
長い赤髪を三つ編みにし、前髪を部分的に白く染めている。
あの特徴的な白いメッシュと眼鏡、そして強い口調は……。
「いらっしゃい、ヘステル先生」
「……オイエン先生。いらしたのですか」
ヘステル・ヒースブラン先生。
火属性魔法の先生で……学校一厳しい先生と言われている。
「どうしてヘステル先生がここへ……?」
「それはね、ヘステル先生が否定派で有名な先生だからよ」
「えっ……!」
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