106「夏休みの終わりに、部室で」クランリーテ
ユミリアを見送ったその足で、私たちは魔法学校、未分類魔法クラフト部の部室に来ていた。
……制服着てないけど、まだ夏休みだしいいよね。
「ここなら存分に話せるよ。さ、アイリン。ユミリアにあげたテレフォリングの説明、聞かせてくれる?」
「うぅ、わかってるよ~。急いで作ったからみんなに話す時間がなかったんだよ~」
「はぁ……。もうそれはいいわよ。早く新しいテレフォリングの説明をしなさいって言ってるの」
ユミリアに渡すために急いで作った。それはわかる。
だから、近距離と遠距離を切り替えられるという、新しいテレフォリングのことが聞きたい。
「えっと、どこから説明しようかな……」
「アイちゃんー。遠距離ってどういうことー?」
「あ、うん。実はね、今までの通話魔法だと、ここからスツは届かないってわかって。サキちゃん、スツに行ってたときテレフォリング光らなかったでしょ?」
「……そういえばそうね。アイリン、試してたのね」
「えへへ、こっそりね。それで、より遠くに魔法が届くように改良したんだよ」
「それが遠距離用?」
「うん。でもね、遠くに飛ばせる分、魔法が届くのが遅くってね。あんまり遠いと会話に遅れが出ちゃいそうなんだ~」
「デメリットもあるんですね」
「うんうん。だから私たちだけで話す場合は、いつもの近距離用。ユミリアちゃんと話す時は遠距離用って分けた方がいいと思う」
「……なるほど」
でも、いつの間に遠距離用の魔法なんて作っていたんだろう。
……あ。夏休みの宿題やらずに作ってたってことか。
「じゃあ次よ。スマート鉱石の部分をくるっと回して、切り替えていたみたいね?」
「うん! あのね、遠距離用って言っても、少しコントロールを変えてるだけなんだ。だから切り替えるのはすぐできたよ」
「そうなんですね。ユミリアちゃんのには色がついていたみたいだけど、あれは」
「色は目印だよ~。どっちがどっちかわからなくなっちゃうからね」
「……なるほどです」
「使い方は一緒なのよね? 遠距離の通話魔法を受ける時でも」
「あ、受け取る側も遠距離用にしないとダメだよ~」
「んー? ボクたちのって近距離用だよね? それだとユミちゃんと話せなくない?」
「そうなの! だからみんなのを貸して! 今日ここで改良しちゃうから」
どうやらアイリンは、最初からここで作業するつもりでいたらしい。私たちは言われた通りテレフォリングを外してテーブルに置く。
と……そこで、あることに気が付いた。
「あれ? 近距離、遠距離を切り替えられるってことは……話をする人を分けられる?」
「あっ、そうよ! 上手く切り替えれば特定の人と話ができるじゃない!」
アイリンの通話魔法の欠点は、テレフォリングを使って話をしようとすると、持ってる人全員のテレフォリングが反応してしまうこと。識別ができないことだった。
魔法の切り替えができるのなら欠点は克服される。ついに通話魔法の完成ということだ。
……でも、たぶん。
「あ、あのね。ちょーっと言いづらいんだけどね、これはその……」
「……わかってるよ。未完成なんでしょ?」
「うっ。……はい。クラリーちゃんの言う通りです」
「だと思ったわ」
「今さら気にしないよー、アイちゃん」
「そうですね。とことんまでやってください。アイリンちゃん」
「うぅ、みんな……ありがとう~!!」
さすがにみんなもわかっている。文句を言う人もいない。
……そもそも今回は、なんとなく未完成の理由に想像が付いていた。
「遠距離、近距離に切り替えられるようにしたけど、これは苦肉の策なんだよ~……。本当は切り替え無しで識別させたいから」
「まぁ……そうだよね」
「一応、二種類の魔法を識別はできてるんだけどね~」
「……ん? 鉱石の向きを切り替えてるから、魔法が繋がらないようになってるんじゃないの?」
「うん! 遠距離近距離を間違って繋ぐと魔法が消えちゃうから、ちゃんと識別するようにしたよ。でもこのやり方だと二種類までしか識別できなくて……。ダメそうなんだよね」
近距離と遠距離。二種類までは識別できたけど、種類は増やせないってことか。
しょんぼりするアイリン。でも……。
「でも識別するところまでは出来たんだね。だったら進歩してるよ」
「そうね。やり方を変えるにしても、今回のことは無駄にならないわ」
「元気だしなよアイちゃん。二学期からまたがんばろー!」
「みんな……うん! わたし、がんばるからね!」
私たちにはまだ時間がある。失敗しても、前に進む時間が。
「そうです、それで思い出しました。アイリンちゃん、猫アレルギーの薬のことなんだけど」
「あぁ~! あの薬は完成してるよね! どうしよっか?」
「…………えっ!?」
思わずそんな声をあげてしまった。アイリンから完成という言葉が聞けるなんて。
もちろん猫アレルギーの薬に欠点があると思っているわけではない。
ただ、もっと拘りたいって言い出すと思ったのだ。
「だったらアイリンちゃん。私たちクラフト部の、夏休みの自由課題ってことにしたらどうかな?」
「じゆうかだい??」
「……そっか、その手があった」
夏休みの自由課題。
一年生はやらなくてもよくて、二年生より上の学年に向けられた課題。
クラスに関係なくチームを組むことができるため、部活動の仲間同士で発表する人も多いらしい。
クラフト部の成果として発表するのは名案だと思う。ただ……。
「アイリン、あの薬には『呼吸で取り込むマナに魔法を乗せる』未分類魔法が含まれてるけど、発表していいの?」
「うん、いいよ? わたしが発表したくないのは、未完成の通話魔法だからね」
……例え、その魔法に声を乗せられることを伏せて発表するのだとしても。
呼吸で取り込むマナに魔法を乗せる未分類魔法は、世界に革命をもたらすレベルかもしれない。
アイリン、そのことわかってるのかな?
私は思わずサキと顔を見合わせる。すると、
「……なによ、クラリー。楽しそうね?」
「え?」
言われて気付いた。私、笑ってる?
発表したらどうなるか、想像して――。
「ナナちゃん、発表したら大騒ぎになりそうだけど大丈夫ー?」
「はい。でもあの薬は、私たちのところで止めておいてはいけません。アレルギーで苦しんでる人のもとへ届けないと」
「おー、ナナちゃん熱い!」
「はうっ……わ、私は、その……チルトちゃん、からかわないでよ」
「えー、からかったつもりはないんだけどなー」
「そうだよナナシュ。今の熱い言葉、発表の時にも言った方が良いよ」
「志を表明しておくのは大事よね」
「で、でも……。発表するのは、部長のアイリンちゃんですよね?」
「なに言ってるのナナシュちゃん! アレルギーの薬作りのリーダーはナナシュちゃんだよ! ナナシュちゃんが発表するんだよ~」
「え……えぇ!?」
「あはは……ナナシュ、頑張って。もちろん私たちもサポートするから」
「はう……。クラリー、頼りにしています。うぅ、今から緊張してきました」
「……あ、でも。私も発表とか苦手だった……」
「そういうの得意なのはサキだねー」
「しょうがないわね。アイリンが作業している間に発表内容を固めて文章を練るわよ」
「ふおおお、そうだった! 早くみんなのテレフォリングを改良しなきゃ! ユミリアちゃんと話せないよ! みんなのは遠距離用通話魔法が届いたらわかるようにしなきゃなんだよー」
そっか、基本私たちは近距離用にしておくから、ユミリアが通話魔法を使った時にわかるようにしないといけないんだ。ていうか……。
「アイリン、それ今日中に終わるの……?」
こうして、私たちの夏休みが終わる。
きっと二学期は一学期以上に大変なことになる。だけど――
私はもう一度、今度は意識して、口元に笑みを浮かべる。
――これから、面白くなりそう。
*
「ね、クラリーちゃん。この部活って、やっぱり……自分のためだけの部になっちゃってるかな」
「違うよ」
「え?」
『あなたの都合のためだけの部など、部ではありません。演技を伝え、部を存続させていく。そのための基盤を作る。それが、部を立ち上げるということです』
団長さんのあの言葉が気になっていたんだろう。
たぶん聞かれると思っていたから、私は即答した。
「私にも、みんなにも。目的がある。アイリンのためだけじゃないよ。それに、いいんじゃないかな? 始まりは自分の都合でも。やりたいことをするためでも」
「で、でも……」
「確かに今は、部の基盤が無いかもね。でもそれは、これから作っていけばいいよ。私も、考えてみるからさ」
「クラリーちゃん……! うん! そうだね、そうだった! 未分類魔法クラフト部がずっと残っていくように。これからも、がんばろうね!」
未分類魔法クラフト部
クラフト15「夏休み、友だちと」
~第二部・夏休み編 了~
……二学期編へ
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